「天日坊」は“今の空気”をまとった作品 串田和美×中村虎之介×中村鶴松が語るコクーン歌舞伎

「天日坊」が10年ぶりに帰ってくる。「天日坊」は、コクーン歌舞伎の生みの親である串田和美が宮藤官九郎とタッグを組み、河竹黙阿弥の隠れた名作「五十三次天日坊」をもとに2012年に作り上げた作品だ。劇中では、ひょんなことから将軍頼朝の落胤になりすまし、鎌倉を目指すことになった主人公・法策(後の天日坊)と、法策の秘密を知る盗賊・地雷太郎とその妻・お六による、天下を狙った大勝負が描かれる。初演版に続き、天日坊を中村勘九郎、地雷太郎を中村獅童、お六を中村七之助が勤め、初演で坂東巳之助が演じた北條時貞役に中村虎之介、坂東新悟が演じた傾城高窓太夫役に中村鶴松と、次代を担う若手2人がキャスティングされた。

新年明けて間もない1月中旬、ステージナタリーでは稽古初日を終えた串田、虎之介、鶴松の座談会を実施。稽古の興奮冷めやらぬ様子の虎之介と鶴松、そんな2人を頼もしげに見つめる串田が、コクーン歌舞伎に対するそれぞれの思いを語った。

[インタビュー]取材・文 / 川添史子撮影 / 藤田亜弓[コラム]文 / 熊井玲、櫻井美穂

現代の感性がぶつかる、今を生きる「天日坊」に

──2012年に初演された「天日坊」が10年ぶりに再演されます。

串田和美 「天日坊」は(中村)勘九郎さんと長年「いつか再演を」と話していた作品です。初演当時、闘病中だった(十八世中村)勘三郎さんが客席から観てくれた最後のコクーン歌舞伎で、勘九郎さん、七之助さんの思い入れも強い舞台ですからね。

──初演時の長野・まつもと市民芸術館公演では勘三郎さんがラストシーンでサプライズ出演し、「手術に成功してまた必ず帰ってきます」とカーテンコールでごあいさつされました。観客としても勘三郎さんのことが思い出され、また真ん中を任された若い世代の、突き抜けたエネルギッシュな演技が記憶に残る舞台です。

串田 ずっと候補には挙がっていて、いよいよ「やろう!」と盛り上がったものの、この2年間、コロナで流れてしまいそうなピンチもあって……だからこうして実際に再演に向けて動き始められたことが、まずはうれしいです。

串田和美

串田和美

──「天日坊」は、将軍頼朝のご落胤になりすまし、鎌倉を目指す法策(後の天日坊)が主人公。旅の途中で盗賊・地雷太郎とその妻・お六と出会って自分の運命を知り、若者たちが人生を賭けた大勝負に出る……という物語です。虎之介さんと鶴松さんは、初演をご覧になりましたか?

中村虎之介 僕はゲネプロ(最終リハーサル)と本番、計2回拝見しています。コクーン歌舞伎でも上演された「夏祭浪花鑑」などは古典でも上演頻度の高い作品ですが、「天日坊」は「こんな作品あるんだ!?」という衝撃がありました。劇中トランペットが鳴り響き、斬新な舞台を見せてきたコクーン歌舞伎の概念をさらに覆すようなインパクトがあって。あと七之助さんが後半にまとう衣裳にドクロがあしらわれているのもカッコよくて、「歌舞伎衣裳ってこういうもんでしょ!」とゾクゾクしました。脚本を手がけた宮藤官九郎さんが描く主人公が、「自分は誰なのか、その答えを探していく」という内容にも、すごく引き込まれました。

中村虎之介

中村虎之介

中村鶴松 コクーン歌舞伎の中で好きな作品はたくさんありますが、もしかしたら僕、一番好きな作品かもしれないです。歌舞伎であり、すごく新しい革新的なことが行われていて、やっぱりすごい衝撃を受けました。でも先日、改めて映像で初演を確認したんですが、「お兄さんたちヤバいな、このパワーで1日2回公演の日もあるんだ……」と震えました(笑)。

虎之介 僕も思った! 文字通り命をかけて演じている様子が、映像を通してもビシビシ伝わってくるんですよね。資料で見た映像はテレビ放送の録画で、当時のインタビューが入っていたんですけど……お兄さん(勘九郎)の目のバッキバキ感がすごいんですよ。

一同 (笑)。

──初演時はお二人ともまだ十代。コクーン歌舞伎の第1回公演は1994年、お二人が生まれる前です。

串田 スタート時にまだ生まれてないのか! それはすごいことになったなあ(笑)。

鶴松 コクーン歌舞伎も世代が移り変わり、串田監督が感じる変化はありますか?

串田 どんどん自由になっている気はするね。「自分たちの表現は一体何だろう?」ってことを、もっと深掘りして試している感覚はあるかもしれない。

鶴松 今日の稽古でも、お兄さんたちが疑問に思ったことや新しいプランをどんどん出していましたね。普段のお芝居でもそうですけど、コクーン歌舞伎は特に意見交換が活発な気がします。

中村鶴松

中村鶴松

串田 人間ってつい知ったかぶりしちゃう生き物ですが、僕はコクーン歌舞伎を始めたときから、稽古場で「歌舞伎はなんでそんなことするの」と聞くことを、恥とも思わなかったんですね。「どうして七三(花道上の、俳優が立ち止まるポイント。舞台から三分、揚幕から七分あたりに位置する)で止まるの?」とか、とにかく疑問を投げかける。最初に考えた人が「これが良い」と発見したときには意味があったことも、感情が消えて表面だけになってしまうと、表現としての瑞々しさが失われてしまうじゃない? 僕たちはそういったことを、あらためて根っこから考えるモノづくりをしてきたつもりですし、今も、そうした作業をしたいと思っている。例えばファッションに詳しい虎之介さんなんかを見ていると、やっぱり違う感性がぶつかる楽しさ、現代を生きている感じがあって「良いなあ」と思う。芝居を作ることって、お互いの感性を吐き出すことだから。そうしていくことで、今を生きるお芝居になるんだと思います。

同じ“スーパーマン”を目指す同志

──昨年5月に上演された「夏祭浪花鑑」(参照:コクーン歌舞伎「夏祭浪花鑑」明日開幕、中村勘九郎「お客様の心の栄養になるよう」)では、虎之介さんが(主人公・団七の恩人の息子)玉島磯之丞、鶴松さんがその恋人である傾城琴浦を演じました。今回も、虎之介さんが弓の名手北条時貞、鶴松さんが傾城高窓太夫と2作続けてアツアツのカップル役(笑)。現代的でユーモラスなやり取りもあるお役なので、お二人で工夫していけそうです。ご共演を通しての、お互いの印象を教えていただけますか?

虎之介 鶴(松)はお酒を飲まないとあまり僕としゃべってくれないんです。素の状態だと、いつも冷たくあしらわれちゃうから(笑)。

鶴松 そんなこと、したことないですよ!(笑) 虎ちゃんは良い意味で歌舞伎役者らしくないというか、枠組みにとらわれていなくて、人間としてぶっ飛んでいるところが魅力です。

虎之介 ……こうやって少しずつ、少しずつ、歌舞伎界から追放しようとするんですよ。

鶴松 ちょ、違うでしょ!(笑) 僕はつい「歌舞伎はこう」と固定観念に凝り固まってしまうんですよ。だけど虎ちゃんは、そういうことが気持ちよく取り払えるすごさがある人なんだって、褒めてるんです。

左から中村鶴松、中村虎之介。

左から中村鶴松、中村虎之介。

虎之介 でも僕たちはお互い、スーパーマンとしてあこがれる存在が一緒だから。僕は十代の頃、あまり歌舞伎が面白いと思えなくて少し離れていた時期があったんです。でも勘三郎さんに中村座に呼んでいただいて「歌舞伎ってやっぱりすごい」と思えるようになって。

鶴松 2人ともわざわざ口に出して言わなくても、通じ合えている気がするよね。