文学座附属演劇研究所 60期生 稲岡良純×村田詩織×中川涼香&主事・植田真介が語る“コロナ時代の研究所生活”

「プロの俳優を目指したい!」という熱い気持ちを持った未来の演劇人たちが門戸を叩く、文学座附属演劇研究所。ここでは理論と実践の両軸で、演技を基礎から学ぶことができる。ステージナタリーでは、文学座附属演劇研究所の記念すべき60期生で、現在は研修科生として研究所に所属している稲岡良純、村田詩織、中川涼香、そして主事・植田真介の座談会を実施。60期生は、新型コロナウイルス感染拡大が始まった2020年に入所した、いわば“コロナ初年度”の生徒たちだ。緊急事態宣言の影響で開講が遅れるなど通常とは違うスタートを切った彼らだが、当時を振り返る表情は明るく、言葉には演じることへの愛や、「それでも演劇がやりたい」という切実な思いが満ちていた。そんな60期生を温かい目で見つめる植田を交え、コロナ禍での研究所生活が明かされる。

取材 / 熊井玲文 / 櫻井美穂撮影 / 宮川舞子

左から村田詩織、植田真介、中川涼香、稲岡良純。

左から村田詩織、植田真介、中川涼香、稲岡良純。

三者三様の“俳優になりたい理由”

──60期生の皆さんは、2020年の年明けに文学座附属演劇研究所を受験し、2020年1月9日に合格が発表されました。ちょうど新型コロナウイルス感染が拡大する前だったので、入所前に想像していた研究所ライフと実際は大きく違ったのではないかと思いますが、まずは皆さんがどのようなきっかけで俳優を目指そうと思われたのかを伺えますか?

稲岡良純 小さい頃から映画をよく観ていたので、俳優への憧れは漠然とありました。演劇はまったく知らなかったのですが、高校生のときに三谷幸喜さんの舞台作品をテレビで観てから、演劇に興味を持ち始めて。大学で演劇サークルに入ったことをきっかけに、舞台に立つ楽しさを知り、そこから本格的に舞台に立つ俳優になりたいと思い始めました。

中川涼香 私は、昔からアニメを見ることが好きで、最初は声優さんになりたいと思っていたんです。高校では、お芝居を学ぶために演劇部に入ったのですが、そこでみんなで1つのお芝居を作り上げる面白さを知りました。卒業後は専門学校に入って、声優のお芝居を勉強していたんですけど、声優の道に進むか、俳優の道に進むか迷っていて。さまざまな舞台を観に行く中で、「一緒にお仕事をしたい!」と強く憧れる演出家さんや俳優さんとの出会いがあり、俳優の道を志しました。

村田詩織 私は表現すること自体が好きで、小学生から始めた演劇のほか、歌やダンスにも挑戦していたんですけど、役者として生きていく覚悟を持てなくて。だから大学卒業後に就職して、社会人として働きながら、いち観劇ファンとして舞台を観る日々を送っていました。でも「本当だったら、私は舞台に立ちたかったんだよな」という思いがだんだんと募っていき、「1回きりの人生だから、ダメ元でも俳優にチャレンジしてみたい」と、会社を退職して、研究所に応募しました。だから、ずっと「俳優になりたい」という目標を持ち続けてきたわけではなく、一度は違う方向に行って、諦められずに戻ってきた感じです。

──植田さんは?

植田真介 え、僕も話すんですか!?(笑)

一同 (笑)。

植田 僕は8歳のときに児童劇団に入ったんですけど、その理由は「テレビに出たい!」という気持ちだけでしたね。そうしたら入って2年目で、黒澤明監督の「まあだだよ」っていう映画に出ることになって、一番最後のシーン、僕出てるんですよ(笑)。さらに中学1年生のとき、大阪・近鉄劇場で上演された蜷川幸雄さんの「近松心中物語」、そのあと、井上マスさんが書いた「人生は、ガタゴト列車に乗って…」の舞台版で、マスさんの息子である井上ひさしさんの役を演じて……。

──8歳から俳優人生まっしぐらだったんですね。

植田 「近松心中物語」をきっかけに舞台に完全にハマっちゃって。どんどん舞台に出たかったんですけど、ただ児童劇団所属だと、高校生になると仕事が減ってきてしまう。1997年に出演した「夏の庭」という作品で、演出助手として参加していた文学座の靏田俊哉さんに「舞台やりたいんです」と相談したところ、「芝居が好きだったら、文学座に来てみればいいじゃない」と。それで高校卒業時に文学座附属演劇研究所を受けて合格して、今に至ります。

文学座応募のきっかけは?

──皆さんはなぜ文学座附属演劇研究所に入ろうと思われたんですか?

稲岡 ネットで調べて、一番有名だったのが文学座でした。プロの俳優を目指すうえで、まず基礎力を付けたくて、劇団の養成所を探していたんです。演劇に詳しくない僕でも文学座は知っていたし、ホームページもしっかりしていて……。

植田 そこ見るんだ(笑)。

稲岡 劇団によっては、ずっと情報が更新されていないところもあって、でも、文学座は最新情報が載っているからちゃんとしてそうだなって(笑)。

稲岡良純

稲岡良純

中川 私は声優学校時代、ゼミの講師の先生から「お前は文学座に行ったほうが良い」と勧めてもらったんです。その頃はまだ文学座のお芝居を観たことがなかったんですけど、勧められてすぐに文学座の「一銭陶貨」を観に行ったら、今まで人生で感じたことのない衝撃を受けて。「ここに入りたい!」と思って受験することにしました。

村田 私も稲岡と同様に、演技の基礎がないことへのコンプレックスがありました。だから、養成所に通いたかったんですけど、ネットで調べてもどこが良いのかわからなくて……。とりあえず、それぞれの劇団の出身者を調べたところ、私が尊敬している樹木希林さんと田中裕子さんが文学座の出身であることを知って。お二人を輩出した文学座なら!と、受験を決意しました。

──文学座附属演劇研究所は、狭き門であることでも有名ですが、皆さんはそれぞれどのような対策をして挑みましたか?

中川 入所に向けた説明会で、一般常識の問題が出ると知らされていたので、その対策だけはしていました。

稲岡 僕は、大学の卒業がかかったテスト期間が、研究所の試験と被っていたから特に準備もできずで。体調だけはなるべく整えて……。

一同 (笑)。

──試験では、実技や歌の審査もありますが何か特別なレッスンを受けたりは?

村田 もともと歌は好きでやってはいたんですけど、試験対策のレッスンなどは特にしなかったです。私も試験前は、会社の引き継ぎ作業でバタバタしていて、一般常識の対策テキストは買っていたんですけど、開くことなく試験当日を迎えました。でも、体調は整えました!(笑)

一同 (笑)。

──対策は、合否にあまり関係ないのでしょうか?

植田 関係ないですね(笑)。実は、彼ら60期生は、筆記試験を行った最後の代なんです。

村田 ええっ、今はないんですか!?

植田 うん。コロナの感染予防のため、61期からは受験生を会場に集めて筆記試験をするのをやめて、代わりに出願時、作文課題を提出してもらうことにしています。

緊急事態宣言で開講が延期に、だけどワクワクできたワケ

──2020年1月9日に60期生の合格発表が行われ、研究所は例年通り4月に開講予定でした。しかし、4月7日に緊急事態宣言が発令されたことを受け、開講は4月から5月に延期され、緊急事態宣言延長によってさらに6月に延期されました。その間、皆さんはどのような心境でしたか?

村田 思い返すと、なかなかつらい時期でした。私は文学座に入所するために仕事から離れていたので、開講を待つ間は、社会から取り残されたような、もう自分がどこにも所属していないような感覚になって。そうした寂しさや不安があったからこそ、開講がすごく楽しみでした。

中川 開講が1カ月延期になると決定したときは、「これからどうなるんだろう」という不安がありましたが、次第に焦っても仕方がないと切り替えることができました。前期の授業で取り扱うテキストをあらかじめ郵送してもらっていたので、自宅でゆっくり予習できましたし、植田さんがGoogle Classroomを介して「自己紹介をしよう」って呼びかけてくれたので、みんなの自己紹介を読みながら「こんな人に会えるんだ」と開講を待ちわびていました。けっこう充実していましたね(笑)。

中川涼香

中川涼香

稲岡 僕も、あんまりつらさは感じていなかったですね。というのも、当時はここまでコロナ禍が続くと思っていなかったから、いずれ収まるだろうと楽観的に考えていたし、植田さんからも常に連絡があったのが大きかったです。送られてきたテキストを読みながら、開講をワクワクしながら待っていました。

植田 僕らとしては、3月初旬は「なんとか開講はできるんじゃないか」と考えていたんですが、3月末にどうも状況がおかしいということになってきて、緊急事態宣言が出る可能性があると聞いてすぐに前期で使う予定のテキストをプリントして全員に発送しました。とにかく、もし研究所に来られなくても、研究生たちにやることがあるようにしようと思って。

その後緊急事態宣言が延長することになっていつ開講できるのかがわからなくなったとき、オンラインでの授業も考えたのですが、文学座研究所の講師陣は残念ながらオンラインに対応できる人が多くなくて(笑)。そもそも実習メインのカリキュラムを掲げている以上、オンラインで授業を始めてしまうのは違うなとも考えました。だからGoogle Classroomを利用して、1日数人ずつ自己紹介することを始めたんですけど、実はあれは開講日の目処が立たない中で始めた苦肉の策です。でも自己紹介はすごく盛り上がったんですよね。みんな、自分のことをたくさん書いてくれたし、その自己紹介に対してほかの子がコメントして、交流が生まれていて。

中川 「私もその本好きです!」とか書いてました(笑)。

植田 あの時期は今でも忘れられないです。講師陣も「自己紹介を読むと、すごく生徒の人柄がわかる」って読みたがるから、自己紹介は60期以降も続けているんですよ。

村田 読まれていると思うと、ちょっと恥ずかしいですが(笑)。

植田 そして、全員の自己紹介が終わった日に、運良く開講日が決められたんです。あのタイミングで開講日を決められなかったら、2020年度は例年と同じボリュームのカリキュラムを実施することはかなり厳しかったと思う。なんとか始めることができて、本当に良かった。