蜷川幸雄のダメ出しは異次元…「目がキラキラして見えるだろう!」
──研究所を卒業し、座員になって皆さん10年から20年近く経ちますが、その間に劇団内外でさまざまに活躍されています。活動の中で俳優として意識が変わったターニングポイントはありましたか。
横田 僕はやっぱり蜷川幸雄さんとの出会いですね。文学座の本公演は数回出たくらいで外に放り出されて。そこからは蜷川さんとの20年くらいのお付き合いになっちゃったので、蜷川さんにしごかれたのが大きかったです。
──文学座との教えとはまた違うものでしたか?
横田 まったく違いました。「解釈はあとから」っていう。蜷川さんのところでは、文学座で1年目に教わった台本の分析と解釈はさておき、まずはでかい声でやってみる。「下見てセリフ言ってんじゃねえ、上見て言うんだよ! 目がキラキラして見えるだろう!」みたいな。僕からしたら異次元のダメ出しが飛び交っていました(笑)。
松岡 衝撃。
横田 だって宮廷の扉とか、自分が出ていくときに勝手にバーンって開くわけだから。「誰が開けてるんだろう、これ」「宮廷の下男かな?」と考えるのが文学座。だから本当は、自分で扉を開けて出ていきたいわけですよ。でも蜷川演劇というのは自動ドアだから。
亀田・松岡 あははは!
横田 「まったく違うところに来たな」という衝撃が、僕にはターニングポイントでした。
亀田 僕は文学座に入って、最初からこだわりを持って関わってくれた演出家が、もう亡くなっちゃった髙瀬さんで。髙瀬さんとの舞台はかなり多くやったんですけど、大きな経験になりました。髙瀬さんが亡くなられても、自分の中で呪縛のように、常にどこかにいるような感じ。それで勝手に窮屈なことにしているときもあって、良くも悪くもあるんですが、それくらい関わり方が濃い人でしたね。細かいし、すごく厳しいし、怖いんだけど。
横田 感謝してる?
亀田 はい、とても。本科の卒業公演の演出が髙瀬さんだったんですよ。僕がどうしようもないときに、これは想像ですけど、誰も推さない僕を(笑)、髙瀬さんだけが残してくれたんじゃないかなと思いますね。
横田 ああ、そうだね。
松岡 亀田さんとよく出ていたというのもあるんですけど、私にとっても髙瀬さんはスペシャルな人なんです。研修科の2年目でやった「三人姉妹」の読み合わせですごく厳しくて、細かいし緊張感があったんですね。私はナターシャという役を演じたんですけど、「三人姉妹」だから三人姉妹のどれかをやりたかったんですよ(笑)。「なぜ私は三人姉妹じゃないのか」と、髙瀬さんに生意気にも質問したら、「いず(松岡)はさあ、すごいパワフルなエネルギーを持ってるから、それで空気変わるんだよ。そういうことができる役者ってなかなかいないから」と言ってくれた。それで「私にそんな力あるんだ!」って(笑)。自分がどういう素質を持った俳優なのかというのを、初めてきちんと教えてもらったんです。そこから、亀田さんが言ったように、髙瀬さんだったらなんて言うだろうと想像しながら演じることがありますね。この世界は本当に、出会いが大きいと感じます。
自分の魅力を発揮できる方法を、自問自答で探す
──皆さんの舞台を拝見して思うのは、本当にそれぞれの持ち味を生かして活躍をされているということ。文学座の研究所が、これほどまでに別個性の俳優を輩出できる理由は何でしょうか。
横田 1つにはワンマンな演出家じゃなくて、いろいろな種類の演出家がいるということでしょうね。髙瀬さんがいたり、西川信廣さん、鵜山仁さん、松本祐子さん、高橋正徳、若い演出家や辞めちゃったけど上村聡史がいたり。演出家の種類が豊富というのは大きな要素であり、良い特色。
亀田 研修科の発表会でも、僕らのときは4本くらいやって、みんな違う演出家なんですよ。この演出家で許されていた表現が、次の演出家でまったく許されなかったりすることもあるんですね。と思ったら、また次の演出家は受け入れたり。本当に自分を探していく作業というか。これはダメでこれは良いのはなんでだろうと自問し続ける癖が、無意識につくのかも。
横田 役者で演出家の人もいますしね。小林勝也さんとか。亡くなった坂口芳貞さんも。役者が役者に教える場合はまた全然違う言い方になる。だから、いろいろな人が許されるっていう。
──では、例えば俳優として必要なことが100あるとして、研究所で学べるものはその何割くらいなんですか?
横田 文学座の研究所って“劇薬”じゃないんですよ。漢方薬みたいなもので、スロースタートで徐々に効いてくる。しつこかったり、稽古時間やダメ出しが長かったりすることはあるんだけど、割と柔らかく育ててくれるところがあって。1年目、2年目、3年目と与えられるものがシビアになるにつれ、こっちももっとこうなりたい、できるようになりたいと考えることができる。何かが効いたわけじゃないんだけど、きっと何かが効いているっていう(笑)。そういう場所な気がしますよね。カメラの前やお客さんの前に立って初めて、考えるわけじゃないですか、力を抜いてしゃべるってなんだろうと。そこでじわじわ効いてくるイメージ、僕はね。
亀田 そうですね。授業で毎回全部を理解するのは無理なんですよ。それが5年、10年続けていく中で「そういえばあれって」と気付く。ただ1個1個の授業は明確に、ちゃんと先生方が言いたいことを言ってくれてますから。「理屈っぽくてうるさいな」とか思ったりしたけど、「今、聞きたいな」と思います。
プロの世界には卒業生たちがたくさん、人脈も財産に
──今年はコロナの影響で文学座の研究所は授業日数を伸ばしたり、密にならないよう少人数のクラスにしたり、研究生たちの状況を最大限配慮した対策が取られています。俳優としてキャリアをスタートさせるにあたり、文学座の研究所で良かったと思うところはどこでしょうか。
横田 繰り返しになるかもしれないけど、いろいろな演出家がいることが大きな特徴。きっと自分に合う演出家がいると思います。
亀田 自由で伸び伸びした雰囲気があるので、受けるほうも選択していける。合わせ鏡のようにいろいろな人に自分を映して、探していけるんじゃないでしょうか。
松岡 自分を知っていけるというのは、自分の武器もどこかで見えてくるということだと思いますしね。
横田 本科の卒業生って3500人くらいいるらしいんですよ。これからプロの現場に出ていくと、必ず卒業生がいるので、仲良くなりやすい(笑)。「実は僕、文学座の研究所を出てるんです」って優しく話しかけてくれる。この前、「横田くん、実は僕もなんだよ」って佐藤二朗さんに言われて(笑)。そういうことよくあるよね?
松岡 あります。
横田 それって心強いし、初めて共演するときの話のとっかかりにもなる。声をかけてくれる人たちにとっても、いい思い出だからなんだと思います。卒業生はうじゃうじゃいるんで(笑)、きっと大きな財産になると思いますよ。
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所長と主事が語る“文学座附属演劇研究所”