19歳の市川染五郎、芯に熱い思いを秘め「秀山祭九月大歌舞伎」で大作に挑む! 9月は歌舞伎座で会いましょう (2/2)

義経は、リベンジの気持ちで

──「勧進帳」の源義経役は、染五郎襲名の2018年以来です。

“市川染五郎”として初めて出た役ですので、「あの景色をまた見られる」という感慨深さはもちろん、「勧進帳」という作品に出られるうれしさもあります。でも前回はちょうど声変わりの時期と重なってしまい、音域が狭く、発声でものすごく悩んだ時期でもありました。課題ばかりのまま終わってしまった悔しさを、リベンジしたいです。

──染五郎さんが思う、「勧進帳」の魅力を教えてください。

主君である義経を命懸けで守る武蔵坊弁慶と、その姿に気持ちを動かされる関守の富樫、やはりそこには男のドラマを感じます。義経一行を通してしまっては富樫自身の身も危ないけれど、それをわかって見逃すわけですよね。言葉は交わさずともわかり合う、2人の生き方にはやはりグッときます。

市川染五郎

──昨年、日本橋高島屋で開催された展覧会(「松本幸四郎家 高麗屋展 松本⽩鸚・松本幸四郎・市川染五郎 -世代をこえて継がれる、ひとつの絆-」)(参照:日本橋高島屋の開店90年記念「松本幸四郎家 高麗屋展」で松本白鸚・松本幸四郎・市川染五郎の絆を見る)では、「弁慶」がテーマの特別コーナーがありました。染五郎さんがモノクロで壁一面に描いた、大きな弁慶の絵に圧倒されました!

ありがとうございます。あれは弁慶コーナーの背景として描いたつもりなのですが、皆さん真っ先に絵のことをおっしゃってくださいますね……(笑)。

──あ、ごめんなさい(笑)。メインは初めて弁慶の扮装をされたときの映像や写真でしたね。

あの弁慶の撮影はスタジオで行われたのですが、半年前から父に教わり、最初から最後まで実際に演じるところを撮ってもらったんです。最後の引っ込みだけは少し照明を落として影が出るようにして、ブレているように写してほしいとお願いしました。

──意図的にブレた写真に仕上げたんですね。

はっきりとした姿は、自分が初めてやらせていただける日が来たときに、劇場でお客さまに観ていただきたいですから。弁慶の衣裳をつけているのに、「まだ舞台で演じられない」という複雑な気持ちもありました。最初にお話をいただいたときもすごく悩んだんです。でも父に稽古してもらい、撮影の数日前には拵えをして祖父の稽古場でチェックしてもらえましたし、良い思い出になりました。

──それはご家族にとって貴重な時間でしたね。夜の部の「吉野川」と「勧進帳」は、ここに描かれる武士の価値観を、どう現代のお客さまに理解してもらうか難しい演目でもあります。でも若い染五郎さんが魅力的に演じてくださることで、そんなハードルをひょいと飛び越えられるかもしれません。

命懸けの登場人物たちに対してお客さまに、「彼らは人生を全うした」と思っていただかないといけないですよね。現代にはないような大きなものを感じていただき、この世界に浸っていただきたい。そのためにはしっかり演じなくてはと思います。

市川染五郎
市川染五郎

松本金太郎時代の初「秀山祭」、稽古はラスベガスで

──過去に出演した「秀山祭」の思い出も伺えますか?

おそらく初めて「秀山祭」に出たのが、まだ松本金太郎時代の「紅葉狩」だったと記憶しています。山神を踊ったときのことは、小さいながらも鮮明に覚えていますね。役としても愛着があり、振りもとっても面白くて好きでしたし。確か前の月が父のラスベガス公演で、ホテルの部屋でお稽古してもらいました。

──旅先でお稽古! それはがんばりましたね。今年は7月から連続で歌舞伎座に出演し、新作に古典に、公演をしながら初役のご準備で大変だったと思います。19歳の染五郎さんにとっての、今後の夢を教えてください。

夢……うーん(すごく考え込む)。

──悩ませてしまいました(笑)。先日、あるインタビュー記事で、市川團子さんや左近さんと「3人でやりたいものをやる会ができたらいい。2人にはまだ話してなくて、勝手に考えているだけですが」とお答えになっているのを読み、「そんな企画を考えていらっしゃるんだ」とワクワクしました。その後、お2人とはお話されましたか?

團子くんも左近くんも、どこかで記事のことを知ってくれたみたいで、「やろうよ!」という話は直接できました。年齢が近い2人と力を合わせて、歌舞伎作品に挑戦できたらと思っています。でもこれは夢というよりも、実現しないといけない目標ですね。

プロフィール

市川染五郎(イチカワソメゴロウ)

2005年、東京都生まれ。松本幸四郎の長男、祖父は松本白鸚。2007年に歌舞伎座「侠客春雨傘」にて初お目見得。2009年「門出祝寿連獅子」にて四代目松本金太郎を名乗り初舞台。2018年に高麗屋三代襲名披露公演「壽 初春大歌舞伎」にて八代目市川染五郎を襲名。

宝井琴調が歌舞伎座へ

このコーナーでは、歌舞伎座を訪れたアーティストやクリエイターが、その観劇体験をレポート。今回は、講談師の宝井琴調が「八月納涼歌舞伎」を観劇。落語や講談としても上演が重ねられている「『梅雨小袖昔八丈』髪結新三」に触れる。

宝井琴調

宝井琴調

三代の新三の啖呵や耳福なり

「お父っさんより爺さまに似てるなァ」
舞台から放たれる啖呵や新三のほおった手拭いが美しい弧をえがいて勝奴に飛んでいく、その江戸前の風に浸りながら思っていました。
髪結新三は見処のある大好きな芝居です。数多の役者が明らかに楽しんでいる姿を見て来ました。
鰹をさばく魚屋も蕎麦をすする按摩も役のしどころがあります。なかでも下剃りの勝奴は新三と一緒に源七とやりあおうとしたり、大家の惚けた振りに新三と並んで首を捻って笑いを増幅させてくれます。
勿論、源七と新三の貫禄定メ、大家と新三の掛け引きは役者の遊び心に溢れております。
講釈で新三を掛ける時はこの遊び心を忘れぬようにしております。
今回客席で芝居好きのお客様の笑い声に包まれながら生きていて本当に良かったと思いました。
日本をコロナという流行病が襲った時、恐ろしさもありましたが何より講釈の興行や地方の仕事も無くなり、元々どうにか暮らしていた講釈師にとって明日をも知れぬ日々が続いたのです。
そんな時誰言うとなく生き残ったら何をしたいという他愛もない話となりました。十八世勘三郎丈と同じ歳の私は今更酒池肉林を望む訳でも無く、せいぜいあれが食べたいぐらいだったが芝居の話になった時、大好きな新三を勘九郎で見てみたいとなりました。実現すると、十七、十八世と三代の新三を見た事になるのです。
多くの芝居好きも、八月の歌舞伎座で同じ思いでいらっしゃった事でしょう。
これでいつ死んでもいいかと思ったが、人間は欲が出て来るもので。こうなったら中村屋四代、そう勘太郎君の新三を見るまで生き延びてやりやしょう。

「八月納涼歌舞伎」での歌舞伎座の様子。(撮影:宝井琴調)

「八月納涼歌舞伎」での歌舞伎座の様子。(撮影:宝井琴調)

プロフィール

宝井琴調(タカライキンチョウ)

1955年、熊本県生まれ。講談師。1974年に五代目宝井馬琴に入門。1985年に真打昇進。1987年に四代目宝井琴調を襲名。軽妙な語り口の中に人情味あふれる話芸で、古典だけではなく、独演会「封印切の会」では現代小説をもとにした新作講談を発表。「髪結新三」や「幡随院長兵衛~芝居の喧嘩」なども持ちネタにする。子供向けに「講談えほん」シリーズ(絵:ささめやゆき 福音館書店)を現在までに5冊出版。2023年、講談協会会長に就任し、新たな講釈場の獲得や後進の育成にも尽力。落語協会にも所属し、鈴本演芸場で講談師としては異例の主任興行を夏冬に務める。2024年に令和5年度(第74回)芸術選奨の大衆芸能部門で、文部科学大臣賞を受賞。

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