「ミッドサマー」で日本でも広く知られる存在となったアリ・アスターが、2月16日に封切られる最新作「ボーはおそれている」を引っさげて3年ぶり2回目の来日を果たした。ホアキン・フェニックスを主演に迎えた本作は、不安症を抱える中年男性ボーを主人公にした物語。実家の母親が怪死したという報せを聞き、葬儀に参加するべく家を飛び出した男は、次々に災難に見舞われる……。アスター自ら日本の観客を前に「僕のはらわたを泳ぎ回る3時間を楽しんで」とアピールした悪夢のような大作に仕上がった。
映画ナタリーではアスターと日本のアーティストの対談をセッティング。主演映画「キリエのうた」でのパフォーマンスが記憶に新しいアイナ・ジ・エンドは、監督に愛や人生観を尋ねながら本作独自の世界観に切り込んだ。アニメ化・実写化もされたマンガ「映像研には手を出すな!」の作者・大童澄瞳は、作り手の視点からアスターの“はらわた”とも言うべき内面世界に迫った。対談の最後には、大童が映画にインスパイアされて描き下ろしたイラストも掲載。
取材・文 / SYO撮影 / 間庭裕基(アイナ・ジ・エンド)・加藤風花(大童澄瞳)
映画「ボーはおそれている」予告編公開中
内臓にずんずん来るゾクゾクした怖さ(アイナ)
──アイナさんはアリ・アスター監督の作品にどういったイメージを持たれていて、「ボーはおそれている」にどんな感想を抱きましたか?
アイナ・ジ・エンド 私はアリ・アスター監督を「ミッドサマー」で知ったのですが、そのときに一番衝撃だったのが、音の作り方も含めて内臓にずんずん来るゾクゾクした怖さでした。これがたまらなくて、一発でファンになってしまいました。
アリ・アスター ありがとうございます。
アイナ そして「ボーはおそれている」を2回観たのですが、1回目と2回目の衝撃がまったく違っていました。愛についてすごく考えたり、いい意味でトラウマを与えられた映画で、今後も忘れられない作品になるだろうなと思っています。
アスター 2回も! とてもうれしいです。
アイナ アリさん、めっちゃこっちの目を見てくれますね。夢みたいです。
アスター (笑)
──アイナさんが「愛について考えた」部分、ぜひ詳しく伺いたいです。
アイナ 私はこれまで、親子というのは見返りを求めない愛でつながっているものだと思っていたのですが、「ボーはおそれている」の親子は母親が息子に対して見返りを強く求めているように感じました。もし親が子供に見返りを求めたら、こういう世界が待っているのかもしれないと。それは十分あり得ることなのに、なかなか目の当たりにしてこなかったので、ここに着眼して映画を作ったアリさんはどんな生き方をして、どんな過ごし方をしてきたのかすごく気になっています。
アスター 本作ではいろいろな意味で「母親の愛が時として子供を窒息させる条件付きなものである」ということを描いてはいますが、もう一つ言わなければならないのは、これはあくまでもボーの主観に縛られた映画であるということです。ボーが勝手に自分にプレッシャーを課しているだけかもしれないし、「人とは、世の中とはこうである」という彼の考えが投影されている──つまりボーによるバイアスが掛かっている部分もあるとは思います。そういう意味では、ボーは母親のせいだと思っているし、母親はボーのせいだと思っていて、その負のスパイラルを描いたコメディだと僕自身は捉えています。
アイナ コメディなんですね! それは驚きです。
メルヘンな世界はボーの心の深部(アリ・アスター)
アイナ もうひとつ伺いたかったのは、音についてです。「ミッドサマー」のときもそうでしたが、例えばスピーカーを替えて観ると、まったく違う体験ができるのがすごいなと思っていて。アリさんの音のこだわりについて、教えてください。
アスター おっしゃる通り、「ボーはおそれている」のミキシングも納得いくまでやりたくて、その作業だけで2カ月掛けました。映画としてはかなり長い部類になるので、コメントいただけてうれしいです。ご自宅で観ていただくとき用にステレオバージョンも作ってはいますが、僕としてはやっぱり劇場で見てもらうために設計しています。これからご覧になる方には、ぜひ没入感にこだわった5.1chのサラウンドで楽しんでいただきたいです。
アイナ 後ろからも音が聞こえてくる感じがありますし、重低音が内臓を突き上げてくるようでした。
──アイナさんは先ほど、本作の感想を「トラウマ」と表現されていましたね。
アイナ 劇中にボーが舞台を観るシーンがあり、そこでかわいい絵本のような世界が始まりますが、起きている内容としては身近にある生々しい話で──。かわいい画と人間臭さが入り混じっているところが映画とは思えず、まるで目の前で実際に起こっている現象に見えました。どこか自分事のように感じてしまい、そういった部分がトラウマ的でした。
アスター おっしゃる通り、見た目はメルヘンで作り物感がありますが、描いていることはボーの心の深部なんですよね。彼が到底到達できない世界や人生を描くため、あえてフェイクっぽい手法をとりたくてちょっとコミック的にしてみました。それが実現する根拠や証拠は何もないのに、コミックのように充実した人生を描いているからとてつもなく悲しいんです。
アイナ 本当に悲しかったです。でもその後、ボーを追いかけてくる人の死に方が面白かったです(笑)。あんな死に方観たことない!と思いました。あのアイデアもアリさんが考えたのですか?
アスター もちろん! ただ、あの人はあんな目に遭っても死にきれないんですよね(笑)。
ホアキンはとにかくストイック(アリ・アスター)
──アイナさんは「キリエのうた」で演技を経験されましたが、ボーを演じたホアキン・フェニックスをどうご覧になりましたか?
アイナ こういった感じで(実演を始める)、軽い猫背で手を横に付けてあまり動かない様子が印象的で、動くときやしゃべるときも“おびえ”を感じました。眉毛一つ動かすにも臆病な少年性がにじんでいて、本当に心がボーになっているんだなと。すごかったです。
アスター 本当によく観てくださっているんですね。ありがとうございます。ホアキンは素晴らしい役者で、役に全身全霊を懸ける人です。今回もやっぱりすごかったです。地味で遠慮がちなキャラクターを演じるから芝居も地味なのかと思いきや、かなり体を張った演技を繰り出してくれました。本人は相当苦労していたみたいです。
──アリ監督はホアキンさんとどんな対話をされてキャラクターを具現化していったのでしょう。
アスター 脚本にどういう人物なのかが書かれているためそこから拾える部分はありますが、まずは「とても内向的で、ずっと不安を抱えている子供のような男」という部分をベースに考えてくれました。そのうえで2人で話し合い、じゃあ実際にどういうふうに体を動かしていくのか、あるいはどういったルックスなのか、どんな服を着せるのか──今回はかつらをかぶってもらったのですが、頭のはげ具合はどうしていくかという部分など細かく打ち合わせて作っていきました。ホアキンはとにかくストイックで絶対に妥協したくない人ですから、「これはどうなんでしょう。ではこれは?」と質問攻めに遭いました。
性の描き方がすごくいびつ(アイナ)
アイナ せっかくの機会なので最後に教えてほしいのですが、「ミッドサマー」も「ボーはおそれている」も共通して、真正面からぶつかる類の性ではなく、性の描き方がすごくいびつに感じました。アリ監督の中では愛や性についてどう感じているのかすごく気になっています。
アスター なかなか言語化が難しいのですが……僕は昔から倒錯した描写に惹かれていました。ジョルジュ・バタイユの小説「眼球譚」などを好んで読んでいましたし、セックスは我々にとって切っても切り離せないテーマであり、我々が他者とどう関わるのかを決定付けるものでもあると思います。だから惹かれるのと同時に、そこには必ずと言っていいほど羞恥心があり、そうした表裏一体な面白さがあると考えています。
ところがハリウッドの多くの映画は、セックスをあまりにもストレートに、我々の中にあるさまざまなゆがみを排除して描いているように感じます。そうしたセックスシーンを観るにつけ「すごく探求しがいのあるテーマなのに、ほかの映画監督はなぜもう少し掘り下げようと思わないんだろう? 興味を抱かないんだろう?」とさえ思います。もちろん、素晴らしいセックスシーンを収めた映画も多くありますが。ただ、人によってはそういう描写があると拒絶してしまって観られない方もいますし、反応もいろいろですよね。だからこそ、僕はこのテーマを探求せざるを得ないんです。
アイナ 先ほどホアキンさんをストイックと語っていましたが、アリさんご自身もすごくストイックな方ですね。尊敬します。
アスター こちらこそ、洞察に富んだ質問をいただけてうれしいです。お会いできてよかった。
アイナ 私もです。本日はありがとうございました!
プロフィール
アイナ・ジ・エンド
BiSHのメンバーとして活躍し、2021年に全曲作詞作曲の1stアルバム「THE END」をリリースしてソロ活動を本格始動。映画初主演を務めた「キリエのうた」では第48回報知映画賞の新人賞、第97回キネマ旬報ベスト・テン個人賞の新人女優賞を受賞した。2024年1月にはBiSH解散後初のワンマンライブ「BACK TO THE(END)SHOW」を開催。3月にはワンマンツアー「Grow The Sunset」も控えている。
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アリ・アスター×大童澄瞳 対談