一次審査委員たちは、何を観ているか
──皆さんは普段から舞台をよくご覧になっていると思いますが、舞台を観るときに、どのような点を意識されますか? また審査ではどのような点を意識されましたか?
林 普段舞台を観るときは、ちゃんと対価を払うのに見合ったものを観せてくれるかどうかを意識しています。私たちはプロとしてやっているので、プロフェッショナルなものを観せてくれるかどうかは大切だと思っています……と、プロデューサー目線ではどうしてもお金とクオリティのことを考えてしまいますね。一方で、今回のようなアワードの審査の場合は、県の劇場として、若い人たちを育てていきたいという思いもあるので、お客さんも上演する側も、共に育っていってほしいと思いながら観るようにしています。
塚田 私は、舞台芸術に関してはなるべくいろいろなものをつまみ食いしたいタイプなので、昨年はお能とクラシックバレエを意識して多く観ました。というのも、お能とバレエは閉じられた世界のものというイメージが強かった。でも、同時代を生きている人がやっているものには変わりないと思い、またご縁もあっていろいろ観始めたところ、ジャンルに関係なく、大切なのはその時代に生きているという感覚をちゃんと持って、目の前にいる人に対峙しているかどうかなのではないかな、と思うようになりました。“このままではこのジャンルはなくなる”と切実な思いを感じている方の舞台は本当に必死で、観客に対してのアプローチが全然違うと感じられることがあります。ある緊張感もあるというか。だから私が何に注目するかというと、例えばWebサイトのテキスト情報やチラシのビジュアル、実際に劇場を訪れたときや作品と出会ったときの肌感覚が、全然知らない人に対してもウェルカムかどうかということ。反対に、技術的にすごいものであったり、作品としてよくできているものであっても、お客さんを微妙に置き去りにしているような作品はもったいないなと思ってしまいます。実際、自分が美術館でパフォーミングアーツをプロデュースしていたときも、「観に来るお客さんの大半がダンスの人というのはつまらないな、100人のうち1人でも普段は展覧会しか来ない人が観にきてくれたらいいな」ということを考えていました。美術寄りの人が観て面白いと思えるパフォーマンスであるかどうか、また出演者自身も、自分たちが出会ったことがない人と出会いたいと思っているかどうか……そういうことを、トランス / エントランスシリーズでは大事にしていました。
立石 審査会のときに楫屋さんが話されていたことですが、「ダンス評価はデジャヴとの闘いだ」と。自分も長いこと舞台を観てきているので、過去に自分が観たものに重ねたり、著名な作品や演者・団体と結びつけて、自分の中で納得してしまう傾向がありました。でも、それを越えて本当に新しいものに出会いたいと思っていますし、パルコやマガジンハウスなど流行を扱うところにいたこともあり、青田買いではないですが、旬をいち早くキャッチすることには特別な快感があります。今回の審査では、自分が既に知っている演者や団体があまりいなかったこともあり、提出された映像資料をまず見て、そのあと申請書を読み込んで、最終的には自分の感覚にフィットするかどうかで審査を進めていきました。
一方で観客としては、時間とお金をかけるわけですから、とにかく楽しさを求めます。新しい作り手、演者や団体の情報は舞台通のレビューや一般の口コミを参考にすることもありますし、特にコロナ後は観劇仲間と感想を語り合うことも大事にしています。舞台を観ることとは、そうした行為をトータルに楽しむものではないかと思っています。
オノマ 私は自分が作る側でもあるので、普段は作り手がどういうことを考えて、何を伝えたくてその作品を作っているのかを考えながら舞台を観ています。ただ審査に関しては、昨年「パフォーミングアーツアワード」になってからこんな異種格闘技戦なコンテンツもなかなかないなと思っていて……。
一同 あははは!
オノマ 私自身の分野が演劇なので、演劇は割と知っているカンパニーが多いのですが、ダンスについては知らないカンパニーも多く、詳しい審査委員の方にお聞きしながら審査に臨みました。審査では資料映像も観ますが、私としては企画書にどれだけ詰まったものが書けているかを重視します。またKAATの大スタジオで上演するので、実現性も考慮しました。
楫屋 僕の場合は、観客という視点はほぼないかもしれないです、やっぱりプロデューサーの目で見る。そういう生き方になってしまっています。ジャンルは全然関係なく、ダンスはクラシックバレエから日舞、フラメンコまで、演劇は古典から小劇場まで、観ていないジャンルはほとんどないと思います。舞台を観るときの視点は、わかりやすく言えば2つあって、1つ目は身体です。立ったとき、動き出したときの体幹を必ず確認します。スポーツでもそうですが、体幹がぶれていない身体は“観られる身体”“観ることが許される身体”だと思いますし、途中でつまらないなと感じたら骨格を観るようにしています。もう1つは内面です。感情、気持ち、情感……心は目に見えないものですが、可視化できないものを“観える”ようにしてしまう表現であるかどうか。それがあるアーティストはもう、ビンゴです(笑)。もちろんそんな人はごくわずかなのだけれど、100人に1人見つかれば、その人をなんとかしようと思う、それがプロデューサーの視点です。その目線でずっと、僕は舞台を観ています。
選出された6団体に懸ける期待
──ファイナルには、劇作・演出家である山田カイルさんが代表を務める抗原劇場、お笑いコンビ・クレオパトラの長谷川優貴さんが主宰するエンニュイ、日本大学芸術学部洋舞コース出身の大西優里亜さんが2024年に立ち上げたSR/Yuria Onishi、2019年に映画監督で俳優の太田信吾さんが立ち上げた一般社団法人ハイドロブラスト、桜美林大学の学生たちによるChapter、笠井叡さんに師事する金子美月さんの6団体が選出されました。一次審査委員の皆さんが感じた、それぞれの面白さについて教えてください。
オノマ ダンス系のSR/Yuria Onishiさん、Chapterさん、金子美月さんと、演劇系の抗原劇場さん、エンニュイさん、ハイドロブラストさんで、パキッとカラーが違う感じがありますよね。
楫屋 そうですね。Chapterは木佐貫邦子さん門下の学生たちによるコンテンポラリーのグループで勢いがあります。一方のSR/Yuria Onishiさんはエネルギーの放出!というようなパワフルな作品を手掛けていて、ChapterとSR/Yuria Onishiさんはある意味、対照的だと思いますね。ただ、これは若いダンサーにいつも言うことなんですけど、ダンスって基本的には衝動で、内側のエネルギーの放出ではありますが、最終的に観るのは、それをいかにコントロールするかということ。つまり衝動を制御するテクニックのクオリティを観るのが、ダンスの面白さだと思います。アワードではそこまでは問わないけれど、エネルギーのコントロールの仕方を開発していかないとプロとしてはやっていけないと思うし、そこを1つの才能として押し出せるかどうかは大事だと思っています。
塚田 ChapterとSR/Yuria Onishiさんは手慣れた感じがあまりしないという点が、私はポイントかなと。“野生み”ってどの時代でもやっぱり大事だと思いますし、個人的にもそういうものが観たくて足しげく通ってきたので、このアワードにとってもそこは大きなポイントじゃないかなと思います。また金子美月さんは、あの若さでこの感じが出るのか、と。ただエネルギーが放出されているのではない重量感がある世界観で、舞台の前方へというだけでなく、上下にエネルギーが向かっていくような感じがありました。資料として送られてきた過去映像は小さな劇場での公演で、小さな劇場だとぶっ飛んだものが魅力的に見えやすい、というのはよくあることなのですが、それにしてもちょっと得体の知れない何かを持っていそうな感じがして(笑)。そこが選考に残ったポイントなんじゃないかと思います。
楫屋 エンニュイは、「かながわ短編演劇アワード2022」に出場予定だったのですが、コロナ禍で辞退しました。僕が彼らを面白いなと思っているのは、自分たちがその時々の気分でやりたいことをやっている感じで、全然周囲の目を気にしていないところ。新しい表現というわけではないかもしれないけれど、あざとくもなく、内側に向かうでもなく、軽やかなところが気になります。
立石 自分は、抗原劇場の山田カイルさんは優れた通訳者として仕事上で知っているのですが、彼の作品については未見でした。それもあってカイルさんがどんな作品世界を見せてくれるのか、期待があります。またハイドロブラストの太田信吾さんは映画監督としても知られていましたが、自分が東京芸術劇場で制作を担当した田中泯さんの舞台「村のドン・キホーテ」についてレビューをお願いしたことがあったんです。そのときの太田さんの文章がとても素敵だったのと、2022年に岡田利規さんが作・演出した「わたしは幾つものナラティヴのバトルフィールド」に出演された太田さんを観て、パフォーマーとしても面白かったので以来注目しています。またもう1人のメンバーである竹中香子さんは、今年1月に上演された、演出家・上田久美子さんのProjectumï「寂しさにまつわる宴会」で初めて生で観て、一言では言えない多面的な俳優さんだなと思いました。そんな2人が組んで、どんな作品を生み出すのか楽しみにしています。
林 私はどちらかというとこれまで演劇に携わってきたんですけれど、実は今、ダンスのほうが面白いと感じていて、選出されたダンス系の3団体はどれも気になりますね。そしてダンス以上に演劇は、映像だと雰囲気が変わる部分があるので、演劇系の3団体をファイナルで観られるのが非常に楽しみです。また「かながわパフォーミングアーツアワード」は各作品30分と、短い勝負なんです。自分たちの通常の公演よりも短いもの、縮めた作品を持ってきているわけで、それがどうなるのかすごく楽しみですし、お客さんにとっても30分ダイジェストでいろいろな作品に出会うことができるので、いい出会いの場になる可能性があると思います。
オノマ ダンスのカンパニーは今回若い方が多いのですが、演劇は中堅が多い気がします。少し題材にも触れると、抗原劇場はお能を題材にして病気を患う現代人を描く作品、ハイドロブラストは肉親の介護についての作品、エンニュイも肉親の病気を語るシーンのある作品と、病による“変化”や、死と言う断絶にも思えるものを前にした戸惑いを描こうという作品が偶然選ばれました。また、応募作品全体的に、個人的な話を演劇にしている作品が多く、今の演劇の作り手にはそういう傾向があるのではないかと感じています。今回選出された団体は、今を代表するような団体が選ばれているんじゃないかと思います。
──オノマさんは高校生や大学生との接点も多いですが、今回の出場団体よりも若い世代の作り手に対しては、どんな印象を感じていますか?
オノマ 二十代前半くらいの団体は、演劇を始めようと思ったときがちょうどハラスメントが問題になり始めた時期で、カンパニー内で強権的な上下関係を作らないようにしようという意識がすごく強いなと思いますし、実際それがうまくいっているように思います。実は今年1月に1999会(編集注:1999年代生まれの人たちによって2020年に旗揚げされた団体)で私の戯曲「解体されゆくアントニン・レーモンド建築 旧体育館の話」が上演されたのですが、その上演はまさに演出家不在で、俳優とスタッフでアイデアを持ち寄って作品を立ち上げていました。聞いたところ「大変だったけれど、ケンカもせず初日を迎えた」そうで、演劇の中にコミュニケーションがすごく入り込んでいるんだなとちょっと驚いたんです。一方で三十代前半の作り手は、演劇を始めた頃は主宰がワントップでやっていくのが当たり前だったのに、二十代中盤から後半くらいに転換期が来て、舵取りに悩んでいる人が多い気がします。ただ今回選出された抗原劇場やエンニュイ、ハイドロブラストは、二十代の団体ではないけれどみんなで作っていく意識を持っている方たちで、その点が面白いなと感じました。
──今回の「かながわパフォーミングアーツアワード」は配信がありません。劇場で観る楽しみについて、作り手を代表し、オノマさんから一言いただけますか?
オノマ 昨年は東京以外の団体がいたり、名を馳せているようなダンスカンパニーが出場していたりしたので、これは絶対にお客さんが来るだろうと思っていたら、実際にはあまり客席が埋まっていなかったことに非常にショックを受けました。今年は配信がないとのことなので、なおさら多くの方に観に来ていただきたいです。
劇場で観る楽しみの1つは、いい意味で逃げられないところだと思います(笑)。最近はテレビを観ない、配信しか観ない人という人も多いですが、舞台は今目の前で上演されているものと思考のスピードをそろえながら観ることができます。それでもやっぱり「この舞台は退屈だな」と思ったら、視線を泳がせて代わりに何を観るか、何を考えるかということも実は舞台の面白さだと思います。また隣に座っている人と、知らない人ではあるけれども何か心のつながりみたいなものを感じられる瞬間があるのも、劇場でしかない楽しみだと思います。
私は高校生や大学生の演劇祭の審査員をやることもよくありますが、若い世代にはコロナの影響もあって、本当に演劇ができなかった世代の子もたくさんいます。私自身は、そういった若い人たちをなるべく後押ししていける存在になれたらと思っていますし、「かながわパフォーミングアーツアワード」は、非常にバラエティ豊かな団体が一気に見られる貴重な機会なので、ぜひ多くの方に来場していただき、劇場でご覧いただけたらと思います。
プロフィール
オノマリコ
劇作家、趣向代表。2017年、「THE GAME OF POLYAMORY LIFE」が第61回岸田國士戯曲賞最終候補にノミネート。海外ミュージカルの訳詞や上演台本から、高校生との作品創作、精神疾患を持つ人との演劇作りなどの活動を行っている。また2023年に劇作家女子会。として「持続可能な演劇のための憲章」を発表している。
楫屋一之(カジヤカズユキ)
如月小春が代表を務めたNOISEのプロデューサー、世田谷パブリックシアターのチーフプロデューサー・劇場部長を経て、神奈川県国際文化観光局舞台芸術担当部長及び県立青少年センター参事に就任。2023年4月より現職。日本ダンスフォーラムのボードメンバー。
立石和浩(タテイシカズヒロ)
パルコ、マガジンハウス、東京芸術劇場を経て、現在は株式会社シアターワークショップにて新規事業開発に携わる。学習院大学非常勤講師(身体表象文化学)。
Theatre Workshop | トータル・シアタープロデュース・カンパニー
塚田美紀(ツカダミキ)
世田谷美術館学芸員。横尾忠則、奈良原一高などの個展を担当する一方、美術×身体表現のワークショップシリーズ「誰もいない美術館で」、パフォーマンスシリーズ「トランス/エントランス」などを企画。
林美佐(ハヤシミサ)
KAAT神奈川芸術劇場プロデューサー。