WOWOW「劇場の灯を消すな!Bunkamuraシアターコクーン編」|史上初!「松尾スズキプレゼンツ アクリル演劇祭」収録レポート

アクリル越しで芝居は成立するのか?

2日目は、演劇とダンスが収録された。阿部と池津祥子出演の「ゾンビVSマクベス夫人」は、このアクリル演劇祭のための松尾の書き下ろし短編劇。シェイクスピア「マクベス」の稽古に励む2人だが、妻の様子が少し変で……。リハーサル後、松尾の演出で池津のアクションが大きくなると、ボックス内の窮屈さがより強調され、滑稽さが増す。それに合わせて阿部のリアクションも生き生きと変化し、客席にいたスタッフたちは皆、笑いをこらえるのに必死だった。

左から大竹しのぶ、中村勘九郎。(撮影:宮川舞子)

井上ひさし「泥と雪」の朗読コーナーでは、大竹しのぶと中村勘九郎が、古い知り合いである男女の文通をドラマティックに表現。顔の見えない相手との微妙な距離感が、隣にいながらもアクリルで仕切られた2人の様子と重なり、展開にスリリングさが増す。リハーサルからすでに熱量が高く、見応えある内容だったが、「アクリル演劇祭」の中である意味、最も演劇的、かつシリアスなプログラムだけに、テイク前には何度も松尾、大竹、勘九郎で台本を見返したやり取りが行われ、舞台の稽古さながらに時間をかけて撮影が行われた。

ダンスシーンの様子。(撮影:宮川舞子)

プログラムには、振付稼業air:manが手がけたダンスのコーナーも。江利チエミ「キャリオカ」の軽快なナンバーに乗せて、ダンサー4人がアクリルボックスいっぱいに踊り、さらにボックスを動かしてダイナミックなステージングを披露する。アクリルボックスの動きにくさを逆手に取った演出で、客席の松尾も身体を揺らしながら楽しんでいたが、ダンサーたちはボックスの壁に体をぶつけないよう、またボックス同士をぶつけないよう、笑顔ながらもかなりの緊張感で踊っていたようで、シーンが終わるとどっと床に倒れ込んだ。

さらにプログラムには剣劇まで。本作はアクリル演劇の限界に挑戦した、かつてないシュールな剣劇となっている。

劇場の再開が待ち遠しくなる!

芝居、リーディング、歌、ダンス、剣劇。「アクリル演劇祭」で披露された多彩な演目の数々は、芸術監督・松尾スズキが舞台に求める“華”そのものと言える。と同時に、歌舞伎からシェイクスピア、現代劇まで、幅広い演目を送り出してきたシアターコクーンの足跡と、懐の深さを改めて感じさせる内容となった。これほど充実したプログラムを見れば、演劇ファンならきっと「これ、劇場で観たかった!」という思いに触発されるだろうが、その思いは次に劇場へ行くときまで胸にしまって、今は劇場の再開を楽しみに待とう。

演劇ジャーナリスト・徳永京子が語る、シアターコクーン

「劇場の灯を消すな!」シリーズでは、演劇ジャーナリスト・徳永京子がオフィシャルライターを務める。徳永から見た“演劇界におけるシアターコクーン”、そして「アクリル演劇祭」の見どころとは?

シアターコクーンは、都内でも有数の高級住宅街である松濤の入り口にあり、クラシックのコンサートやバレエの公演が行われるオーチャードホールが併設され、劇場そのものもきれいなので、ハイソサエティなイメージがあると思うんです。でもその一方で、オープン当初から実験精神に富んだ劇場でした。いわば、洗練と実験精神が両立している。おそらくそれは、コクーンが芸術監督制を取っていることとも密接に結びついていて、コクーン初代芸術監督の串田和美さんは小劇場、その後の蜷川幸雄さんはアングラを経由されているんですよね。串田さんは自由劇場時代、大きな歴史やダイナミックなファンタジーを小さな空間からいかに作っていくかということをされていましたし、蜷川さんは新劇ご出身ながらも、アングラの精神を強く持たれていて、演劇が社会に直接的に働きかける方法を常に考えていらっしゃいました。蜷川さん以前は、アングラは小さな劇場でというのが常識だったのに、唐十郎さんや寺山修司さん、清水邦夫さんの作品を、コクーンで取り上げ、アイドルと呼ばれる人たちで成立させたことには、とても大きな意味があると思います。自分が生まれる前の、しかも非常に詩的なセリフと格闘して成長した俳優、彼らの舞台で演劇の深さに触れた観客が、数多く生まれたからです。またコクーンのもう1つの特色として、そういうアングラ精神や実験精神と並行してイギリスなど海外から、正統派かつ注目の演出家を呼んできて作品を立ち上げる「DISCOVER WORLD THEATRE」シリーズにも取り組んでいることがあります。いずれにしても700席を超す客席を30年にわたって稼働させ続けているのは、ある意味、偉業だと思います。

Bunkamura シアターコクーン入り口。

その流れの中で、松尾さんが今年、シアターコクーンの芸術監督に就任されました。松尾さんは小劇場出身で、その中でも、社会的弱者や世の中の隅に追いやられている人を主軸に置き、彼らが世の中の常識をひっくり返すドラマをダークな笑いと共にずっと扱ってきた作家。メジャーへの反骨精神を舞台に乗せてきたコクーンにはうってつけとも言える人選だと思います。芸術監督就任会見で松尾さんは「ここに来たらいつも歌と踊りが観られる、ということができればいいな」とおっしゃっていたんですけど、近年はますますミュージカルへ接近されているので、おしゃれ、洗練というコクーンのパブリックにのっとりつつ、それを笑いで裏切るような松尾流ミュージカルの新作が早く観たいですね。

そのシアターコクーンが3月末以来休館しているわけですが、そのことにより日本の演劇の車輪の一部が止まってしまったと改めて感じます。日本はヨーロッパと違って民間劇場が演劇の人気を支え、人材育成をしてきた期間が長かったので、多くの民間劇場にカラーがあり、思い入れもある。また、大きな劇場には、同じ舞台を観たいという気持ちで集まった人が大勢集まります。そこで体験する、同じシーンで笑ったり息を呑んだりする瞬間は、得難い感動があります。その意味でも、コクーンに行けないのは、ほかの劇場に行けないとは少し違う寂しさなんです。

松尾スズキ(撮影:宮川舞子)

今回の「アクリル演劇祭」では、この数年で明確になってきた松尾さんの本質のようなものが、明確な形で現れたと思います。それは、より本格的なミュージカル志向であり、ダークさを薄めずにポップにしていく姿勢です。2000年の初演以来、「キレイ─神様と待ち合わせした女─」が上演のたびに音楽的な厚みを増し、ダンスが増えていることを見ていると、「歌や踊り、殺陣などエンタテインメントが好き」という松尾さんの本質が、コクーンという劇場によって良い形で具体化されていると感じます。この「アクリル演劇祭」には、そんな松尾さんの好きなエンタテインメントがギュギュッと幕の内弁当のような形で現れていて、もしかしたらこれから何年かにわたって“芸術監督・松尾スズキ×コクーン”として発表されるであろう、さまざまな作品のエッセンスが詰まっているのではないかと思います。


2020年10月23日更新