捩子ぴじんと伊藤ガビンが語る、YCAM発「せいせいのせんせい」 / 斧田小夜・荒木優光・時里充からのメッセージ (2/2)

広がる、「せいせいのせんせい」の可能性

──捩子さんはこのインタビューの冒頭で、「(AIが)今後、確実に自分たちの生活の中に入ってくるだろうなと感じましたし、であれば、子供の未来のためにもAIについて知りたいな、それにはいい機会なのではないかと思って」参加されたとおっしゃいました。その後、AIに対する考え方に変化はありましたか?

捩子 そうですね。以前はスマホすら持っていない時期もありましたし、テクノロジーによって自分が変わってしまう、それらに時間を取られてしまうと感じていた時期もありました。でも結局今、スマホとほぼ一体化しているというか、スマホなしでは生活できなくなってきましたし、AIもおそらくそんな感じで、今後ますます自分の一部になっていくだろうなと感じています。でも「そのことを怖がる必要はないよ」と、自分の子供には伝えたいかなと。もちろん気をつけるべき点はありますが、それをしっかり押さえていれば、AIを怖がる必要はないと思っています。

伊藤 僕、人間とAIの違いは何かっていうことをよく考えるんですが、今のところそれは、責任があるかどうかじゃないかなと思うんです。もちろんAIの使用者や製造者には責任がありますが、AI自身はたとえ嘘や間違いを言っていたとしても、責任がない。その点で、AIはすごく自由だとも言えます……って、AIの無責任ぶりに僕も影響を受けているのかもしれませんが(笑)、でもそのAIのアチチュード、けっこういいなと感じるようになってきて。人間って一度言ったことに責任を持たないといけないし、その傾向が近年ますます強まっていますが、“AIのようになりたくなってきている”というか……(笑)。

左から捩子ぴじん、伊藤ガビン。

左から捩子ぴじん、伊藤ガビン。

捩子 いや、でもガビンさんはこの作品のクリエーションにおいてAI的な存在でしたよ(笑)。僕が真面目に考えているところに、いい意味で、ふざけたものをどんどん置いていくから、僕はそのふざけたものたちをどうしようって悩みながら再び配置していく。それがガビンさんとの共同作業でした。その過程で「もう、いっそめちゃくちゃになってしまったらいいんじゃないかな」ってどこかで思っている自分に気づくこともありましたし。

伊藤 あははは! だったら良かった。

──最後に、お二人が本作の今後について、どのような展開を想像していらっしゃるか伺いたいです。

捩子 一番遠い可能性で考えると、どこかほかの国の小学校で上演できたらいいですよね。ただここまでの道のりがけっこう大変だったので、全然違う文化圏の子供たちに向けて上演するにはまたかなり大変かもしれませんが……。

伊藤 (授業を演出するため、劇中で)「起立! 着席!」みたいなやり取りがあるけど、そもそもその習慣がない国もありますよね。海外に持っていく場合には、この“教室で授業を受ける”スタイルごと、日本の小学校の日常を異文化として体験してもらう感じでやるようになるのかな? そうなったとき、お客さんがどう感じるのかも興味ありますね。

捩子 そうですね。ガビンさんがおっしゃる通り、“日本の文化”として持っていくこともありだと思いますし、逆に上演する場所の小学校のスタイルにアジャストすることもできそうなので、いろいろな可能性がありそうです。また言葉の問題は大きいですが、たとえば翻訳AIの精度がもっと上がったら、僕が現地のパフォーマーのように演じることもできるんじゃないかと思っているんです。

──確かにそうですね。アフタートークで時里さんもおっしゃっていましたが、AIの進化に合わせて作品も変化を続けることになりそうですし、別の展開も生まれそうです。

伊藤 期待できますよね。むしろ今後、海外に持って行きやすい作品になるかも。

捩子 その可能性は、あると思います!

左から伊藤ガビン、捩子ぴじん。

左から伊藤ガビン、捩子ぴじん。

プロフィール

捩子ぴじん(ネジピジン)

ダンサー、振付家。neji&co.主宰。2004年まで舞踏家・麿赤兒が主宰する大駱駝艦に所属する。その後自身の作品制作を始め、2020年にneji&co.を設立。現在、京都を拠点に活動。2011年、「横浜ダンスコレクションE」審査員賞、「フェスティバル / トーキョー2011」公募プログラムF / Tアワード受賞。2016年、Our Masters土方巽「異言 / glossolalia」キュレーターを務めた。

伊藤ガビン(イトウガビン)

編集者。雑誌「LOGiN」の編集を経て、ボストーク社を設立。ゲーム「パラッパラッパー」などのシナリオのほか、書籍やWebサイトの企画制作に多数携わる。京都精華大学教授。

斧田小夜・荒木優光・時里充から見た「せいせいのせんせい」

「せいせいのせんせい」はさまざまなジャンルのプロフェッショナルが集っていることも特徴の1つだ。ここでは原作を手がけた斧田小夜、サウンドを担う荒木優光、本作品でテクニカルディレクターを務めたYCAMスタッフの時里充にそれぞれの目線からクリエーションを振り返ってもらった。

斧田小夜

──原作脚本を手がけるにあたって苦労されたこと、新たな発見などがあれば教えてください。

舞台設定の制限、演者数、AIを使用すること、子供向けなどとにかく制約が多く、しかも脚本は初だったのですべてにおいて苦労しましたが、特に小説と空間芸術のメディアの違いによるストーリーの考え方の差異が難関でした。私にとってのストーリーは面として編み上げるもので、ひとつとして無駄な要素はないのですが、空間を相手にしている方々はやりたい場面や絵をつなげるためにストーリーを作っているようです。どうやって折り合いをつけるか、苦労しました。

──クリエーションの中で印象に残っているエピソードや、創作のヒントになった誰かの発言などがあれば教えてください。

最初の原作を書いたあと、「この作品で問いたいことはなにか」と聞かれて意味が理解できませんでした。小説を書いていて読者に問いたいことは?と訊かれることはないからです。テーマは……とか主題が……という話はありますが、たいていテーマが複数あってわかりにくいので整理しましょうとか、主題がぼやけているので構成を考え直しましょうなどという話になります。なのでChatGPTになぜそんなふうに訊かれるのか、ということを背景を含めて丁寧に説明して分析してもらったところ、表現方法の違いに行き着きました。これをきっかけにAIとだいぶ仲良く慣れたと思います。

──今回のクリエーションで、斧田さんが特に意識したこと、大切にしたことがあれば教えてください。

子供向けということだったので、この作品を観覧する小学生がAIやテクノロジーが自分の敵であるとか、自分の生活に害をなすような印象をもたないように注意しました。また、過剰に未来が明るい/暗いと描くこともしないように調整し、ニュートラルな世界観になるように調整したかなと思います。

プロフィール

斧田小夜(オノダサヨ)

作家、ソフトウェアエンジニア、写真家。2019年「飲鴆止渇」で第十回創元SF短編賞優秀賞受賞、2021年に同作でデビュー。2022年には初の単行本「ギークに銃はいらない」(破滅派)を刊行。その他多数のアンソロジーに短編を寄稿。また「だってせんたっきさんがくつしたたべちゃったんだもん」が“Insignia 2020: Best Asian Speculative Fiction”に収録されるなど、海外にも活動の場を広げている。

捩子ぴじん+YCAM新作パフォーマンス「せいせいのせんせい」より。(撮影:守屋友樹、写真提供:山口情報芸術センター[YCAM])

捩子ぴじん+YCAM新作パフォーマンス「せいせいのせんせい」より。(撮影:守屋友樹、写真提供:山口情報芸術センター[YCAM])

荒木優光

──本作のサウンドを手がけるにあたって苦労されたこと、新たな発見などがあれば教えてください。

苦労したというほどではないですが、小学生にとっての程よい音や音楽とはどんなものなんだろう?という点は、自分の記憶を辿りながらよく考えました。結局、感じ方は人にもよるので塩梅をどこに設定するのか、が難しかったことでしょうか。もう一つは、プロンプトを打てば誰でも音楽を気軽に生成できる時代に、AI生成をテーマとした作品において人間の僕がBGMやSE・声を作るべきかどうか、という点。最終的には1曲だけAI生成した楽曲を選択しました。発見は、AIが自分の仕事の固有性を奪う前にあの世に行ってしまいたいと思えたことでしょうか。

──クリエーションの中で印象に残っているエピソードや、創作のヒントになった誰かの発言などがあれば理由とともに教えてください。

9月の試演会を見て、これは授業という設定の観客参加型のパフォーマンスなのか、いわゆる観るものとしてのショーなのか、の度合いが大事だなと考えようになったことがポイントだったと思えます。というのも、我々クリエーション側はいわゆる大人なわけで、普段は自分が見せたいものをやっている。それが子供たちが観客になった途端、みんな途中からおいていかれているような顔をしていたことが印象的で、尺度を変えないといかんな、と思いました。

──今回のクリエーションで、荒木さんが特に意識したこと、大切にしたことがあれば教えてください。

その試演会を経て、特に意識したのは「子供の目線に立って音を組んでいく」ということ。

大切にしたことは、緊張感や感情を無駄に煽るような音には気をつけるということ。そのため、せんせいの声が鳴り響く中で、邪魔にならない程度に楽しげな空気感を保つため、楽曲における音数を単純に増やすのではなく、ロボットから出る声や音、せんせいと子供たちのやりとりが入って初めて空間全体の音環境が仕上がるような、土台としてのサウンドを目指しました。

プロフィール

荒木優光(アラキマサミツ)

1981年、山形県生まれ。アーティスト、音楽家、サウンドデザイナー。現在は京都を拠点に活動。近年の上演作品に「空き地のTT」「サウンドトラックフォーミッドナイト屯」、個展に「ダンスしないか?」など。音楽グループNEW MANUKEでも活動。

捩子ぴじん+YCAM新作パフォーマンス「せいせいのせんせい」より。(撮影:守屋友樹、写真提供:山口情報芸術センター[YCAM])

捩子ぴじん+YCAM新作パフォーマンス「せいせいのせんせい」より。(撮影:守屋友樹、写真提供:山口情報芸術センター[YCAM])

時里充

──本作には「せんせい」と複数のボットたちが登場します。テクニカル面で苦労した部分、工夫が必要だった部分はどんなところでしたか?

今回はロボットを客席(机)1台ずつ計35台作るとなったことは苦労したところでもあります。それぞれが音声を発したり、時には同じ動きをしたりが必要な制御部分、またそれぞれ35台作ることで出てくる制約との折り合いなど、なかなか難しかった点だと思います。

また、観客に対応するロボット一つ一つに違いのようなものを持たせたかったので、顔のデザインなども一つ一つ違うものを制作したりもしました。

先生ロボットの機能やデザインも公演までにおこなった滞在制作を経て現在の形になっていきました。

またもう一つの苦労は、日々進化し続けているAI技術や仕組み、そしてそれらとどう付き合ったらいいのかを考えることは大変でしたし、まだまだ考えていきたいところでもあります。

そしてYCAM InterLabはチームで制作しているので各担当がそれぞれ相違工夫をしながら時には全員で相談しながら制作していきました。

──クリエーションの中で印象に残っているエピソードや、創作のヒントになった誰かの発言などがあれば理由とともに教えてください。

最終的にすべての制作物がそろい、何度か通しで確認していく中で、AI部分を担当していたYCAM InterLabの中上さん、そして斧田さん、捩子さん、を中心に、プロンプトや振る舞いの調整を重ねていきました。調整を重ねるたびにロボットたちの反応や全体の印象が大きく変わり、作品ができていく感覚がありました。そのプロセス自体がとても刺激的でした。

──今回のクリエーションで、時里さんが特に意識したこと、大切にしたことがあれば教えてください。

ラボのメンバーとよく話していたのは、発展し続けるAIをどのように作品に取り入れていくかということや、机の上にいるロボットや「せんせい」をどんな存在として見せたいのか、という点でした。

また、作品があまり怖いものにならないようにしたい、という思いも常にありました。テクノロジーを扱う作品は、どうしても怖い方向に寄ってしまうことが多いので、そこは意識していました。

──実際の上演を重ねたことで、新たに発見したこと、感じたことはありましたか?

まだまだ多くの課題、そしてやりたいことがあるなと感じています。

もちろん今回の作品は上記にも書いた通り、公演ごとにどんどん進化して面白くなっていきました。捩子さんが、今回制作したロボットやAIの使い方がわかってきたのかなという感じがしたりもしました。また参加人数で公演の感じが変わったりと、裏側で全公演を観ながら感じることも多かったです。

テクニカル的にも数か月で大きな変化や発展していくAIと付き合いながら育てていく作品になるだろうと思っています。

プロフィール

時里充(トキサトミツル)

1990年、兵庫県生まれ。アーティスト。2010年、岐阜県立国際情報科学芸術アカデミー [IAMAS]、2012年多摩美術大学卒業。画面やカメラに関する実験と観察を行ない、認知や軽量化といったデジタル性に関する作品を制作発表。小林椋とのユニット・正直などでライブ活動を行っている。YCAMスタッフ。