2018年11月に東京・ドイツ文化会館(ゲーテ・インスティトゥート)にて、「細川俊夫氏 講演会 振動する夢の通路:能から新しいオペラへ─オペラ『地震・夢』を中心に─」が開催された。これは、細川の2018年度国際交流基金賞受賞を記念して行われたもの。第1部は細川自身による講演、第2部はオペラ「地震・夢」の台本制作にも携わった、ドイツ文学者の縄田雄二氏と細川の対談という形で展開。ここではその第1部についてレポートする。
司会者からの呼び込みによって壇上に姿を現した細川は、「このたび、思いもかけず国際交流基金賞を受賞することになりまして、私を選んでくださった審査員の皆さんと国際交流基金の関係者の皆さんに心から感謝申し上げます」と挨拶した。
続けて最新作であるオペラ「地震・夢」について語られる。細川は「原作であるハインリヒ・フォン・クライストの『チリの地震』も、マルセル・バイアーの台本も非常に難解で、私のドイツ語能力ではほとんど読解不可能でした。しかし、縄田雄二先生をはじめドイツ文学の研究に詳しい方々に集まっていただき、このゲーテ・インスティトゥートで長時間にわたり読み解いていく時間を持つことができました。そのことは私のオペラ創作にとって非常に重要なことでした」と振り返る。さらに「演出のヨッシ・ヴィーラー、ドラマトゥルクのセルジオ・モラビト、舞台装置と衣装のアンナ・フィーブロックと共に、私は福島第一原発の周辺への旅に出ました。そこで受けた強いインパクトが、このオペラ制作に決定的な影響を与えたと思います」と続けた。その後、台本のあまりの難しさから細川は「私にはこの仕事は無理ではないかと思った」と一度は断念しかけたことを明かしつつ、ヴィーラーたちの作品に対する強い思い、新しいものを生み出したいという強い意志に感銘を受け、なんとか作曲を完成させたと語る。「それは、これまでの私のオペラ作曲の中でも最も困難なものでした。でも今ではこの素晴らしいスタッフたちと共に、この素晴らしいオペラを作ることができて本当によかったと思います」と笑顔を見せた。
さらに細川は舞台写真や映像を交えながら、これまで手がけた作品について振り返った。最初のオペラ作品「リアの物語」については「本作の演出家・鈴木忠志は現代演劇の最も重要な演出家の1人ですが、私はこの作品を通じて彼と深く関わり、現代演劇のさまざまな問題点を学びました。そのことが、私のオペラの捉え方に大きな影響を与えたと思います」と真摯に語る。また、昨年18年に日本でも上演されたサシャ・ヴァルツ演出・振付「松風」や、平田オリザ原作「二人静─海から来た少女─」の映像を披露しながら、細川は登場人物や舞台装置について解説を加える。特に細川は、「海、静かな海」(平田が原作・演出、杉山至が美術を担当)の舞台装置について、舞台上に置かれた円盤が原子炉、舞台袖から続く長いスロープが能舞台の橋掛りをイメージしたものであることを説明。「能舞台では多くの登場人物が亡霊で、彼らはその橋掛りを渡って、現実の場である舞台に登場します。私が音楽で成し遂げたいことは、聴覚的な橋掛り、“音のトンネル”を作ることです。夢と現実、正気と狂気、あの世とこの世を結ぶ、音響的な橋を作ることなのです」と力説する。また「私がシャーマニズムに興味を持つのは、音楽の誕生起源にはシャーマンの意識的な世界が深く関わっていると思うからです。私にとって演奏家はシャーマンで、女性の歌手は巫女であり、その巫女があの世とこの世を歌で結ぶ。歌手が全身を震わせて声を発するとき、その声は私たちが生きている現実を“振動”させると同時に、超現実的な世界をも垣間見せてくれるのかもしれません」と言葉に力を込めた。
最後に細川は、「地震・夢」の映像を披露し、このオペラが大地震で多数の犠牲者が出る中、奇跡的に生き残った少年フィリップのイニシエーションとして作られていること、フィリップはこのオペラを体験することで自らの過酷な出自を知ること、さらに彼は大自然の脅威や人間の集団ヒステリーを知ることにもなると語った。細川は「観客には、フィリップ少年と一緒にこの振動する“音のトンネル”に入り、体験していただきたいのです」と述べ、「そこで描かれるのは悪夢かもしれません。しかし、今さまざまな場所で起きている現実の出来事は、このオペラで描かれていることよりさらに恐ろしいことなのではないでしょうか」と問いを投げかけ、講演会を締めくくった。
※初出時、本文に誤りがありました。訂正してお詫びいたします。
- 細川俊夫(ホソカワトシオ)
- 1955年広島県生まれ。76年から10年間ドイツに留学。ベルリン芸術大学でユン・イサンに、フライブルク音楽大学でクラウス・フーバーに作曲を師事する。80年に作曲活動を開始。これまでの主な作品にオペラ「班女」「循環する海」「夢を織る」「松風」、モノドラマ「大鴉」、「ホルン協奏曲─開花の時─」「嘆き」など。2016年に東日本大震災後の福島をテーマとしたオペラ「海、静かな海」(原作・演出:平田オリザ)を初演、17年にはオペラ「二人静─海から来た少女─」(原作:平田オリザ)、18年にはオペラ「地震・夢」(原作:ハインリヒ・フォン・クライスト「チリの地震」、台本:マルセル・バイアー)を手がけた。12年に紫綬褒章を受章。
2019年1月28日更新