
梶裕貴、声優/プロデューサーとして抱く40代の展望 [バックナンバー]
梶裕貴が30代で感じた“絶望”、それを乗り越える支えになった“もう1つの柱”
目指すはウォルト・ディズニー、「そよぎフラクタル」で描く未来像
2025年7月16日 12:00 12
個人で8000人キャパにチャレンジする「そよぎEXPO」
──そして6月30日には、「梵そよぎ1stEXPO-0rigin-(オリジン)」とそれにまつわるクラウドファンディング、そしてネクストゴールとしてコンピレーションアルバムの企画が発表になりました。それぞれについて、もうちょっと教えてください。まずEXPOへの楽曲提供が錚々たるメンバーです。
ありがたいことに、自分でも想定していた以上の豪華アーティストの皆様にご参加いただくことができました。本当に感謝しかありません。こちらに関しても、もちろん私自らご連絡し、企画主旨やコンセプトイメージを丁寧にお伝えして、楽曲制作をご依頼いたしました。今回のオファーに関しても、これまでのコラボレーションと同様、「梵そよぎというキャラクターから感じたインスピレーション」や「そよぎフラクタルの理念・信念」といったものから、自由に発想をふくらませて作詞や作曲作業を行っていただいております。今、徐々に完成した作品が届きつつあるのですが、その楽曲を聴くたびに、改めて「そよぎフラクタル」という1つのテーマで、これだけの解釈とアウトプットの可能性があるんだと、とても驚いていますし、感動しています。
──ライブイベント「そよぎEXPO」は、これまでの「そよぎフラクタル」 の企画の中でもかなりビッグなイベントです。
ある意味、このプロジェクトにとっての「最初のゴール」と言ってもいいかもしれません。何を隠そう、音声合成ソフトの企画・制作から始まっている取り組みですから、ライブというのは、まさに1つの大きな目標でした。なので、その公演会場や日付などが具体的に決まったということは「そよぎフラクタル」にとって、非常に大きな一歩と言えるかと思います。ただ……会場を抑えるというのは、スケジュール面にせよ金額面にせよ、本当にいろいろと大変で。あの規模のハコを個人で抑える人は、あまりいないんじゃないでしょうか(笑)。
──会場となる東京ガーデンシアターのキャパシティは約8000人です。
当初は5000人ほどのキャパシティを想定していました。もしくは、それよりもう少しだけ小さいサイズの会場を選んで何度か公演する、という形の方が、現段階のプロジェクト規模としては相応しいのではないかと考えていたので。けれど、そんな好条件でキープできる会場が都合よく空いているわけもなく……なんとか程よいスケジュールでの空きを探っていくうちに「東京ガーデンシアターならいけるぞ!」となって。イメージよりもかなり大きなハコだったので、当然、最初は少し日和りましたが、とある瞬間から「もういっそ一発目からドカンと勝負してみるのもアリじゃないか!」と激しくマインドを切り替え、思いきって申請することに決めました(笑)。かなりチャレンジングな決断ではありましたが、だからこそ「そよぎフラクタル」をこれまで応援してくださった方はもちろん、新たに興味を持ってくださった方々にお越しいただくには最適な機会だろうと。すべての「梵そよぎ」ファン──フラクターと呼んでおりますが──の皆さんにとって、それこそ“オリジン”な場所になってくれたらいいなという気持ちでいっぱいです。
──「そよぎEXPO」はコンピレーションの楽曲の披露がメインなんでしょうか。
そうですね。梵そよぎによる楽曲の披露は、「そよぎEXPO」にとって、まさにメインと言える大きな要素です。でも、今回あえて"3D LIVE"ではなく"EXPO"と名付けたのには理由があって。それは「AIという最先端デジタル技術と、声優によるアナログ表現が組み合わさったときに生まれる未知の化学反応を体感してみたい」という好奇心から。このふたつの要素が合わさることで、ただの再現でも仮想でもない、今その瞬間にしか生まれないパフォーマンスをお届けできるのではないかと考えたからなんです。同じ声を持つふたりの表現者が、それぞれの個性を持ち寄り共鳴し合う。その様は、きっと“人間とAIの未来”を象徴するものになるだろうなと。たとえば、梵そよぎと私がデュエットしたり、二人芝居をしてみたり。それは、まさに私にしか表現できない唯一無二のエンタメになるだろうと思ったのです。
目指す姿はウォルト・ディズニー
──プロデュースをやってみてどうですか。
「楽しい!」しかないです(笑)。もちろん大変な部分だってありますけどね。声優業が最優先なのは変わりませんし、何より大切な子育てもあるので、削るとしたら遊ぶ時間や睡眠時間になるわけですが……。でも私は小さい頃から、自分発信で何かを作ることが大好きな子どもで、そこに割くエネルギーや時間をムダだと思ったことは一度もなくて。これまでにもマンガを描いてみたり、音楽を作ってみたり、写真を撮ってみたり、好奇心からいろいろなことに挑戦してきました。とはいえ、それらはビジネスを考えての作業ではなく、あくまで自己満足の範囲。そもそも自分1人で作品を完成まで持っていくというのは、やはり難しいことですからね。けれど今回、自分の役割はプロデューサー。種を蒔き、芽が出るまで責任を持って水を撒くのが役目です。なので、企画を提案して場を用意し、実際に動き出すところまで達成できさえすれば、あとは1人のファンとして純粋に、心から作品を楽しむのが仕事なのかなと。以降は、クリエイターの皆さんが生み出してくださった作品に対して、大きな愛を持って育て上げ、花開くのを見届けるだけですから。つまりプロデューサー業には、兎にも角にも、愛情とパッションが必要不可欠!と考えています。だからこそ、その分クリエイターの皆さんへのリスペクトも、自分の中でより高まっている気がしていますね。
──「そよぎフラクタル」のプロジェクトはまだ始まったばかりですが、どんな将来を考えていますか?
これまで2年ほど「そよぎフラクタル」を展開してきましたが、序盤はかなり苦戦しましたね。不慣れなデスクワークが中心でありつつ、企画会議などでも、自分のアイデアの言語化が上手くいかなくて。何度も先方から「一番やりたいことは何ですか?」と聞かれました。ビジョンはしっかりあるはずなのに、やろうとしていることが前代未聞なこともあって、なかなか伝わらなかったんです。でも、プロジェクトの成功や認知度向上とともに、最近ようやく形になってきたと感じていて。あるとき、とあるクリエイターさんに「梶さんは、ウォルト・ディズニーみたいなことをしたいんですね」と言われて、「ああ、なるほど! まさに!」と思いました(笑)。畏れ多すぎて、自分の口からはなかなか言えたことではありませんが、あくまで理想像、憧れとして、自分にとってぴったりのロールモデルだなと。
──ディズニーですか。
ミッキーマウスの声も、最初はウォルト・ディズニーが自分で担当していましたしね(笑)。だから……というのもなんですが、梵そよぎは、自分にとって、そして「そよぎフラクタル」にとって、まさにミッキーマウスのような存在なんだろうなと。梵そよぎというキャラクターを中心に、さまざまなエンタテインメントを通じて、「そよぎフラクタル」が社会の中に広がっていくイメージです。例えば、電車のアナウンスがそよぎの声であってもいいし、配膳ロボットがそよぎの声で喋ってくれてもいい。ディズニーキャラクターのイラストや動画を、日常生活の中で当たり前のように見かけるように、いつか梵そよぎも、そんなパブリックな存在になっていってくれたらと心から願っています。梵そよぎと一緒に、好奇心と誠実さを持って1つひとつのエンタテインメントと向かい合っていった先に……もしもそんなミラクルが待っていたら、最高に面白いだろうなと。そういう意味では「そよぎーランド」──そんな安直なネーミングは嫌ですが(笑)──みたいなテーマパーク、あるいは1つの街が、VRなりリアルなりでできるぐらいに、梵そよぎの存在が世界中にフラクタルしていってくれたら。大それた目標だと笑われるかもしれませんが、私にとっては冗談でもなんでもなく、本気でプランニングしていきたい将来のイメージです。
──「そよぎEXPO」が“オリジン”となれば、という話がありました。2025年は梶さんにとって「そよぎフラクタル」 が本格的に動き出した“元年”といった感じなのですね。すると梶さんは、10年後にどんな自分になっていたいと考えていますか。
声優・役者として考えれば、そこは今までと全く変わらないです。これまで通り、ご縁のあった作品・役に対して全力で向き合うだけ。ただ、少し前だったら、その「全力で向き合う」という姿勢が、あるいは自分を悩ませる要素になっていた可能性もあったかもしれません。けれど、自分に「そよぎフラクタル」という人生単位での大きな柱が備わった今、もうその恐怖とは決別できたはず。「声優」にすべてを懸けて生きてきた自分だからこそ、逆に「声優以外」に全力を尽くせる何かが誕生したことで救われたんだろうなと。物理的な忙しさは倍になれども、気持ちの余裕という意味では、倍以上のメリットを感じていますね。声優業にしろ「そよぎフラクタル」にしろ、そうして1つひとつの仕事に対して丁寧に、愛情を持って接していきさえすれば、自ずと、あるべき10年後の未来にたどり着いているのではないかと思います。
「そよぎフラクタル」とは
3月8日に東京ガーデンシアターで開催される「梵そよぎ1stEXPO-0rigin-(オリジン)」では、梵そよぎが3Dモデル化され、生みの親である梶とともに朗読劇、デュエット歌唱を披露。セットリストの基本構成は昼夜で異なるものになる。開催にあたり梶の縁あるアーティストが新曲を提供するほか、キービジュアルは堀越耕平の描き下ろし。開催に向けてクラウドファンディングも実施中だ。
- 藤津亮太
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1968年生まれ、静岡県出身のアニメ評論家。2000年よりフリーランスとしてアニメ関係の取材や執筆活動を行う。著書に「増補改訂版 アニメ『評論家』宣言」「ぼくらがアニメを見る理由──2010年代アニメ時評」「アニメと戦争」「富野由悠季論」などがある。
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