中村蓉と熊木進・中瀬俊介・内堀愛菜が創作の裏側を語る 芸劇dance 中村蓉ダブルビル「邦子狂詩曲」

ダンスを切り口に、物語、音楽、言葉、映像、笑い……など多彩な要素を持ち込みながら、豊かに作品を立ち上げていく演出家・振付家の中村蓉。彼女が「ライフワークとして読んでいる」という向田邦子作品をモチーフに、芸劇danceシリーズとして、リクリエーション作品と新作をダブルビルで披露する。

本特集では、そんな中村蓉ダブルビル「邦子狂詩曲ラプソディー」の創作の裏側に迫るべく、作品のキーマンである、舞台監督の熊木進、映像・ドラマトゥルクの中瀬俊介、プロダクションディレクターの内堀愛菜、そして中村に集まってもらい、どのように作品が立ち上がっていくのかを語ってもらった。

また後半では、新作「禍福はあざなえる縄のごとし」より島地保武、西山友貴、リクリエーション作品「花の名前」より福原冠、和田美樹子が、出演者の目から見た創作の様子や、向田作品の魅力を紹介している。

取材・文 / 熊井玲撮影 / 藤記美帆

中村蓉と熊木進・中瀬俊介・内堀愛菜が語る、
中村蓉ダブルビル「邦子狂詩曲ラプソディー

向田邦子シリーズ集大成としてのダブルビル

──本特集では、中村蓉作品はいかに立ち上がっていくのかについて、中村さんと創作を行っているスタッフの皆さんに伺いたいと思います。まずは中村さん、「芸劇dance」という枠組みで今回、向田邦子作品にフィーチャーしたダブルビルをやろうと思われた理由を教えてください。

中村蓉 「芸劇dance」のお話は、今回のプロダクションディレクターである内堀さんが進めてくれたもので「東京芸術劇場さんと一緒に作品を作ることができるかもしれない」と聞いて、まずは「花の名前」を思いつきました。「花の名前」はこれまで小規模な場所でやってきた作品なのですが、もっと多くの人に観ていただきたいという気持ちが湧いたんです。また向田邦子さんの作品が好きで、ライフワークとしていつも読んでいるんですけど、向田さんの作品でもう1つ作品を作ってみたいなという気持ちもありました。そうしたら内堀さんが「『花の名前』は朗読を扱う作品で、ダンスというより演劇の匂いが強いものだから、もう1つはもっと身体に特化した作品にしてはどうか」と提案してくれて、「確かに」と(笑)。それで、私としても向田邦子作品の集大成というか、向田邦子の作品も、向田さん自身のことも垣間見られるような向田邦子尽くしの公演を1つやってみたい、それでこれを向田邦子をモチーフにした作品の区切りとしたいと思いました。

中村蓉

中村蓉

──新作とリクリエーションを並行するのはハードなのではないかと想像しますが……。

中村 めちゃくちゃハードです(笑)。

──(笑)。その苦楽を共にする仲間として、今回のスタッフの皆さんにお声がけされました。座談会に参加してくださった3名の方々について中村さんからご紹介いただけますか?

中村 まず付き合いが一番古いのが、舞台監督の熊木進さんです。熊木さんは2013年に私がかえるPの公演に出演したとき初めて出会って。そこで「熊木さん、信頼できる!」と思ったので、2014年にSTスポットでやった「リバーサイドホテル」というデュオで初めて舞台監督をお願いして、そこからずーっと自分の主催公演をやるときは熊木さんにお願いしています。浮気してないです!(笑)

一同 あははは!

中村 その次が中瀬俊介さん。2015年にセッションハウスのショーケースで、私は宮河愛一郎さんとデュエットを踊ったんですけど、中瀬さんはデルトーカというチームで出演していました。そこでお互いの作品を観て、打ち上げで中瀬さんと話がすごく盛り上がって。そのとき中瀬さんは「こいつとは付き合いが長くなる」って思ったそうなんです(笑)。

中瀬俊介 作品を観て、「この子は残るな」って思ったんですよね。

中村 あらまあよかった(笑)。当時、私の作品の映像は、スペースノットブランクの中澤陽さんにお願いしていたんですけど、その後中瀬さんにお願いすることになって。最初は確か「阿修羅のごとく」(2018年)の映像をお願いしたんだと思います。そういう意味では、付き合いは長いけど、一緒に創作するようになったのは2018年からで、その後だんだんと中瀬さんに映像だけでなくドラマトゥルクという形で作品作りにどっぷりと入っていただくようになりましたね。

中瀬 そうだったっけ……。最初のことがもう、思い出せないなあ(笑)。

中瀬俊介

中瀬俊介

中村 そして、こう見えて一番新しい関係は、内堀愛菜さん。

内堀愛菜 昨年からですよね。

中村 そう、昨年の「fマクベス」で。フラッとやって来て、ズボズボって関わるようになってくれたというか(笑)。「こんな人がいるんだ!」ってびっくりしちゃったんですけど、内堀さんは愛が深い。制作としてのお仕事はもちろんですけど、私の食事や精神面なんかも気にしてくれて(笑)。みんなや舞台に対しての愛が深い人で、出会えて本当に良かった。ちなみに今回のお話を持ちかけてくれたのは、出会って1カ月後でした。

内堀 「蓉さん、やるよ! 何をやりたいか考えよう!」っていう感じでしたね(笑)。

中村蓉のイメージを言語化・具現化・発展させていくスタッフ陣

──今回は皆さん、作品にそれぞれどんな関わり方をしていますか? 内堀さんはプロダクションディレクターという肩書きです。

内堀 はい。基本的にはヨウ+のプロデューサーは中村蓉なので、蓉さんから何がやりたいかを引き出し、それを実現するためにどう進めていくか、具体的なところを私が考える、という形で今回はやっています。

中村 あと通訳ですね。

内堀 そうですね(笑)。蓉さんの思いが現場でなかなか伝わらないときは、蓉さんとその方たちの間に入って、通訳みたいなこともします。

内堀愛菜

内堀愛菜

──中瀬さんの肩書きは映像とドラマトゥルク。ドラマトゥルクというお仕事はまだ馴染みがない人も多いと思いますが、今回はどんな形で作品に携わっていらっしゃいますか?

中瀬 基本的には、クリエーターの話を聞いて何をやりたいかを一緒に広げていくという感じです。あとは蓉さんからの無茶振りで「ちょっと使いたい引用があるから、原作からこういうイメージの箇所を探しておいてほしい」と言われて、一生懸命探してピックアップするとか(笑)。

中村 中瀬さんのことは全般的に信頼していますが、特に構成に関して、非常に信頼しています。私はよく、バーっと全体を作ってからシーンを大胆に並べ替えたりするんですけど、そういうときに、中瀬さんが言ったことが“最終的に正しい”ことが多いんですよね。

中瀬 いや、基本的にはあなたが言ったことをその通り並べているだけだから、自分がこうしたいとか、こうしたほうがいいと考えて言っているわけではないんだよね。

中村 あ、そうか。時々私が、自分で何をしたいかがわからなくなるときがあって、そこをサポートしてくれてるんですね(笑)。それと中瀬さんの言葉のチョイスがピカイチなんですよ。芸劇の広報誌「BUZZ」(vol.48)に中瀬さんの寄稿が載っているんですけど、その中で向田邦子がダンスについて書いている箇所を中瀬さんが引用していて、阿波踊りについて「こんなに『見せない』踊りもないであろう。それでいて、ういういしく、艶っぽい。」と。あの膨大な向田邦子の文章の中で、こんなにぴったりなものをよく見つけ出すなって思ったんですよね。なので、中瀬さんの構成力と文章のピックアップ、あと映像のセンスについて信頼しています!

左から内堀愛菜、熊木進、中村蓉、中瀬俊介。

左から内堀愛菜、熊木進、中村蓉、中瀬俊介。

──舞台監督はお仕事の範囲が広く、カンパニーや作品によってもさまざまな関わり方があると聞きますが、熊木さんは今回、どのような形で関わっていらっしゃいますか?

熊木進 僕は作品に対して「こんなことがやりたい」と思うことはあまりなくて。特に中村蓉さんの現場では、最近は右腕、左腕(と中瀬、内堀に目線を向けて)が現場にいらっしゃるので、僕としては蓉さんが作りたいものをどう形にしてくかを考えていくというか、ここにいるお二人以外にも、音響・照明のデザイナーたちがどんなことをやりたいのかということを眺めつつ、なんとなく取りまとめていくだけなので、デザイナーというよりコーディネーターとかマネージャー寄りの職種だなと思っています。みんながうまく噛み合うように情報共有したり、調整したり、通常業務の安全管理をするだけというか。

中村 いや、ちょっと私から言わせてください! 熊木さんのお仕事はそんなものじゃないんですよ! 今回に関して言えば、私が当初、空間美術に対してまだどうアプローチしていくか思い浮かんでいなかったこともあり、美術スタッフが入ってないんです。で、この4人で舞台美術をどうするか考えることになったんですけど、熊木さんが優しく「何がやりたいの?」って聞いてくれて。それで私がいろいろイメージを話したら、「じゃあここをこうして2つに分けて、こうすれば……」と私のアイデアから発展させたアイデアを返してくれたんです。そのように、熊木さんは私のやりたいことをすくい取る能力が半端ない。「fマクベス」のときも、本番の1週間ぐらいまで私がなかなか自分のソロシーンを作れずにいたら、私が話した「これとこれとこういう要素がやりたい」という話を元に「じゃあこうしてこうして、もう1人いれば影になるでしょ? で、もう1人は椅子の上を歩いて……」と、私がやりたかったことを結合させてくれた。通常の舞台監督業よりもさらに踏み込んだ仕事をやっていただいてます。

左から熊木進、中村蓉。

左から熊木進、中村蓉。

熊木 そんなことないです(笑)。

中瀬 いや、やっぱり熊木さんは演劇の素養があるから。多分に演劇的要素を含んだ蓉ちゃんの作品をすごくちゃんとわかっているし、1つの言葉に的確に落としてくれるところを僕も信頼してます。今回も、舞台の機構のことを理解されているから美術の扱い方も説得力があるというか。しかもリアリティがあるのに、空想したことも形にしてくれるっていう。

中村 そう、リアリティの上に遊び心がちょい乗せされてるよね!

熊木 (笑)。第一線でお仕事されている舞台監督の方に比べたら僕のスキルは決して高くないと思うけど、演出家がやりたいことを実際どうしたら実現できるか、ということは会話しながら探りたいと思っています。

演出家もスタッフも、アイデアを持ち込み続ける

──お話を伺っていると、中村さんの1つのイメージや妄想を、皆さんがどれだけ具現化していくか、というところが重要なんだなと感じます。例えば今回、中村さんから出てきたアイデアで悩んだところはありましたか?

内堀 私は今回、企画を“組み立てる前”の段階から入っていて、最初にお話しした通り、新作は身体性の強い作品にしたいと思っていたので、向田邦子作品をダンスにするにはどうしたら良いか、「花の名前」とどう差別化するか、さらに蓉さんの1つの脳みその中で2作品をどうクリエーションしていくかというところが最初に感じた壁でした。具体的には新作の「禍福はあざなえる縄のごとし」を男女のデュオ作品にするのがいいんじゃないかということになり、作品をどうしていくかも決まっていない段階で、同時にキャスティングを考えないといけないのは大変でした。最終的にはぜひ、島地保武さんと西山友貴さんにお願いしたいとなりました。

中村 お二人に出演いただけることになったのは、実は東京芸術劇場というネームバリューと信頼のおかげもあると思います(笑)。お二人にオファーのご連絡をした際、東京芸術劇場の主催公演だと説明すると、お二人とも「おめでとうございます!」と言って、出演を快諾してくださったんですね。そんなふうに言っていただけるなんてうれしいな、芸劇さんのおかげだなって思いました(笑)。

中瀬 僕は……悩んでいるところは特にないな。蓉ちゃん自身には越えるべき壁がいろいろあるのかもしれないけど、そしてもちろん、日々目の前にはいっぱい小さな困難はありますけど、僕自身がその壁を乗り越えるわけではなく、蓉ちゃんがどうしたらその壁を越えられるかを一緒に考えるのが僕の仕事かなって思います。

左から中村蓉、中瀬俊介。

左から中村蓉、中瀬俊介。

──新作「禍福はあなざえる縄のごとし」はいくつかのエッセイをモチーフにしたものになりますが、作品のセレクトでもご苦労はなかったですか?

中村 私は以前から(向田邦子のエッセイを)読んでいたので、中瀬さんと内堀さんに「これとこれとこれ!」って感じで私がピックアップしたものを急ぎ読んでもらいました。だから作品選びについては苦労という感覚はなかったんですが、むしろその前段階で、新作でエッセイを扱う、という方向性を決めるまでが大変でしたね。

内堀 そうですね。向田邦子を扱うということは決めたけれど、小説を使うのかエッセイを使うのか、あるいは向田邦子の人物像から作品に落とし込むのか……そういった部分をまず考えていって、エッセイを取り扱うと決めてからは、早かったですね。

──新作は、構成も決まってきた感じなのでしょうか?

中村 そうですね……あら? みんなが首を傾げている(笑)。まあ確かに、まだかっちり決まったとは言い切れないのですが、でも私にしては早いペースで進んでいるんじゃないかと思います。

熊木 じゃあもう演出家として「花の名前」と「禍福はあざなえる縄のごとし」を舞台上で並べるプランが、ある程度見えてきているの?

中村 あ、それはまだです(笑)。2作品それぞれは見えてきたけれど、並べたところはまだこれからかな。

中瀬 ただ、種は植えたよね。2作品をやる意味での、種を。

中村 そうですね、それは見えてきました。

──スタッフ間でも、お互いの発言からヒントを得ることはありますか?

中瀬 めちゃくちゃあると思います。愛菜も熊木さんもクリエイティブな能力が高くて、アイデアがすごくあるんですよ。愛菜は感じたことを直接僕に言ってくれるし、熊木さんが蓉ちゃんとしゃべっているのを聞いて「熊木さんは作品をこう理解してるんだ、なるほどな」って感じて、それを映像に反映したりしています。作品のことを理解している人たちの意見だから、納得できますし。

熊木 蓉さんのチームは、ここにいる人たちだけでなく音響、照明、衣裳デザイナー、音楽も含めて、お互いの意見をちゃんと聞いて、それを自分のデザインに反映してくれるプランナーばかりなので、風通しはいいと思います。またそれぞれに「こんなアイデアはどうだろう」ってすごく持ち込んでくれる。それがすごいなと思います。

熊木進

熊木進

内堀 蓉さんがいないときでも、スタッフ間で「あそこはどうだろう?」と話す時間が生まれたりしますよね。

中村 それは本当にありがたいです。今回もそうですけど、私自身も舞台に出てしまうので、本番は皆さんに任せるしかないですし。

熊木 開幕してからもオペレーターチームが本番のフィードバックをけっこうくれて、「今日のあそこはああだった、ここは踊りが変化してきたから明日はもう少し照明や音響を変えてみようと思う」というような意見を伝えてくれるんです。ダンス公演だからそんなに公演回数は多くないんですけど、毎日アップデートを重ねながら最終日まで走っていく感じがありますね。

中村 舞台上にいても、それは光や音から感じます。

熊木 蓉さんがすごく疲れているように見える日は、音響の相川(貴)さんがすごく煽ってきたり(笑)。

中村 めちゃくちゃありますね(笑)。忘れ難いのが「ジゼル」の舞台稽古で、どうも終わり方がしっくりこなくて、小屋入りしてからも試行錯誤していたのですね。そうしたら舞台稽古中、照明の久津美(太地)さんがラストでなかなか照明を落とさなかったんです。

熊木 暗転で終わる予定だったんですけど「踊り切るまで、まだ暗転させない」っていう久津美くんの強い意志を感じました(笑)。

中村 そう(笑)。結局、本番の2日前くらいにしっくりくる終わり方が見つかって良かったんですが……。あのとき、私はみんなと作品を一緒に作っているんだな、「これがやりたかったんだ」と改めて実感して、快感でした。

中村蓉

中村蓉

──皆さんは中村さん以外の方とお仕事されることも多いと思いますが、演出家・中村蓉の特徴をどんなふうに感じていますか?

中瀬 「なんでそこ頑固なの?」って思う瞬間がある(笑)。さっきまで仲良くしゃべってたのに、そこは頑ななんだ、っていう。

中村 え、ほんと?(笑)

中瀬 いつもニコニコ話を聞いてくれるけど、たまにそこは崩せないシーンなんだって感じることがあって、でもそういうところが信頼できるなと思いますね。

熊木 芯がある一方で、「絶対に曲げない」というわけでもなく、コミュニケーションを経て理解できると意外とスッと納得してくれたり。

内堀 基本的に慎重なんだけれど急に雑になるというか、バーン!と大胆になるときがあって、でもそれって自分の中で決定的な何かが見えたからそうなったんだなと感じるので、雑になったときは安心します。で、その“雑”からこぼれ出たものをみんなで拾い上げて(笑)、進みたい道に向かっていく、ということをしている感じがしますね。

熊木 自信が持てたからアクセルをブンって踏み込むんだと思うんですよね。

中村 ……自分じゃ気づいてないですね(笑)、なるほど。

内堀 これだけ意見するスタッフがいるチームだけれども、蓉さんの中にこれっていう部分があるからみんなも意見が言えるというか。やっぱりみんな、演出家・中村蓉の作品であることはよくわかっているし、蓉さんの思いを立てたいと思うからこそ意見している部分があると思います。

中村 感謝しかないです。本当に人運に恵まれました!