映画「グッドバイ~嘘からはじまる人生喜劇~」ケラリーノ・サンドロヴィッチ×成島出|映画ならではのアプローチで、でも太宰の小説にもKERA原作にも忠実な作品に

映画版キヌ子は、古典的エロティシズムを持ったセクシーな女性に

──キヌ子役の小池栄子さんが、舞台では名コメディエンヌっぷりを発揮していましたが、映画では美しさがより際立ち、普段の粗野なシーンとの二面性がより明確になったと感じました。

成島出

成島 映画は舞台より肉感的に描いたほうがいいと言うか、映画の生と舞台の生ってちょっと質が違うので、今回は古典的なエロティシズムを打ち出しました。フランソワ・トリュフォー的な感じがヒロインには欲しいなと思って、そのイメージを小池さんにも伝えつつ、キヌ子の人生表を作って、よりバックボーンを掘り下げていったんです。キヌ子は孤児院で育ってものすごい貧乏だったから、当時の情勢を考えると街に立って米兵の相手をしたり、カフェで働いたり、女を売るのが手っ取り早かったはず。しかもキヌ子は実は美人ですからね。なのにそれをやらずに担ぎ屋をやっているわけです。しかもあの歳にして処女で、親も男も恋も知らない女ってどういう女かということを突き詰めていくと、逆にセクシーな女を作り上げたほうがいいんじゃないかなと。それと、田島は自分でも気付かないうちにキヌ子を好きになってしまうわけですが、なんで2人が恋に落ちたのかは、この映画では直接的には描かれていないんですね。試写をご覧になった方の中には「その(恋に落ちた)シーンを見逃したみたいだ」とおっしゃる方もいましたけど。

KERA “惚れポイント”みたいな?(笑)

成島 そうそう(笑)。青春ものや恋愛映画には一番大事なキラキラしたシーンが、この映画にはないんです。でも具体的には描いてないにしても、なんとなく「田島が惹かれたのもわかるな」って思わせる、魅力のある女性にしたいなと。

──確かにわかりやすい“キラキラシーン”はありませんが、笑いやドタバタの中にも田島とキヌ子の心の距離が縮まっていく感じはよく伝わってきました。その点も、先ほどKERAさんがおっしゃった“がっついてない”“上品さ”を感じます。また舞台版で仲村トオルさんが演じられていた田島周二役を、映画では大泉洋さんが演じていらっしゃいます。KERAさんは、大泉さん演じる周二をどう感じられましたか?

映画「グッドバイ~嘘からはじまる人生喜劇~」より。左から大泉洋、小池栄子。

KERA (舞台とは)全然違うなと。相手役のトーンが変われば自然と受けも変わりますからね。舞台から続投の小池も、ほかの人が演じたところに入っていく大泉くんもきっと大変だったと思います。特に周二って、ひどいことをやってるけどモテる男で、ってことは魅力的な人物でないといけない。そこを、映画では舞台と全然違うやり方でやっていて、それがしっくりきていたなと思います。大泉くんはまだ舞台で一緒にやったことがないので、これをきっかけに興味が湧いて、以来、気を付けて彼のほかの仕事を見ています。

成島 大泉さんも現場では楽しみながらやってくれていたと思います。撮影も早く進んだのは、大泉さんとの事前準備がうまくできたからかなって。映画では田島役のイメージを太宰に寄せて、二枚目ってところではなく、11人きょうだいの10番目というところを大事にしました。それと大泉さんはすごく真面目で演技もうまいから、例えば「俺には女の素晴らしいところしか見えないんだ!」って田島のセリフがありますけれど、そこに至るまでの(演技の導線になる)点をいっぱい作ろうとしていたんですね。でも僕はその10個の点のうち、「ここ1点勝負でいいですから、ほかは抜いて引き算でやりましょう!」とお願いして、読み合わせを進めました。というのも、映画では“旅感”というか、後半で田島がスーッと風に乗っていなくなってしまうような、“軽み”を出したかった。田島を、地上から5センチくらい浮いているようなキャラクターにしたいと思っていたんです。

その象徴的なシーンが、田島がキヌ子を襲おうとして投げ飛ばされる場面だと思うんですけど、キヌ子の部屋から外に放り出された田島の革靴が、舞台だとずっしりと重みがあるのに対し、映画だとポーンとどっかに飛んで行って、わからなくなってしまう(笑)。で、映画では裸足の田島が電信柱を上ってキヌ子の部屋に戻って行き「あなたがいなきゃ困るんですー!」ってキヌ子に泣きつくんですよね。たぶんトオルさんの田島はそういうことはせず、「次の作戦を練りたいのですが……」って冷静に話し始めると思うんですけど(笑)、そういった田島のキャラクターの違いは、脚本家や大泉さんと相談しながら変えていったところがあります。とはいえ、原作にキャラクターがしっかり描かれているので、大きく変更することはなく楽だったと言うか、映画版は太宰の原作にもKERAさんの脚本にも基本的に忠実だと思います。

舞台ファンにもうれしいキャスティング

──本作には、舞台版にも出演された緒川たまきさん、池谷のぶえさんのほか、犬山イヌコさん、皆川猿時さんなど舞台ファンにもうれしい顔ぶれがそろいました。

映画「グッドバイ~嘘からはじまる人生喜劇~」より。左から大泉洋、緒川たまき。

成島 (映画版で緒川が演じている)青木保子という役の意味を映画版では変えようということになって、青木さんを誰にしようか、かなり悩みました。田島の恋人として登場する最初の人だし、映画の色を決めていく役なので、じわじわじわじわくすぐるような笑いを起こしてほしい。さらに“死にたがりなんだけど、ある意味生命力がある”というところを見せてほしいなと。それで、舞台版では女医の大櫛加代役を演じていた緒川さんに、青木さんをお願いすることになりました。結果、正解だったと思いますね。緒川さんもすごく楽しんで演じてくださいました。

──観客としても、緒川さんの登場でKERAさんの世界観とのつながりを感じてうれしかったです。

KERA 青木さんの役は太宰の原作だと、田島が“お金を渡してグッドバイする”のを見せるための、ある意味コマのようなあり方でしか描かれてないんです。それだけではあまりにあっさりしてるなと思って、舞台化の際にエピソードを足して、もう一度登場させることにした。書きながら考えていったところがあります。今回、本人(緒川)から「青木さん、すごいことになってるよ」と聞いていたので、実は出来上がりを楽しみにしてました(笑)。

自分以外の人が演出する“楽しみ”

──現在、KERA CROSSの第2弾として生瀬勝久さん演出版の「グッドバイ」が上演中です(参照:KERA CROSS「グッドバイ」本日から、藤木直人「新年の笑い初めにぜひ」)。ご自身の作品が映画化されたり、ほかの方の演出で上演されることについて、KERAさんはどのようにお感じになっていますか。

KERA ある時期までは大きな抵抗があったんです。でも4年前くらいからかな、本当に信頼できる人には全部お任せしようと思うようになった。というのも、2015年に「すべての犬は天国へ行く」を乃木坂46(演出:堤泰之)や、ぬいぐるみハンター(編集注:池亀三太が主宰していた劇団。2018年に活動終了した)が上演したのを観て、オリジナルの舞台とはまったく異なる刺激を受けたんですよね。それがとっかかりになり、KERA CROSSもやってみようってことになったんですけど。もちろん、僕以外の人がやるときはどうなるかわからないわけですから「大丈夫かな」という不安がないわけではないです。でも今はそれより、楽しみのほうが大きいですね。特に「グッドバイ」の映画化に関しては、予算にせよ内容にせよ、ある程度きちんとした枠組みでしか作り得ない映画だと思っていたので。だから一度撮影現場に遊びに行かせていただいたとき、青木さんが働く花屋のシーンの撮影だったんですけど、監督がCG担当の方と「この店の前に市電を走らせたい」なんて打ち合わせしていて、「わあ、映画ならではだな。いいなあ」ってうらやましさも感じました(笑)。

成島 あははは。

──舞台を観て映画版が気になる方が多いように、今回の映画版を観て、KERAさん演出版の「グッドバイ」を観たいと思う人も増えるのではないでしょうか。

KERA そうですね、つい新作に気持ちが行ってしまうんですけど……。でも「キネマと恋人」や「百年の秘密」など、再演をやってよかったと思う作品はありますし、「グッドバイ」ももちろん“再演したいリスト”には入っています!

左からケラリーノ・サンドロヴィッチ、成島出。

2020年2月5日更新