細川俊夫(現代作曲家)×青木涼子(能×現代音楽アーティスト)×縄田雄二(ドイツ文学者)|オペラを、音楽を更新し続ける作曲家

1973年の創設以来、学術、芸術そのほかの文化活動を通じて、国際相互理解の増進や国際友好親善の促進に貢献した個人、または団体を顕彰している国際交流基金賞。2018年度の受賞者に選ばれたのは、作曲家の細川俊夫と小説家・作家の多和田葉子、そしてサラマンカ大学スペイン日本文化センターだ。細川は、能からインスピレーションを得た作品を多数手がける人気作曲家で、鈴木忠志や平田オリザらとも創作を行っている。本特集では、そんな細川の横顔に迫るべく、オペラ「二人静─海から来た少女─」に出演した能の青木涼子、オペラ「地震・夢」のドイツ語原作・ドイツ語台本の読解で協力した中央大学文学部教授の縄田雄二氏を迎え、細川との鼎談をお届けする。また後半では、18年11月に行われた国際交流基金賞受賞記念講演の模様をレポートする。

取材・文 / 熊井玲 撮影 / 川野結李歌

細川俊夫×青木涼子×縄田雄二 座談会

初オペラで鈴木忠志とコラボレート

──まずは皆さんの出会いからお伺いできますか。

青木涼子 私は2008年に開かれた、磯崎新さんの展覧会(「磯崎新・七つの美術空間」)で細川さんに初めてお会いしました。

細川俊夫 群馬県立近代美術館ですね。

青木 はい。実は、磯崎さんが私の大学入学祝いにくださったのが、細川先生のCDで。

細川 本当に?(笑)

青木 そうなんです。ということもあり、もちろん細川先生のことは以前から存じ上げていたのですが、そのときに初めて勇気を持って話しかけて。

左から縄田雄二、細川俊夫、青木涼子。

縄田雄二 私は16年の3月11日に、「地震・夢」の台本作者であるマルセル・バイアーの朗読会が東京のゲーテ・インスティトゥートで開かれた際に、細川さんに初めてお目にかかりました。

──今回の国際交流基金賞受賞には、細川さんの作品群の中でもオペラ作品が大きく影響しています。細川さんの作曲活動において、オペラが占める位置、意味合いはどのようなものなのでしょうか。

細川 僕は器楽の作曲家として活動を始めました。その後、若い作曲家が初めてオペラを発表するミュンヘン・ビエンナーレに頼まれて、1998年に初めて「リアの物語」という作品を手がけています。それは日本の演出家・鈴木忠志の演劇作品をそのままオペラにするというものだったんですが、それが好評を博し、以来ずっとオペラを書いています。オペラは言葉が付きますし、視覚的にも演出が付くので、オーケストラや室内楽とは全然違う面白さや難しさがあります。またいろいろな物が組み合わさって1つの力になったとき、器楽だけの音楽では体験できなかったような大きな力になりますね。それが面白いし、啓発される。これまで知らなかったことが体験できるんです。そういう意味でオペラは本当に面白い媒体だと思いますし、今では結局、オペラが自分の中で一番重要なジャンルになってきたと思います。

──初めてのオペラで鈴木忠志さんとのコラボレーションとは、演劇ファンからすると非常にハードルが高そうに感じますが(笑)、鈴木さんとのクリエーションからどのような刺激を受けられたのでしょうか。

細川俊夫

細川 あははは(笑)。当時、利賀村(編集注:鈴木忠志が主宰するSCOTが活動拠点とする富山県利賀村のこと)に通いましてね、僕のオペラのために、彼は劇団員を使って稽古をやって見せてくれ、僕は実際に役者の動きを見ながらオペラの台本を作ったんです。おそらく世界中の作曲家の中で、ああいう形で1つのオペラを作り上げることができた運のいい人はいないんじゃないでしょうか(笑)。なので、「リアの物語」では作曲する前にどういう演出になるかがわかっていたんですが、それはほとんどあり得ないような体験だったと思います。また上演は98年でしたが、その4、5年前からクリエーションは始まっていて、ずっと鈴木忠志さんがやっているシアター・オリンピックスや世界の著名な演出家の演劇に触れていたので、そこから演劇をどうやって観たらいいかを学びました。当時の体験は今でもとても重要なものになっています。

青木 鈴木忠志さんは能楽師の観世寿夫さんと関わりがあったので、ずっと鈴木忠志さんの“鈴木メソッド”(編集注:鈴木忠志による俳優訓練方法「スズキ・トレーニング・メソッド」のこと)を体験してみたいと思っていたんです。それで、実は一度体験しに行ったことがあるんですが……ちょっと怖かったです(笑)。

一同 あははは(笑)。

歌と語りと謡

──青木さんは「二人静─海から来た少女─」(編集注:能「二人静」をモチーフに、平田オリザが台本、細川が作曲を手がけた室内オペラ。17年にパリにて初演)で初めて、細川さんの作品に出演されました。

縄田雄二)

縄田 興味深い作品でしたよね。と言うのも、青木さんはそのときソプラノ歌手のシェシュティン・アヴェモさんと共演されましたが、オペラの歌と能の謡はかなり違いますし、能の謡も歌うことと語ることの間にさまざまな表現の段階があると思うんです。それが1つの作品の中で共存していて。

細川 伝統的にヨーロッパには語りと歌があって、それらが結び付いてもいるのですが、日本の方はそのことをあまりご存じないんじゃないかと感じます。例えばシューベルティアーデ(編集注:シューベルトの友人たちが彼の音楽を聴くために開いていたコンサートのこと)では毎回、詩人が詩を朗読し、音楽家がそれを歌にするということが行われていたんですね。その後、20世紀の初めにアルノルト・シェーンベルクが登場し、彼はしゃべりと歌の中間だったものにピッチを持ち込んで、音楽化したわけです(編集注:オペラ「月に憑かれたピエロ」で使われる、シュプレヒ・シュティンメと呼ばれる歌唱法)。縄田先生のような方は、きっと言葉そのものに着目されるので音楽が邪魔になるかもしれませんが(笑)、僕はやっぱり詩を聞いただけでは物足りないというか、音楽を通じて全身が陶酔し、その振動によってほかの方たちともつながれる、結び付くという瞬間を歌によって目指したいと思っています。

青木 演じる側にとって、「二人静」は難しかったですね。細川先生が書かれたものに沿って歌わないといけませんから……と言うのも、お能は歌唱もありますが基本的に語りものなので、意外と自由度があるんです。能のそういうところを、作曲家の方々は「シュプレッヒゲザング(編集注:ドイツ語で「話す歌」の意味)のようだ」と面白がってくださるんですが、「二人静」では書かれた譜面通りに歌い、さらにオーケストラと共演するということだったので、私にはかなり大きな挑戦でした。

細川 「二人静」の彼女のパートには、実はいろいろな層があるんです。能的な語りのパートもあれば、能そのものが出てくるところもあるし、背景にはオーケストラがあって歌も歌わなければいけない。さらに日本語と英語の使い分けもあって……そういったさまざまなレイヤーが同居しているのが面白いと思っています。

シャーマンとしての歌手の存在

──「二人静」をはじめ、細川作品では女性演者の存在が重要です。

細川 私はシャーマニズムに興味があって、特に女性歌手は巫女、シャーマンだと考えています。例えば「松風」(11年初演)に出てくる松風と村雨は亡霊となって舞台に現れ、自分たちの悲しみを歌い舞うことで心を浄化し、あの世に帰っていきます。歌手は(登場人物そのものというより)、媒介・媒体としての役割を担っているんですね。それと能は男性の演者が演じるのが常で女性の役も男性が演じますが、私が作曲した「大鴉」(編集注:14年に日本初演された、メゾ・ソプラノと12の奏者のためのモノドラマ。エドガー・アラン・ポーによる同名の詩をテキストにしている)では、1人の女性歌手がいろいろな役に成り代わり、男性や亡くなった女性、またはカラスなどすべての役を演じるんです。能でも男性の演者が、女性はもちろん植物や動物などを演じますが、そのように性別を超えていけるような伝統が日本の舞台表現にはあると思うんですね。僕の作品では、それを用いています。

縄田 青木さんは能の実技を学ばれ、さらに「女性と能」というテーマで博士論文もお書きになっていますが、演じるうえでの“セクシャリティ”についてはどのようにお考えでしょうか?

青木涼子

青木 私は能×現代音楽アーティストとして、新しい分野で活動していますが、そもそも能の構造自体が男性が演じるようにできてきたので、女性が演じるとなった現在でも650年の歴史を簡単には変えられない部分があります。例えば男性の演者は、役を演じるために、女性の役の場合は面をかけ、生きている男性を演じるときは面をかけないのですが、女性演者も女性の役では面をかけ、男性役のときはかけないというように、性差を考えずに、男性と同じことをやっているんですね。だから女性が能を演じる際に芸術的な意義をどこに求めるかは非常に難しい問題です。女性の演者ならではのレパートリーを作り出すべきなのではという議論はずっとされています。そもそも、能の家の出身ではない私が能をやろうと思ったのは、日本人ならば日本の伝統をまずは勉強しようと考えたからです。例えば、ヨーロッパに目を向けると、クラシック音楽と同時に現代音楽があり、またオペラにも常に新解釈が演出され、古い伝統の延長線上に今があるという考え方が素晴らしいと思います。日本の文化もそうであると面白いと思うのです。しかし、現実の日本の伝統芸能の世界で、伝統を革新していくのはそうたやすくはありません。

細川俊夫(ホソカワトシオ)
1955年広島県生まれ。76年から10年間ドイツに留学。ベルリン芸術大学でユン・イサンに、フライブルク音楽大学でクラウス・フーバーに作曲を師事する。80年に作曲活動を開始。これまでの主な作品にオペラ「班女」「循環する海」「夢を織る」「松風」、モノドラマ「大鴉」、「ホルン協奏曲─開花の時─」「嘆き」など。2016年に東日本大震災後の福島をテーマとしたオペラ「海、静かな海」(原作・演出:平田オリザ)を初演、17年にはオペラ「二人静─海から来た少女─」(原作:平田オリザ)、18年にはオペラ「地震・夢」(原作:ハインリヒ・フォン・クライスト「チリの地震」、台本:マルセル・バイアー)を手がけた。12年に紫綬褒章を受章。
青木涼子(アオキリョウコ)
能×現代音楽アーティスト。東京藝術大学音楽学部邦楽科能楽専攻卒業(観世流シテ方専攻)。同大学院音楽研究科修士課程修了。ロンドン大学博士課程修了。世界の主要な作曲家と共同で、能と現代音楽の新たな試みを行っている。2010年より作曲家に委嘱するシリーズを主催しており、14年にデビューアルバム「能×現代音楽」をリリース。13年にマドリッド、テアトロ・レアル王立劇場で上演されたW・リーム作曲オペラ「メキシコの征服」にマリンチェ役で出演。15年度に文化庁の文化交流使に任命され、ヨーロッパで活動を展開した。17年のパリ・フェティバル・ドートンヌにて「二人静─海から来た少女─」(作曲:細川俊夫、原作:平田オリザ)に出演。19年はペーテル・エトヴェシュ「Secret Kiss(くちづけ)」が3月9日に東京・東京文化会館で、またヨーロッパ各地で予定されている。
縄田雄二(ナワタユウジ)
ドイツ文学者。東京大学で博士号を、ベルリン・フンボルト大学で教授資格を取得。研究分野は、近現代ドイツ文学、現代ドイツ思想、比較文学・比較文化。現中央大学文学部教授。ドイツ語著書「Vergleichende Mediengeschichte」(2012年、Fink)、「Kulturwissenschaftliche Komparatistik」 (16年、Kadmos)、共訳書「詩と記憶──ドゥルス・グリューンバイン詩文集」(16年、思潮社)。

2019年1月28日更新