穂の国とよはし芸術劇場PLATプロデュース「荒れ野」平田満×桑原裕子|寂しさをまとった生身の人間を描く

等身大の大人の女性を描く「荒れ野」

──お二人の初タッグとなる「荒れ野」は、桑原さんの新作書き下ろしです。どのような構想で書かれた作品なのでしょうか?

平田 そもそもこの企画はアル☆カンパニーとPLATの共同企画なんですね。アル☆カンパニーは僕と井上加奈子の2人しかいない制作ユニットで、これまで5、6本の新作をプロデュースしてきました。毎回自分にとって新鮮なものを、と思うとどうしても自分より若い世代の、自分が観て面白いと思った作家の方たちにお願いすることになるのですが、頼むのが僕であったり、またどうしても男性作家が多いので……男性目線と言いますか、おじさん主体になりつつあって。いや、なりつつあるどころか、おじさんしか出てこなくなっちゃって、それはまあ僕がダメなおじさんが大好きなものですから僕の趣向ではあるんですけど(笑)、自分としては面白いけれど、もっといろんな可能性を探ってみたいという思いもありました。その中で、「そう言えば女性にフォーカスした芝居はこれまでやってこなかったな」と気付き井上加奈子と話をしたところ、前からの知り合いの増子倭文江さんと芝居がしてみたいという話になって。「では誰に本を?」と考えていくうちに、女性をマドンナ的な存在とかファムファタール的に描く人ではなく、生身の存在として描いてくれる人がいいなと思ったんですね。で、桑原さんのことがぱっと思い浮かんだ。

──桑原さんの作品は以前からご存知だったんですか?

平田満

平田 もちろん。桑原さんがとてもいいものを書いていることは前から知っていました。でもそれまでは、自分とKAKUTAがあまり結び付かなかったんです。でも桑原さんはまさに大人の女性を書いているし、改めてKAKUTAの公演を観たり桑原さんとお話する中で、もうほかには考えられないと思って。

桑原 お声がけいただいたときに今のようなお話を教えていただいたこともあって、そこは理解したうえで書き始めました。が、私はどちらかと言うと群像劇を描くタイプなので、結果的には女性目線だけではないものになったと思います。女性を描く際に意識したのは、「聖母かマドンナか」みたいにならないようにすることと、誰かの奥さん、誰かの娘さんというような枠組みで捉えるのではなく、「私は私」という立ち方にしようということです。同時に、そう言いながらも自ら枠に収まっていこうとする女性たちの矛盾も含めて書いてみようと思いました。

──台本を拝読しましたが、とても密な物語で一気に読んでしまいました。近所で起きた火災を逃れて、加胡路子(井上加奈子)が暮らす団地の一室に、路子の幼なじみである窪居藍子(増子倭文江)とその夫・哲央(平田満)が身を寄せ、そこに2人の娘である有季(多田香織)や路子と関わりがあるらしい、ケン一(中尾諭介)と石川広満(小林勝也)が加わり、6人は奇妙な一夜を過ごすことになります。ジリジリと迫り来る火事の様子と、チリチリとくすぶる登場人物たちのドラマがどのように展開するのか、早く体感したいと思いました。六十代を前にした男女の老いの問題、また若い子たちの行き場のない感じも、最近のニュースを見ていると切実な問題だなと思います。平田さんはご自身が演じる哲央役についてはどのように捉えていらっしゃいますか?

平田 まだまだやっと掘り始めたところで、台本の字面通りの面白さはもちろん感じているんですけど、表面に出てきてないところが出てこそ本来の面白さになると思いますので、これからですね。ただ、観念的な本じゃないから観念的なことを言ってはいけないんですけど、やっぱり男性と女性のもともとの違いとかね。一見するとリベラルな感じで、さも民主教育を受けたような顔をしてても、実はそれぞれ本質的に受け継いでいるものがあったりとか……哲央は焦りとか自信のなさもあって、社会で生きて行くために、どこかで信念を曲げたりもしたんでしょうね。で、そこに疑問を挟まれるとぐらぐらしちゃう、そういう男なんじゃないかな。桑原さん、ものすごく難しい本を書いてくれたなって思います。

──6人の姿を通して、家族や集団のあり方が、問い直されるように感じました。

桑原裕子

桑原 この作品には「寄る辺がない」という言葉を思い浮かべることが多いのですが、寄る辺ない人たちがこの団地の一室にはふわふわと集まっていて、さらにそこへ火事を逃れた人たちが集まり、共に一夜を過ごすんです。夫婦とか家族っていう枠組みを超えて、なんだかわからない他人との交わりに安らぎを見出してしまう。そういうことが今現実にも起こっていて、多くの人たちはそれほどまでに寂しいのだと、常々感じていて。

──確かにこの登場人物たちは、薄い関係を重ねて互いを温め合うような寂しさに包まれていますね。

桑原 私自身、四十代に入ってから特に、若年期の自分に青々と茂る草原があったとするなら、今は自分のどこかにはげ山とか荒野が出来上がっていて、その荒野がさらに広がりつつあることを、自覚せざるを得なくなってきたなと思っているんです。と同時に、若者たちもまた、私が感じているのとは違う荒れ野に立っているような気がしていて。そんな状況の中で、他人同士でもいいから身を寄せ合い、手を取り合って、どう逞しくサバイブしていくかを考えていきたいなと思っています。

寂しさの性質が異なる6人

──団地という場所は、ある時代性や家族形態を連想させますが、桑原さんの中で具体的なイメージがあるんですか?

桑原 KAKUTAで2014年に初演した「痕跡(あとあと)」は、もともと団地の話にしようと思っていたので、私が3歳くらいまで住んでいた団地へ行ってビジュアル撮影したんです。その団地の植え込みのような所にちょっと入って撮影していたら、通りがかりのおばちゃんに「そこ、うちの父親が植えたものがあるから踏まないで」って言われて。みんなと「おばちゃんに叱られちゃったねー」なんて言いながらどいたんですけど、あとでそのおばちゃんが同級生だった!と気付いて。

平田 おばちゃんが?(笑)

左から桑原裕子、平田満。

桑原 そうなんです! 同じ団地に住んでた同級生で。結局お互い、声は掛けなかったんですけど……そのあと、「彼女は大人になるまでずっとあの団地に住んでたんだな、あの団地で植え込みを大事にしている彼女の日々は」……と考えるようになって、いつか彼女の視点を書いてみたいと思うようになりました。団地で暮らし続ける人と、そこから出てマイホームを買った人。低下層的に見える団地の人と、ローンの支払いを背負ったマイホームの人。どちらも変わらないしどちらの目線も皮肉りたいと思っていますね。

──その両極を象徴するのが団地暮らしの路子と、マイホームが火事の危険に晒されている藍子で、彼女たちの間に哲央がいるわけですね。

平田 芝居が始まるととにかくジェットコースターのように進んで行っちゃうので、それぞれのシーンをまだじっくり噛み締めることはできないんですが、哲央はまあ、全然渋い男じゃなくて、状況に対処できず持て余してしまうような男です(笑)。彼には、自分の今の生活と人生を肯定する気持ちと、これでよかったのかなっていうネガティブな後悔する気持ちが同居していて、そこでグラグラしているんだと思いますね。

桑原 哲央をはじめこの登場人物たちは、6人が6人全員寂しさの性質が違うんですよね。切なさ、寂しさの色味とか層が違う。しかもそれぞれの掛け合わせによって新たに生まれる寂しさもあって、稽古ではその質の変化が面白いなと思っています。

──彼らが抱える切なさや寂しさを象徴するのが、「荒れ野」というタイトルなのでしょうか。

桑原 先ほどもお話した通り、自分の中に何も生産しない場所、新しく何かが生まれる場所ではない“荒野”のような場所があると常々感じていて、そこに「れ」という平仮名が入ることで、女性の丸みが出るのがいいなと思い、「荒れ野」にしました。「荒野に立つ」というほどパンと突き放すのではなく、ちょっとした柔らかみのある寂しさになるんじゃないかと。

──上演が非常に楽しみです。そしてまた、桑原さんが1つ拠点を持たれることで、今後の作風にも影響が出てくるのではないかと期待してしまいます。

桑原 これまで劇団では、自分がやりたいことをひたすら追求し、それをほかの人と一緒にどれだけ膨らませるかを考えるという、個人的な感覚を重視するやり方だったんです。でも、これからはやったことがないジャンル、観たことがないジャンルにも目を向けて、新しいものや今求められているものを、劇場と一緒にキャッチしていく作業が必要になるんじゃないかと思っています。またこれまでは東京の郊外を舞台にした話をずっとやっていましたが、もっと広がったものに自然と変わっていくんじゃないかと思いますし、そういうところに恐れず行ってみたいと思っています。

左から桑原裕子、平田満。
穂の国とよはし芸術劇場PLATプロデュース
「荒れ野」
「荒れ野」

撮影:伊藤華織

  • 2017年11月30日(木)~12月6日(水)
    愛知県 穂の国とよはし芸術劇場PLAT アートスペース
  • 2017年12月9日(土)・10日(日)
    福岡県 北九州芸術劇場 小劇場
  • 2017年12月14日(木)~22日(金)
    東京都 SPACE 雑遊

作・演出:桑原裕子
出演:平田満、井上加奈子 / 増子倭文江、中尾諭介、多田香織、小林勝也

平田満(ヒラタミツル)
1953年愛知県生まれ。早稲田大学在学中につかこうへいと出会い、74年に劇団つかこうへい事務所の旗揚げに参加。82年公開の映画「蒲田行進曲」(深作欣二監督)では舞台と同じ、ヤス役を演じて日本アカデミー賞最優秀主演男優賞ほかを受賞する。82年に劇団解散後は、舞台、映画、テレビドラマと幅広く活躍。2006年に企画プロデュース共同体、アル☆カンパニーを立ち上げ、平田俊子、青木豪、蓬莱竜太、前田司郎、松田正隆、田村孝裕、三浦大輔ら、気鋭の劇作家・演出家と数々の新作を生み出す。01年に第9回読売演劇大賞最優秀男優賞、14年に第49回紀伊國屋演劇賞個人賞を受賞。11年に愛知・穂の国とよはし芸術劇場PLAT芸術文化アドバイザーに就任、18年4月からは同劇場のアソシエイトとなる予定。
桑原裕子(クワバラユウコ)
1976年東京都生まれ。劇作家、演出家、俳優。96年にKAKUTAを立ち上げ、作・演出・出演の3役を務める。阿佐ヶ谷スパイダース、双数姉妹、道学先生、ブラジルなどへ客演するほか、舞台、映像、ラジオ、ノベライズ小説、ゲームシナリオなどさまざまな分野へ脚本を提供。2009年にKAKUTA「甘い丘」再演で第64回文化庁芸術祭芸術祭新人賞を受賞、11年には世田谷パブリックシアターに書き下ろした「往転」が岸田國士戯曲賞、鶴屋南北戯曲賞の最終候補作として選出される。また同年、ブロードウェイミュージカル「ピーターパン」の潤色・作詞・演出を担当。15年には「痕跡(あとあと)」が第18回鶴屋南北戯曲賞を受賞した。18年4月に愛知・穂の国とよはし芸術劇場PLAT芸術文化アドバイザーに就任予定。