マンガ家・板垣巴留が「アバター:ウェイ・オブ・ウォーター」鑑賞|ジェームズ・キャメロンの海への愛を受け取れ!“逆にコスパがいい”3時間超えの映像体験

美談だけでは美談にならない

──「アバター:ウェイ・オブ・ウォーター」ではネイティリらオマティカヤ族とメトカイナ族の交流に加え、ナヴィと人間であるスパイダーの絆も描かれます。板垣さんはマンガ「BEASTARS」で異種族の友情、恋、対立などを描いていましたが、今作をどう観ましたか?

子供たちがスパイダーと仲良くしている一方で、ネイティリはスパイダーを認めていないのがよかったです。ネイティリが抱いている人間へのトラウマが、子供たちの交友関係に影響しているのは家族の呪縛という感じで。やっぱり美談だけでは美談にならないと言いますか。

──ネイティリはスパイダーにあることをしてしまいますが、それについて謝らないですよね。

ネイティリはいまだに人間に対して差別意識があって、それを描いているからこそナヴィの子供たちとスパイダーの友情が美しく見えると思います。現実世界の問題といくらでも結び付けられるデリケートなテーマですが、だからこそフィクションでも触れていかなければいけない。綺麗事ばかりを描いていたら、触れてはいけないタブーな題材になってしまう気がします。

──なるほど。異種族間の交流のほか、家族のあり方もテーマの1つになっています。「家族が一番大事」という価値観はアメリカ映画でよく描かれますが、板垣さんの家族観はどのようなものになりますか?

板垣巴留

国民性の違いもあると思いますが、私は家族に関しては淡白な考え方かもしれません。ただ今おっしゃっていただいたようにコロナ禍で変化もあって。昔は家族というものから早く独立したいと考えていて、ずっと家族に育てられてきたはずなのに、なぜか天涯孤独でいたいと思っているような人間でした。でも30歳を前にして、身近な人との間で発生する化学反応にこそ価値があり、そこからいいものを見出だせるという考え方になってきたんです。外からダイレクトに降りかかる影響より、グラデーションで変わっていく関係性の変化のほうが、自分にとって刺激になっているんじゃないかという。新しいものよりも時間を掛けて構築してきたものからのほうが、影響を受ける度合いが大きいかもしれないと今は感じています。

人生というスパンで考えるなら映画館に行くほうが逆にコスパがいい

──今作はどんな人にお薦めしたいですか?

「アバター:ウェイ・オブ・ウォーター」より、ジェイクとネイティリの次男であるロアク。

平凡な答えになってしまいますが、子供がいる方には響くと思います。子供は親に対する愛情や敬意を日々意識的に抱いているわけではないかもしれませんが、親は子供の成長や気持ちを日常的に感じているじゃないですか。私も子供がいてもおかしくない年齢だからこそ、親子関係のシーンではグッと来ました。

──「アバター」は世界歴代興行収入1位の映画ですが、公開は13年前ということもあり、今の若い世代で観ていない方はいると思います。劇場で3D映画を観たことがない方はいるでしょうし、映画は配信で観るものと考えている人もいるかもしれません。

「アバター:ウェイ・オブ・ウォーター」は3時間12分あるじゃないですか。「3時間超えか」と思うかもしれませんが、だからこそ映画館で自分を没入させないともったいない気がするんですよね。家で観る3時間と映画館で観る3時間は、体験として確実に別物だと思うので。倍速で映画を観る人もいるそうですが、それって時間を有効活用しているようで、プロが考えた時間、間、タイミングを全部逃しているということ。人生というスパンで考えるなら映画館に行くほうが逆にコスパがいいし、ぜいたくに3時間を使うことができると思います。

「アバター:ウェイ・オブ・ウォーター」より、ジェイク(右)とネイティリ(左)。

──映画館はそういった意味で非日常を味わえる場所であり、「アバター:ウェイ・オブ・ウォーター」はそれを最大限に体験できる作品だと感じます。ジェームズ・キャメロンもきっとそういう思いで作ってますよね。

絶対そうだと思います。今年「トップガン マーヴェリック」が公開された際、トム・クルーズが「絶対に映画館で観て」と言っていましたし、映画が全盛期だった頃を知るベテランたちが今、劇場で観るべきものを作っている。それはすごくいいことと言いますか、ありがたいなと思います。あとは配信という文化が進んでいるからこそ、映画館ではポップコーンやジュースを買って観るというカルチャーを体験してほしいですね。

「アバター:ウェイ・オブ・ウォーター」メイキング写真。左からジェームズ・キャメロン、サム・ワーシントン。
板垣巴留(イタガキパル)
2016年3月、週刊少年チャンピオン(秋田書店)にて4号連続の読み切り作「BEAST COMPLEX」でデビュー。読み切りの好評を受け、同年9月に「BEASTARS」を連載開始した。「BEASTARS」「BEAST COMPLEX」ともに、草食動物と肉食動物が共生する世界を描いている。2017年、「BEASTARS」で宝島社が刊行する「このマンガがすごい!2018」オトコ編で第2位を獲得。2018年には同作が第11回マンガ大賞、第21回文化庁メディア芸術祭マンガ部門新人賞、第22回手塚治虫文化賞新生賞、第42回講談社漫画賞少年部門を受賞した。2021年7月より週刊少年チャンピオンで、「SANDA」を連載中。単行本が6巻まで刊行されている。