「死に損なった男」水川かたまり×正名僕蔵×喜矢武豊×田中征爾インタビュー|物語を作るうえでのセオリーや“映画の中の芸人”を語る

初長編監督作「メランコリック」が国内外で高く評価された田中征爾の最新作「死に損なった男」が、2月21日に全国で公開される。

本作の主人公は、構成作家の関谷一平。殺伐とした社会と報われない日々に疲弊していた彼はある日、駅のホームから飛び降りることを決意するが、隣の駅で人身事故が発生する。タイミング悪く死に損なった彼の前に現れた幽霊・森口友宏は「娘に付きまとっている男を殺してくれないか?」と依頼。そして関谷は「殺すまで取り憑く」と脅迫されるのだった。映画初主演の水川かたまり(空気階段)が関谷、正名僕蔵が森口に扮したほか、唐田えりか、喜矢武豊、堀未央奈、森岡龍も出演した。

映画ナタリーでは、キャストの水川・正名・喜矢武、監督の田中による座談会をセッティング。ドッキリを疑っていたという水川の役作りへの謙虚すぎる姿勢、正名と演じた幽霊の共通点、喜矢武が「腑に落ちた」というキャスティング理由などが明かされる。また田中が物語を作るうえで意識しているセオリーや、芸人が映画に登場する意義についても語ってもらった。

取材・文 / 脇菜々香撮影 / 清水純一

映画「死に損なった男」予告編公開中

正名僕蔵さんが「これは全部嘘だ」と言ってくる妄想をしてしまいます(水川)

──「メランコリック」で長編監督デビューを果たした田中征爾監督が手がけた本作は、死に損なった構成作家・関谷一平が、幽霊の森口友宏から「娘に付きまとっている男を殺してくれないか?」と頼まれることから展開される物語です。まずは、完成した作品を観た感想を、関谷役で映画初主演を飾った水川さんにお聞きしたいです。

水川かたまり もちろん脚本を読んでいるので物語が面白いということは知っていましたが、やっぱり自分が出ている映画、しかもずっと出てるっていうのがなかなか見慣れなかったです。そんなわけないんですけど、映画の途中で正名(僕蔵)さんがカメラ目線でこっちに向かって「これは全部嘘だ」と言ってくる妄想をときどきしてしまいます。

「死に損なった男」場面写真

「死に損なった男」場面写真

──ドッキリなんじゃないかと疑っていらしたんですね(笑)。撮影しているときと完成した映像で、印象が違ったシーンはありましたか?

水川 僕は全編そうでしたね。「この角度で撮ったらこういうふうに見えるのか」とか、「このとき、この人こんな顔していたんだ」とか、撮影現場では見えていなかったことがスクリーンの中で起きていたので、それがすごく楽しかったです。

水川かたまり

水川かたまり

正名僕蔵 私もかたまりさんに近いんですけど、役者を30年以上やってきてこんなに出ずっぱりなのは初めてなんですよ。ずっと自分を観ている経験が初めてで、おなかいっぱいというか(笑)。かたまりさんと一緒に試写を観たのですが、2人して「ずっと自分を見てるの恥ずかしいですね」という会話をしました。そのときにかたまりさんがぽろっと「僕すごいまばたきしてましたね」と言ってて……いや今さら!?と(笑)。普段からかたまりさんはまばたきが多い方ですが、今回の役柄を考えて、抑えるのではなく意図的に解放していらっしゃるんだろうなと思ったら、自分でも驚いていた。

正名僕蔵

正名僕蔵

水川 こんなにまばたきしてるんだ、って思いました。

田中征爾 関谷は神経質に見えたほうが面白くなるので、僕はモニタで観てるときから「いいな」と思っていました。今回のキャラクターについては「こういうイメージです」といったことはほとんど伝えてないんですけど、初めてかたまりさんとお会いした衣装合わせのときにあるシーンをやってみたら、最初からハマっていた。かたまりさんに「めっちゃ読み込んで、作ってきていただいたんですね」と言ったら、「めっそうもございません」と返されたのが僕らの最初の会話です(笑)。

田中征爾

田中征爾

正名 “僕が役を作り込んでくるなんてめっそうもございません”ってことですか?(笑)

田中 セリフはほぼ入っていましたけど、「プロの役者さんがやるようなことをやる身分じゃございません」というようなことをおっしゃっていました。

喜矢武豊 こんなに噛み合ってなさそうな会話、なかなかないですよね。全然台本読んでないみたい(笑)。

喜矢武豊

喜矢武豊

水川 確かに、「一言も読んだことありません」という意味にも受け取れますね(笑)。

──喜矢武さんは完成した映画をご覧になっていかがでしたか?

喜矢武 正直僕も、この人(水川)めちゃめちゃまばたきするなとは思いました。キャラとしても面白いですし、かたまりさんの普段からの不思議な挙動がスクリーンの中でいい感じに作用していたのも面白いなって。ただ歩いている後ろ姿だけでも、いい意味ですごく変なんですよ。

正名 ずっと見ていられますよね。

ちょっと迷惑な人物を演じるのはすごく楽しい(正名)

──本作の設定は田中監督が13~14年前にメモしていたものだということですが、死に損なった男と彼に憑く男の物語を思い付いたきっかけはなんだったんですか?

田中 ある路線の電車を待っていたときに人身事故が起こり、「運転を見合わせております」というアナウンスがいきなり流れ始めたんです。そのときにもし僕が死のうと思っていたとして、例えば後ろのカップルが「(運休に対して)ふざけんなよ」なんて言い始めたらめっちゃ気まずいですし、どうしていいかわからなくなるなと思ったんですよ。そのあと改札から出るときに、駅員さんに「どこで止まったんですか」とかいろいろ聞いてみて、これは何かの種になるなと思ったのがきっかけです。

「死に損なった男」場面写真

「死に損なった男」場面写真

──映画の冒頭がそのまま実体験なんですね。これが10年以上経って形になるのは感慨深いものがあるのでは。

田中 そうですね。実は1回、長編台本を書いているんですよ。そこから10年ぐらい経って、今回のプロデューサーである宇田川(寧)さんから「一緒にオリジナルの企画で映画を撮らないか」と言われたときに、過去のメモを引っ張り出して「こんな企画・アイデアを持っています」と10個くらい出したんです。その中の1つでした。

正名 ちなみにその企画のストックはどれくらいあるんですか?

田中 そのときはそれが全部じゃないですかね。そこからまた増えましたが、1行レベルのものもあります。昨日、別の映画会社の人と話していたときに過去の携帯のメモから引っ張り出したのが、「ダイエットに失敗し続ける女性がタイムスリップして、揚げ物を発明した人に文句を言う話」(笑)。

正名 めちゃくちゃ面白そうじゃないですか!! 揚げ物を発明した人のビジュアル見たいな(笑)。

──ぜひ映像化してほしいです! 水川さん、正名さんはそれぞれご自身が演じたキャラクターをどのように捉えていますか?

水川 脚本を読んだ段階から、関谷はものすごく純粋な人間なんだろうなというのは感じていました。自分がやりたかった職業に就いて、それで生活が成り立っているという、はたから見たら満たされている状態だと思うんですけど、やりきれない思いとか、始めた頃の純粋な思いをずっと胸の中で大切に抱えているが故に生きづらさがある人物。ものすごくピュアだからこそ、ホームから飛び降りようという考えに至ってしまったのかなと思いました。自分の中で“お笑いだけは絶対的な正義”という信念を持ってる人間なんだろうなと。

正名 森口は相当変質的というか、しつこい部分があって、正直「このキャラクター好きですか?」と言われると……あんまり好きじゃない(笑)。好きじゃない部分が私自身の好きじゃないところと重なる部分もあるので、そこにあえて寄せて演じました。ただ、そういうちょっと迷惑な人物を演じるのはすごく楽しいんですよ。かたまりさんの「勘弁してくれよ」という顔を見れば見るほど楽しかった(笑)。

手前から水川かたまり、正名僕蔵

手前から水川かたまり、正名僕蔵

──差し支えなければ、森口と重なったご自身の好きじゃない部分もお聞きしたいです。

正名 自分が「これは正しい」「こうしないといけない」と思ったら、けっこう相手の事情を無視してでも押し通す癖があります。

田中 えっ、すごくいい人のイメージですが……。

正名 仕事場では猫をかぶっています!

水川 正名さんは自分でおっしゃってましたよね、「私は猫かぶっています」って。特に僕は猫をはがす作業をしなかったですけど(笑)。

正名 そこはありがたかったです(笑)。でも監督には「このセリフはこうじゃないんですか」とか聞きすぎたかなと。“この人けっこうしつこいぞ”と思われた瞬間があったんじゃないですか?

田中 映画の現場だと、逆に聞いてくる役者さんがレアな感覚があるし、僕としてはその作業が楽しくて映画を撮ってるところがあるからうれしかったですね。舞台畑出身なのもあるかもしれません。

正名 (胸をなで下ろしながら)よかった……!

──喜矢武さんは、森口の娘である綾に執拗に付きまとう元夫・若松克敏を演じています。どんなキャラクターだと捉えていましたか?

「死に損なった男」より、左から若松克敏役の喜矢武豊、森口綾役の唐田えりか

「死に損なった男」より、左から若松克敏役の喜矢武豊、森口綾役の唐田えりか

喜矢武 DVするくらいなのでヤバい人ですけど、演じていると、きっとこの人はすごい真面目なんだろうなと思いました。真面目が故に表向きはいいやつだけど、同時にすごいストレスもためているやつ。僕的には少しかわいそうでもあるイメージですかね。演じるにあたっては、監督が細かいニュアンスを事前に伝えてくださいました。