藤田俊太郎が“鏡”をヒントに挑む、シス・カンパニー公演「ミネオラ・ツインズ」 (2/2)

連綿と続く、鏡の関係性

──先ほど藤田さんは、本作が女性の目線で貫かれているとお話されました。女性の状況が変化し、社会がそれによって変化するということは、女性という枠にカテゴライズされていない人たちにも同時に影響があるということだと思います。その点で、マイラやマーナとは異なる世代の男性であるケニーやベンの存在が気になります。

作家が女性である、ということを前提としながらですが、僕はケニーとベンが発する言葉も、女性の言葉だと思っていて。ケニーとベン互いが鏡の存在であり、同時に彼ら自身の母との関係も鏡だと感じます。台本全体を読み解いていくと、マーナとマイラが話していたセリフを、別のシーンでケニーとベンが同じ言葉で話していて、シンメトリーの構造になっているんです。彼らはお互いの存在を時に受け入れ、時に批判しています。

──鏡の関係性は続いていくわけですね。

はい。その鏡の関係性が台本の言葉の中にたくさんあるんです。また本作には、沈黙を破った女性たち、ならぬ、沈黙を破る言葉が、華やかにちりばめられています。時代の移り変わりと共に、以前は世間の共感を得ることができなかったことや言葉が、市民権を獲得していく姿を克明に描いている。戯曲に惹かれる大きな理由の1つです。

──対照的な2役を1人の俳優が演じる面白さ、ビビッドなセリフの応酬という演劇的な仕掛けで楽しませつつも、最後はグッと身近に迫ってくる、スピード感ある展開も魅力です。

はい。プロデューサーや制作の皆さんが“ダークコメディ”と名付けましたが、とても的を射た素敵なコンセプトだと思いました。1950年代のホラー映画のように始まって、物語が展開していくと、恐ろしいほど人生の暗闇が見えてくる。それがこの作品の醍醐味だと思います。

藤田俊太郎

藤田俊太郎

種田陽平の美術、作品を彩る女性シンガーの楽曲にも注目

──また本作のスタッフには、多彩なクリエイターが集いました。

プランナー、スタッフの皆さんもそれぞれオリジナリティあふれる素晴らしい仕事をされてきた方々ばかりです。昔から敬愛している美術の種田陽平さんは、斬新で、魅惑的な美しいセットと客席のデザインを考えてくださっていて、「具象と抽象の間を行けるような舞台美術を作ります」とおっしゃってくれました。また、種田さんは“監視されるように見られている状態”を意識するための対面式舞台、客席も含めて丸ごとプランしてくださっています。種田さんからご意見を伺って、「ミネオラ・ツインズ」という作品の特異性、独自性を見事に言い当てたコンセプトだと思いました。そして、会場となるスパイラルホールが歩んできた歴史も魅力的だと感じています。建物の中に劇場があるという、1980年代以降の都市型劇場の在り方の中で、スパイラルホールは独自路線を貫いてきたホールだと思うんです。“野心的な劇場”で想像力を駆使しながら、カンパニーの皆さんと“野心的な演劇”を作りたいと思っています。

──劇中では、各時代を象徴する音楽も非常に大きな役割を担います。プロダクションノートには「出来れば、その時代の女性シンガーの曲を使ってほしい」とありますね。

音楽には思想が宿るので、素晴らしい音楽はその時代を彩ります。その彩りをうまく使用して、1950年代から1980年代のアメリカ史を描きたいと思います。マイラの考え、LGBT賛歌のような楽曲は各時代にあって、でもヒットチャートに残ることができなかった、“沈黙していた音楽”も多数あった。それはアンダーグラウンドやディスコなどでムーブメントを起こしていたりするんですけど、そういった楽曲が1970年代以降はヒットチャートに入ってくるんですよね。だから作者は、プロダクションノートでポップミュージックの歴史に触れているのだと思っています。あと、実は僕は音楽がとても好きでして……。

──存じております(笑)。

(笑)。ミュージカルの演出をするときは、使用する楽曲が決まっていますが、今回は既成の楽曲を用いて演出をします。ノートにある“女性シンガーの曲”で芝居を作ることにこだわって、多くの意味を見つけられたらと、今からかなりワクワクしています。

──どの曲を藤田さんが選択されるのかとても気になります。

楽しみにしていてください(笑)。

──また、劇中ではマーナとマイラが夢の中で聞く、“声”という存在も重要です。

まずこの夢の場面は、マーナ、マイラがそれぞれ見ている夢なのか、それとも時空を超えて2人が同時に見ている夢なのか、どちらとも取れる書き方をしているので、どのように工夫して演出するか、いろいろと考えています。僕としては、声は鏡であり、支配力であり、守ってくれる神のような存在でもあると思っていて。夢の場面だけでなく、多くの場面で、彼女たちには何かしらの声が聴こえているんです。泣き叫ぶ声もあれば、ささやく声もある。自分自身の声だったり、お互いの声だったり、子供時代の声だったり、自分の子供の声だったり、いろいろな登場の仕方をします。どのようにお客様に聴かせるか、演出の重要なポイントの1つになると思います。

過去ではなく、未来を見つめた作品

──本作は演出と戯曲が複雑に絡んでいて、藤田さんのお話を伺っていても、演出家に非常に刺激を与える戯曲なんだなと感じます。「ミネオラ・ツインズ」という戯曲の魅力を今、藤田さんはどのように感じていらっしゃいますか?

改めて、女性の価値観と言葉が貫かれているという点が、最も魅力的だと感じました。また、徹底して女性を描いていることが、とても重要で強いメッセージを持っているのではないかと考えているところです。「ミネオラ・ツインズ」は特定の人種や、既成概念にとらわれることなく、歴史や状況に対して疑問を投げかけ続けています。もちろんポーラ・ヴォーゲルさんは、女性だけが正しいとは言っていません。正しい、正しくない、という是非ではなく、女性の立ち位置や言葉が時代を超えて、どのように主張されてきたのか、沈黙を破った言葉はどれだけ賞賛されたのかということを考える大切さ、“個は個である”という当たり前のことに立ち返る重要さを、この作品は教えてくれます。また本作を通して、本質的な女性の美しさや深い魅力をより知ることができるのではないでしょうか。

プロダクションノートにある「登場人物は、常に、ホルモンの影響で興奮しているような状態で演じること」という一節も印象的です。それはつまり、この時代を生きることそのものを指しているのではないかと僕は思っています。1950年代のアメリカは一般家庭の多くが家を持ち、電化製品が普及し、どんどん豊かになっていきました。軍事力の増加、いわゆるアメリカが世界の警察になろうとしていった時代に、アメリカ国民が感じていた優越感に近い感情というのは、まさにホルモンの興奮状態だったと思いますし、それが1960年代以降の人種問題や冷戦、核兵器への恐怖など、作品の時代背景につながっていくのではないかなと思います。

──そういった社会の変遷を、2022年1月の日本に暮らす私たちが眺めることで、作品の新たな一面が見えてきそうです。

そうですね。アメリカを“20世紀を映し出す鏡”と捉えた場合、アメリカを通して、時代はどのように変わったのかが見えてきますし、この作品は過去を懐かしむのではなく、過去を理解し、見つめたうえで、さらに未来を見ている作品なのだと思います。

藤田俊太郎

藤田俊太郎

プロフィール

藤田俊太郎(フジタシュンタロウ)

1980年、秋田県生まれ。演出家。2005年、東京藝術大学美術学部先端芸術表現科卒業。在学中の2004年、ニナガワ・スタジオに入る。演出作にミュージカル「ザ・ビューティフル・ゲーム」、「美女音楽劇『人魚姫』」、ミュージカル「手紙」、ミュージカル「ジャージー・ボーイズ」、「sound theaterVI」「sound theaterⅦ」「Take Me Out」「ダニーと紺碧の海」「ミュージカル「ジャージー・ボーイズ」 イン コンサート」、ミュージカル「ピーターパン」、「LOVE LETTERS」、ミュージカル「VIOLET」(英国版 / 日本版)、「絢爛豪華 祝祭音楽劇『天保十二年のシェイクスピア』」、ミュージカル「NINE」、「東京ゴッドファーザーズ」などがある。読売演劇大賞第22回優秀演出家賞・杉村春子賞、第24回最優秀作品賞・優秀演出家賞、第28回優秀作品賞・最優秀演出家賞、第42回菊田一夫演劇賞、第42回松尾芸能賞優秀賞受賞。