「東アジア文化都市2019豊島」特集|山内康裕(「東アジア文化都市2019豊島」マンガ・アニメ部門ディレクター)×小沢高広(うめ)対談 マンガ家、編集者、科学者が共同で短編マンガ制作に挑む“ハッカソン”が持つ可能性

読むという文化をどういう形で次につないでいくかが鍵(山内)

──今後、マンガ家にどんなふうに活動していってほしいですか?

山内 バリエーションは増えたほうがいいなと思ってます。マンガって読む行為ですけど、世界的には映像や動画を観る行為のほうが共通というか、わかりやすくて楽なので。そちらに移りつつある中、読むという文化をどういう形で次につないでいくかが鍵ですよね。

山内康裕

小沢 作家としては市場が増えてほしい。例えば、今HuluやNetflixで海外ドラマを当たり前に観られるじゃないですか。マンガもあれぐらい当たり前に存在してくれるといいなと。

山内 やっと電子で読むのが当たり前になったばかりですからね。デバイスとしては以前からあったのに、浸透するのに時間がかかりました。

小沢 みんなちょいちょいジャブを出しては、まだかな?みたいに引っ込めている印象ですよね。

山内 仕掛け人がどう仕掛けるかっていうのはありますよね。あとは大きいところがどう動くか(笑)。

──やっぱり紙が強いってことなんでしょうか。

小沢 紙が強いのもあるけど、既得権益を抱えた人がまだそこそこ多いんじゃないかなって(笑)。

山内 (笑)。紙デバイスは何千年っていう歴史がありますから。日本のマンガ文化は紙での流通が中心になるようにできあがっているんですよ。それを変えてしまうと、苦しい立場の人が増えてしまうので、なかなか一気には変わりづらい。劇的な変化が起きると、なくなる職種が生まれてしまうので。

小沢 それをどうソフトランディングさせるかで時間がかかってますね。

山内 とはいえ変わっては来ているので。僕の予想より、電子コミックの売上が紙を超えるタイミングって思ってたより早かったですよ。

小沢 そう? 僕は思ったよりも遅くて「飽きたー」って(笑)。

小沢高広(うめ)

山内 (笑)。あとはこの次どうなるかなと。今スマホでやっていることって、流れとしてはGoogle Glass的なものに移行していくと思いますが、その中でスマホと相性が良かったマンガは紙に戻るのか、それともマンガを読む専門媒体としてタブレットや端末が残るのか。「版」文化という過渡期のものがどう残るのかは興味深いです。

小沢 ここにきてSurfaceが折りたたみの端末を出してきて、まさかデバイスが本を模してくるとは思わなかったけど、ちょっと欲しいなって思ったし(笑)。でも崩壊していく可能性はゼロじゃないですよね。

山内 紙のマンガも、いわゆる伝統芸能として残るのはほぼ確定していると僕は思っていて。その中で、新しく時流に合わせてマンガ的なものは変わっていくんじゃないでしょうか。日本のこれまでの文化を見てきても、世の中のニーズに合わせながら変化してますからね。世の中の変容に対して、それを受け入れて変えていくものになるのか、それを超越するフォーマットが生まれるのか。でも、ここまで残ったマンガがなくなることはまずないし、悲観するようなことはないですよ。名前はマンガじゃなくなっているかもしれませんが(笑)。

小沢 僕も悲観は全然してないです。時間が経っても、絵に文字を付けて物語を綴るスタイルはなくならないと思うので。ただ、今のマンガみたいに1ページにコマを割って描いていくスタイルは、何十年後か先に、何か新しい表現になってしまう可能性はある。今の縦スクロールとかも面白いですしね。間の使い方、カッコいいなーって思うこともあるし。物語に勢いが出るとだんだんスクロールするスピードが速くなっていくんですよ。あの体感は楽しい。

山内 複数のデバイスで出ることを考えながら作る作家さんも出てきているし、このデバイスで見てほしいっていう、こだわりで発表する方もでてくるかもしれないですね。

左から山内康裕、小沢高広(うめ)。

「マンガミライハッカソン」インプットトーク2日目レポート

「マンガミライハッカソン」は、作家や研究者たちがチームを組み、新しい表現を試行錯誤しながらプロトタイプ作品を短期間で制作するプロジェクト。参加者は公募によって決められ、選出された36名は10月から11月にかけて3回にわたり行われるディスカッションイベントに参加し作品制作に挑む。10月10日に行われた初日には、本企画のディレクターを務める山内康裕と武蔵大学社会学部の庄司昌彦教授による「マンガミライハッカソン」についての説明、デジタルハリウッド大学大学院の荻野健一氏や人工知能の専門である三宅陽一郎氏といった面々によるインプットトークを実施。さらに短編マンガ制作のテーマとなる「新たな人間性・未来社会・未来都市」についてのディスカッションが行われた。

そんな初日の取り組みを受け、10月19日にインプットトーク2日目が行われた。2日目は36名の参加者からの課題発表とチーム分けからスタートする。初日に与えられた「気になったキーワードを複数選び、関心がある理由や創作したいテーマを1行でまとめる」という課題の発表が行われたのち、その課題に対するメンバー投票を実施。得票率の高いテーマや、関連性の高いテーマごとにチームの振り分けが行われた。そして2日目のインプットトークが開始。まずは「クリエイティブ編」と銘打ち、東京大学の特任研究員でもあるアーティストの長谷川愛氏が「バイオアートとスペキュラティブデザイン」、デジタルハリウッド大学の福岡俊弘教授が「初音ミクと人形浄瑠璃」、株式会社ホオバル取締役・株式会社Holoeyes取締役兼CSOの新城健一氏が「カンブリアナイト、科学技術の可視化と未来洞察」をテーマにプレゼンテーションを行った。

インプットトークで用意された講義内容のまとめ。

さらにインプットトークの「ビジネス編」では、高崎弁護士がハッカソンによって制作された作品の権利利用にまつわる考え方に関するトークを展開。また今回の作品を公開する媒体となるコミチの代表取締役・萬田大介から、コミチの使用方法やルールなどの説明が行われた。それぞれのプレゼンテーションを受け、参加者は気になったテーマや思いついたアイデア・キーワードをチームで寄せ合い議論を進め、マンガ制作のテーマとなる「新たな人間性・未来社会・未来都市」のヒントを探りながら、実際に課題制作に挑むこととなる。

インプットトーク終了後

参加者たちが持ち寄ったアイデア・キーワード。

インプットトーク終了後、1つの室内に36名がチームごとにテーブルを囲んでディスカッションが行われた。どのように課題を制作するかは各チームの判断に委ねられているが、出会ってまだ数日しか経っていないメンバー同士とは思えない、白熱した議論が各テーブルで繰り広げられていた。その中の1つのチームに話を聞いた。作画を担当する横井三歩は「AIやテクノロジーっていうと難しそうじゃないですか。それなのにこんなに議論を盛り上げられたのは意外でした」とコメント。また「こうやっていろんな職種の人が集まっていろんな意見を言えるのは、ある意味AIの力を借りるのに近いなと思います。今の自分の限界を超えたいというのは、自分自身がハッカソンに挑戦している動機のひとつですね」と思いを語ってくれた。同じチームで小説家でもある八島游舷は「ディストピア的なSFはたくさんあるので、それをいかにして乗り越えるかが重要。でも研究者の方が参加してくれているおかげで、よくあるパターンを乗り越えられそうです」と手応えを感じている様子だった。これから11月9日までの期間は、チームごとに自主制作期間となる。

インプットトークで用意された講義内容のまとめ。

この日、スペキュラティブデザインやジェンダーSFといったテーマでインプットトークを行った長谷川氏は「スペキュラティブデザインは『未来はこうありえるんじゃないか』ということを考える、SFっぽい発想のデザインです。でも結局問いたいのは『あなたがどういう欲望を持って、どういう世界にしたいんですか』ということ。さらにそれで未来を変えることができたら超幸せだよね、みたいな立ち位置ですね。いいSFが生まれると、世界が変わるんじゃないかなと思います」と期待を語る。

またトキワ荘プロジェクトに携わり、「マンガミライハッカソン」に審査員として参加する菊池健氏は「テクノロジーで実現できることって、基本的にみんながイメージできるようになって初めて実現できるようになると思うんですよ。だから、作り手にテクノロジーをインプットするのはとても重要。新しい作品が生まれることで、イメージしたものが実現していくスパイラルがある。このハッカソンもその方向を向いてますね」とコメント。また、ここまでのインプットトークの印象について「すごいですね、誰がクリエイターだかわからなくなってきてます(笑)。ここにいるのは『面白いことやりましょう』っていう段階で集まってきたちょっと変な人たちばかりなので(笑)、それはそれで面白い」と楽しげだ。さらに「マンガを作るのにネットを使ってやり取りするのが当たり前になってきて、マンガの創作環境は自由化している。今回のハッカソンのような形で作品が成立する時代になったんだなと感じます」と話した。

そして、「マンガミライハッカソン」を共催するHITE-Mediaのメンバーで、インプットトークで司会進行を担当している編集者・キュレーターの塚田有那氏は「インプットトークが終わって、これからの時間が一番重要。今、ぶつかりあいが起きていると思うので、その化学反応が面白いです」とコメント。参加者に対し、「マンガを描くのに、マンガからインスピレーションを受けるだけではなく、研究者の方やアーティストの方が何を考えて新しい世界を欲しい未来を作っているのかを受け止めてほしい」と語る。一方、研究者側のモチベーションについては「自分の業界の中だけで業界のことを語っていても未来はないんじゃないか、ということをすごく意識されている。科学の中だけで科学を語るんじゃなく、科学を語るために他ジャンルの方と語り合うことで、自分たちの想像力が広がる可能性を期待されている」と説明する。そして「マンガミライハッカソン」を通してどんな作品が生まれることを期待するか聞いてみると、「世界観や世界設定を作るのは1人でもできるし、共有しやすいからなんか描けている気になるんだけど、実際にそれを物語にしていくのは簡単にできることじゃない。想像上の未来社会が描けたとしても、そこで生きる主人公が何を思って何に喜び、何に悲しむのか。その世界観の中で、人がどう生きていくかに焦点を当てられるのかどうかが、すごく興味がありますね」と答えてくれた。


2019年11月11日更新