ゴツゴツした男性的な手と、線のない女性的な手
唐木 シャープさに加えて特徴をもうひとつ。この爽太くんの手はとてもゴツゴツした感じですよね。指の節々もずいぶん描き込まれてて。
森 固く四角く力強い感じ。男女ともに男性性が強調されてる絵柄ですよね。女性の手を描くときも、柔らかく丸くというよりは、割とリアルに描いている。人間の肉体的なものに関して理想を求めるというよりは、生々しい現実的な絵を描かれる方だと思います。あまり理想を求めるという感じではない。
唐木 それとは対照的なのが、サブテキストに挙げて下さった、
森 これ、普通は手のひらの親指のところに線を描くんですが、都戸さんは描いてないんです。
唐木 何も考えずに手のひらを描けば、手のシワは描き込んでしまうものなんでしょうか。
森 つい描いてしまうものだと思います。あと手のひらか甲なのかを明示したいという気持ちもありますし。なのに描いてないということは、そこに意思があるということ。こういう手がお好きなんだろうなと思います。この都戸さんの手、私も好きですね。繊細でやさしくて中性的で。
肉体を理想化しないことは、恋愛を理想化しないこと
唐木 これを見たあとで水城先生の手を見ると、ずいぶん線が多い感じがしますね。
森 とても男の人という感じの手ですね。でも、先ほども言ったように女性も割と骨っぽく描いていて、肉体を理想化していない。そこに水城先生の人間観があると思うんです。
唐木 理想化というのは、ムチムチとか、グラマーとか、男ならムキムキとか、スベスベとか、そういうのですね。
森 オリヴィエのセリフに「恋はアートじゃない。人生そのもの。過酷でドロドロに汚れるものだ」というのがありました。あと爽太くんがクリームを泡立てながら「さあドロドロに汚れましょうか」っていうシーン。
唐木 それが水城先生の人間観とか恋愛観?
森 恋愛は綺麗なものじゃないというのが水城先生の考え方だと思うんです。理想は理想、綺麗なものは綺麗なものとしてあるけど、現実の人間は生々しくてドロドロしているものだという。
唐木 その一端が、手のゴツゴツに現れている感じでしょうか。
森 生々しくても美しい。むしろ汚いものが美しい。美しいものは人間の欲望とかエゴとか、そういうものの中にこそ宿るっていう。水城先生のマンガってそういう考え方が根底にあると思います。
とてつもないチョコ愛があふれてる
唐木 あと、お話のモチーフとなるチョコレートの絵です。
森 チョコの絵はとにかくすごいです。私も見習わないといけないと思いました。お菓子描くの下手なので。
唐木 水城先生って決して線の多い絵柄ではないですけど、チョコレートの絵はすごく描き込んでますよね。
森 これ、全部トーン貼り分けてますよね。さらに削りと。あと部分的に重ね貼りもしてますね。すごい気合い入ってます。
唐木 これってアシスタントさんが描いてるんですか?
森 どのくらいまでアシスタントさんにお願いしているかは分からないですが、少なくとも水城先生がこの番数のトーンをこういう風に貼って、と指示は出しているはずです。普通に「チョコレート描いといて」って丸投げしたら、トーンも2種類くらいがせいぜいなのではないでしょうか。でも案外、ご本人が大部分描かれてたりして……。
唐木 実際に手を動かすのはアシスタントさんだとしても、指示を出す人がいなければこんな絵にはならないわけですよね。で、もうひとつチョコレートで見ておきたいのが……。
唐木 テンパリングという作業をしているんですが、固まってないチョコを表現するために、ものすごい技巧が凝らされています。
森 これは想像じゃ描けないです。たぶん写真を撮られて、それを元に描かれたんだと思いますが。
唐木 チョコって茶色1色じゃないですか。
森 なのにこの照りと細かい濃淡と。いかにも溶けたチョコという生々しい感じが出てます。
話の中心になるものをしっかり描くと、説得力が出る
唐木 こんな風にチョコレートを描き込んでいるということは、実際にどういう効果があるんですか? 自己満足だけじゃないですよね。
森 もちろん。読み手に作画の知識がなくても、手の込んだ絵というのは印象に残るものなんです。何となく頭の片隅にあの照りのいい、匂いのしてきそうなチョコレートのイメージがあるので、その先の話に説得力が生まれる。
唐木 説得力というのは、具体的には?
森 サエコさんは爽太くんのチョコレートが魅力的だからってお店に来ますよね。普通に考えたらフった男の店になんてそうそう来れるもんじゃないんですけど、こんなすごいチョコがあれば「あ、そりゃ来るわ」っていう。疑問も起こらないくらい。
唐木 チョコが美味しそうに見えるから。
森 あまりセリフで説明しなくてもストレートに伝わるんですね。「群青シネマ」のカメラも同じことで。
唐木 「失ショコ」でチョコレートが描き込まれていたように、「群青シネマ」では映画の機材がやたら描き込まれていますね。
森 機材がとてもきっちりと描かれていて。「群青シネマ」って、映画を撮ろうとして、難しくて何度も失敗する話なんですけど、そのうまくいかないという話に説得力が生まれる。これは大変そう、っていう。
唐木 話の中心になるものをきっちり描くと説得力が生まれる、ということですね。
森 あと読み手の楽しみが増えるし、飽きない。またマンガとしての豊かさにも繋がると思います。
唐木 なるほど。そこで思い出すのは、
森 あれは……描きすぎましたね……。あまり描き込みすぎても、うっとおしいので、ほどほどにしとかないと(笑)。(つづく)
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