「ザ・ヒューマンズ─人間たち」は、1980年生まれのアメリカの劇作家スティーヴン・キャラムの戯曲で、2014年にアメリカン・シアター・カンパニー製作によりシカゴで初演され、2016年にはピュリツァー賞演劇部門最終候補、トニー賞ほかを受賞した話題作。2021年にはキャラム自身が監督を務め映画化もされた。今回は、新国立劇場 2024/2025シーズンの、“家族”を描いた作品シリーズ「光景-ここから先へと-」の第2弾として、桑原裕子が演出を担当。出演者には山崎静代、青山美郷、細川岳、稲川実代子、増子倭文江、平田満が名を連ねた。
ステージナタリーでは稽古開始から2週間を過ぎた、「ザ・ヒューマンズ─人間たち」カンパニーにインタビュー。“不安”という名の砂上で生きる私たち人間の、滑稽で愛おしい物語に挑む思いを聞いた。
取材・文 / 熊井玲撮影 / 藤記美帆
不完全な人間たちの、不完全なお話
──2024/2025シーズンラインアップ発表会で、小川絵梨子演劇芸術監督は「ザ・ヒューマンズ─人間たち」を「とても不思議な作品」で、「家族であろうと共有し得ない、打ち明けられない個人のそこはかとない不安がこぼれ出すような作品」と紹介しました(参照:新国立劇場演劇の新シーズンラインナップ発表、小川絵梨子演出「ピローマン」ほか)。桑原さんは作品に対してどんな第一印象をお持ちになりましたか?
桑原裕子 粗訳の状態で読ませてもらってすぐに面白いとは感じたのですが、どこが面白いと感じたのか、まったく説明ができなかったんです。一言で家族劇とも言えないし、定義しづらい台本で、家族劇かと思ったらホラー風味もあったり、ブラックな部分がユーモアになっていたり、誰かに寄りそうでもなく右往左往している家族を観察しているようなところもあったりと、すごく要素が多い。「家族6人の話です」って言われるとアットホームなイメージを抱くと思いますが、読みながらかなり予想を裏切られる作品でした。
──家族というコミュニティを描きつつ、独立した個人が自身の問題と向き合う様に、桑原さんの作品世界と通ずるところを感じます。
桑原 実は私も、平田さん、増子さんにもご出演いただいた「荒れ野」(編集注:2017年に初演され第5回ハヤカワ「悲劇喜劇」賞、第70回読売文学賞戯曲・シナリオ賞を受賞した桑原裕子の代表作の1つ)とちょっと通じるところがあるなと思っていました。家族だけど遠かったり、全然本当のことを言わなかったり、落ち着かなかったり……そういうところに近しさを感じます。
──キャストの皆さんは、脚本の第一印象をどうお感じになりましたか?
山崎静代 桑原さんのようにバッと「面白い!」ってわかる人はすごいと思いますが、最初はほとんど意味がわからず、今やっと「ここはこういう意味なんや!」と見えてきて、学びながら面白さを感じています。
──それでもご出演を決められたのは?
山崎 桑原さんが出演されていた舞台を観たことがあって、面白い方やなと思っていたんです。さらに、すごい俳優の先輩方が出演されるので、ぜひご一緒したいと思って、台本の意味はよくわからなかったけれど(笑)、それでも出たいなと思いました。
青山美郷 私も最初に読んだときは全然わからなかったんですけど、映画版を観ていたので、表面的に見える部分だけじゃなく作品に通底する不安のようなものがあること、それがたまにぴょこっと顔を出すことが印象に残っていました。それと、台本を読みながら、自分の人生とか生きている理由について考えましたね。
細川岳 僕は読んですぐ「これは面白い!」と思いました。ただそれはユーモアの部分ではなくて……むしろユーモアのシーンの面白さは、いまだにわからないところがたくさんあるんですけど(笑)、僕が面白いと感じたのは、みんなでずっと本音を隠しながらしゃべり続けている感じ。それがすごく滑稽だなと思い、やってみたいと思いました。
稲川実代子 私、セリフが少ないお芝居が大好きなんです。最初にお話をいただいたとき、マネージャーから「セリフは少ないそうです」と聞いて、「私でよければ参加させてください」とすぐお返事しました。その後、第1稿の台本が届いてみたら、私が演じるモモばあちゃんのセリフはまだ訳されていないところがある状態で「このまま英語でしゃべるのかな?」と不安になり(笑)、その後完成台本が上がってみると、モモは家族の誰とも会話をしてはいないんだけれど、セリフを発しない間もずっと休んでいてはいけない役で、これは大変そうだなと思いました。
増子倭文江 初めて台本を読んだときは、そんなにはっきり「これは面白くなる!」とは思わなかったです。でも台本に書かれているセリフの後ろにものすごく大変で面倒くさそうなことが潜んでいることだけは予感できたし、経験上、どうなるかわからないときって大体面白くなるんですよ(笑)。これはすごく不完全な人間たちの不完全なお話で、不完全に終わっていくんだろうなと思いましたし、さらに演出が桑原さんですから面白くならないわけがないと思ってお引き受けしました。
平田満 最初に台本を読んだときのことはもうだいぶ忘れてしまったんですけど(笑)、新国立劇場でやる作品ですからもちろんいい作品であることは決まっているし、海外でも評価されている作品だということは情報として知っていました。また、おそらく僕が演じるのは、最後に大変なことになるお父さん役だろうなということも予感していて、そういう役は大好きなので(笑)、ボロボロになる人間がやれるのだったらいいなと思ってお引き受けしました。
桑原 皆さん、役をすごく掴んでいらっしゃると思いますよ!
増子 ……だから今、みんな疲れているでしょ?
一同 あははは!
増子 セリフ量も多いし、理解しなくちゃいけないことがいろいろとあって、がっつりとエネルギーを注ぎ込んでいるから、稽古がすごく濃密なんです。
平田 この間、知人向けにこの公演の案内メールを書いたんだけど、「5人の登場人物を相手にパンパンパンパン!って打ち返しながら、隙を見てちょっと酒を飲んで、ジャッキー・チェンのカンフー映画みたいな稽古をしてます」って表現したんですけど(笑)。
桑原 うまい表現! 酔拳みたいな(笑)。
平田 まさにそういう感覚です(笑)。
“家族”という形をなんとか保とうとするけれど…
──物語の舞台はニューヨークのチャイナタウンにある庶民的なアパートメント。地階と1階が螺旋階段でつながったその部屋に、感謝祭の夜を一緒に過ごそうと3世代6人の登場人物が集まってきます。高校に勤めるエリック、その妻ディアドラ、2人の長女で弁護士のエイミー、次女でミュージシャンの夢を追うブリジッド、エリックの母で介護が必要なモモ、ブリジッドの恋人であるリチャードは、楽しい1日を過ごそうと努めつつ、徐々にそれぞれの心配事があらわになって、ギクシャクし始めます。それぞれの登場人物について、今、ご自身がピンときているところはありますか?
青山 ブリジッドは、自分の家に家族を招く立場の役どころなので、立ち稽古が始まってからは「とにかく場を回さなきゃ!」と最初は必死に演じていたんです。でも自分に置き換えて考えてみると、実は私、家族といるときにあんまり積極的に話すタイプでもなく、むしろずっと自分の部屋にこもっているほうで。もしかしたらブリジッドも、どこか家族に気を遣って、みんなを楽しませようとしているんじゃないかと思って、彼女が抱えているものをきちんと見つめながらみんなを楽しませる、というところまでいきつきたいなと思っています。
細川 僕はまだ話せるほど、考えが追いついてなくて……。
一同 (口々に)そんなことない!
細川 リチャードと自分は重なる部分がけっこうあって、リチャードは面白くないことをたくさん言うんですけど、自分が面白くないことに気づいていないところがあるんです。昨日は、リチャードが自分が見た夢について語るシーンを稽古したんですけど、本当はもっと周囲を意識しながら話したほうが良いと思うんですが、今はまだその余裕がなく、自分のことだけ考えてしゃべってしまって……。
一同 (口々に)面白かった、リチャードを体現してたよ!
桑原 リチャードはブリジッドの恋人という点で、ほかの家族よりもちょっと距離があって、でもその距離が癒しになってる部分もあり、周りの空気を変えたりとか空気を明るく切り替えたりもできる、チャーミングなキャラクターだと思います。
山崎 エイミーは……自分の身体のことやったり、仕事のことやったり、恋愛のことやったり、いろいろなものがうまくいかず、それが重なって本当はかなりつらい状況なのに、それを人には見せないで、みんながヒートアップすると「まあまあ……」と入っていく人。みんながいないところで泣いて、そのあと元気なふりを見せたりして、最初は「強い人なのかな?」と思ったけれど、そういうわけでもないようで……。今はまだ、台本に書かれていることをそのまま受け取って演じている段階ですが、桑原さんとお話ししながら、エイミーの複雑な心境を感じて、もっとエイミーの感覚にならないと、と思っています。
桑原 エイミーとお父さんのエリックは9.11の渦中にいた人で、死ぬかもしれない状況から奇跡的に助かった2人なんですよね。そうしてせっかく生き残ったのに、今、地獄みたいな最悪なことが起きている。でもそういった自分の状況を一歩引いて達観しているというか、事実として受け止めつつ、あまりつらいと思わないようにしている人なんじゃないかなと思います。
稲川 私、通算24年ぐらい家族の介護をしていたのですが、モモのような状況の人を介護するのは、すごく大変だろうなと思って。エリックとディアドラ夫妻は、なぜモモを施設に入れようとしないのか、不思議なんです。
平田 それは……これ(お金)がないからじゃないかな。
稲川 でも、モモは意思疎通も難しくて、かなり状態が悪いはずなんです。それなのに、家族はみんなモモに優しく接している。それはなぜなのかなと考えると、一家の中でかつてモモは、中心的な存在だったんじゃないだろうかと想像が膨らんで……。モモがこれまでどんな人生を生きてきたかについて、思いを巡らせています。
──桑原さんは、キャストの皆さんが“ブレイク一家”になっていく様をどのようにご覧になっていますか?
桑原 増子さんがおっしゃった通り、6人全員が集中して稽古しているからものすごく疲れるのですが、加えて、台本上に書かれている内容と全く逆のことをお腹の中では思っていなければならなかったりと、ずっと負荷をかけた状態で会話が続くので精神的にも疲れるんだと思うんですよね。またこのキャラクターたちがそれぞれ抱えてる悩みって、よく見てみると実は特殊なものは1つもないんです。貧困だったり、加齢だったり、病気だったり、将来への不安や恋愛の悩みだったりと、“よくあること”に不安を感じつつ、それを誰にも共有できずにいる。本音を言えない人たちがつながり合って生きる物語は自分もずいぶん書いてきた気がしますが、この一家も、不完全ながらなんとか家族という形を保とうとします。それがある意味、とてもやるせなく悲しくも見えるし、「なんでそこまでしてこの日を楽しもうとしているのか」と滑稽にも感じるし、とうとうみんなの無理がたたって、怪奇現象みたいなことまで起きてしまうのかもしれません(笑)。
──エリックとディアドラ夫妻も、いろいろありつつ、婚姻関係を続けているところが気になります。
平田・増子 わからないですよー?(笑)
一同 あははは!
桑原 平田さんと増子さん、すごく相性がいいんですよ(笑)。エリックとディアドラの関係って、確かにお互いを見限ってしまったらよっぽど簡単なんだけれど、どこかで無理だと思いつつ、それでも愛してると言わずにおれない瞬間があって……このお二人が演じるとすごい説得力があり、2人が別れない理由もわかるなと感じます。
──エイミーとブリジッドの姉妹関係も面白いですよね。タイプとしては全く別で、全然違う生き方をしながら、お互いを認め合いつつ、心配し合っている。
山崎 エイミーにとってブリジッドって、みんなには言えないことが言えたり、両親よりは少し雑に扱えたりするような感じで(笑)、仲がいいんだなと思います。生き方や性格は全然違うけれど、エイミーはブリジッドに対して何も否定的な感情を持っていなくて、本当に可愛い妹だと感じているんじゃないでしょうか?
青山 私は長女で、妹の気持ちが最初はあまりわからなかったんですけど、稽古で演じるうちに2番目って意外と疲れるなと(笑)。エイミーはちゃんとした弁護士事務所で働いているけれどブリジッドは仕事も安定しておらず、またエイミーは病気や複雑な問題を抱えている分、家族からケアされているけれど、ブリジッドは意外と放っておかれていて、実は羨ましさとか嫉妬、寂しさみたいなものを感じていたんじゃないかなと思ったんです。ちょうど昨日、姉妹のシーンを稽古したのですが、桑原さんから「もっと子供らしく安心した感じで」と言われたので、今日の稽古ではそのようにやってみようと思っています!
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“人間”を観察するかのような舞台美術