中村蓉と熊木進・中瀬俊介・内堀愛菜が創作の裏側を語る 芸劇dance 中村蓉ダブルビル「邦子狂詩曲」 (2/2)

なりきるのではなく“よぎる”

──改めて向田邦子作品を読み直して、読めば読むほど中村さんのお人柄や、インタビューから垣間見える中村さんの“物の見方”に通じる部分があるな、と感じました。スタッフの皆さんから見て、中村さんと向田作品の接点はどんなところに感じますか?

中瀬 ちょっとわかりすぎてしまって(笑)、少しでも発言するとネタバレになりそうですが……ただやっぱり、向田邦子のフィクションってエンタテインメントでもあると思っていて、そこが中村蓉作品とリンクしていると僕は感じています。不倫ドラマなのに面白いとか、シリアスなのにお客さんが楽しめるとか、そういったところですね。エッセイに関しては、蓉ちゃんの人間性まで見えてきそうなところがあるなと思っています。

内堀 稽古していると、ふと向田邦子がよぎるときがあって、でも蓉さんにも感じられて。感覚的に向田邦子と蓉さんが似ていると言ったら変かもしれませんが、共通点を感じる部分が多いです。

内堀愛菜

内堀愛菜

中村 その、“よぎる”のを目指しているんです。向田邦子を演じるのでなく、感覚として向田邦子の視点を身体感覚に落とし込むというか。「花の名前」も「禍福はあざなえる縄のごとし」も、どちらも作品に書かれていることを身体感覚に置き換えるということをやっているので、なりきるのではなく“よぎる”ことを一番意識しています。また、座談会の初めに「この作品が向田邦子作品に向き合う集大成だ」と言ったのは、これまでの私は向田邦子に近づきたい気持ちが大きかったかもしれないけど、これからはちょっと違う路線を進むんじゃないかと思っているところがあって。今回は、向田作品に「これまでありがとう。あとは私、がんばるわ」という思いもあります。

──「邦子狂詩曲」上演決定の際のコメント(参照:芸劇danceに中村蓉、「花の名前」と新作のダブルビル)で、「花の名前」について中村さんが書かれた文章で、「『花の名前』を題材に作品を創ったとき、学んだことが2つあった。ひとつは『物言わぬ、物の佇まい』。向田さんの小説に登場する電話機やじゃがいもの芽は、在るだけで、それを扱う人間の本音を雄弁に語る。物の、研ぎ澄まされた身体性に魅せられた。もうひとつは『自分を外に置く』こと。興味の濃淡に関わらず、小説で語られる要素全てに向き合うことで私の視野は広がった」という一文が非常に印象的でした。思いとは関係なく、“自分を外に置いて”対象と向き合うこと、さらに人との距離感や身体と精神の距離、自分と世界との距離感といった感覚は、中村蓉作品の根幹にあるように感じます。

中村 そうですね。もともと私は対象に対して距離を置く、という意識があって、“遠いがどこかにはある”という感覚が楽しいなと思っています。邦子さんもそういうタイプだと思うので、例えば「花の名前」では(電話の相手が直接的に描かれるのではなく)電話を描写することによって相手の存在が語られるのだと思います。また「花の名前」はほぼ原作そのままを引用して作品にしたのですが、となると自分が興味のない文章も全部表現しないといけなくて、振り返ると、その経験が私には必要だったと思います。対象と自分の距離がすごく開いていく感覚があり、対象を自分より遠くに置くことで見えてくる景色がある、と気づけたんです。その上で、対象を自分の外に置く目線を持った邦子さんが、自分自身とはどういう距離を取っていたのかが知りたくて、今回エッセイに向き合います。なので、“距離感”は私にとって大事なワードだと感じています。

タイプの違う2作、でも共通する思いは同じ

──「花の名前」は初演版(2022年)は中村さんのほか、パフォーマー1名、オペラ歌手1名、ピアノ演奏1名の4名が出演され、再演版(2023年)は中村さん、パフォーマー1名、リーディング1名、オペラ歌手1名、ピアノ演奏1名の5名が出演しました。今回は人数的には初演と同じ4名となりますが、どのような点がリクリエーションされますか?

「花の名前」(2023年)より。(撮影:金子愛帆)

「花の名前」(2023年)より。(撮影:金子愛帆)

中村 人数的には初演と同じですがメンバーが1名変わっているのと、初演では朗読が私の声での録音音源、再演は俳優・永島敬三さんのライブリーディングだったのですが、今回は出演の福原冠さんが演じながら朗読もするということで、かなり作品が変わります。「花の名前」としては最終形というか、“頂”という感じですが、この形になるまで、初演・再演と出演してくれた長谷川暢さんとの創作は欠かせなかったなと思うと長谷川さんへの感謝が絶えません。「花の名前」再演の帰りの車の中で、熊木さんが「長谷川さんが一緒にクリエーションしてくれて本当によかったね」ってしみじみ言ってくれたのをよく覚えています。

熊木 (笑)。いつもは蓉さんが中心となって作品を作っていくけれど、あの時は本当に、一緒に作っている感じがして、とても良いなって思ったんですよね。

熊木進

熊木進

──新作の「禍福はあざなえる縄のごとし」は身体性を重視した作品になるということですが、「花の名前」よりも言葉の引用が少ないということでしょうか?

一同 (口々に)いや、そんなことはないです。

中村 「禍福はあざなえる縄のごとし」の稽古をしていてびっくりするのは、私がアイデアをちょっと口に出すと、ダンサーのお二人から、身体性が爆上がりした答えが返ってくる感じがするんです(笑)。それが楽しくてしょうがないですね。「禍福はあざなえる縄のごとし」は身体性を重視したい、と思ってはいましたが、こんなにも!と思っています。

──改めて、新作と代表作のダブルビルとなる本公演を楽しむポイントを教えてください。

内堀 舞台上で起きることは、2作品それぞれ違うと思いますが、そこに筆者・向田邦子、演出家・中村蓉という作り手たちの思いや感性が共通して流れているところが本公演の魅力であり、このダブルビルの醍醐味かなと思っています。

中瀬 全部言ってもらっちゃいました(熊木も笑顔でうなずく)。

中村 そうですね……今回は向田邦子作品のフィクションとノンフィクション、どちらも楽しめることが1つ目のポイントだと思います。もう1つは……邦子さんは自分のことを文章に書かなかった作家だとよく言われていますが、私は本当にそうかな?とも思っていて。どんなに自分を出さないように、自分と距離を置いて書いているようでも、作家である以上、やっぱり混ざり合うものじゃないかと思うんです。小説を元にした「花の名前」、エッセイを元にした「禍福はあざなえる縄のごとし」、2つの作品を通じてその点がどう表現されているかを観ていただけたらと思います。

左から内堀愛菜、熊木進、中村蓉、中瀬俊介。

左から内堀愛菜、熊木進、中村蓉、中瀬俊介。

プロフィール

中村蓉(ナカムラヨウ)

1988年、東京都生まれ。ダンサー、振付家。早稲田大学モダンダンスクラブにてコンテンポラリーダンスを始める。2010年より自身の創作をスタートさせ、2014年にヨウ+を旗揚げ。国際芸術祭「あいち2022」や「シビウ国際演劇祭」などで作品を発表している。これまでの主な作品に「fマクベス」「別れの詩」「顔」「理の行方vol.1-6」「ジゼル」、東京二期会ニューウェーブ・オペラ劇場「セルセ」(演出・振付)「デイダミーア」(演出・振付)など。「芸劇 dance ワークショップ 2023」では講師・構成・振付を務め公募で集まった参加者と共に「√オーランドー」を発表した。2013年横浜ダンスコレクションEXにて審査員賞・シビウ国際演劇祭賞、2016年第5回エルスール財団コンテンポラリーダンス部門新人賞など受賞歴多数。

熊木進(クマキススム)

1985年、千葉県船橋市生まれ。桜美林大学文学部総合文化学科で演劇を専攻し、卒業後2008年頃から小劇場のダンス・演劇を中心に舞台監督として活動。中村蓉の作品には、STスポットで2014年に上演された「リバーサイドホテル」より舞台監督として参加。近年の主な参加作品は、中村蓉「fマクベス」、Baobab「ボレロ -或いは、熱狂。」など。

中瀬俊介(ナカセシュンスケ)

映像作家・ドラマトゥルク。1983年、東京都生まれ。大学在学時からライブコンサートの映像演出や企業広告の仕事を始める。2009、2012年に世界を回り、2017年よりDance Company〈Baobab〉に加入。映像のみならず、ドラマトゥルクとして北尾亘とともに作品の創作に関わる。これまでに岡本優、笠井叡、中村蓉、中屋敷南、山田うんの作品に映像演出で参加。

内堀愛菜(ウチボリエナ)

1998年、東京都生まれ。日本女子体育大学舞踊学専攻卒。2022年、同大学院運動科学研究科舞踊学領域修了。年齢や障がい、ダンス経験の有無関係なく、多様な人びとが参加することができるインクルーシブ・ダンスについて研究を行う。Co.山田うんでは、カンパニーマネージャーとして公演の企画制作運営、ワークショップコーディネートなども担う。これまでに、ヨウ+、OrganWorks、Baobabなどの公演に制作として参画。

キャストが語る「邦子狂詩曲」と向田邦子作品の魅力

ここでは2作品の出演者の目から見た稽古の様子、そして向田邦子作品の魅力や好きな一節などを紹介する。

島地保武

島地保武

──本作の稽古の中で、印象的だった中村さん、あるいは他のキャストの方の言動があれば教えてください。

とにかく、蓉さんが明るくポジティブに私たちのやることに笑いながら反応してくれるので、ついついこちらも乗せられてしまい、気づくと休憩するのを忘れてます。

リハーサルを見ているスタッフさん達もよく反応し笑ってます。蓉さんは軽やかな雰囲気を作るお人柄がある方です。

友貴さんは、覇気覇気している。とにかく機敏で現代の忍者のよう。よく気づき、積極性あって、頼もしい。よりかかっても、支えてくれて、ボケれば突っ込んでくれて、更に世間話上手で、良いパートナーになる予感しかないです。

──あなたが好きな向田邦子作品や、今回取り組んでいる作品の中で印象に残っている一節、あるいは作品を通して感じた作家・向田邦子の魅力を教えてください。

媚びない姿勢とシニカルな視点。

正直に生きた人なんだと感じてます。

向田さんのエッセイ「手袋」で、清貧と謙遜ってワードが嫌いと書かれていたのが、痛快でした。

そこに、今取り組んでいる「禍福はあざなえる縄のごとし」の創作での自分のあり方を見出せる気がしています。

プロフィール

島地保武(シマジヤスタケ)

2006年から2015年までザ・フォーサイス・カンパニーに所属。2013年に酒井はなとのユニットAltneuを結成。ダンス、演劇作品など出演作多数。さまざまなアーティストと幅広く創作を行っている。

西山友貴

西山友貴

──本作の稽古の中で、印象的だった中村さん、あるいは他のキャストの方の言動があれば教えてください。

笑いが絶えない稽古場です。島地さんの素晴らしい暴走に蓉さんの鋭く温かいツッコミ、そしてそれがしっかり作品の形になっていく様を見ながら、クリエイションてなんて楽しいのだろう、と喜びを感じています。

蓉さんは大量の付箋を貼った向田さんの本、そして秘密のノートにいつも細かいメモをしていて、私たちにも手作りの「向田邦子年表」を作ってくれました。邦子ラブです。

スタッフさんも含め皆で話し合ったり、試したり……稽古場での試行錯誤が幸せな時間です。

──あなたが好きな向田邦子作品や、今回取り組んでいる作品の中で印象に残っている一節、あるいは作品を通して感じた作家・向田邦子の魅力を教えてください。

「君のいまやっていることは、ひょっとしたら手袋だけの問題ではないかも知れないねえ」(手袋をさがす)

これを読んだ時、私も向田さんと同じくハッとした記憶があります。向田さんの書く文章はテンポがあって、色彩豊かで、サクッと読めるのに、気づいたら鋭いナイフでザクッとえぐられている。……ダンスみたいです。

矛盾と皮肉に満ちているのに、どこか温かみがあって憎めないのは、共感している自分がいるからなのでしょうか。

プロフィール

西山友貴(ニシヤマユウキ)

幼少よりダンスを始め、大学でコンテンポラリーダンスと出会う。2009年より文化庁新進芸術家海外研修員として1年間アメリカ・ニューヨークに留学。2013年より、Co.山田うんに参加。2018年に飯森沙百合とユニット・Atachitachiを立ち上げた。ダンス、演劇作品など幅広い作品に出演。2022年より、日通学園流通経済大学ダンス部監督就任。

福原冠

福原冠

──本作の稽古の中で、印象的だった中村さん、あるいは他のキャストの方の言動があれば教えてください。

細かく試し、選択。それを繰り返す。少しずつだが確実に前に進んでいる実感を持ちながら先日の通し稽古を迎えました。中村さんはやりたいことも、悩んでいることも、上手くいってることも、いってないことも稽古場で話してくれる。だから稽古場にいる皆が前のめりにアイデアを出し合い、また検証する。実験している時の中村さんのワクワク顔が印象的です。積み重ねた小さなミラクルを自信に変えて劇場でお届けできる気がしています。

──あなたが好きな向田邦子作品や、今回取り組んでいる作品の中で印象に残っている一節、あるいは作品を通して感じた作家・向田邦子の魅力を教えてください。

人生は生活でできている。虚しく優しく生暖かい人間の生活を彼女は言葉にする。完璧で簡潔な文体で。そんな彼女の恐るべき言葉たちを劇場で読み上げる。改めて身の引き締まる思いです。

プロフィール

福原冠(フクハラカン)

明治大学文学部文学科演劇学専攻在学中に演劇活動を開始。卒業後、範宙遊泳に所属するほか、さんぴんのメンバーとしても活動。またロロ、木ノ下歌舞伎、Baobab、KUNIOなどの作品に出演。近年はダンス公演にも参加している。

和田美樹子

和田美樹子

──本作の稽古の中で、印象的だった中村さん、あるいは他のキャストの方の言動があれば教えてください。

蓉さんは人の魅力や良さを引き出すのが本当に上手な方です。私は「花の名前」初演から参加させていただいてますが、蓉さんの広い視野と作品に対する飽く無き探究心のおかげで、毎回新たな発見や世界を見つけることができ、一緒に創作できることが本当に楽しいです。

──あなたが好きな向田邦子作品や、今回取り組んでいる作品の中で印象に残っている一節、あるいは作品を通して感じた作家・向田邦子の魅力を教えてください。

「花の名前」一番最後の文章「隣から、テレビの『君が代』が流れて来た。」です。日常の中で起こった出来事、だけど変わらずに日常は続いていく。常子の可笑しさや哀しさ、内側にひそむ感情がこの一文に詰まっていると思います。

プロフィール

和田美樹子(ワダミキコ)

国立音楽大学大学院オペラ・コース修了。二期会オペラ研修所マスタークラス修了。2021年に中村蓉が演出振付を担当した二期会ニューウェーブ・オペラ「セルセ」アマストレ役で二期会デビューした。クオーレ・ド・オペラ所属、二期会会員。