成井豊×猪野広樹×松本幸大が立ち上げる、“令和版”「ナミヤ雑貨店の奇蹟」

東野圭吾の人気小説「ナミヤ雑貨店の奇蹟」を原作とした舞台「ナミヤ雑貨店の奇蹟」が3度目の上演を迎える。キャストを一新して送る“令和版”では、雑貨店に身を潜める主人公・敦也役を猪野広樹、相棒の翔太役を松本幸大が務める。

怒涛の勢いで稽古が進められている1月下旬、演出の成井豊、キャストの猪野と松本にインタビューを実施。かねてから猪野が本作への出演を熱望していたという裏話から、松本とある先輩のエピソード、成井が思わず感涙してしまうというおすすめのシーンまで、たっぷりと話を聞いた。

取材・文 / 熊井玲撮影 / 藤記美帆

新たなキャストで令和版「ナミヤ雑貨店の奇蹟」を

──「ナミヤ雑貨店の奇蹟」は2011年に雑誌連載としてスタートし、2012年に単行本が出版された東野圭吾さんの人気小説です。その後、2013年に演劇集団キャラメルボックスで舞台化、2016年に再演もされました。キャラメルボックスはその4年前、2009年にも東野さんの「容疑者χの献身」を舞台化していて、成井さんはかねてから東野圭吾ファンを公言していらっしゃいますが、「ナミヤ雑貨店の奇蹟」については、読後すぐに舞台化のイメージが湧いたのでしょうか?

成井豊 舞台化したいと思ったのは、読んですぐだったと思います。ただ、当時はまだ舞台化を考えながら作品を読むという感じではなかったので、この作品については珍しく、読み終わってすぐに(プロデューサーの)仲村(和生)くんに「舞台化したい」と相談した感じです。

成井豊

成井豊

──2016年再演時のインタビューで成井さんは「“完成版”を目指す」とおっしゃっていました。今回はその“完成版”をさらに超えるものを目指していらっしゃるのでしょうか?

成井 初演と再演の間で台本に関してはだいぶ手直しがあったんですが、今回は6年前の台本と基本的には変わっていません。今回大きく変わるのは、キャスティングの部分ですね。再演から6年も経つと若者の気質がだんだんと変化してきますし、まるっきりキャストを変えて令和版が作れるんじゃないかなと思ったんです。それで、いつか一緒にやりたいと思っていた人たちに声をかけることにしました。猪野くんは舞台「おおきく振りかぶって」(2018年)(参照:「おお振り」バッテリー組む西銘駿&猪野広樹「ワキャワキャやってました」)で知り合って、そのときに猪野くんが「『ナミヤ雑貨店』やりましょうよ」って言ってくれていたんですね。だから「ナミヤ雑貨店」をやりたいと思ったとき、すぐに猪野くんのことを思い出しました。

──松本さんをキャスティングされたのは?

成井 プロデューサーの強い推薦があって。彼の勘は外れたことがないんですよ。今回も、すでに松本くんは新しい翔太像を作ってくれているので、やっぱり仲村くんの目に狂いはないなって(笑)。

──「ナミヤ雑貨店の奇蹟」は小説、舞台、映画とさまざまな形で発表されていますが、猪野さん、松本さんはどのように作品を知りましたか?

猪野広樹 僕は、実際に観られてはいないんですけど、舞台です。キャラメルボックスが上演した「容疑者χの献身」を観て“東野圭吾×成井豊”は面白いなと思っていたのですが、その後「ナミヤ雑貨店の奇蹟」が上演されると知って、「成井さん、呼んでくれよ!」って思ったんですよ(笑)。

一同 あははは!

猪野 成井さんが作る舞台は温かくて、その温かさが「ナミヤ」にはすごくマッチすると思ったんですよね。そこに実際にアプローチしていく難しさはありますが、苦戦しながらも今、楽しく稽古できているなと。とにかく成井さんと東野さんの相性が最高だと思います。

松本幸大 僕ももちろん東野圭吾さんは知っていましたが、今回のお話をいただいてから初めて原作を読ませていただきました。本を読んで久しぶりに感動しましたね。普段僕はコメディとかミステリーのほうが好きで、暗いお話はあまり見ないんです。でも読みながらいろいろとイメージが広がっていって、そんな作品の舞台版に自分が呼んでいただけたのは光栄だなと思いましたし、作品に携われるのがうれしいなと思って稽古が始まるのを楽しみにしていました。

左から猪野広樹、成井豊、松本幸大。

左から猪野広樹、成井豊、松本幸大。

演出家・成井豊に寄せる信頼

──物語の中心となるのは、ナミヤ雑貨店に忍び込む同じ養護施設育ちの3人組です。猪野さんが敦也、松本さんが翔太、安保卓城さんが幸平を演じられます。お二人はご自身の役についてどんな印象をお持ちですか?

猪野 3人組なので、その中でいえば敦也はみんなを取りまとめるような存在ではあるのですが、稽古の中で成井さんとお話ししながら、決して敦也は“能”があるやつではないんじゃないかと考えていて。外れものというか、真っ当に歩んで来られなかったやつらの集まりですし、中でも敦也はほかの2人を自分の支配下に置いておくと安心するタイプというか……人に感謝されることや、誰かのために何かをしたことがないんだと思うんですよね。で、自分はもう“詰んだ”と思ってる。でも詰んだわけではなくて、自分たちがジ・エンドだと思ったところがスタートだった、というのがこの物語ではないかと思うので、ラストから逆算しながら、3人の関係性を大事に演じていきたいです。

猪野広樹

猪野広樹

松本 翔太は3人の中で一番頭の回転が早くて、冷静な判断もできるんだけど好奇心旺盛なところがあるんじゃないかなと。3人は養護施設で育ってきて、軸に敦也はいるんだけど、彼らなりのバランス感があるんだと思うんですよね。温かい家庭で育ったわけではなく、もしかしたらこの先住む場所がなくなって野宿しなければいけなくなるかもしれない。でも1人では生きていけないし、自分の心の隙間を埋めてくれる存在として仲間がいる……そういう3人組だと感じてもらえればなと思っています。

──成井さんは、稽古でお二人を観てどんな印象をお持ちですか?

成井 初演・再演との比較は難しいですが、2022年の3人組を作ってほしいと思っているんですよね。実際、僕の目から見ると今回の3人組は現代性があるというか、今らしさが出ているなと。昭和の人間からすると、すごくドライに見えるんですよ。いろいろ言い合いをしてはいるんだけど、そんなに必要以上に熱くならないっていうのかな。「巨人の星」とか昭和の学園青春ものってやたら熱いけど(笑)、今の若者ってそこまで熱くならないのかな? あと脚本に下手に奉仕しないところが良いと思います。それは2人とも共通していて、脚本が求めているものをやらなきゃというより、この役をどうやるかを問題にしているのが良いと思います。

猪野 (脚本が求めているものを)やらなきゃって思っていますけどね(笑)。

成井 本当? でも自分のスタイルを持っていないと、とも思っているでしょう?

猪野松本 はい。

成井 それをすごく感じる。

松本 演出家は成井さんなので、自分の意見より成井さんの意見だと思っているんですが、確かに僕は僕だとも思うので、そこがうまく交われば良いなって思ってますね。

猪野 成井さんと稽古終わりにあるシーンについて「こう作ってみたい」という話をしていたら、成井さんに「あ、そうなんだ? クールに見えた」って言われたことがあって、僕はそんなつもりはなかったんですけど、それは意外でした。ただ、各シーンをじっくり作り込んでいくのはこれからで……というのもこの1週間、ものすごく早く稽古が進んだんですよ!

成井 あははは! 俺にとってはいつものペースなんだけど。

猪野 おかしいですよ!(笑) まあそれが成井豊たるゆえんで尊敬してるんですけど。だからここまでは稽古のスピードに追われていましたけど、ここから3人組の関係性も作っていけたらと思っているところです。

店主役の近江谷太朗もいつになく真面目に…

──今回は、店主の浪屋雄治役を近江谷太朗さんが演じられます。そのことでまた作品の印象が変わりそうですね。

成井 近江谷が今回まだ、わりと大人しいんですよね。

猪野 普段は大人しくないんですか?

成井 そうだね(笑)。

松本 成井さんと近江谷さんはいつ頃からのお知り合いなんですか?

成井 1989年からですね。

松本 俺が生まれた年ですよ!

松本幸大

松本幸大

成井 彼の印象っていうのは本当に元気で熱いやつ、稽古場でいつも中心になる人。今回はコロナだからしょうがないんだけど、その印象からすると大人しいですね。真面目にやってるってことなのかな?(笑)

猪野 僕は1回ドラマでご一緒したことはあるんですけど。

松本 まだお話しできてないです。

成井 近江谷の役は絡む人が少ないから、2人と一緒のシーンもないもんね。それもあって大人しく見えるのかもしれない(笑)。