「文学座附属演劇研究所特集」横田栄司×亀田佳明×松岡依都美|劇薬じゃなくて漢方薬、じわじわ効く文学座附属演劇研究所

受かったら喜ばれる? 老舗劇団の研究所

左から亀田佳明、横田栄司、松岡依都美。

──文学座の研究所を受験すると家族に伝えたとき、どのような反応をされましたか?

亀田 特にないです。諦めに近い苦笑い。

横田松岡 あははは!

亀田 まあでも、家族も関わっていたのでダメとも強く言えなかったのだろうし。

横田 うちなんかサラリーマンの家庭だから、「あの文学座に受かったの? 受かっちゃったんだったらしょうがないか!」って。父が芝居好きだったので、入ってからは応援してくれていましたね。

──俳優の道に進むことに対して、反対された時期もあったんですか?

横田 高校を出たときに「やりたいことがあるんだったら自分で勝手にやれ」と言われて、大学に入る前に働きに出て、自活しました。百貨店で家具を売ったりして。

松岡 へえ、初めて聞きました。うちは「わー! いけー!」みたいな(笑)。「杉村春子さんとか太地喜和子さんがいたところでしょう」って。母はピアノの先生で、父も音楽や映画を好きだったので、芸術を志すことに反対はありませんでした。

横田 そういう意味では文学座って受かるとびっくりされるというか、喜ばれるよね。一応説得力あるみたいなんですよ。今はわからないですけど、二十数年前は。まだ杉村さんや北村和夫さん、加藤武さんもいらしたし。

──もちろん今もそのブランドは健在だと思います。研究所の募集要項には「18歳以上、経験不問」とだけ書いてあるのですが、入所試験で記憶に残っていることはありますか。

横田 1次は筆記とエチュード。2次はアトリエでやるんだよね。ピアノを聴いて動くっていう身体表現の課題があるんだけど、先生が勝手な曲を弾くんですよ。明るい曲とか暗い曲とか。それに合わせて何か演技をする。

亀田佳明

亀田 指示を出されてね。演出の髙瀬さんが「雨が降ってきた!」とか言ってたの、すごく覚えてる。

松岡 「子供同士で枯れ葉で遊んで!」とか。客観的に見たら「自分何やってんだろう」って恥ずかしくなる(笑)。

亀田 演技経験の有無は関係ないんですよね、きっと。余計なことを考えると訳がわからなくなるし。

横田 素直に言うことを聞く人間かどうかを見ているんだよ。

亀田松岡 あははは!

横田 あと、作文を書いて自分で読むんです。僕らのときは最近観た芸術作品の感想文。映画でも本でも。

松岡 私のときは「私の大失敗」っていう課題でした。

亀田 へえー! 読んだ記憶がないな、それは。

横田 先生たちも飽きないように、期によって内容を変えるんだろうね。

名物授業でしごかれて、涙…サボった過去を今は後悔

──試験に合格し、入所した研究所では、どんなことが衝撃でしたか?

横田栄司

横田 僕はね、文学座に入ってこんなに大人たちって褒めてくれないものかと驚いた。それまで行ってた学校は、ちやほやされる環境だったから。仲間が仲間を褒めて、先生も煽ててくれる。この人たち何も褒めてくれないなっていうのは衝撃でした。ベテラン講師の加藤新吉さんは玉川(大学)の先生で、桐朋学園の出身者を目の敵にしていた節があって、「このくらいのことは知っているだろう? 横田くん」って(笑)。

亀田 熱心でしたよね。晩年、加藤さんは点滴をしながら授業に来ていました。

横田 あとはテネシー・ウィリアムズの「ガラスの動物園」の授業で、講師の長崎紀昭さんの解釈の細かさ、登場人物の心理分析に度肝を抜かれました。

松岡 あれは衝撃的でした。私、「どうやってやればいいんですか、もうできません!」って言って授業を飛び出して、ビルの屋上で1人で泣きましたもん。

亀田 あははは。毎年、名物なんですよね。みんなしごかれる。長崎さんは全役ご自身で演じ分けられて、発音まで厳しく指導されるんです。「トム」じゃなくて「タァム」って言わなきゃいけない。

松岡 「ホンを読む」ってよく言うじゃないですか。台本を読む力というか、どういうふうに読んだらいいのか、長崎さんの授業で学ぶことができましたね。

横田 「父帰る」はやった? まずト書きに「賢一郎が仕事から帰ってきて茶の間で新聞を読んでる」とあるとするでしょう。そうしたら、どういう姿勢で読んでいるのかというところから考えるんです。その時代の生活ぶり、ちゃぶ台の高さ、新聞の大きさ、仕事から疲れて帰ってきて晩ご飯を待っている人物の姿勢。1行1行、そうやって解釈を与えていくというのかな。

──研究所では“理論と実践”という理念に基づき、台本の読み方、音楽、体操、アクション、能、着物の着付けなど、多彩なカリキュラムが組まれていますが、苦手な授業はありましたか?

松岡 文学座ならではの“こんにゃく体操”! 脱力して、力を入れないまま立てるように訓練、あれは苦手でした。

横田 俺も体が硬いから苦手だった。汗だくになるんだよね。

亀田 僕はこんにゃく体操もそうですし、音楽もそう。実は興味が向かないと感じた授業は、ほぼ休んでいたんですよ、1年生のとき(笑)。これから入る人のことを考えると、こういうことは言っちゃいけないんだろうけど(笑)。

横田 授業を休むと発表会で役が小さくなるっていう脅しがあったよね?(笑)

松岡 ありました。

亀田 秋頃にある発表会「女の一生」まではがんばるっていう人もいますけど、僕は早々に……だから「女の一生」は、2幕の(野村)精三のリフレイン(編集注:配役の都合上、同じシーンを配役を変えて2回繰り返すこと)になりました。

横田松岡 あははは!

亀田 ちょっとしか出ないんですよ。あと6幕の罹災者の兄。これもセリフないんですけど、冒頭にちょこっと出るんですよね。

横田 そうなっちゃったんだね。

亀田 今思うとやっぱり、どの授業も出とけばよかったなと本当に思います。体操だって、今更やったりしますからね。

左から亀田佳明、横田栄司、松岡依都美。
左から亀田佳明、横田栄司、松岡依都美。

2年目になるとグッとプロフェッショナルな雰囲気に

──亀田さんは嫌な授業は受けないけれど、研修科に上がる決断はされたんですよね。それはどうしてですか?

亀田 「残れたら」くらいの気持ちだったんですけど、当時の主事に「お前は残れると思わなかっただろ? このままでいいと思うなよ」と言われたんです。「自分が良いから残ったわけじゃない」というニュアンスを受け取って、悔しかったんでしょうね。そこから心を入れ替えて。2年目からは非常に真面目に取り組むようになりました(笑)。

松岡依都美

松岡 研修科になると発表会も増えるし、舞台ができるチャンスが、本科よりも増えるんです。それが楽しくて、私は“二十代の青春”という感じだったなあ。

横田 研修科になると、授業もあるけど、作品作りのために集まるんですよ。発表会の稽古とは違い、具体的な俳優としての仕事に近くなるので、そういう意味でやりがいはありましたね。

松岡 お客さんを入れて、そのために舞台に立つという目標がはっきりとあるから。しかも研修科生はほぼWキャストなので、自分と同じ役をやる人の演技を一歩引いて観られるのは大きな刺激になりました。

横田 1期上の人たちがえらく大人に見えるんだよね。2・3年生が一緒に発表会をするんだけど、言われて演技をするんじゃなくて、自分たちで考えて見せるということを少しずつ始めている人たちが、上級生にいて。たった1年でこれほど精神が違うのかと思ったのはよく覚えています。

──横田さんは研究所で特別講師を務められたことがあります。講師の立場で触れる研究所はいかがでしたか。

横田 思ってたより、みんな熱心だった。もっと斜に構えた人たちというか、俺がやさぐれていたわけじゃないと思うんだけど(笑)、割と熱心だなと。相対的にね。こんなことを言うと本科生たちが傷つくかもしれないけど、1年目ってお客さんのような部分があるんです。声優になりたかったり、アナウンサーになりたかったり、お笑い芸人になりたかったり、ミュージカル俳優になりたかったり、いろいろなことを思って来てる人がいる。なので皆が楽しく参加できる授業にしようと、身近なエピソードを寸劇にしたり、シェイクスピア劇「ヴェニスの商人」の最後のほうのコミカルな、男女がけんかしたりワーワーギャーギャーやるような場面をやりましたね。

──ベテランから“今をときめく”俳優まで、文学座の研究所は講師陣の層の厚さが魅力でもあります。お二人は横田さんに教わりたいことはありますか……?

左から亀田佳明、横田栄司、松岡依都美。

亀田 あははは、すごい質問!(笑)

横田 「ありません」って言っていいよ(笑)。

松岡 特にないかなあ(笑)。

横田 そんなに期も離れてないしね。逆に僕が2人を見ていて、尊敬しているくらいですから。

──横田さんが34期、亀田さんが41期、松岡さんが43期ですね。

松岡 うちってあまり、先輩後輩のような縦の関係性ではなくて。

亀田 そうなんです。文学座は80歳くらいまで俳優がいるので、その中で言えばほぼ同世代。だから栄司さんの素敵だなと思う部分は、見て盗むというか。ほかの先輩もそうですけど、無意識でそうしてる部分はあると思います。