METライブビューイングは、アメリカ・ニューヨークのメトロポリタン歌劇場(以下MET)で上演されたオペラ作品を、いち早く映画館で楽しめるシリーズ。世界的スターがタイトルロールを務める人気作や、これまでにない古典の新演出、また時代にマッチした話題の新作など、そのシーズンのMETを代表する作品が、月替わりで続々と登場し、観客の目と耳を楽しませている。
ステージナタリーでは、「METライブビューイング 2024-25シーズン」の上映ラインナップの魅力を紐解くべく、オペラをこよなく愛する石丸幹二にインタビューを実施。ラインナップ一覧を瞳を輝かせながら眺め、「これは映画館に通いたくなってしまう!」と笑顔を見せた石丸に、イチオシの演目を聞いたほか、オペラ初心者に向けた“オペラの楽しみ方”も教えてもらった。
取材・文 / 櫻井美穂撮影 / 井上ユリ
ジェシー・ノーマンとルチアーノ・パヴァロッティに憧れた藝大時代
──石丸幹二さんは、オペラへの造詣が深く、現在は司会を務める「題名のない音楽会」などでもオペラの魅力を伝えています。東京藝術大学声楽科出身で、クラシックの素養がおありですが、オペラに魅了されたきっかけを教えていただけますか。
僕は、幼い頃からレコードを聴くのが好きだったんです。東京藝術大学に入学する前は、東京音楽大学(音楽学部器楽科)でサクソフォンを学んでいたのですが、図書館にたくさんレコードがあり、聴き放題という環境でした。そこで出会ったのが、テノール歌手のルチアーノ・パヴァロッティ。一瞬にして声が心に刺さり、「オペラの歌って、こんなにすごいんだ」と衝撃を受けました。そこから、僕の“ライブラリー漁り”が始まり(笑)、ミレッラ・フレーニやフィオレンツァ・コッソットといった、1980年代に大活躍していたスターと次々に出会いました。そうして“声”に対する興味が高まっていく中、声楽に移行する決め手になったのは、ソプラノ歌手のジェシー・ノーマンです。シューベルトの「魔王」を歌っているのをテレビで偶然に見て、登場人物である父と息子と魔王、そして語り手を、歌で演じ分ける表現力とオーラに圧倒されて、声楽の師匠の門を叩きました。師匠に「ジェシー・ノーマンとパヴァロッティになりたいです!」とお伝えしたところ、「なれるわけないだろ!」と(笑)。
──藝大在学中に劇団四季にてミュージカルデビューを果たし、劇団を退団後は、舞台だけではなく、映像、音楽と、幅広くご活躍されています。声楽科で学ばれたことは、現在のご自身の活動にも活きていると思われますか?
“客席の隅々まで声を届ける”という点では、演劇活動も同じ。声楽科でクラシックの発声メソッドをしっかりと教わったことは、今の自分のベースになっています。ミュージカルに出演するときも、最初に楽譜を読むときは、クラシックの発声で行い、その後に、音楽のジャンルに合わせた声にチューニングするようにしています。お芝居でも、どのぐらいの声量や高さでこのセリフを発声すれば、お客様により届くか……と、やはり“声”について深く意識をしていますね。芝居の中で叫ぶシーンがある場合、通常の発声だと喉に負担がかかってしまうことがあります。そんな時は声楽のポジションで発声すると痛まなかったりするんですね。
METの魅力は“規模感”と“市民との結びつきの強さ”
──METは、イタリアのスカラ座、オーストリアのウィーン国立歌劇場と並ぶ、世界三大歌劇場の1つです。石丸さんは、現地にも足を運ばれたとのことですが、改めてMETという劇場の魅力はどこにあると感じていらっしゃいますか。
劇場自体の魅力としては、やはり規模感ですよね。舞台も客席も広いので、その“大きさ”に応えられる演出家や、声量の持ち主が集結しているところが特徴の1つだと思います。どのオペラ座にも言えることですが、METも観客のニーズに応える演目をラインナップしていますよね。公演が市民の方々の寄付によっても支えられているからこそ、そのニーズに応えられやすい環境なんだと思います。METではバックステージツアーに参加したのですが、案内人がボランティアの市民の方だということが途中で判明し、驚きました(笑)。その方は、METスタッフと非常にうまく連携を取りながら、すごく誇りを持って案内してくださっていて、市民と劇場の結びつきの強さを感じましたね。また“オペラを観ること”自体が、市民の皆さんにとって特別にハードルが高いわけではなく、日常に取り入れられている、とも感じました。客層も、ドレスアップしていらっしゃる方もいれば、ラフな格好で楽しんでいらっしゃる方もいて、幅広い層の方々が共存できる場所、という印象でした。
2024-25シーズンのラインナップにワクワク
──そんなMETの作品を、日本の映画館で楽しむことができるのが、METライブビューイングです。毎シーズン、古典の名作から話題の新作と、バラエティに富んだラインナップで日本のオペラファンの胸をときめかせています。12月以降の2024-25シーズンのラインナップで、石丸さんが特に注目されている演目はどれでしょうか。
(チラシを眺めながら)どの演目も、タイトルを聞くだけで「お、これは観たい!」とワクワクしますね。まずは、12月上映の「グラウンデッド 翼を折られたパイロット」です。一人芝居が原作の話題作ですよね。
──MET初演となる「グラウンデッド 翼を折られたパイロット」は、「VIOLET」「モダン・ミリー」などのミュージカル作品でも知られる作曲家ジャニーン・テソーリが手がけ、2023年に初演されたオペラです。作中では、妊娠したことから戦闘機パイロットの職を追われ、ドローン操縦士となった主人公・ジェスの苦悩が描かれます。劇作家ジョージ・ブラントの一人芝居が原作で、ストレートプレイ版はエジンバラ演劇祭で初演され、ニューヨークではジュリー・テイモア演出、アン・ハサウェイ主演でも上演されました。
演出のマイケル・メイヤーといえば、ミュージカルの人間としては「春のめざめ」を思い出しますね。問題作を、斬新な演出でカッコよく見せていました。そして、ミュージカルでも人気の作曲家のジャニーン・テソーリ。そんな彼らが、アン・ハサウェイが主演した演劇の舞台をオペラ化する! 舞台の人間としては、観ずにおられようか、という思いになります。2月には、メイヤーによる新演出の「アイーダ」がラインナップされていますね。
──「アイーダ」は、古代エジプトを舞台に、敵国の将軍ラダメスと恋に落ちた、エチオピア王女アイーダの悲恋を描く、ウェルディ作曲の壮大なオペラです。「アイーダ」の新演出は、METではなんと約36年ぶりとなります。
新演出ということで、「凱旋行進曲」がどのように描かれるのか、ワクワクしますね。また、メイヤーの演出の面白さは、プロジェクションマッピングなどの最新技術を使いながらも、観客を劇世界にしっかりと没入させてくれるところ。この舞台でも古代エジプトの世界の描き方に興味が湧きますね。演出家は異なりますが、2020年にMETで上演された「アグリッピーナ」の新演出も、ヘンデルの楽曲を非常に現代的な衣裳や装置でモダナイズしているのが興味深く、「さすがMETだな」と思いました。また、今回タイトルロールを務めるソプラノ歌手のエンジェル・ブルーの声にも注目しています。ジェシー・ノーマンもそうですが、僕はアフリカ系のアーティスト特有の声質に心を打たれる傾向があるので(笑)、すごく刺さりました。興味を引く作品をもう1つ挙げるとするなら、「トスカ」でしょうか。
──プッチーニの「トスカ」は、1800年のローマを舞台に、歌姫・トスカを巡る愛憎劇が、「星は光りぬ」「歌に生き、恋に生き」「テ・デウム」といった数々の名曲と共に展開する古典オペラです。演出はデイヴィッド・マクヴィカーで、ローマの史跡をモデルに作られた、豪華絢爛な舞台セットも見どころです。
「トスカ」は、その時代の様式を真正面から観客にぶつける、まさに王道のオペラですよね。プッチーニのメロディを浴びられる喜びは、何ものにも代えがたいと思っています。今回上映される「トスカ」のタイトルロールを務めるリーゼ・ダーヴィドセンの声も、本当に素晴らしいですよ。彼女は北欧出身なのですが、低音から高音まで、色を変えながら歌いこなすことができる歌手。そんなダーヴィドセンが、この豪華な舞台セットの中でどのように歌うのか、という点にも目が離せません。カヴァラドッシ役のテノール、フレディ・デ・トマーゾも、30歳の新星ですよね。
──トマーゾは、今回がMETデビューです。ダーヴィドセンも1987年生まれとまだ若いですが、4月上映の「フィデリオ」でも、レオノーレ役で主演を務めています。
若きスターの活躍は、本当にすごいことだと思います。METは、しっかりとした声量と技量があって初めて立てる劇場ですので、これからの活躍も華々しいものになるだろうな。だからこそ、今の彼らを観ておきたいですね。(改めてチラシを眺めながら)「フィガロの結婚」と、その前日譚である「セヴィリャの理髪師」が、同じシーズンでかかるのも面白いですよね。
──モーツァルトの「フィガロの結婚」は5月、ロッシーニの「セヴィリャの理髪師」は7月に上映されます。いずれも18世紀のスペイン・セヴィリャを舞台に、アルマヴィーヴァとフィガロが巻き起こすドタバタ喜劇が描かれます。
ぜひ、両方とも観て、アルマヴィーヴァ伯爵の過去と未来を見比べていただきたいですね。そして5月上映の「フィデリオ」も、6月上映の「サロメ」の新演出も本当に大注目なんですけど……オススメを絞り切ることができませんでした(笑)。これまでに観たことのない、新しいものに挑める喜びもあれば、オーソドックスなものを真正面から浴びる喜びもある、とても良いラインナップだと思います。こういった演目を毎月のように日本で観られるのは、本当に贅沢なこと。これは、思わず映画館に通いたくなってしまいます(笑)。
新作や新演出をかけられるMETのすごさ
──「グラウンデッド」や、「アイーダ」「サロメ」もそうですが、METでは古典だけではなく、新作や新演出も意欲的に上演されています。
新作オペラは、1から作ることになりますので、コストもかかりますし、「書いたから」といって簡単にかけられるものではありません。そんな中でも、毎年のように新作や新演出を上演しているMETは、やはりそれだけの土壌があるのだなと、改めてすごさを感じますね。新演出にしても、METでそれまで愛されてきた“ナンバーワン“と呼ばれる上演を越えないといけない、大きなプレッシャーがかかるわけですから。そんな中で、演出家たちが高いハードルを越える作品を作り上げていることに感動します。もちろん、すべてを観客が受け入れるわけではありませんよね。皆、それぞれ好みが違うのは当然なので(笑)。そういった意味では、実際に観るとなると、チケットは高価で冒険がしづらい面がありますが、ライブビューイングだと、値段のハードルがかなり低い。バラエティに富んだ作品を、気軽な気持ちで観に行けます。思いがけず好みの作品と出会えるかもしれませんね。
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石丸幹二、オペラ初心者に優しいアドバイス