KAAT神奈川芸術劇場プロデュース「華氏451度」吉沢悠×美波×吹越満|SFと言うより、むしろ生々しい人間ドラマ

登場人物たちはモンターグの“なり得る姿”

──吹越さんはモンターグの上司で、迷い始めたモンターグを諌め諭す、ベイティー隊長を演じられます。ベイティー隊長は、とても謎な人物ですよね。

吹越満

吹越 言ってることはたぶん、このお話の設定では正しい人なんだと思うんですよ。でもそこまで正しいことが言えるのに、モンターグに「自分にも覚えがあるからよくわかる」と語ってもいて、かつ本にもすごく興味を持っていて……矛盾してますよね(笑)。モンターグを中心に考えると、各登場人物はモンターグがこの先どうなり得るか、その“選択肢”を表しているとも言えて、ベイティーもモンターグがなり得る姿の1つという感じがする。堀部(圭亮)さん演じる学者のフェーバーは、モンターグとベイティーが「もしかしたら仲間になれるかもしれない」って言いますけど、本当にそうだなって。あと、自分より若い人に対する嫉妬もあるのかなと思います。ある年齢になって、自分よりうんと若い人を見たときに「ああ、俺はもうそっちに戻れないな」って感じることがあるじゃないですか。「今からでもやればいいじゃないですか」って言われても、そういうことじゃなくて、もう戻れない何か……嫉妬のような感情が、モンターグに対してベイティーにはあるんじゃないかなと。

吉沢 ああ、わかります。その感情も生々しくていいですね(笑)。

吹越 うん。だからこれは人間の話なんだよね。SFだと思っていると意外と人間ドラマだったりするから、そのギャップが面白いのかもしれない。

吉沢 本当にそうですね。なので変に近未来感を出そうとすると逆に冷めてしまうって言うか。

吹越 そうだよね。

──モンターグはベイティー隊長をどのように見ているのでしょう?

吉沢悠

吉沢 原作と吹越さんが演じられるベイティー隊長はちょっとイメージが違うんですよ。吹越さんのベイティー隊長は、動物的というか“爬虫類的”。感情があるんだけどないような、それでいて変なところで感情をにゅっと出してくるからハッとさせられると言うか。映画版だともう少し上司と部下という感じで描かれているけれど、そうでもなくて、一緒に演じていると動けなくなっちゃうんですよ。

美波 蛇に睨まれたような感じでね。怖い、ベイティーは(笑)。

吹越 あははは(笑)。

“気付き”のきっかけ

──モンターグにとっては本が、自分の目と耳で現状を捉え直す“気付き”のきっかけになります。皆さんそれぞれにとって“気付き”のきっかけなった作品があれば教えてください。

吉沢 映画だと僕は「ファイト・クラブ」ですね。別にああいうふうになりたいってわけじゃないんですけどね(笑)、高校生くらいだったかな? カッコいいなと心が動いた。舞台では「王様の耳はロバの耳」。子供の頃に観に行って、舞台って面白いなと初めて思った作品です。

吹越 一番最初に自発的に人前に立って何かを表現したのって、俺は中学生のとき。ビートルズのコピーバンドをやろうと思ったんだよね。

吉沢美波 へー!

吹越満

吹越 自分のお金ではアルバムが買えなかったから友達が持ってるのを安く売ってもらって、それが「Let It Be」だった。その友達が左利きでポール(・マッカートニー)がやりたいって言って、バイオリンベースを通信販売で買っちゃって、俺がギターをやることになり、あと2人、友達を引っ張ってきて。でも当日は指がつっちゃって演奏は全然ダメだったけど(笑)。

美波 私は小さい頃にお父さんとフランス映画を2人でよく観ていて、その時間がすごく好きでした。7、8歳のときに1935年の「レ・ミゼラブル」を見てコゼットにあこがれたんです。で、あるとき森の中の別荘に遊びに行って、コゼットになりきって1人で川に水を汲みに行ったんです。でも途中で土砂降りになっちゃって。みんなすごく心配してたけど、私は森の中で1人、「私はコゼットなんだ」って思いながら土砂降りの中でパンを食べたり、トマトをかじったり……。たぶんそれが、女優になりたいと思ったきっかけです。それから児童劇団に入りました(笑)。

可能性が膨らむ舞台版

──さまざまな問題を内包する本作の中で、テクノロジーと人間がどう向き合うかも大きなテーマの1つです。今回は、“サイエンスフィクション”である「華氏451度」に、演劇というアナログ手法で立ち向かう、とても挑戦的な企画だと思いますが、皆さんはその面白さをどのようなところで感じていらっしゃいますか?

美波

美波 実は私、この間落語鑑賞デビューしたばかりなんですけど(笑)、(立川)志の輔さんの「牡丹灯籠」を観ながら、夫婦間のあれこれとか人間の思いって結局変わらないんだなって思ったんです。どんなに周りが進化しても、私たち自身は何も進化してないなって。今回の作品では、そういった“人間味”の部分を、白井さんは大切にしてらっしゃると思います。

吉沢 白井さんはよく「例えば舞台上にベッドや椅子があったら俳優は演じやすいと思う。でも抽象的な空間でどう演じるか?ということこそが、今回の作品の面白いところだ」とおっしゃっていて。台本ではシーンの切り替えについても特にはっきり書かれてないんですが、映像だったらパッと切り替えられるところ、それを舞台上でどう表現していくか。それをみんなで考えていくことが、今回の挑戦であり、楽しみだと思いますね。

──確かに映像だったらパッと表現できそうなところも、舞台では想像力が入るぶん、表現方法が1つじゃないと言うか、いろいろとイメージが広がりそうですね。

吉沢 ええ、それは本を読んで想像力を膨らませる感じとつながっていて、面白いですよね。

吹越 そうですね。今回も、原作を知ってる人なら「あの小説がどう舞台になるんだろう」って思いながら観に来て、でもその人が原作に持っているイメージと舞台は、絶対ズレがあるわけで……。そこが面白いですよね。「俺が想像した通りだ」なんて舞台には、絶対にならないわけだから。

吉沢美波 ならない!(笑)

吹越 あと今回、ト書きには特に書かれてないんだけど、作品の冒頭で出てきたある登場人物が、また別のシーンにもふっと出てくるっていう、登場人物が重なる演出があるんですね。それが、例えば本を読んでるときに、「あ、この登場人物はここにも出てくるんだ!」って、後半のページに指を挟んで、前のページを確認する感覚に似てると言うか。一瞬パッと記憶が戻るような、そういう効果になってる気がするんだよね。

吉沢 ああ!

美波 なるほどなあー。

吹越 そんな、“手触り”みたいなものがある作品になりそうな気がしてます。

KAAT神奈川芸術劇場プロデュース「華氏451度」
2018年9月28日(金)~10月14日(日)
神奈川県 KAAT神奈川芸術劇場 ホール
2018年10月27日(土)・28日(日)
愛知県 穂の国とよはし芸術劇場PLAT 主ホール
2018年11月3日(土・祝)・4日(日)
兵庫県 兵庫県立芸術文化センター 阪急中ホール

原作:レイ・ブラッドベリ

演出:白井晃

上演台本:長塚圭史

出演:吉沢悠、美波
堀部圭亮、粟野史浩、土井ケイト、草村礼子 / 吹越満

あらすじ
「華氏451度」

華氏451度、この温度で書物は燃える──。

徹底した思想管理体制のもと、書物を読むことが禁じられた近未来。その世界では本の所持が禁止されており、発見された場合は “ファイアマン”と呼ばれる機関が出動して焼却し、所有者は逮捕されることになっていた。ファイアマンの1人であるモンターグは、当初は模範的な隊員だったが、クラリスという女性との交流を通じて、それまでの自分の所業に疑問を感じ始める。仕事場から隠れて持ち出した数々の本を読み、社会への疑問を高めるモンターグ。そして彼は追われる身となっていく。

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吉沢悠(ヨシザワヒサシ)
1978年東京都出身。98年にデビューし、2002年に「ラヴ・レターズ」で初舞台。主な出演作に、08年「幕末純情伝」(つかこうへい演出)、主演を務めた11年の「オーデュボンの祈り」(ラサール石井演出)、12年「助太刀屋助六 外伝」(G2演出)、13年「遠い夏のゴッホ」(西田シャトナー演出)、主演を務めた13年の「宝塚BOYS」(鈴木裕美演出)、13年「きりきり舞い」(上村聡史演出)、15年「TAKE FIVE」(渡瀬暁彦演出)などがある。19年春には主演映画「ライフ・オン・ザ・ロングボード2nd Wave」が公開予定。白井晃演出作には、今回の「華氏451度」が初出演となる。
美波(ミナミ)
1986年東京都出身。2000年に深作欣二監督作「バトル・ロワイヤル」で映画デビュー。06年の「贋作 罪と罰」(野田秀樹演出)、07年「エレンディラ」(蜷川幸雄演出)をはじめ、栗山民也、宮本亜門、長塚圭史演出作に出演。15年に文化庁新進芸術家研修制度により、フランス・パリのジャック・ルコック国際演劇学校に進み、1年間在籍した。現在はフランスと日本を拠点に女優活動を続けている。白井晃演出作には、14年「Lost Memory Theatre」に続き2度目の出演となる。
吹越満(フキコシミツル)
1965年青森県出身。84年にワハハ本舗に参加し、99年に退団。これまでの舞台出演作に、2000年「農業少女」(松尾スズキ演出)、02年「エレファントバニッシュ」(サイモン・マクバーニー演出)、13年「シダの群れ 第三弾 港の女歌手編」(岩松了演出)、14年「ポリグラフ―嘘発見器―」(吹越満演出)、17年「相談者たち」(山内ケンジ演出)、15、18年「プルートゥ PLUTO」(シディ・ラルビ・シェルカウイ演出)など。また主な映像出演作として、11年公開の映画「冷たい熱帯魚」(園子温監督)、12年の「悪の教典」(三池崇史監督)、15年の「友達のパパが好き」(15年)などがある。89年から継続して「フキコシ・ソロ・アクト・ライブ」を開催中。白井晃演出作には、今回の「華氏451度」が初出演となる。