ローソンチケットpresents「ここだけの話 ~クリエイターの頭の中~」05. 小林顕作×福原充則|削ぎ落としてもなくしても、最終的に “自分”は残る

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“演劇ならでは”を追求する

小林 「ひとりでシェイクスピア」(編集注:2015年に上演されたシェイクスピア作品の名場面をアレンジした小林の一人芝居)はやりましたけど、シェイクスピアが特にやりたいってことはなかった。親父(作詞家の小林幹治)がシェイクスピアに詳しくて、家に本が並んでたから名前を知ってるくらいで。やってみたい名作とかも特にないし……ある?

福原充則

福原 今年、唐十郎さんの「秘密の花園」をやりましたけど、それは好きな作品だからやったって感じですね。あ、でも「サナギネ」(編集注:1994年に初演された、双数姉妹の代表作。今はなき青山円形劇場の円形ステージを南北で仕切り、観客は芝居のそれぞれ片側しか観ることができないという演出が好評を博した。ベッド&メイキングスで14年に上演)とか「イメチェン~服従するは我にあり~」(編集注:昭和の高度成長期を舞台に金、権力、愛に翻弄される人々を描いた千葉雅子の01年初演作。猫のホテル10周年を機に10年に再演され、福原が脚色・演出を担当した)とかは、やらないとみんな忘れていっちゃうから、それなら俺がやろうって思いでやりました。「秘密の花園」は、僕はすごく楽しかったけど、大変な作品でしたね。芝居の後半40分くらい嵐のシーンで、スタッフさんと出てない役者の総がかりで、消防用のホースとバケツを使って舞台上を水浸しにしながら、演じてもらって。

小林顕作

小林 へー! でもそういう意味では僕、つかこうへいをやってみたいですね。前向いて思いっきり気持ちを吐露する演劇って、気持ちいいじゃないですか。それこそ映画やお笑い、音楽にもない演劇独特の表現だし、特につかさんは生き様をぶつけてくる感じがする。「風間杜夫を見ろ!」みたいな(笑)。演劇の武器って結局、正面切って汗水流してセリフを発することがすべてじゃないかなって思うんですよね。

福原 舞台を観て、ときどき「これ、ライブよりチケット代が高いのかあ」って思うことがあって。音楽が好きだし、大抵のことはミュージシャンに負けると思ってるんですけど(笑)、それならそれで芝居ならではのものをやらないとって。

小林 僕も福原くんも、たえず演劇のジャンルのことを考えてるわけではないんだよね。だから芝居を観ながら「これはプロレスに負けるな」「サッカーの試合に負けるな」と思ったりして、芝居を観た人にそれらに劣らない感情を持って帰ってもらうにはどうしたらいいか、考えてるんだと思います。

映画を撮って

小林 舞台版をやった流れで「パタリロ!」の映画を監督することになって、それまで映画は入っちゃいけない世界と思っていたんだけど、「ブレーンを付けてくれるなら」ってやることにしたんです。だから監督って言っても、僕はモニターを移動させたりしただけなんだけど(笑)。でも現場に関わってみたら、今後何か撮る機会があったらやってみたいなって気持ちになりましたね。ただ演劇もちゃんと作れるようになるまで20年くらいかかったから、映画なんてもっと大変でしょうけど(笑)。

左から小林顕作、福原充則。

福原 僕は映像学科の出身で、映画監督になりたくて学生時代に映画を撮ってたんです。そのとき、小劇場の役者がいっぱい出てくれたんですけど、みんなノーギャラだからお礼に彼らの舞台のチケットを買うわけです。芝居を観に行くようになったのはそれがきっかけ。だから、自分は演劇の人間じゃないし、どうせやるなら演劇っぽいことがやりたいって思ってた部分がありましたね。実際に映画を撮ってみると、演劇って終わるんだけど、映画はいつまでもけなされ続けるんだなって(笑)。

小林 あははは!(笑)

福原 “みんなの記憶に残れば何十年も褒めてもらえる”って、映画のいい面しか見てなかったんですけど。

小林 怖いわー(笑)。

福原 でも1本目を撮って、もうちょっとやれるなって思ったこともあったので、「南の島~」もそうですけど、その経験を次に生かさないと……。

左から小林顕作、福原充則。

小林 え? またやろうとしてるの? 「南の島」も!?

福原 じゃないと意味がないなって。映像は、実はこっそり自分で撮って、勉強し直してます。

小林 わあ、そういう思いがあるのはすごいね!

福原 顕作さんが、今日はちょっとギター弾いてみようって思うのと一緒の感覚ですよ。

岸田國士戯曲賞と全国銭湯文化功労賞

小林 僕は26、7歳のときにこの道で進むって覚悟を決めて、それからはそのときどきに出会った人たちと一緒に仕事してきました。この先もきっとこのまま、そんな華々しいところにいくこともなく(笑)、出会ったご縁で変わらずにいくんじゃないかなと。で、ギャグが閃いた瞬間に「あ!」って死にたいですね。あと寂しく死ぬのがいやだっていう人たちが周りに増えてきたので、そういう人たちを集めて大きな村を作ろうと思ってます。僕はそこで毎朝ごはんを作る係をやろうかな(笑)。

福原 “26、7歳のときにこの道で進む覚悟を決めた”って話を、「パタリロ!」を観に行ったときに呑みながら顕作さんから聞いて、「そろそろ俺も生き方を決めないとな」と思いまして……というくらい、ずっと迷いながらやってきたんですね。しかも顕作さん、呑んでるときは「芸術家として生きていく覚悟」って言い方をしてたんです。俺、ずっとその度胸がなくて、ゲイジュチュ……。

小林 言えてない!(笑)

福原 (笑)。まあ、そろそろ覚悟を決めないとなって。

小林 なんだよ、俺よりいい賞取ってるのに! オフロスキーは全国銭湯文化功労賞取っただけなのに(笑)。

福原 あははは!(笑) でもキャバクラでウケないことやってもしょうがないって刷り込みがあって。キャバクラで岸田國士戯曲賞って言っても「は?」じゃないですか。でも銭湯文化功労賞だったら「なにそれ、面白ーい!」ってなりますよ。そっちのほうがカッコいいよなあって……。

小林 なんだよ、結局、福原くんの自信がない話で終わっちゃったよ!(笑)

左から小林顕作、福原充則。
小林顕作(コバヤシケンサク)
1971年東京都出身。96年に宇宙㋹コードを旗揚げ、脚本・演出を手がけ出演もする。同年コンドルズの旗揚げにも参加し、出演すると同時にコント部分の脚本を担当。俳優として河原雅彦、長塚圭史などさまざまな演出家の舞台に出演するほか、絵本の読み聞かせを全国各地で展開。近年はEテレ「みいつけた!」のオフロスキーや、大河ドラマ「真田丸」の明石全登役で注目を集めた。さらに演出家として「帝一の國」「パタリロ!」舞台版を手がけヒットへ導く。作詞・作曲も行い、定期的にフォークライブを行っている。今秋公開予定の映画「パタリロ!」では初メガホンをとった。
福原充則(フクハラミツノリ)
1975年神奈川県出身。2002年にピチチ5(クインテット)を旗揚げし、脚本・演出を手がける。またニッポンの河川、ベッド&メイキングスなど複数のユニットを立ち上げ、不定期で作品を発表。外部作品の脚本、演出を手がけることも多く、「視覚探偵 日暮旅人」など映像作品でも活躍。近年の作品に、ベッド&メイキングス「墓場、女子高生」(脚本・演出)、パルコプロデュース「いやおうなしに」(脚本)、東京No.1親子「あぶくしゃくりのブリガンテ」(脚本・演出)、月影番外地「どどめ雪」(脚本)、「俺節」(脚本・演出)、「秘密の花園」(演出・出演)。15年には初監督作品「愛を語れば変態ですか」が公開された。18年に「あたらしいエクスプロージョン」で第62回岸田國士戯曲賞を受賞。