「ハイ・フィデリティ」「アバウト・ア・ボーイ」で知られるニック・ホーンビィ原作のラブストーリー「15年後のラブソング」が6月12日に全国公開される。
不器用に生きる3人の男女の恋模様を軽妙に描いた本作。イギリス在住の博物館職員アニーを「ピーターラビット」シリーズのローズ・バーン、アニーの恋人ダンカンを「ヴィンセントが教えてくれたこと」のクリス・オダウド、そしてアメリカに住む伝説的ロックシンガーのタッカー・クロウを「真実」のイーサン・ホークが演じた。監督は1990年代に活躍したロックバンド、レモンヘッズのベーシストであるジェシー・ペレッツ。
本特集では「ハイ・フィデリティ」のファンであるミュージシャン・堀込泰行のレビューを掲載する。さらに本作を観たあとも楽しめるロケ地紹介コーナーや、“大人になりきれない男”の真骨頂を見せ付けたホークの出演作を網羅した「イーサン・ホーク図鑑」もお見逃しなく。
レビュー / 堀込泰行(P1) 文 / 金須晶子
文 / 堀込泰行
不器用な大人たちの物語
1990年代の初め、オルタナティヴロックはそれまでの商業的なロックやハードロックを時代の主流から追いやって、その名前とは反対にメインストリームになった。
主人公のひとり、タッカー・クロウはそんな時代に一部で評価されながらも、大きな成功を収める前にある理由で失踪。表舞台から完全に姿を消してしまう。
そんな彼の消息を追って自らサイトの主となり、同志たちとその後のタッカーの動向や噂を収集し、熱く語ることに人生を賭けるダンカン。そしてダンカンのタッカーへの愛情の注ぎっぷりにウンザリしながらも、彼との惰性に満ちた生活を甘んじて受け入れて生きているアニー。
この3人を中心に展開される物語、それぞれがみんな不器用で、大人になれていない。
折り合いとあきらめは違う
アニーは大人になれていないと言うか、どこかあきらめることによって人生と折り合いをつけ、自分をなだめているような感じ。だから対外的には「大人を演じる」ことは出来ている。ところが実のところ彼女の内面では「自分の欲望を抑えこんで生きたまま15年が過ぎてしまった」という気持ちが渦巻いていて、常に自身を責め立てる。3人の中で一番心から共感できるのは彼女じゃないかと思う。ままならない人生と折り合いをつけることは大切だけど、それと、あきらめて生きるということは全く違う。彼女を見て深いシンパシーをおぼえたのは僕自身がそんな信条を持っているからだろう。
で、彼氏のダンカンなのだが、タッカーに心酔するあまり、アニーが悩んでいることにまるで気づいていない。二人で「子供はいらないと決めた」と言っているが、それに対してアニーが三十代も後半を迎えて考え方が変わり始めていることや、彼との夜の営みが無いことに問題を感じていることに、びっくりするほど鈍感。もちろん、愛すべきところもあって、タッカーのアルバムのデモ音源をひとり港に面したベンチで聴いて涙したり、タッカーとアニーと3人で食事をした際に、タッカーに対する愛情が過ぎるあまり、神のような存在であるにもかかわらず、口論をしてしまうところなど、オタクゆえの純粋さが(ウザいけど)心に刺さる。「アートは作者のものじゃない」は名台詞だと思う。
そしてタッカー・クロウである。彼は失踪後、働かずに離婚した元妻の家のガレージを借りて息子と二人暮らし、そのほかにも母親の違う複数の子供達がいる。そして、もう一人、彼の失踪の原因となったグレイスという名前の娘が。
彼が人気者だった頃のあるライブの合間に、突然元カノが訪ねてきて、タッカーとの間にできた赤ん坊(グレイス)を預けて去ってしまうのだ。タッカーは困惑し、どうして良いか分からず、その赤ん坊を楽屋に残して失踪してしまう。その罪悪感がトラウマになって、ついには自ら音楽から遠ざかることに。そして、グレイスの存在を気にかけながらも、彼女に対して自分から何かを働きかけようとはせずに20年の時を無駄にしてしまった。実に子供だ。
「早い遅い」より「やるかやらないか」
そんなタッカーだけれど、運命のいたずらで出会ったアニーを前に、キンクスの「Waterloo Sunset」を歌うシーンは、彼のダメ人間ぶりも手伝ってか、思わず涙腺が緩む。彼が歌う前に口にする「別の人の曲だが俺が書きたかった」という台詞には、多くのミュージシャンが頷くだろう。この映画のハイライトといってもいい。
そして最後にアニーが新しい一歩を踏み出したところで物語は終わる。その瞬間の清々しさたるや。なんだかこっちまで本当に嬉しくなるのだ。新しいスタートを切るのに「早い遅い」はあるだろう。でも「やるかやらないか」それが大事なんだ。そんな勇気を、この作品からもらった。
- 堀込泰行(ホリゴメヤスユキ)
- 1972年5月2日生まれ、埼玉県出身。1997年に兄・堀込高樹とのバンド「キリンジ」のVo / Gtとしてデビュー。2005年にはキリンジと並行してソロプロジェクト・馬の骨としての活動も開始し、2013年4月のキリンジ脱退後は個人名義でソロ活動を行う。現在までに1stアルバム「One」、新進気鋭のアーティストとコラボレーションしたEP「GOOD VIBRATIONS」、2ndアルバム「What A Wonderful World」をリリース。2020年5月に発表した新作EP「GOOD VIBRATIONS 2」にはSTUTS、TENDRE、machìna、LITTLE TEMPO、スカートが参加している。自身の作品のほか、アーティストへの楽曲提供でも稀代のメロディメーカーとして独自の個性を発揮している。
本作ではイギリス南東部の海沿いにある小さな街ブロードステアーズやラムズゲートが主な舞台に。劇中では“サンドクリフ”という地名で登場するこの街は、ロンドンから電車で日帰りできる距離にあり、夏は海水浴客でにぎわうリゾート地として知られる。Googleマップのストリートビューを利用し、アニーの“ご近所さん”になった気分で散策しよう!
アニーとダンカンがデートで訪れた、ビーチから歩いてすぐのアイスクリーム店。
アニーが妹のロズとたびたび飲みに行く、ビーチから歩いてすぐのパブ。
漁業が盛んなラムズゲートならではの博物館。アニーが勤める郷土史博物館として登場。
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