中島諒人が語る「BeSeTo演劇祭29+鳥の演劇祭18」日中韓の“今”を感じ、演劇の間口を広げるラインナップ

「BeSeTo演劇祭29+鳥の演劇祭18」が9月20日から10月12日まで、鳥取県の鳥の劇場ほかで上演される。Be(北京 Beijin)、Se(ソウル Seoul)、To(東京 Tokyo)から“今”が感じられる作品が集まる「BeSeTo演劇祭」、演劇を中心とした文化祭のような広がりを見せる「鳥の演劇祭」が同時開催される今年は、「地元の人たちはもちろん、全国の人に注目してほしい」と、鳥の劇場代表・中島諒人は語る。

本特集では、2つの演劇祭にかける思いや、上演される18演目についての見どころを中島に聞いた。さらに特集後半では、柳州市芸術劇院・柳州市演芸集団「シャイニング・フレンズ」、イエロー・ボム × リビング・シアター × 劇工作所魔方陣「ロゼッタ」、鳥の劇場「梨っこ」、マイケル・ミアーズ「ザ・ミステイクーあやまち」の各カンパニーから届いたメッセージとラインナップを紹介している。

取材・文 / 熊井玲

中島諒人インタビュー
中島諒人

中島諒人

日中韓の“今の演劇”が体感できる「BeSeTo演劇祭」

──今年は「BeSeTo演劇祭」と「鳥の演劇祭」が同時開催となります。どのような演劇祭にしたいと思われていますか?

「BeSeTo演劇祭」は日本・中国・韓国の間で1994年から続いている大変歴史ある演劇祭で、コロナ禍による中断ということはありましたが、日本・中国・韓国で毎年開催地を持ち回りしています。今でこそ中国や韓国との演劇的な交流は増えてきていますが、日本・中国・韓国の演劇作品が一堂に会する「BeSeTo演劇祭」はやっぱり特別なんじゃないかと思います。「BeSeTo演劇祭」には国際委員会があり、委員がそれぞれの国から面白い作品を選出していて、僕もその委員の1人です。毎年のように委員が会い、意見交換しているので、各国の演劇人同士つながりも強くなっていて、そういった深い関係性の中で行われている演劇祭であることも特徴だと思います。

また今年の「鳥の演劇祭」は、海外の招聘作品はイギリスの2作品のみですが、国内の優れた作品も見ていただけますので、十分に楽しんでいただけます。今年は2つの演劇祭が合わさってより魅力的な演劇のお祭にできるのではないかと考えています。

──2つの演劇祭、それぞれの見どころについて伺っていきます。まずは今回が29回目となる「BeSeTo演劇祭」について。回を重ねるごとに全体の傾向も変化してきたのではないかと思いますが、中島さんは今の「BeSeTo演劇祭」にどんな面白さを感じていますか?

中国は、ものすごく変わってきたと思います。例年、中国は伝統劇をベースにした作品が必ず1本選出されており、今回もその流れです。昆劇「竹林三昧」は中国文化をベースに、芥川龍之介の「藪の中」を踏まえて立ち上げられる作品です。日本の文学と中国の伝統の融合です。また中国は演劇のポップカルチャー化が進んでいて、若い人が多く劇場に足を運びます。「シャイニング・フレンズ」もその1つで、本作では「とんがりバンド」というバンドが巻貝の中に閉じ込められるという奇想天外なストーリー。新しい中国の風を楽しんでもらえます。

柳州市芸術劇院・柳州市演芸集団「シャイニング・フレンズ」より。

柳州市芸術劇院・柳州市演芸集団「シャイニング・フレンズ」より。

韓国演劇は今もすごく元気があって、近現代史をテーマにした素晴らしい作品も生まれています。「ロゼッタ」は実際に韓国で活動したアメリカ人の女性医療宣教師に取材して、その半生を多くの人にわかりやすい形で舞台化した作品です。「時を塗る人」は光州事件という重たい出来事を、いわゆるハイテクノロジーのようなものを使うのではなく、限られた人数で、演劇のライブ性を生かしながらアプローチしています。いずれも、演劇の社会や歴史との関わりについて考え抜いた上で作られた成熟を感じさせる作品です。

イエロー・ボム × リビング・シアター × 劇工作所魔方陣「ロゼッタ」より。

イエロー・ボム × リビング・シアター × 劇工作所魔方陣「ロゼッタ」より。

なお「シャイニング・フレンズ」は米子市公会堂、「ロゼッタ」はとりぎん文化会館[梨花ホール]と、鳥の劇場から少し離れた地域で、“サテライト上演”されます。

──日本の参加作品は、どんなところを意識して選ばれましたか?

久々の日本開催になるので、前の「BeSeTo演劇祭」日本委員会代表の平田オリザさんにはぜひ出ていただきたいと思い、代表作の「S高原から」を出していただけることになりました(編集注:平田は2008年から2013年に委員を務めた)。「S高原から」は非常に密度の高い作品で、うちの劇場の空間にどのようにフィットするかとても楽しみです。

またラインナップ全体を見回したときに、子供向けの作品を入れたい、それを「BeSeTo演劇祭」を多くの人に知ってもらう機会にしたいなと思って、「梨っこ」を選びました。「梨っこ」は、この春にオープンした鳥取県立美術館で上演予定です。もちろん劇場ではないので暗転ができない、照明が扱いづらいといった不便さはあります。でも天井が高かったり、面白い位置に階段があったりと、お城にも見えるような空間になっているので、特別な上演として楽しんでもらいたいと思っています。

鳥の劇場「梨っこ」より。

鳥の劇場「梨っこ」より。

──また日中韓の共同制作作品として、「ガラスの動物園」が上演されます。

鳥取で開催するということで、何か特別なことがやりたいと思い、この企画を思いつきました。「ガラスの動物園」って登場人物4人のうち主な人物は3人なので、日本、中国、韓国の俳優の人に出てもらうのがいいのではないかと。また作品のテーマとしても今、いろいろな形でメンタルの問題が注目される場面が多いのではないかと思うのですが、人間の内面の繊細さを扱った、非常に現代性が強い作品だと思っています。演出の百景社・志賀さんは「BeSeTo演劇祭」国際委員でもありますし、最近、演出家としての活動をさらに充実させていらっしゃると思います。今回は国際共同制作で、出会いから仕上げまでを短期間で進めなければならないので、非常に時間に追われる感じがありますが、志賀さんはいろいろと経験を積まれているので、俳優それぞれの魅力を落ち着いて引き出してくれるんじゃないかと期待しています。

「鳥の演劇祭」には、間口を広げる作品がズラリ

──「鳥の演劇祭」では毎年テーマが設定されていますが、今年は?

今年は「BeSeTo演劇祭」と一緒ということもあってテーマを特に設定していません。ただ、戦争が終わって80年という節目であることや、アクセシビリティに関する取り組みを今回も大事にしたいと考えて、今年の「鳥の演劇祭」について決めていきました。

──海外からの招聘演目は2作品です。

1つ目の「ザ・ミステイクーあやまち」はイギリスの劇作家、俳優のマイケル・ミアーズの作品で、戦争を背景に、原爆の開発に携わった物理学者と、原爆を投下したアメリカ人パイロット、戦時下の広島に暮らした女性の物語が描かれます。

2つ目は、「エジンバラ・フリンジ」で注目を集めた、イギリスのカンパニーによる「ミート・フレッド」。本作にはダウン症の方が出演されるのですが、ほかの俳優の方たちも皆さん、学習障害のある方なんです。イギリスは演劇教育がとても充実しているのですが、その分、学習障害のある方がそのプロセスに入っていきにくいという問題があるそうなんです。日本社会でも精神障害、学習障害、発達障害に対して今、すごく焦点が当たっていますが、学習障害のある俳優に演劇を学んでもらうプログラムを作り、作品として昇華していることが面白いなと思いました。人形がもらえるある手当てが急に出なくなってしまってどうしようという、ちょっと人間社会になぞらえたようなお話で、それをなんとかするために周りも本人も奔走するという作品です。子供も楽しめる内容でありながら、背景には非常に現代的な課題を多く含んでいます。

──鳥の劇場では、以前からアクセシビリティを意識した演目に取り組んでいます。

はい。首都圏とは違い、シアターゴアーがそんなに多いわけではないので、“子供からお年寄りまで”いろいろな人たちになるべく間口を広げていかなければ、と思っていて、でも単純に大衆化するという意味ではなく、演劇の価値をしっかりわかってもらったうえで多様な人に足を運んでもらいたいと思っています。それが鳥の劇場に課された宿命だと思いますし、そのことを考えた結果が演目や企画全体に現れているのではないかと思います。

その1つ、「日米 短編戯曲リーディング」は非常に小さい企画ではあるんですけれども、アメリカの劇場とのコラボレーションで、障がいをめぐる戯曲コンテストが日米で行われているという流れをくんだ企画です。本作を通して、障がいについて凝縮して考えてもらえるのではないかと思います。

──ほかにもバラエティに富んだ作品が並びますね。

音楽人形劇「風土祈」は、勘緑さんというアーティストの作品で、文楽の伝統や様式を使いながら現代的なアプローチをされるのが面白いところです。勘緑さんはフランスの太陽劇団との交流もあって、文楽について教える活動などもされています。そういった国際的な活動も踏まえながら、今回は義太夫語りのない無言の作品をやっていただくのですが、日本の非常に美しい人形劇を、お客様にわかりやすく楽しんでいただけるのではないかと期待しています。

──「刺青」を上演する“たきいとやまだの会”は、俳優のたきいみきさんとユニークポイントの山田裕幸さんのユニットです。

たきいさんには、私が演出した「NIPPON・CHA! CHA! CHA!」や「友達」にも出演していただくなど交流があり、たきいさんの役者としての魅力と、谷崎潤一郎の妖艶な世界観が合わさってどういう世界が見えてくるのか楽しみです。議場劇場という小さな空間で上演されるのですが、そこで匂い立つような濃さを味わってください。

──鹿野タイムスリップツアー「チドリの夢 デラックス」は鹿野の街で繰り広げられる周遊型演劇です。

「チドリの夢」は、鳥の劇場の近くにある美容室のミドリさんという美容師さんに取材した作品で、1937年生まれのミドリさんをチドリという役にして、彼女の子供時代から、美容院を開業し発展していくまでを描きます。合計で8つの場面があり、それを鹿野町内7カ所で5分から15分程度の芝居として演じます。ミドリさんは戦後、女性の自立に対して強い思いを持って美容院を始めた方なのですが、お客さんと一緒に歩いているとだんだんと、本当にタイムスリップしたような気持ちになってくるのが不思議です。現実とフィクションが入り混じる、鹿野でしか見られない人気演目です。

──劇団としての鳥の劇場も、複数の作品に取り組みます。

「熊野」は三島由紀夫の戯曲で、鳥の劇場ではこれまでも三島作品にたびたび取り組んできました。「熊野」は宗盛と愛妾のユヤの間の議論が面白いのですが、宗盛の「何が美であるか」という主張と、病気の母の見舞いに行きたいというユヤの思いのぶつかり合いが、三島独特の華麗で比喩の多い言葉によって組み立てられていきます。その様をぜひ楽しんでもらいたいなと思います。

鳥の劇場の新施設アネックス。

鳥の劇場の新施設アネックス。

鳥の劇場で、いろいろな出会いを作ってほしい

──“いろいろなお客さんに、いろいろを楽しんでもらう”ということは、中島さんが以前から大切にされている視点です。「BeSeTo演劇祭29+鳥の演劇祭18」では特に、演劇祭期間中上演プログラムが何本でも何回でも観劇可能なU-18パスポート(3000円)、U-25パスポート(6000円)が用意されるなど、若い人を意識した取り組みがなされていますね。

はい。若い人にもぜひ観に来てもらいたいんです。今回の演劇祭は特に、演劇の面白さであるとか、中国演劇や韓国演劇がどういうものかを若い人に知っていただける良い機会になるのではないかと思っています。また“演劇を通じた中国・韓国・日本の学生交流”という枠組みで、中国の中央戯劇学院によるオリジナル実験演劇「荘周夢蝶」、韓国の韓国芸術総合学校(K-Arts)による「海の真ん中で」、芸術文化観光専門職大学の「ちっちゃい姫とユレルン博士」が上演されますが、日中韓の学生演劇が1日3本まとめて観られる貴重な機会なので、ぜひ刺激にしてもらえたらと思います。

また演劇祭のときに限ったことではありませんが、鳥の劇場では俳優やスタッフと実際に話ができる、交流できるということが大きな魅力だと思っています。大きな街での公演では難しい部分もありますが、鳥の劇場では演者と観客の間に境界線がなく、例えばある作品の終演後に、その作品に出ていた俳優さんがカフェでお茶を飲んでいたら、話しかけてみる……ということができるんです。

実は先日、私たちはスコットランドの田舎の街で、廃校になった学校を劇場に変えて活動している団体と一緒に芝居を作ってきました。1週間強稽古して、最後に成果発表会をやったのですが、75席くらいしかない会場にお客さんが詰めかけて、ウェイティングリストにも20名くらい載っているような状況で。ショーイングが終わった後も私たちに感想を伝えてくれるなど、非常に積極的なんです。その関わりの濃さは、鳥の劇場でも感じる地方のいいところだなと思っていて。若い方にもぜひこういう機会を通じて、さまざまな作品、さまざまなアーティストに接して、いろいろな出会いを作ってもらえたらと思います。

──また鳥の劇場は、2025年春に大道具や小道具、衣裳の製作機能、倉庫機能、カフェを備えたアネックスを開設しました。新しい施設ができると、劇場にも新たな人が集まってくる可能性が増えますね。

そうですね。アネックスにはメニューが充実したカフェがありますので、来場された際にはぜひ立ち寄っていただきたいです。「鳥の劇場って、名前は知ってるんだけど演劇ってよくわからないんだよね」と思っていた人にとって、これまでは古い校舎を転用しただけという印象があったかもしれませんが、新しい施設ができたことで印象が変わるんじゃないかなと。さらに今後、芝生の広場ができたり、野外舞台もできたりするので、素敵な場所だと思っていただけるのではないかと思います。例えば子育て中のお母さんたちが足を運んでくだされば、子供のときから劇場文化を身近に感じて育ってくれる人が増えていくことになると思いますし、劇場としてもこれだけのバックヤードを持った劇場は日本でもなかなかないと思いますから、その価値の生かし方をさらに考えていかなければいけないなと思っています。

プロフィール

中島諒人(ナカシママコト)

1966年、鳥取県生まれ。大学時代に演劇活動を開始し、卒業後劇団を主宰。2006年、鳥取の廃校になった小学校と幼稚園を劇場に変え、鳥の劇場をスタートさせた。これまでの主な演出作品に「老貴婦人の訪問」(フリードリヒ・デュレンマット作)、「剣を鍛える話」(魯迅作)、「三文オペラ」(ベルトルト・ブレヒト作)、「葵上」(三島由紀夫作)など。「東京芸術祭2019」で野外劇「NIPPON・CHA! CHA! CHA!」(如月小春作)を手がけた。2003年に利賀演出家コンクールで最優秀演出家賞、2010年芸術選奨文部科学大臣新人賞、2015年鳥取県文化功労賞を受賞。BeSeTo演劇祭日本委員会代表。