「死に損なった男」水川かたまり×正名僕蔵×喜矢武豊×田中征爾インタビュー|物語を作るうえでのセオリーや“映画の中の芸人”を語る (2/2)

ずっと「なんで僕なんだろう」って思ってた(喜矢武)

──「メランコリック」でも感じましたが、田中監督の映画はキャラクター設定やその配置からワクワクさせられるものがあります。今回、主人公を構成作家にしたのはなぜですか?

田中 これは2つ理由がありまして。1つは、主人公が背負わされるミッションって映画ごとにあると思うのですが、そのミッションに対してもっとも向いてなさそうな人物を主人公にするというのが僕の中のセオリーなんです。“人を殺せ”というミッションを背負わされたときに、一番弱そうなやつとなると作家だろうなと。もう1つは、僕はウディ・アレンが好きなんですけど、彼が監督・主演を務めた「ブロードウェイのダニー・ローズ」(1984年)という映画があって。そこで演じている売れない芸人専門のエージェントの役を掛け合わせた感じですね。

水川 僕、弱そうでよかった(笑)。一時期筋トレしてマッチョになろうかなと思ってたので、やめてよかったです。海外からプロテインを輸入して本格的にやろうとしていたことがあったので。

喜矢武 それも観てみたい。

「死に損なった男」場面写真

「死に損なった男」場面写真

──水川さん・正名さん・喜矢武さんを起用した理由もお伺いしたいです。

田中 主役については、最初は俳優さんで考えていたんですけど、途中で「わりとひねった設定だから、主役の方も企画としてオリジナリティがあるほうがいいんじゃないか?」という話になったんです。かたまりさんとは何年か前にWeb CMで1回だけご一緒したことがあったし、もともと好きだったから、プロデューサーさんから名前が挙がったときに「めっちゃいいじゃないですか」と。かたまりさんが決まったあと、誰と並べたら一番面白いかを考えたときに、メインビジュアルのポスターをイメージする中で一番「なんなんこの映画?」と思いそうだったのが僕蔵さんだった。

正名 私自身も、シーンごとにかたまりさんの肩の後ろあたりにすっと張り付くのがすごく楽しくて。張り付きがいがあるというか、自分自身のテンションが上がるのを感じながら撮影させていただいていました。私が楽しいことと、監督が面白いかもと思うことがたまたま近くてよかったなと思いましたね。

正名僕蔵

正名僕蔵

田中 若松は、もっとごつくて絶対に主人公が太刀打ちできなそうな人を持ってこようと考えていたんですけど、喜矢武さんの名前が出たときに「情報量が豊かになるな」と思ったんですよね。ごついとただのDV男、暴力に訴える人でしかなくなるけど、喜矢武さんが演じてくださることで本人なりの合理性の中で生きている物語のある人物に見えるなと思い、オファーしました。

喜矢武 ずっと「なんで僕なんだろう」って思ってたんですよ。そんなに強そうでもないし。僕的にはめちゃめちゃ悪いやつのイメージで演じていたんですけど、監督がそれをただ悪いやつではなく人間味のあるキャラクターに見せてくれていた。今の話を聞いてちょっと腑に落ちましたね。

喜矢武豊

喜矢武豊

──キャストの皆さんは、監督の演出で印象的なものはありましたか?

水川 僕は感情を全面に出す場面も、ミュートに近いぐらい押し殺している場面もあったので、そこの調整は監督から細かくチューニングしていただきました。「もう0.5段階トーンを抑えめで」っていう言葉をいただいたりして、ピアノになったつもりで(笑)。

──それでコントロールができる水川さんもすごいですね。

田中 本当にすごいと思います。

水川 ……めっそうもございません。

一同 (笑)。

正名 監督は「こんな感じで撮りたい」というイメージを持って現場にいらっしゃるけど、段取りを見て、カメラマンの方と話しながらもっと足したり引いたり試行錯誤されていたじゃないですか。その中で、ふと監督が腕を組んで「うーん?」と眉間にしわを寄せて、シンキングタイムが始まる瞬間があった。おそらく「もっと何かあるんじゃないか」と考えられていたのかなと思うんですけど、そのシンキングタイム後に出てくるアイデアがことごとく面白かったんです。例えば、若松のアパートの前で友宏が関谷に「やれ」って言うときに、最終的に「(画角の)ここから登場しましょうか」と提案されたのは印象的でしたね。

「死に損なった男」場面写真

「死に損なった男」場面写真

田中 “ここ掘れワンワン”に近い感覚というか、ここを掘ったらお宝があるぞ!という嗅覚が大事だと思っていて。脚本を読んだ段階ですべての宝のありかがわかっていればもっといい監督なんでしょうけど、実際にやってみてそこにはなかったな、というときに、ほかのところを掘ってみるようにしています。

芸人として真剣に生きてる人たちが画面にいるのは、すごくいいこと(田中)

──映画には水川さんのほかにも芸人さんが多数出演されていますが、撮影現場や画面の中に芸人さんがいることについて、田中監督は映画にどんな影響があるとお考えですか?

田中 芸人さんって、めちゃめちゃ怖い職業だなと思います。だから僕は芸人さんが好きなんですけど。僕ら監督や役者さんって、自分の仕事が評価されるときに、自分という人間の評価は切り離して考えることが理屈的に可能ですよね。でも芸人さんって、仕事の評価と自分の人間としての評価をイコールで捉えている方がほとんどだと思うんです。「お前の笑いは面白くない」=「お前は人間として面白くない」という人格否定とずっと闘っている方々だと思っている。だから芸人として真剣に生きてる人たちが画面にいるっていうのは、すごくいいことだなと思います。

田中征爾

田中征爾

水川 考えたことはなかったですけど、確かにスベったら「お前つまんねーよ」っていうことになりますもんね、芸人って。僕は基本的に、スベった場合は見てる側が悪いと思っていますけど(笑)。

一同 (笑)。

水川 でもそれは、コントをやってるから思えてる部分があるかもしれない。漫才って本当にその人が目の前のお客さんに向けてやっているので、よりダイレクトですよね。確かに怖い職業ではあるなと思います。

正名 そういえば、現場にいらっしゃったマルセイユのお二人や芸人の方々は、皆さん口をそろえて「映画の現場ってこんなに朝早いんですか」と言っていましたよ。

水川 それは僕も思いました。芸人って朝の感覚がおかしいんで、次の日が昼の12時入りでも「はえー!」とか言ってる(笑)。

水川かたまり

水川かたまり

正名 じゃあ、朝の6時や7時はとんでもないですね(笑)。

──出演のほか、コント監修としてインパルスの板倉俊之さんも参加されていますよね。

田中 いわゆる劇中劇というものをどれだけ真剣に書くかというのは、脚本家としてけっこう葛藤する部分なんですよ。脚本1本書くのもそこそこ大変なのに、2本分みたいな感覚。「この世界を成立させるためにはどこがついていい嘘で、どこがついちゃいけない嘘か」ということを作品ごとに考えるんですけど、コントは関谷一平の人物像に説得力を持たせるために嘘ついちゃいけないところ。プロの芸人さんに書いてもらおうということになり、僕が中学校ぐらいのときに「エンタの神様」とかに出ていて好きだったインパルスの板倉さんにお願いしました。あの(マルセイユ扮するお笑いコンビ・ピラティスが披露する)コントの設定は、1時間ぐらいしゃべって決まり、3日後ぐらいに台本が届きました。

「死に損なった男」より、左から竹下希役の堀未央奈、関谷一平役の水川かたまり

「死に損なった男」より、左から竹下希役の堀未央奈、関谷一平役の水川かたまり

明るい気持ちで観終われる映画ですよ、ということは伝えておきたい(田中)

──最後に、「水川かたまり主演」「田中征爾監督の新作」「幽霊が出てくる」といったいろんな要素に「ジャンルは何?」と気になっている読者に向けて、劇場で観てほしいポイントを教えてください!

正名 とにかく水川かたまりさんを楽しんでください! 大画面でかたまりさんを観るという行為自体がけっこう面白い気がする。

喜矢武 いやー、やっぱりかたまりさんだなあ。普段のコントもめちゃめちゃ面白いし、コントの時点で役者な感じがするんですが、コントでは観れない細かい表情やちょっとしたニュアンスと、全体を通してはまばたきの多さをでかいスクリーンで観てほしい!

水川 お笑いが物語の重要なテーマになっていて、まっすぐに笑える場面もあるんですけど、実はそうではない場面でも何カ所かめっちゃ笑っちゃう場面があります……ネタバレを回避しすぎてぼんやりしていますけど(笑)。正名さんが激高して問い詰めるシーンとか、大画面で観たら笑っちゃうんですよ、「怖すぎるだろこの人」って(笑)。あと個人的にはアクションもやれてうれしかったので、そこは観てほしいなと思います。

──最後に監督、お願いします。

田中 前作の「メランコリック」では、設定を知った時点で観るのをやめる人がすごく多かったんです。観た人の感想は「こんなにほっこり終わるとは思ってなかった」みたいなものが多かったから、たぶん(ポスター)ビジュアルのせいで数千人のターゲットを失ったと思う(笑)。今回の「死に損なった男」も明るい気持ちで観終われる映画ですよ、ということはあらかじめ伝えておきたいです。

左から田中征爾、水川かたまり、正名僕蔵、喜矢武豊。水川と正名は劇中での関係性を表情で表現

左から田中征爾、水川かたまり、正名僕蔵、喜矢武豊。水川と正名は劇中での関係性を表情で表現

プロフィール

水川かたまり(ミズカワカタマリ)

1990年7月22日生まれ、岡山県出身。2012年に鈴木もぐらとお笑いコンビ・空気階段を結成する。2016年に「マイナビLaughter Night」(TBSラジオ)の第3回チャンピオンライブで優勝し、2017年4月に冠ラジオ番組「空気階段の踊り場」が放送開始。「キングオブコント」では2019年から3年連続で決勝に進出し、2021年に王者となる。俳優としての出演作品には、ドラマ「罠の戦争」「妻、小学生になる。」、「劇場版ほんとうにあった怖い話~事故物件芸人2~」「しん次元!クレヨンしんちゃんTHE MOVIE 超能力大決戦 ~とべとべ手巻き寿司~」(声の出演)などがある。

正名僕蔵(マサナボクゾウ)

1970年8月11日生まれ、神奈川県出身。1992年に活動を開始し、ドラマ「ショムニ」「HERO」で注目を集める。裁判官役で出演した「それでもボクはやってない」では、第17回東京スポーツ映画大賞の助演男優賞を受賞。近年の主な出演作に「引っ越し大名!」「カツベン!」「哀愁しんでれら」、ドラマ「DOCTORS~最強の名医~」シリーズ、「真犯人フラグ」「PICU 小児集中治療室」、舞台「う蝕」「彩の国さいたま芸術劇場開館30周年記念 彩の国シェイクスピア・シリーズ2nd Vol.1『ハムレット』」など。放送中の大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」では名妓を輩出し続ける老舗妓楼の主・松葉屋半左衛門を演じている。

喜矢武豊(キャンユタカ)

1985年3月15日生まれ、東京都出身。2004年にヴィジュアル系エアーバンド・ゴールデンボンバーを結成し、ギターを担当する。2009年にリリースしたシングル「女々しくて」で2012年より4年連続で「NHK紅白歌合戦」に出場。オリコンカラオケランキングでは当時歴代1位となる51週連続1位獲得、JASRAC賞金賞を受賞した。俳優としては「死ガ二人ヲワカツマデ… 第一章 色ノナイ青」で映画初主演を務めたほか、「氷室蓮司」「静かなるドン(前・後編)」などに出演。2025年2月には宇賀那健一の監督作「ザ・ゲスイドウズ」が公開される。

田中征爾(タナカセイジ)

1987年8月21日生まれ、福岡県出身。日本大学芸術学部演劇学科を中退後、映画を学ぶ為にアメリカ・カリフォルニア州の大学に入学。帰国後は舞台の演出および脚本執筆をしつつ、映像作品を制作する。2019年の初長編監督作「メランコリック」は、第31回東京国際映画祭の日本映画スプラッシュ部門で監督賞を獲得したほか、第21回ウディネ・ファーイースト映画祭で新人監督に贈られるホワイトマルベリー賞、2019年度「新藤兼人賞」で銀賞に輝いた。