城田優が映画「BETTER MAN/ベター・マン」に見た、1人の人間の“挫折と再生”の物語 “クレイジー”で泥臭い、綺麗じゃないミュージカル映画 (2/2)

サルで描くことこそがクレイジー、クリエイターとしては“なるほどね”

──この映画で重要となる要素が、主人公が一貫してサルの姿で登場するところです。CGとモーションキャプチャーを駆使したリアルな映像に、欧米では賛否の声が挙がっていたそうですが、城田さんは先に予告編でサルをご覧になって少し不安になられたとか?

まず、フィクションなのかノンフィクションなのか、ファンタジーなのかリアリズムなのか、どちらにも取れるような予告編だったので、不安というか「これってどうなんだろう?」と思っていました(笑)。観終えたら、“誰にでも刺さるストーリー”であることがわかりましたし、この映画で主人公をサルにしたことはクレイジーだけど、クリエイターとしては“なるほどね”と感心させられる面もあって。

映画「BETTER MAN/ベター・マン」では主人公が終始、サルの姿で描かれる。

映画「BETTER MAN/ベター・マン」では主人公が終始、サルの姿で描かれる。

──どのようなところに“なるほど”と思われたのですか?

僕は、映画やミュージカルを観るときはなるべく職業病が出ないように心がけているのですが、理屈なしにその世界に入り込めるのは、やはり感情がガッと動いたときなんです。我々は、言葉ではなく相手の表情や動きで感情を読み取る生き物ですよね。なので正直、サルの姿では1枚フィルターがかかってしまって、同じ人間として感じるコンプレックスやトラウマ、嘆きみたいなものが微細に感じられず、「ロビー・ウィリアムスってすっげえ!」とロビーの人物像に心がグラングランするところまでは行けなかったんです。映画を観始めて30分や1時間では、サルであることを咀嚼できず、むしろ最新テクノロジーで作られた表情や瞳孔の動き、毛並みの流れという創作の裏側を、「すごいなあ」というマインドで観ていました。映画の中でも象徴的な、恋人となる女性ニコール・アップルトンとのダンスシーンもそうですね。モーションキャプチャーを使ったとしても、生身の人間とテクノロジーがここまで綺麗にシンクロするのか!と。そうやって冷静に観ていた自分が、最後のシーンでしっかりと泣いてしまったというのは(笑)、作品が持つエネルギーとグレイシー監督の執念、ロビーという人間のパッションに導かれたゴールだとしか言いようがなくて。結果的に僕はこの作品に染まっていたけれど、主人公がサルの姿であることの良し悪しは、観る人の好みによって分かれると思いますね。ただ、これはミュージカルや舞台作品では絶対にできない手法ですし、その理解を自分に落とし込むことができれば、めちゃくちゃ面白い世界に行けるはず。酔っ払って、ハイになって観るくらいがちょうどいいかもしれないですね(笑)。

映画「BETTER MAN/ベター・マン」では、ロビーとニコールが幻想的なダンスを披露。

映画「BETTER MAN/ベター・マン」では、ロビーとニコールが幻想的なダンスを披露。

──似たようなイギリスのスターの伝記映画としては、クイーンを描いた「ボヘミアン・ラプソディ」(2018年)がありましたが、こちらは主人公のフレディ・マーキュリーを俳優(ラミ・マレック)が演じていました。

役者を使ってロビーの人生を描いたほうが絶対に心情が伝わるし、簡単なのですが、それを選ばなかったグレイシー監督がカッコいいんです。しかも、“この人(ロビー)は人間です”という説明が一切ない中で物語が進む、“それぞれの解釈で観てくれ”という強気のスタイルが、まさにこの映画で描かれている、アーティストが持つべき自分軸の大切さを体現しているんですよ。もし、ロビーが人間の姿で演じられていたら?というところにも興味がありましたが、そうすると今度は、「ロビー・ウィリアムスはこんなのじゃない」と受け入れられない観客が出てくるはず。監督が“次元を覆す”覚悟で投じたサルの姿が、観る人のリアリティを刺激して、最後には感情のジェットコースターに乗せて、物語の終着点にスッと連れて行ってくれるのはさすが、監督の技量によるところだなと感動しました。

城田優

城田優

“綺麗なミュージカル映画”ではない泥臭さが魅力

──ミュージカルの舞台で活躍されている城田さんは、ミュージカル映画を観る際にどんなことに注目されていますか?

歌や音楽の導入です。僕が作品を構想するときはだいたい、歌う理由がある人物を主人公にした物語を思い描くんです。歌う動機があれば、急に音楽が鳴り出しても違和感がない。でも、音楽に直結していない物語だと、話の筋とは関係ない疑問がいろいろと浮かんでしまうんですよね。映画「BETTER MAN/ベター・マン」では、ロビーの楽曲を当時の音源から再録音して使っていたり、実際にある名曲がテーマになっていたりと、登場人物たちが歌わない選択肢はないので、なるべくしてなったミュージカル映画だなと思います。それに映画「BETTER MAN/ベター・マン」は、映画「ラ・ラ・ランド」(2016年)のように歌とダンスで高揚感をもたらす“綺麗なミュージカル映画”ではなく、有名なリージェントストリートを貸し切って撮影されたというシーンで、ぶん投げられたホッピングが運転中の車のフロントガラスに刺さったり、人間のバイオレントな部分をブラックジョークを交えて人間臭く、泥臭く描く展開も好きですね。そういう要素があるからこそ、ロビーという1人の人間が、破壊と再生を繰り返して、最終的に削ぎ落とされて幼少期に触れた音楽という原点に立ち返るというストーリーが美しく見え、音楽の要素が面白く生きたミュージカル映画になっていると感じます。

映画「BETTER MAN/ベター・マン」より、リージェントストリートでの撮影シーン。

映画「BETTER MAN/ベター・マン」より、リージェントストリートでの撮影シーン。

映画「BETTER MAN/ベター・マン」より、ロビーに大きな愛情を注いでいた祖母。

映画「BETTER MAN/ベター・マン」より、ロビーに大きな愛情を注いでいた祖母。

自分を熟考した時間、シエラ・ボーゲスやレア・サロンガら“フレンズ”が教えてくれたこと

──先ほど、ロビーがどん底から浮上するきっかけとなった音楽プロデューサーとの出会い、そして自らの歌詞を世に出すシーンが印象的だったとおっしゃっていましたが、城田さんがミュージカル俳優として活躍される中で、ターニングポイントとなった作品や人との出会いを教えてください。

いろいろありますね。僕の人生も映画化、テレビドラマ化したら面白いだろうなと思うくらい、クレイジーな生い立ちなので(笑)。今僕は、SNSから離れたりして、センシティブな感情をあえて働かせないモードになっているんですけど、そうなったきっかけというのは、コロナ禍で自分のことを熟考できる時間を持てたからなんです。十代、二十代と大きなプレッシャーの中で走り続けてきた中で、コロナ禍では舞台やコンサートというエンタメが一切ストップしました。あの時期には自分の周りにもたくさん不幸があったし、職を失う人がいたり、体調に悩まされる人がいたり、それぞれがそれぞれの感じ方で傷付いた時期だったと思うんです。みんなが協力し合って乗り越えようとする空気の中で、僕は自分の感覚を取り戻した気がしたんですよね。エンタメは衣食住にはかなわないけど、心を救う力があることを再認識しましたし、本当に投げかけたい言葉やパッションを再び手にした感じがあって。そこから少しずつ、仕事との向き合い方を変えていくことができました。

でも、そうやって自分の本心に気付かされたタイミングって以前からあって、ミュージカル「スウィーニー・トッド」では演出家・宮本亞門さんに舞台上で伸び伸びと役を生きればいいことを教えてもらいましたし、コンサート「4Stars」で共演したシエラ・ボーゲスさんに悩みを打ち明けたときは、「優はお客さんの前に立ったときに自分の実力を証明しようとしているんじゃない? そんなことは必要ない、シェアすればいいだけよ」と励ましてもらったりもして。どこかで「俺はできる」と思い込もうとしていたのを見抜かれたというか。自分を赦し、愛してあげることの大切さを、シエラは言語化して教えてくれました。あと、フィリピンの名優レア・サロンガさんとデュエットするときも、緊張のあまりゲネプロで歌詞が出てこなくなっちゃったんです。そうしたら、レアが「優、私の目を見て。大丈夫よ」と言いながら、「I can show you the world」(筆者の目を見ながら「ア・ホール・ニュー・ワールド」の一節を歌い出す城田)と、歌の世界に集中させてくれて、2000人の観客に観られているという重圧を忘れることができました。僕は海外のアーティストたちから、相手を信頼して心をシェアすることが、ひいては自分を愛することにつながると教えてもらいましたね。以来、緊張している新人の子にはレアの名言を伝えるようにしています。「Watch my eyes, you'll be fineってレアが言ってたよ」って(笑)。

城田優

城田優

──映画「BETTER MAN/ベター・マン」は、日本で封切りされて1週間となります。これから映画館でご覧になるミュージカルファンに向けて、どういったところを一番の“推しポイント”としておすすめしたいですか?

実在するアーティストのほぼノンフィクションの物語であることが、何よりも強いメッセージを放っている作品です。これだけ大成功しているアーティストも、日常で誰しもが経験するネガティブな感情やコンプレックスを抱えながら過ごしてきたという事実、しかも汚いところもさらけだしているストーリーに勇気をもらえますし、いつだって人生にやり直しはきくんだと背中を押されると思います。ミュージカルや舞台作品ではフィクションが多い中で、この映画は主人公がサルというファンタジー要素はありながらも、僕らの住んでいる世界や時代と地続きの音楽が全編にあふれているので、よりリアリティを持って感情移入できる作品だと思います。これは“1人のアーティストの成長物語”だという前情報を入れておくだけでも、印象が違うと思いますね。あとは、少しでもロビーの音楽や来歴を知ってから観るとベター。もちろん、予備知識がなくても入り込める作品です。たたいてホコリが出ない人はいないっていう、人間臭くて泥臭い映画なので、ミュージカルファンはもちろん、ミュージカル映画に抵抗がある方も観やすい映画だと思います。観ながら少しだけ恥ずかしい気持ちや嫌な気持ちになったりするかもしれないけど、それこそがグレイシー監督がやりたかったこと。“BETTER MAN/ベター・マン”というタイトルが示す通り、少し自分のことを好きになって、身近な人を蔑ろにしていないかなと省みることができる、豊かな時間になるのではないかと思います。

城田優

城田優

プロフィール

城田優(シロタユウ)

1985年、東京都生まれ。2003年に俳優デビュー以降、テレビドラマ、映画、舞台、音楽など幅広いジャンルで活躍。近年の主な出演作に、テレビドラマ「いきなり婚」「エンジェルフライト~国際霊柩送還士~」、連続テレビ小説「カムカムエヴリバディ」(語り手)、映画「コンフィデンスマンJP 英雄編」など。また、クリエイターとしても活躍の場を広げており、主演したミュージカル「ファントム」(2019年、2023年)とミュージカル「カーテンズ」(2022年)、メインパフォーマーを務めたbillboard classics×SNOOPY「Magical Christmas Night 2024」では演出も手がけた。エンタテインメントショー「TOKYO~the city of music and love~」で初の海外進出を果たし話題に。2025年5月から7月にかけてミュージカル「ダンス オブ ヴァンパイア」にW主演。音楽では、中森明菜トリビュートアルバム「明響」(5月1日リリース)に「少女A」で参加。