“人間”を観察するかのような舞台美術
──本作では、部屋の構造も重要です。増改築が繰り返され、ト書きによれば“レイアウトには全く実用が考慮されていない”地階 / 1階の二層構造的な古いアパートメントで、螺旋階段でつながった2つの階、4つの部屋で同時多発的にシーンが展開します。
桑原 皆さんやってみてどうですか、使い勝手。
平田 ……個室があったらいいなって。
一同 あははは!
桑原 1人になりたくてもなれない空間になっているんですよね(笑)。台本に「観客が常に『ドールハウス』を観察するように観ていることを留意する」とあって、舞台美術家さんとアリ塚の断面図を見るような舞台美術にできたらいいなとお話ししたんです。あと、本当は2つとか3つとか分かれていたはずの部屋を無理やりぶち抜いた作りの部屋で間取りが歪。その歪さがこの家族を象徴しているような感じもしています。
──しかも、部屋には格子付きの窓が1つしかなかったり……。
桑原 電気が突然切れたり、音がうるさかったり。住人であるリチャードとブリジッドはここでの新生活を信じたいから「大丈夫、大丈夫」って言ってるけど、全然大丈夫じゃない住環境ですよね。
──映画版のレビューでは“ホラー”という表現も見受けられました。上階から響いてくる不穏な音や害虫などが、観客の不安を煽ります。
桑原 不安が増大すると、なんでもなかった場所が怖く見えたり、なんでもない音が意味を持っているような気がしたりすると思うんです。でも今回は、そういったものをどう表現するかではなく、演技によっていかにストレスを溜めて不穏な空気を充満させていくかにトライしたいなと思っています。
──上階からの音に関しては、特にエリックが過剰反応を示します。
平田 みんなにも音自体は聞こえてはいるんですけど、エリックは特にダメージを受けますね。
桑原 この物語には9.11が関係していて……。昔見たドキュメンタリーですごく印象的だったものがあるんですけれど、消防士を取材していたフランスの記者が、たまたま9月11日にも消防団を追っていて、結果、消防団の人たちの救助活動の1日を追うことになってしまった、というもので。署長さんがタワーを上がっていく消防士たちを見送りながら避難指示を出しているんだけど、断続的にバーン!って音がするんです。すると、みんながふっと音がしたほうを振り返る、という描写が何度も出てくるのですが、それはおそらく、逃げ切れなかった人が飛び降りたときの音なんです。エリックはその日、その場所にいた人だったので、アパート上階のドン!という音を、ただの騒音としてだけでなく過去の忘れられない恐怖や不安と結びつけて怯えているのではないかと思っています。
不安の先にある光を感じてほしい
──本作の冒頭には「六つの基本的な不安があり、それらが重なることで人はみな苦しむのである……」というナポレオン・ヒルの一節が記載されています。登場人物たちはそこに掲げられた“貧困・批判・病・誰かの愛を失うこと・老い・死”という6つの“不安”に確かに悩んでいますが、ご自身が演じる役にとって一番の不安は、どんなことだと思いますか?
増子 ディアドラの苦しみは、自分が誰からも必要とされないんじゃないか、という不安からくるものではないかと思います。こんな悲しいストレスってないと思いますね。
山崎 エイミーは、もちろん身体のことや自分は生きていけるのかという不安はありますが、後半に両親のすごい秘密が明かされるので、両親がこの先どうやって生きていくんだろうということが、自分のことより勝って不安なのではないかなと。自分のことはなるようにしかならないけれど、家族や親のことはすごく心配になるんじゃないかな。
──エイミーらしい発言ですね!
山崎 自分が今実際に病気ではないから想像が及ばないだけかもしれませんが……でももし今実際に同じような状況に陥っても私は同じようなことを考えると思います。
細川 最近のニュースで、あるバスの運転手が1000円着服したために29年勤めた会社をクビになり、退職金1200万円を受け取れなかったという事件を知って、真っ先に家族のことを考えました。二十代の頃は、自分がどういう仕事をしたいかとか夢に対する不安が大きかったけれど、今は自分のことじゃなくて家族のことをまず考えるなと。きっとリチャードも、ブリジッドや彼女の家族のことを考えていると思います。
青山 先ほど、「台本を読んで人生を考えた」という話をしましたが、ブリジッドの言動の端々に、“人から認められたい”という気持ちがずっとあるんだなと感じていて。なので、彼女の根源にあるのは、自分の存在価値に対する不安じゃないかなと思います。
稲川 先ほどお話しした通り、私は親の介護、親の実の姉の介護、兄の介護とやってきて……振り返ると私、人の世話をするのが好きなんですね。最近は人の訃報ばかり届くようになってきましたが、私はきっと最後まで残るなと確信に近いものがあるので(笑)、モモのことを思うとなおさら、最後まで“ちゃんと”生きていたいなという思いはあります。
平田 この一家は、ここに来るまでにいろいろな困難に打ち当たり、大変なことがいっぱいあったんだけれど、みんなで感謝祭に集まって一緒に和やかに過ごそうとしている。でも全部が裏目に出て、信じてきたものがガラガラと音を立てて崩れて、自分は今まで何のために生きていたんだろうと思い至るわけです。死ぬことも怖いけれど、今までやってきたことが無意味だったと知ることは、かなり不安というかつらいことなんじゃないかと思います。それでも人はきっと何かを信じていたいと思うし、何かを見つけてかなきゃいけない。そういう境地に行けたらいいなと思います。
──まさに「ザ・ヒューマンズ」というタイトルの大きさを実感する作品ですが、桑原さんは、どんな人間の姿を見せたいと思っていますか?
桑原 こうやって話していくと、暗い話だなとか、なんて悲惨な話だろうかと思われるかもしれません。確かに、“不安の見本市”みたいにみんな踏んだり蹴ったりの状況をこの登場人物たちはそれぞれ背負ってはいるんですけど、それでも明日は来るし、生きていかなければならなくて、それならできるだけ楽しくその日を生きていこう、と彼らはしている。毎日毎日「生きててよかったな」と神様に感謝を感じる日ばかりではありませんが、もしかしたらこの先、細くても光が射す場所があるかもしれない。その光を、ご覧になった方にも感じていただけたらと思います。
プロフィール
桑原裕子(クワバラユウコ)
東京都出身。劇作家・演出家・俳優。KAKUTA主宰。2018年4月穂の国とよはし芸術劇場芸術文化アドバイザーに就任し、2023年より芸術監督に名称変更。俳優業のほかに、テレビ、ラジオ、映画の脚本、舞台の作・演出などを手がける。2019年に劇団作品「ひとよ」が白石和彌監督で映画化。映像脚本に昭和歌謡ミュージカル「また逢う日まで」など。近年の主な舞台に「月曜日の教師たち」(脚本・演出・出演)、「応天の門」(脚本)、「ナビレラ-それでも蝶は舞う-」(演出)、「少女都市からの呼び声」(出演)など。第64回文化庁芸術祭・芸術祭新人賞(脚本・演出)、第18回鶴屋南北戯曲賞、第5回ハヤカワ「悲劇喜劇」賞、第70回読売文学賞戯曲シナリオ賞など受賞歴多数。
山崎静代(ヤマサキシズヨ)
大阪府生まれ。2003年、お笑いコンビ・南海キャンディーズを結成し、「M-1グランプリ 2004」で準優勝を果たす。2006年、映画「フラガール」で第30回日本アカデミー賞新人俳優賞受賞。2020年から日本ボクシング連盟女子強化委員を務める。舞台出演も多く、主な出演作にBOND52 Vol.1「山笑う」、Jr.5「徒然アルツハイマー」、本多劇場グループ×海外戯曲シリーズ第4弾「BIRTHDAY」、「おかしな二人」「雪まろげ」「音楽劇 マニアック」など。
青山美郷(アオヤマミサト)
兵庫県生まれ。劇団ハーベストを経て、2014年に映画「思春期ごっこ」で初主演。2016年にNHK「鼠、江戸を疾る2」でヒロインを演じる。近年の主な舞台出演作に「カリズマ」「ハザカイキ」「地獄は四角い」、KAAT神奈川芸術劇場プロデュース「近松心中物語」、「渦が森団地の眠れない子たち」など。
青山美郷 〻 Misato Aoyama (@aoyama_misato) | Instagram
細川岳(ホソカワガク)
大阪府生まれ。2014年、映画「ガンバレとかうるせぇ」で俳優デビュー。2020年、映画「佐々木、イン、マイマイン」で第42回ヨコハマ映画祭審査員特別賞、おおさかシネマフェスティバル2021 日本映画新人男優賞受賞。これまでの主な舞台出演作に「12匹」「少女都市からの呼び声」など。
細川岳 / Gaku Hosokawa (@gaku__hosokawa) | Instagram
稲川実代子(イナガワミヨコ)
東京都生まれ。劇団菅間馬鈴薯堂の看板俳優として舞台を中心に活動する傍ら、映画、テレビドラマにも出演。近年の主な舞台出演作に新国立劇場「あーぶくたった、にいたった」「マニラ瑞穂記」など。
増子倭文江(マスコシズエ)
栃木県生まれ。2023年に劇団青年座を退団。舞台を中心に映画、テレビドラマなど多方面で活動。近年の主な舞台出演作にこまつ座「フロイス-その死、書き残さず-」「闇に咲く花」「頭痛肩こり樋口一葉」、「ヒストリーボーイズ」、劇団た組「博士の愛した数式」、TAAC「GOOD BOYS」「奇跡の人」、オフィスコットーネプロデュース「母 MATKA」、世田谷パブリックシアター×パソナグループ「CHIMERICA チャイメリカ」など。第22・27回読売演劇大賞優秀女優賞を受賞。12月に二人芝居「請願」が控える。
増子倭文江 | UAM | United Artists & Managers
平田満(ヒラタミツル)
愛知県生まれ。早稲田大学在学中、つかこうへい事務所旗揚げに参加。1982年、映画「蒲田行進曲」で第6回日本アカデミー賞最優秀主演男優賞をはじめ多数の映画賞を受賞。2006年に企画プロデュース共同体・アル☆カンパニーを立ち上げ、現在はパタカラぷろじぇくと名義で活動。2011年に穂の国とよはし芸術劇場PLATの芸術文化アドバイザーに就任し2018年から同劇場のアソシエイト。近年の主な舞台出演作に「海をゆく者」「新ハムレット」「HEISENBERG」「ぼくの名前はズッキーニ」、アル☆カンパニー「POPPY!!!」、「THE NETHER」「美しく青く」など。出演映画「ひとりたび」が今年日本公開予定、9月から10月にかけてala Collectionシリーズ col.16「ハハキのアミュレット」に出演する。
平田 満 HIRATA MITSURU|アルファエージェンシー