Toshlにとって「歌うこと」とはなんだろうか。
近年、Toshlはひとたびテレビ番組に出れば、その類まれな歌唱力と気さくな人柄で存在感を示し、お茶の間をにぎわせる存在だ。9月にリリースされたカバーアルバムシリーズの第3弾「IM A SINGER VOL.3」では、Superfly「タマシイレボリューション」、安室奈美恵「Hero」などアクティブな気持ちになるポップソングのカバーから、ミュージカル好きのToshlにとって念願とも言える石丸幹二とのデュエットが実現した「美女と野獣」、さらには自らの思いや身近な人の思いを歌にしたオリジナル曲など全11曲を通して渾身の歌声を聴くことができる。
音楽ナタリーでは、「IM A SINGER VOL.3」のリリースを記念して、Toshlにインタビュー。カバーアルバムの制作エピソードや収録曲に込めた思い、自身の音楽的なルーツ、歌に限らず幅広い表現活動で得た感覚などについて話を聞いた。Toshlが歌とどのように向き合っているのかを、彼の真摯な言葉から感じ取ってほしい。
取材・文 / 田中和宏撮影 / 中野修也
待望のカバーアルバム第3弾は女性シンガー縛り
──Toshlさんが歌うカバーアルバム「IM A SINGER」シリーズも第3作目となりました。今回は約3年ぶりのリリースとなりましたが、どのような流れで収録曲を選んでいったんでしょうか?
本当はもうちょっと前に出す予定だったんですが、コロナ禍の影響で制作が延期になっていたんです。「そろそろ出せるかな」というタイミングで、まず何も考えずに今、一番歌いたい歌について考えていたら、「ディズニーを歌いたい」と思いまして。レコード会社の方に相談したところ、ディズニーさん側が了承してくださって、しかも「3曲まで歌える」ということだったので、まず自分の大好きなディズニー曲を3曲選びました。その3曲がたまたま女性シンガーの楽曲だったので、今作では女性シンガーの曲に絞ることにしたんです。歌いたい曲がほかにもたくさんあったし、カテゴライズしないと絞りきれないこともあって(笑)。
──「ミュージックステーション」に出演した際の「Toshl3択」(3つの候補曲の中から視聴者生投票で選ばれた1曲を歌う企画)でも女性シンガーの曲をカバーしたこともありましたね。収録曲はそういったテレビでの反響や、スタッフのリクエストもありきで決めたんですか?
収録曲のほとんどは自分の思いが優先です。候補を絞っていく中でレコード会社のディレクターや周りのスタッフの意見も聞きましたけど、総合的に判断して決めたのは自分です。自分の気持ちを込めた曲を聴いてもらうことで、背中を押したり、寄り添ったり、少しでも力になれればという気持ちもあっての選曲になっています。「IM A SINGER」(2018年11月発売)では松田聖子さんの「赤いスイートピー」を歌わせてもらったので、今度は(中森)明菜さんを歌いたいとか(笑)。明菜さんの曲であれば「難破船」を歌ってみたいと思ったんです。歌うことで自分自身の気持ちもえぐられるような曲でしたけど、誰しもあるはずの“裏の自分”と言いますか、ネガティブで情念めいたものを抱いているといった雰囲気を、今の自分が表現したらどうなるのかものすごく興味もありました。「難破船」のレコーディングではスタジオ全体の空気が沈んでいきましたけど、そういう空気感も含めて、「いいテイクが録れたな」という手応えを感じました。事前に曲に向き合い、準備した成果もあって、1、2テイクで曲の世界観に入り込めたのもよかったです。
──「タマシイレボリューション」は「Mステ」でも披露したSuperflyさんの曲ですが、テレビバージョンよりもパワーアップしてますね。キーも上がっているし、アレンジもよりロックになっていて。
そうですね。アレンジは今をときめくアレンジャーのトオミヨウさんにお願いしました。クラシックロックやサイケデリックロックのような雰囲気を持つSuperflyさんの曲が好きでよく聴かせていただいていましたけど、そういった曲を最先端のアレンジャーにアレンジしてもらったらどういう化学反応が生まれるのか楽しみで。僕から「こういうベースのフレーズが欲しい」とか「ドラムはこのあたりでツーバス入れてください」と、リクエストもさせていただきました。オープニングを飾る弾けたバンドサウンドが本当にカッコいい! 流石のトオミヨウさんはじめ、ミュージシャン、エンジニア様に感謝です!
ニューヨークで観た「キャッツ」の衝撃
──ディズニーの実写版映画「アラジン」からの楽曲「スピーチレス~心の声」は気持ちを鼓舞するような内容です。Toshlさんが歌に没入している様子が伝わってきました。
「アラジン」の中でジャスミンが「自分はやるのよ!」と奮起するあの世界に自分が入るようなイメージで歌いました。おこがましいかもしれませんが。
──「スピーチレス~心の声」のカバーでは、日本を代表するチェロ奏者の宮田大さんがソリストとして参加しています。重厚かつ華やかで、Toshlさんとの歌声のマッチングがとても美しい仕上がりです。
以前、テレビ朝日の「題名のない音楽会」で、クラシック界の方々と共演したときに、宮田さんとご一緒させていただきました。僕はチェロの音色が大好きなので、この曲のアレンジはとにかくチェロをメインにして、宮田さんのチェロ演奏が映えるような、豊かで疾走感のあるアレンジをアレンジャーの山下康介さんにお願いしました。また、この楽曲を含め、ディズニー楽曲は「題名のない音楽会」のプロデューサー様にプロデュースをいただき、ストリングスは、やはり「題名のない音楽会」で共演いただいたバイオリニストの林周雅さんを中心に編成いただいて、荘厳かつ、ハートフルな演奏をしていただきました。レコーディングでも、番組でも、クラシック界の第一線で活躍する瑞々しいパワーにあふれる方々との共演は、本当に刺激的で勉強にもなります。今回、「ディズニー」「題名のない音楽会」とコラボレーションできたことは、本当に僕の人生で宝物となった経験でした。
──「題名のない音楽会」の流れでいくと、同番組で司会を務める石丸幹二さんとのデュエット曲「美女と野獣」も収録されています。
「IM A SINGER VOL.2」(2019年12月発売)でミュージカル「キャッツ」の楽曲「メモリー」をカバーしたんですが、当時NHKで披露したときにデュエットしてくださったのが石丸さんだったんです。舞台袖で「ぜひ『題名のない音楽会』に呼んでください!」なんてお願いもして(笑)。ミュージカルの世界とロックの世界、それぞれ歩んできた道は違うかもしれませんが、同年代のボーカリストとしていろいろと気が合い、話が合い、腹を割って話せるような方だったので、自分にとって大切な出会いになりました。本物のミュージカルスターである石丸さんは、「美女と野獣」のビースト役を演じられたこともあるリアルビーストなので、僕は「美女と野獣」のカバーではヒロインのベルとして全力を尽くしました(笑)。石丸さんとの「美女と野獣」コラボは、夢のまた夢のような感じがして本当にうれしかったです。
──Toshlさんはどんなミュージカル作品が好きなんですか?
「美女と野獣」と「キャッツ」が、僕の中では2大ミュージカルですね。初めて観たミュージカルが「キャッツ」だったんですよ。22歳のときに一人旅で初めてニューヨークに行ったとき、ブロードウェイの劇場のチケットボックスに並んで、マチネのチケットを買うことができたんです。一番後ろの席だったんですが、そこに座って観た景色が、初めて生で観たミュージカルの世界。「これがニューヨークのブロードウェイなのか!」とめちゃくちゃ感動したんです。まず普通の音楽コンサートしか知らなかったから、客席に猫たちが出てくるというところから「会場全体がエンタテインメントなんだ」と驚きました。音楽、音響、照明、演出、歌、ダンス、セリフなどあらゆるものが研ぎ澄まされた超一流の素晴らしい世界に、大きなカルチャーショックを受けました。あまりに衝撃的だったので終演後しばらく椅子から立ち上がることができませんでした。
父から子へ、子から父へ
──今作に収録されるオリジナル曲についても伺います。まず「葉ざくら」は、Toshlさんによる作詞作曲で、渾身のハイトーンボイスもありつつもフォークソングに近い1曲です。Toshlさんのルーツミュージックはフォークにあるのでしょうか?
いろんな音楽を聴いてきたので、1つに傾倒することがなかったんですね。幼少期の記憶をルーツとするなら、歌謡曲ですね。テレビで流れていた当時のヒットソングを歌って、そこからフォークソング、ニューミュージックの世界に入っていくと。そして当時の歌本でギターのコードを覚えて。同じ頃にロックという音楽も聴くようになって、ルーツを挙げるとするならロックでもなんでも“歌モノ”と感じられるものが好きでしたね。
──なるほど。ではこの曲を作った背景には何かきっかけがあるんですか?
今回は、スタッフとコミュケーションを取る中で刺激を受けたこととか、興味を持ったものが曲のモチーフとなりました。例えば「葉ざくら」を作ったのはちょうど桜の季節が終わる頃でした。アレンジャーの川口大輔さんのプライベートスタジオに行ったとき、お父様の遺影が置いてありまして。「お父様ですか?」という質問から始まって、僕の父や、また、ほかのスタッフのお父様の話をして、父親像や父に対する思いを語り合いました。僕は幼少時から父親っ子というか。父は千葉市内の裁判所に勤務していて、僕は千葉県でも最南端の館山市に住んでいたので、離れ離れの生活でした。どうしても父に会いたい僕は、小学生の低学年ながら、なんとか1人で各駅停車の電車に乗って2時間半かけて、よく通ってたなあとか思い出して。その当時、父の住んでいた官舎の近くにも桜の木がある公園があって、満開の桜の花の下でキャッチボールしたこととか、そのときの父の笑顔や僕のはしゃぎっぷりとか、その場面や感情が鮮明に思い出せるくらい、そんなことが自分にとっての永遠に大切な思い出となってるんだなあとか。そんな会話の中で感じたことを曲にしたいなと思ったんです。僕は今、にゃんたろうというワンちゃんを飼っていまして、日々、一緒に桜並木を散歩しているうちに、桜のつぼみがふくらんで、咲いて、花びらが散り、葉ざくらになっていった。そんな季節の移ろいを改めて感じたときに、人生の儚さ、亡き父への後悔、無常、命、などへの思いが自分の中で溢れるように熟していきました。「葉ざくら」は父から子へ、子から父へという思いを含めて、あのときスタジオで一緒に話したみんなに共通する深い思いを込め書いた楽曲です。
──もう1曲のオリジナル曲「しあわせになるんだよ」は、心温まるウエディングソングですね。
この曲については、TBSの「ニンゲン観察バラエティ モニタリング」という番組で一緒に歌ってくれるボーカルを探すオーディション企画をさせていただいて、最終的に落語家の林家たい平さんを選ばせていただきました。合格者と一緒にオリジナル曲を披露する企画だったので、番組ではたい平さんメインで歌っていただくことになりました。「モニタリング」で僕が一番好きな企画がサプライズ系の結婚式とかプロポーズで、以前それを観て涙したことがあって。そういう明るく感動的なサプライズの場面でたい平さんと一緒に歌いたかったので、ウエディングソングにすることにしました。さっきの「葉ざくら」の話の続きにもなるんですが、“子が親を思う関係”を歌にしたウエディングソングがあったらいいんじゃないかなって。たい平さんは娘さんがいらっしゃるし、スタッフにも娘さんがいる方がいたので、父親としての思いを聞いていくうちに「ああ、そういうふうに父親って娘のことを思うんだな」といろいろ発見がありました。そんな思いと自分の子供の頃からのストーリーを重ね合わせて、「しあわせになるんだよ」ができました。
──Toshlさんの幼少期の記憶も入っているんですね。
そうですね。僕の場合は父親目線ではなく、子供目線からの父親との思い出。歌詞にもあるように「穴の開いた靴下」などに感じる父親の素朴さと言いますか。靴下に穴が空いても、縫い合わせて大切に履いていた。僕自身も、子供の頃、穴の空いた靴下を自分でぐちゃぐちゃに縫い合わせて履いてたなとか(笑)、そんな遠い記憶の中の一場面を思い出しながら、曲を作っていきました。1曲聴いたら1冊の本を読んだような気持ちになる、小説のような世界観の歌ができたらいいなと。歌から温度、匂い、風とか、何か手に触れられるようなものを自然に感じられる。そんな雰囲気をぜひ感じていただけたらうれしいですね。
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心に響く歌声の根底にあるもの