KAAT神奈川芸術劇場 北村明子が日常に“魔法のスパイス”を加える 「ククノチ テクテク マナツノ ボウケン」 プレシーズン5作品を舞台写真と共にプレイバック

プレシーズン、プレイバック
リーディング公演「ポルノグラフィ」より。(撮影:中村彰)

2021年度のプレシーズンでは、リーディング公演「ポルノグラフィ」を皮切りに、新ロイヤル大衆舎×KAAT 長塚圭史芸術監督就任第一作「『王将』─三部作─」、「未練の幽霊と怪物─『挫波』『敦賀』─」と「虹む街」、そしてKAAT DANCE SERIES 2021 イスラエル・ガルバン「春の祭典」が上演された。

4月16日から18日に中スタジオで上演されたのは、リーディング公演「ポルノグラフィ」(参照:観客の想像力を使い切る「ポルノグラフィ」1年越しの上演に桐山知也「ホッとしています」)だ。本作は2020年度に、白井晃演出「アーリントン(ラブ・ストーリー)」の連動企画としてラインナップされていた演目で、2005年にロンドンで起こった同時爆破事件を題材にしたサイモン・スティーヴンスの作品をリーディングで立ち上げるというもの。翻訳を小田島創志が手がけ、演出を、蜷川幸雄や白井晃、野村萬斎らの演出助手を務めてきた桐山知也が担当した。舞台上には黄色いテープで境界線が引かれ、その間に俳優たちが点在している。彼らはそれぞれの生活を営みながら、心の中には不満や不安を抱えていて……。わずか3日間の公演だったが、観客の好評を得て注目を集めた演目となった。

5月15日から6月6日まで上演されたのは「『王将』─三部作─」(参照:新ロイヤル大衆舎「王将」KAATで開幕、長塚圭史「アトリウムに特設劇場開場!」)。“長塚圭史芸術監督就任第一作”と銘打ち上演された本作は、長塚と福田転球、大堀こういち、山内圭哉によるユニット・新ロイヤル大衆舎が2017年に東京・小劇場「楽園」で初演した作品の再演で、今回はKAATのアトリウムに特設劇場を設営し、上演された。「王将」は、大阪の天才棋士・坂田三吉の生涯をつづった北條秀司の代表作で、長塚演出版でも3部合計で約5時間40分もの上演時間となる大作だ。しかし手練のキャスト、巧みな演出に加えて、アトリウムという場の開放感が作品に心地よい“軽み”を与えた。空間を区切る、大漁旗のような紗幕の向こうには行き交う車や通行人が絶えず見え、物語と現実が地続きであることを感じさせるだけでなく、三吉はじめ登場人物たちが市井の人たちであることを、より印象付けた。演じる俳優陣は、待機する舞台袖がないのでかなりの集中力を要しただろうが、三吉の“将棋バカ”っぷりを愛を持って演じる福田、そんな三吉を甲斐甲斐しく支え続ける宮田役の山内、朗らかな口調で場を盛り上げる進行役の大堀、そして多彩な舞台で活躍する俳優陣は、猥雑で人情味あふれる大阪の人たちを生き生きと演じ、観客を「王将」の世界の住人に仕立て上げた。なお長塚は今作が評価され、第29回読売演劇大賞の中間選考会にて2021年上半期の演出家賞部門ベスト5に選出されている。

「未練の幽霊と怪物―『挫波(ザハ)』『敦賀(つるが)』―」より。(撮影:高野ユリカ / Yurika Kono)

6月5日から26日に大スタジオで上演された「未練の幽霊と怪物─『挫波』『敦賀』─」(参照:現実とパラレルな世界を幻視して「未練の幽霊と怪物」上演に岡田利規「とてもハッピー」)も、昨年上演予定だったが延期となった作品。岡田利規が能をモチーフに作り上げたもので、高速増殖炉もんじゅをめぐる「敦賀」と、建築家ザハ・ハディドがデザインした、“実際には建築されなかった新国立競技場”について描いた「挫波」の2本立てで披露された。舞台には、橋掛かりのような道と四角く区切られたエリアが作られ、舞台と同じ大きさの四角い照明がその床をぼんやりと照らしている。開演時間になると内橋和久らミュージシャンが舞台の奥、七尾旅人が舞台の横に着き、静寂に細い裂け目を作り出すような鋭い音を奏でる。それを合図に、橋掛かりから“観光客”が姿を現し……。両作品とも能の構造に則っていて、石橋静河と森山未來はそれぞれ前シテとして登場したのち、面を着けた亡霊となって“未練”を舞う。舞は歌となり、歌は音となり、音は舞となって共鳴し合い、青白い炎のように燃えながら霧散した。なお本作はミュージシャン、俳優たちの圧倒的なパフォーマンスはもちろん、建築家・中山英之の舞台美術、Tutia Schaadの衣装、横原由祐の照明などスタッフワークも素晴らしかった。

6月6日から20日に中スタジオで上演された「虹む街」(参照:安藤玉恵ら出演の「虹む街」開幕、タニノクロウ「是非、劇場に旅行をしに来て」)は、庭劇団ペニノのタニノクロウが横浜の街や住民たちから想を得て創作した“寡黙劇”だ。当初は市民劇のスタイルが想定されていたが、新型コロナウイルスの感染状況に鑑み、安藤玉恵、蘭妖子ら俳優陣と、神奈川県民を中心とした一般参加者による上演となった。舞台は日本語、中国語、ハングル、英語の看板の建物が居並ぶ寂れた繁華街。その中心には古びたコインランドリーがあって、痩せた男が大量のタオルを手慣れた様子でくるくると畳んでいる。壁一枚隔てて、全く異なる言葉・文化で暮らしている住民たちだが、彼らの洗濯物は1つのランドリーの中でぐるぐると回っている。しかし、そのコインランドリーがいよいよ営業最終日を迎えることになり……。多様なバックボーンを持った人たちが隣り合わせで暮らす横浜の一面を、そのまま切り取ったような本作。精緻に作り込まれた舞台美術の中で、さまざまな“些細なエピソード”が同時多発的に展開する。さらに書籍版「虹む街」では、小説やエッセイなどさまざまな書き方で、物語がつづられており、新たな作品の楽しみ方を提示した。

KAAT DANCE SERIES 2021 イスラエル・ガルバン「春の祭典」より。(写真提供:Dance Base Yokohama)©Naoshi Hatori

6月18日から20日にホールにて上演されたのは、イスラエル・ガルバン「春の祭典」(参照:踊ることで日本とスペインの架け橋であり続ける、イスラエル・ガルバン「春の祭典」開幕)。「KAAT DANCE SERIES」の1作品として上演された本作は、“フラメンコ界のニジンスキー”と言われるスペイン・セビリアのダンサー・振付家のガルバンがストラヴィンスキーの楽曲「春の祭典」にフラメンコからアプローチしたもの。ガルバンは、黒の衣装に片足だけ赤いソックスを履いて現れ、2台のピアノが奏でる旋律に全身で呼応し、対峙し、共鳴した。力強くも繊細な足捌き、枯葉が舞うような軽やかな手の動き、翻した衣装の裾の広がり方に至るまで、空間をすべて掌握しながら踊るガルバンの姿に、観客は熱烈な拍手を送った。

芸術監督就任時のインタビューで長塚は、「プレシーズンでは実験性やトライアルを大切にしたい」と語っていた(参照:“とどまらない劇作家・演出家”KAAT新芸術監督・長塚圭史が起こす新たなアクション)。コロナ禍においては、公演を予定通りに行うこと自体が困難だが、21年度のプレシーズンは予定していた公演を1つも中止することなく、さらに現状に即した形で、新たな試みにも挑んだ。そしていよいよ迎えるメインシーズン。KAATは“冒”をテーマに、新たな渦へと飛び込んでいく。

KAAT神奈川芸術劇場 プレシーズン ラインナップ ※公演終了

リーディング公演「ポルノグラフィ」
2021年4月16日(金)~18日(日) 中スタジオ

作:サイモン・スティーヴンス

翻訳:小田島創志

演出:桐山知也

出演(五十音順):上田桃子、内田淳子、小川ゲン、奥村佳恵、竪山隼太、那須凜、平原慎太郎、堀部圭亮

新ロイヤル大衆舎×KAAT 長塚圭史芸術監督就任第一作「『王将』 -三部作-」
2021年5月15日(土)~6月6日(日) アトリウム特設劇場

作:北條秀司

構成台本・演出:長塚圭史

音楽:山内圭哉

出演:福田転球、大堀こういち、長塚圭史、山内圭哉(以上新ロイヤル大衆舎) / 常盤貴子、江口のりこ、森田涼花、弘中麻紀 / 櫻井章喜、高木稟、福本雄樹、荒谷清水、塚本幸男、武谷公雄、森田真和、田中佑弥、忠津勇樹、原田志

「未練の幽霊と怪物―『挫波(ザハ)』『敦賀(つるが)』―」
2021年6月5日(土)〜26日(土) 大スタジオ

作・演出:岡田利規

音楽監督・演奏:内橋和久

出演:森山未來、片桐はいり、栗原類、石橋静河、太田信吾 / 七尾旅人(謡手)

演奏:内橋和久、筒井響子、吉本裕美子

「虹む街」
2021年6月6日(日)~20日(日) 中スタジオ

作・演出:タニノクロウ

出演:安藤玉恵、金子清文、緒方晋、島田桃依、タニノクロウ、蘭妖子

県民参加のキャスト:ポポ・ジャンゴ、ソウラブ・シング、馬双喜、小澤りか、ジョセフィン・モリ、阿字一郎、アリソン・オパオン、月醬、馬星霏

KAAT DANCE SERIES 2021 イスラエル・ガルバン「春の祭典」
2021年6月18日(金)~20日(日) ホール

演出・振付・ダンス:イスラエル・ガルバン

ピアノ:片山柊、増田達斗