自分のため、回復のために語っているのではないか
──一人芝居ということで、主人公以外の登場人物は観客それぞれが脳内でイメージを立ち上げていくことになります。劇中では“夫”が重要な役割を担いますが、皆さんはそれぞれどんな夫像をイメージされていますか?
真飛 イメージ……できないんですよね。というのもシーンによってすごく夫の印象が変わるので、説明が難しい。ただ“夫がどんな人物か”はわからないのですが、彼女が夫をどんなふうに思っていたかということは、台本上からわかる部分があります。たとえば背が高くて手が綺麗な人だとか、人とは違う発想で仕事を成功させた人だということは書かれていますし、彼女がその時々、夫に対してどんな感情を持っているかも語られています。子供の父親として、1人の男性として、彼氏として……それぞれ見え方が違うし、そうなると感情も違う。なので「夫はこういう人物」とあらかじめ捉えるより、その時々で見え方が違うほうがいいのかなと思っているんです……どうでしょう? 稲葉さん!
稲葉 (うなずきながら)私は、演出的に夫の痕跡を絶対に見せたくないと思っているんです。というのも、この舞台は彼女が自分の身に起きた出来事を再現する作品ではなく、彼女の身に起きてしまった体験を再構築することによって、彼女が回復していく作品だと思うので、彼女の語りから夫の痕跡や影が見えてきてしまうことはあっても、夫という人が存在するようには見せたくないなと思っていて。なので真飛さんがおっしゃったように、夫像を立ち上げるというよりは、お客様それぞれの中にイメージが立ち上がっていくようなことになるといいんじゃないかなと思います。
増岡 出会ったばかりの恋をしていた時期はキラキラ輝いて見えていたかもしれないけれど、その印象が彼への思いと共にだんだんと変化していく……夫像については、私もそのような受け止め方をしていますね。
──物語は現在から過去を振り返る形で展開し、彼女が自分の身に起きた出来事を語りによって再構築していきます。
真飛 私が感じているのは、この作品が「彼女がそれでも生きていく」お話だということ。その前向きなトーンは変えずに演じたいと思っています。
増岡 私も同じです。
稲葉 モノローグってすごく難しいけれど面白いなと思っていて。誰かが誰かに何かを語るのって、相手に自分が回復していることの証人になってもらいたい感覚があるからじゃないかと思うんです。本作の主人公も、あの出来事からどのくらいの月日が経っていて、彼女がどのくらい回復しているのかわからないけれども、万全ではないというところがミソで。最初は観客に向けて語っているんだけれど、後半はおそらく自分に対して、自分を納得させるふうに語っていて……つまりモノローグと言いながら彼女の中にいろいろな対話の相手が存在しているのではないかなと。だからその日その日で「今日はこれをしゃべってみようと思う」といったふうに語ることができたら、成功なんじゃないかなと思います。
増岡 確かにこの主人公って、何百回もこれ(語り)をやっているような気がします。自分が前向きに生きていくために、何回も何回もこの語りをやって回復しようとしているのかもしれません。なので、稲葉さんがおっしゃるように、「今日はこういう感じから始めてみよう」というようなライブ感が出せたらいいなと思います。
──語りという点で、セリフの親しみやすさ、も本作の魅力に感じました。翻訳の小田島創志さんとはどんなお話をされましたか?
稲葉 翻訳段階では、彼女がどのくらいの年齢でどういう人称を使う人なのか、カジュアルにするにはどうしたらいいかということを小田島さんとかなりしゃべりました。彼とは2回目のクリエーションなんですが、小田島さんの翻訳って馴れ馴れしいわけでもなく、堅苦しくもなく、絶妙な距離感だと思います。また稽古場にも足を運んでくださるので、俳優さんたちの声を聞いてその場で言い方を調整してくれたりと自由度が高いんです。ただこれは創志さんも言っていたことなのですが、本作は英語的にもセンテンスが長いんですよね。英語だとシンプルなのに日本語訳したときに長くなってしまうことが翻訳劇にはよくありますが、この戯曲は原文からして長い(笑)。なので、俳優のお二人にもご協力いただきつつ、長すぎてよくわからないところを整理したり修正したりということを重ねて、結果的にすごくいいクリエーションができていると思います。
一人芝居というより、カウンセリングルームで語る感覚で
──真飛さんは演出の稲葉さんと初めてのタッグ、増岡さんは同じ文学座の劇団員です。お稽古場での演出家・稲葉賀恵さんはどんな印象ですか?
増岡 稲葉さんは文学座の一期下で、外のお仕事では「解体されゆくアントニン・レーモンド建築級体育館の話」(2015年)で演出を受けて以来になるのですが、当時から絶対に妥協しない人だなと思っていました(笑)。「ここ、どう思いますか」と役者とも細部までトライを重ねていく緻密さと執着心を持っているのが本当に素晴らしいし、近年の作品では大胆なところも素敵。どの作品も稲葉さんの心意気が光っているので、今回も稽古がとても楽しみです。
真飛 ついていけるか、ちょっと不安ですが……(笑)。でも私も、稲葉さんの負けん気と言いますか、「やるんだ!」という気概を強く感じます。この世界をなのか、演劇をなのか、仕事に対してなのかわからないけれど、とにかく「愛している!」という気持ちを感じるんですね。また初めましてのときってお互いに探り合いの感覚があるとは思うのですが、多分稲葉さんは私のことを大体“わかっている”と思います(笑)。見抜かれていると感じるし、私も稲葉さんの嘘がない感じが好きです。先日の読売演劇大賞授賞式のスピーチで稲葉さんは、あまりコミュニケーションを取るのが得意ではなかったとお話しされていましたが、私それ、すぐわかったんです。
稲葉 (笑)。
真飛 コミュニケーションが下手という意味ではなくて、稲葉さんはどうしたら相手に対して言葉が伝わるのかを考えて、1人ひとりに伝え方を変えるから、私に言うのとまっすーに言うのとでは言い方を変えている。人を見る目がある方だからこそ、1人ひとりに言い方を変えて思いを伝えようとしているんですね。そんな稲葉さんの姿勢を感じて、「稲葉さんに食らいついていくぞ!」と思っています。
稲葉 ありがとうございます(笑)。
──ちなみに一人芝居という点で、俳優のお二人はいつもと違う心構え、心意気を感じている部分はありますか?
真飛 「一人芝居をやります」と同じ業界の人に話すと「え、すごいね」「よく受けたね」ってみんな言うんですよ(笑)。「怖くてできない」「ハードルが高い」とみんながあまりにも言うので、「え、え、私、なんてことを引き受けてしまったんだろう」と思っていたんですけど、でも最後には皆さん「羨ましい」とか「絶対にすごくいい経験になるよ」「そこに挑戦しようと思ったことがすごい」って言ってくれるんです。
昨年、私はちょうど宝塚の舞台を踏んで30周年で、宝塚を辞めてから初めてライブを開催して、全曲宝塚時代の歌を歌ったんです。なので31年目はより芝居に重きを置く1年にしたいなと思っていたところでこのお話が来て。よくよく考えると一人芝居なんて難しいと思ってしまうけれど、稲葉さんが「劇場をカウンセリングルームのような感覚で捉えて、お客様と一体感を感じながらできたらいいんじゃないか」とおっしゃってくださったので、それだったらやってみようと思いました。
──ソロライブと一人芝居は、お気持ちが違うものですか?
真飛 違うと思いますよ! ただ、ライブももちろん不安はありましたが、終わったら最高に幸せだったんですね。「30年やってきたことは間違いじゃなかったんだ」とか「こんなに喜んでくれる人がいたんだ」ということを噛み締めて「やっぱり私はこういう世界が好きなんだな」と感じました。今回は一人芝居という新たな挑戦になりますが、「やっぱり舞台が好きだ」と感じたいし、「舞台は怖い場所ではない、みんな味方なんだ」ということをもう一度肌で確かめたい。そういう時間になればいいなと思っています。
増岡 このオーディションの応募条件が40歳までだったのですが、昨年10月に私、40歳になりまして、いろいろな意味で節目のようなものも感じてオーディションを受けたんです。私も周囲の人に「一人芝居のオーディションをよく受けたね!」と言われて、言われると「そんな怖いことしたんだ、自分」みたいに思って不安に押されてしまった時期もあったのですが(笑)、いざ稽古初日を迎えて皆さんと一緒に稽古していると「やるっきゃない」という気持ちになってきました。とにかく全身全霊で挑むので、お客様もどうか仲良くしてください!
一同 あははは!
“自分はこの世界にいていい”と感じられるように
──作者デニス・ケリーはインタビューで、本作は“劇場からの委託作品ではなく、男性による暴力の起源と影響について自問するうちに、書かずにはいられなくなったもの”であり、作家とは身近な人には話さないような自分の意見を、作品に込めて告白してしまう奇妙な人種だ、とも語っています。その言葉を思うと、劇中の何気ないシーンで、娘に「ママは性差別主義者だ」と言われたり、息子の暴力的な過激な遊び方がちょっと気になったりと、「わたし」がぼんやりと感じていたモヤモヤや戸惑いがスッと差し込まれるところに作家の凄みを感じます。
増岡 女性ではなく、男性が書いている作品だということが面白いですよね。
真飛 確かに。また、女が悪いとか男が悪いということでは決してないんですよね。
稲葉 そうですね。デニス・ケリーは決して「男性対女性」とか「男女二元論」で語ろうとしているのではなく、“自分とは違う存在に対する割り切れなさ、理解できなさからすべてが始まる”ことを描いているのではないかなと思います。私自身、すべてが割り切れて終わるわけではないことはすごく大事だと思いますし、ある選択をしたときに、それがいいか悪いかではなく、“登場人物はこういう選択をしたけれど、あなたたちはどうか?”と観客に問いかけがあるような作品が好きです。
──またデニス・ケリーは“長年、『ああ、世界とはそういうもので、男は行儀が悪いものだ』と受け流し、ただの壁紙の一部のようなものだと話題にすることさえ稀だったことが、エプスタイン文書や#MeToo運動によって、私たちがその壁紙を直視するようになった、そのことに意味がある”とも語っています。まさに本作は、「わたし」の語りを聞いた観客が、自分たちがこれまでなんとなく受け入れてきたことを見つめ直す時間になりそうです。皆さんは、どんな余韻を持ち帰ってほしいと思っていらっしゃいますか?
真飛 稽古が進んでいくとまた考えが変わるかもしれませんが、やっぱり彼女の人生が今ここに存在していて、どうあっても前に進んでいく、これからも生きていくということが重要だなと。ラストではその生き様が少しでも強くなっているというか、少しずつでも乗り越えていこうと生きている人間の生き様だからこその深み、オーラ、温かみみたいなものをお客様にも感じていただき、これからも彼女の人生を見守っていこうと思ってもらえるようになったらいいのかな、と思います。
増岡 私もまた考えが変わるかもしれませんが、ラストシーンでは未来に対する希望が描かれているんじゃないかなと思っています。
稲葉 「わたし」が苦しんでいるのは実は自分のことで、“自分は大切なものを守れなかった、ちゃんと向き合えなかった”と自分を責め続け、ついには自分がこの世にいていいと思えなくなってしまっているんだと思います。そんな彼女が、“自分はこの世界にいていいんだ”と感じられるのが、この語りの場なんじゃないかなと。最終的に、「自分はここにいる、あなたたちもそこにいていい」というような境地にいけたらいいなと思いますし、「わたし」の姿を観た人が自分の立ち位置を確認できるような、そういうラストにできたらいいんじゃないかと思います。
プロフィール
稲葉賀恵(イナバカエ)
日本大学藝術学部映画学科卒。文学座所属。2013年「十字軍」にて文学座初演出。これまでの主な演出作品に「Downstate」「狂人なおもて往生をとぐ~昔、僕達は愛した~」、ミュージカル「Once」、「リンス・リピート ―そして、再び繰り返す―」「オレアナ」「リタの教育」、ミュージカル「ラフヘスト~残されたもの」、音楽劇「不思議な国のエロス」~アリストパネス「女の平和」より~、「クレバス2020」「ブレイキング・ザ・コード」「幽霊はここにいる」「加担者」「母 MATKA」「墓場なき死者」「熱海殺人事件」「野鴨」など。読売演劇大賞第30回優秀演出家賞、第33回最優秀演出家賞を受賞。5月に趣向「THE GAME OF YAMORY LIFE」、8月に日生劇場ファミリーフェスティヴァル 音楽劇「ロドリゴ・ラウバインと従者クニルプス」、9・10月に「Yerma イェルマ」が控える。
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真飛聖(マトブセイ)
神奈川県生まれ。元宝塚歌劇団花組トップスター。2011年に同劇団を退団したのち、ドラマ・映画・舞台などで活動。近年の主な作品に、映画「娼年」「ミッドナイトスワン」「52ヘルツのクジラたち」「レンタル・ファミリー」、ドラマ「情事と事情」「怪物」「DOPE 麻薬取締部特捜課」「身代金は誘拐です」、舞台KERA CROSS「グッドバイ」、こまつ座「雪やこんこん」などにも出演した。
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増岡裕子(マスオカユウコ)
2007年、文学座付属演劇研究所入所。2012年に座員となり、現在に至る。これまでの主な出演に映画「沈黙の艦隊 北極海大海戦」、NHK連続テレビ小説「あんぱん」「19番目のカルテ」、近年の主な舞台に「オセロー」「マニラ瑞穂記」「美しきものの伝説」「Don't stop me now!」「スリーウィンターズ」など。




