世田谷パブリックシアター「The Silver Tassie 銀杯」|生き続ける人間の逞しさに惹かれる

「音楽を響かせる」ではなく「言葉を歌う」

矢田 今回は普段と全然違う歌い方ですね。自分の心情を歌うと言うよりは、状況を伝える歌い方と言うか。だから“その人”が見えないほうがいいという楽曲が多い気がして、新鮮です。2幕で僕が歌うアカペラの楽曲は、「名もなき兵士が鼻歌で歌っているような感じで」と森さんに言われました。

稽古場の様子。左から安田聖愛、矢田悠祐。(撮影:細野晋司)

横田 森さんの解説によると、塹壕で敵を待っている間に兵士たちが歌うのはリアリティのあることだそうで、そのイメージが森さんの中にはあるらしいです。そういう意味でも音楽をきれいに響かせるということより、言葉を歌うというイメージなのかなと。

矢田 そうですね、「言葉を大切にして」とよく言われます。

横田 僕個人は「たかだか4小節の歌詞が覚えられないのはなぜだ!」っていう部分はありつつ(笑)、でも本当に名曲ぞろいだと思いますね。

矢田 そうですね、曲がいいです。

横田 土屋さんの曲の「だからん♪」ってところとか……。

一同 あははは!(笑)

横田 接続詞の「だから」に急にメロディがついて、それを同じ曲のほかの部分でも生かすことになって。

土屋 稽古初日のアイデアだったんですけど、全体的に国広さんの音楽って意表を突く感じというか、全然違う角度からトンってくるような感じがありますね。

懸命に生きる人たちの物語

土屋 台本で読むと最初わかりにくい印象があったんですけど、起きていること自体はとてもわかりやすい。戦争が背景だったりはしますが、その中で右往左往する人がいて、同じシーンでもある人を見ていると涙が出てきちゃうけど、別の人を見てると全然違う印象があったり。悲劇的なことと喜劇的なことが同時に次々と起こるような作品で、本番までの稽古がさらに楽しみですね。

稽古場の様子。矢田悠祐。(撮影:細野晋司)

矢田 バーニーは作品の最後のほうまで舞台に残るんですけど、ハリーが去ったあともバーニーが残る、そのことに意味があるのかなって。「それでも前に向かって歩いていかないといけない」という感覚を、役を通じて経験して、実際にそうだったんだろうなと思いますし、お客さんにもそこをいろいろ感じてほしいです。それと2幕に人形が入ることで、今まで観たことがないようなものになるんじゃないかなと。

横田 最初に手にしたとき、確かに人形はインパクトがありましたね。しかも稽古中にふと、すごく悲しいものを感じたんですよ。音楽が流れる中、人形がタバコの火を回してる姿がすごく哀愁的と言うか。戦争でドンパチやっている中での静けさ、恐ろしさみたいなものが浮き彫りになって、単にコメディとも悲劇とも言えないセピア色の不思議な時間が流れる。それがこの作品の魅力ではないかなと思います。森さんはあえて笑いを取りに行くような作り方はしないけど、一生懸命生きている人たちを徹底して描くことで、懸命に生きる人の面白さを描こうとしている。最終的には「生きているって悪くないよね」ってところにいけたらいいなって思っています。

芝居と共に音楽も日々進化する 国広和毅インタビュー

国広和毅(撮影:関口淳吉)

この作品にはもともと、スコットランド民謡やアイルランド民謡、さらにアメリカの霊歌などさまざまな楽曲がちりばめられています。今回はその半数を踏襲し、半数を新たに作曲し直す形になりました。森さんとは2018年の1月頃から打ち合わせを重ねてきましたが、その過程で何度も作曲し直しました。労力はかかりましたが、森さんから発せられる言葉は明晰なので、暗中模索と言う感じではなく、お互いにイメージを固めていくプロセスでの自然な流れ、といった印象です。そうして稽古初日を迎えたわけですが、その後も森さんとのやり取りは日々続いています。第2幕は音楽が多いのですが、「明日からは2幕の音楽をすべてピアノアレンジにしてみましょう」となったり、また別の日には「やはりすべてウクレレアレンジでいってみましょう」となったり(笑)。とてもスリリングな毎日です。

声に“個体差”が浮き出る

今回は幕ごとに音楽の扱い方を変えようと思っています。1幕にはタイトルソングの「シルバータッシー」という、もとはスコットランド民謡の、とても重要な歌が出てくるんですが、原曲とはイメージをガラッと変えて勢いよく、世界中を巻き込む戦争の狂気を具現化するような歌にしたいと思っています。3幕なんかは少々ミュージカルっぽいやり方と言うか、“なぜ唐突に歌になるのかわからない”あの感じを、あえて。4幕はダンスホールのシーンなので、バンドの演奏が裏で続いている設定です。20世紀初頭の流行音楽を再現するため、いろいろと勉強しました。もちろん再現するだけでなく今作に必要な新たなアイデアも入れ込んでいます。歌がたくさん出てくる2幕は特殊で、兵士1、兵士2、あるいは伍長や参謀将校といったふうに登場人物に役名がなく、さらにそれらは人形を使って演じられます。この演出によって巨大な国家同士のいざこざに巻き込まれた兵士たちの無名性が強調されます。でも、だからこそ俳優たちそれぞれの歌声の個性と言うか、声の個体差が結果として浮き出てくるんですね。これはとても興味深い発見でした。

今回、ぜいたくなことに歌が上手な方がそろっているんですが、その上手さを稽古で削ぎ落としていくのが大事だと思っています。上手さを感じさせないような歌と言うか……。戦場で苦しみ、もがき、絶望し、ときに塹壕で歌うことで絶望を紛らわせた無名の戦士たちのリアルな歌を表現できたら、と。歌だけでなく演奏のシーンもありますから俳優さんたちはやることがたくさん。でも皆さんいつも前向きにやってくださっているので、必ず面白いものになります。ぜひお楽しみに!

国広和毅(クニヒロカズキ)
1978年神奈川県生まれ。作曲家。ミクスチャーバンド・ダた、パンクバンド・Aujourd'hui il fait beauを主宰するほか、現代民謡ユニット・Ryuz、劇団Théâtre MUIBOのメンバーでもある。舞台への楽曲提供も多く、これまでの主な作品に栗山民也演出「藪原検校」「アルカディア」「アンチゴーヌ」「ヘッダ・ガブラー」「チルドレン」、串田和美演出「空想万年サーカス団」「佐倉義民伝」、田中麻衣子演出「胎内」「Shakespeare's R&J」、上村聡史演出「炎 アンサンディ」「岸 リトラル」、蓬莱竜太演出「星回帰線」「夢幻恋双紙 赤目の転生」、ヤン・ジョンウン演出「ペール・ギュント」など。12月に戯曲リーディング「イザ ぼくの運命のひと」が控える。
「The Silver Tassie 銀杯」
2018年11月9日(金)~25日(日)
東京都 世田谷パブリックシアター
世田谷パブリックシアター「The Silver Tassie 銀杯」
スタッフ / キャスト

:ショーン・オケイシー

翻訳・訳詞:フジノサツコ

演出:森新太郎

出演:中山優馬、矢田悠祐、横田栄司、浦浜アリサ、安田聖愛、土屋佑壱 / 麻田キョウヤ、岩渕敏司、今村洋一、チョウ ヨンホ、駒井健介、天野勝仁、鈴木崇乃、吉田久美、野田久美子、石毛美帆、永石千尋、秋山みり / 山本亨、青山勝、長野里美、三田和代

矢田悠祐(ヤタユウスケ)
1990年大阪府生まれ。雑誌の読者モデルを経て2012年に舞台「合唱ブラボー」にて俳優デビュー。同年、ミュージカル「テニスの王子様」に7代目青学・不二周助役で出演する。そののち、16・17年に出演したミュージカル「王家の紋章」ルカ役や、ミュージカル「アルジャーノンに花束を」で演じた主人公チャーリィ・ゴードン役が好評を博す。19年1月に「Nostalgic Wonderland♪2019」に出演。
横田栄司(ヨコタエイジ)
1971年東京都生まれ。94年に文学座附属研究所に入所、99年に座員となる。劇団外での活動や映像での活躍も多く、特に「ロミオとジュリエット」「ハムレット」「リチャード三世」「リア王」「ジュリアスシーザー」など多くの蜷川幸雄演出作品に出演。18年には串田和美演出「白い病気」、鵜山仁演出「ヘンリー五世」、松井周演出「レインマン」に出演した。
土屋佑壱(ツチヤユウイチ)
1979年山梨県生まれ。*pnish*所属。2002年にミュージカル「HUNTER×HUNTER」に出演し、以降03年にミュージカル「テニスの王子様」、05年に「ROCK MUSICAL BLEACH」に出演。また蓬莱竜太、山田和也、青木豪、宮本亜門などの演出作品にも出演する。近年の主な舞台に、栗山民也演出のこまつ座「國語元年」、シルヴィウ・プルカレーテ演出「リチャード三世」、渡辺えり脚本・演出のオフィス3○○「肉の海」、栗山民也演出「シャンハイムーン」など。