イギリス発の話題作から野心作まで、注目の演劇部門
今季は、ブルックリンで上演された「ジャングル」やアッパー・イースト・サイドで上演された「リーマン・トリロジー」など、ブロードウェイ以外でもイギリス発の話題作が高評価を得ていた印象。実際、今季NYで観た演劇を振り返ってみると、前述の2作のほか、イギリス発のものがパッパッと頭に浮かぶ。
その筆頭になるのが、作品賞候補に挙がっている「ザ・フェリーマン」だ。北アイルランドの田舎の農場を舞台にIRA(アイルランド共和軍)の闘争に巻き込まれた大家族の悲劇を描くもので、スリリングなストーリーと俳優陣の熱演、さらに作り込まれた家屋のセットに魅せられ、3時間超の上演時間があっという間に感じられた。
同じく作品賞候補に挙がる「インク」は、イギリスのタブロイド紙「ザ・サン」の草創期をつづる。思いのほか娯楽色の強い作品で、若きメディア王に扮するバーティ・カーヴェルら俳優陣の好演もあり、とても楽しめた。作品賞候補から漏れたが、英国ナショナル・シアター発の「ネットワーク」も大物俳優ブライアン・クランストンの怪演や映像を駆使したイヴォ・ヴァン・ホーヴェの演出で見ごたえ十分。近年ブロードウェイでは演劇のロングランが難しく、大抵の作品が期間限定公演として登場し、数カ月程度で閉幕してしまうが、この「ネットワーク」と前述の「ザ・フェリーマン」は半年以上公演を行っていて、とても喜ばしいことだ。
そして、個人的には「ホワット・ザ・コンスティテューション・ミーンズ・トゥ・ミー」(「私にとって憲法とは」という意)が作品賞候補に選ばれたのがうれしい。今年のピュリツァー賞候補にも挙がった同作。作・主演のハイジ・シュレックが実体験などをもとにアメリカ合衆国憲法の存在意義を問う野心作だ。法の在り方についてモヤモヤしたものを感じることが多いのは日本も同じ。そのモヤモヤを共有することができ、かつささやかながら明日への希望をもらえる部分もある。観客を巻き込みながら展開するディベート・スタイルの作りも面白く、小粒ながら鮮烈な印象を残した1作だった。
リバイバル賞候補5本のうち、すでに3本は公演を終了。ジャック・オブライエン演出の「みんな我が子」は主役級の俳優たちが皆、素晴らしかった。特に良かった父親役のトレイシー・レッツが主演男優賞候補から漏れたのが意外。それだけ名優ぞろいのシーズンだったと言うことか。
演劇部門作品賞 ノミネーション
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- 「クワイヤ・ボーイ」
- アフリカ系アメリカ人の名門学校に通うファロスは、天才的なゴスペルの歌唱力の持ち主だが、同性愛者ということでいじめに遭っていた。自分にとっての“居場所”として、学校の伝説的ゴスペル合唱団でのリーダーを目指し、ファロスは、さまざまな困難に立ち向かう。
- サミュエル・J・フリードマン劇場 / 脚本:タレル・アルビン・マクレイニー / 演出:トリップ・カルマン / 出演:ジェレミー・ポープ、ニコラス・L・アッシュ ほか
- 4部門ノミネート
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- 作品賞
- 主演男優賞 ジェレミー・ポープ
- 音響デザイン賞 フィッツ・パットン
- 振付賞 カミール・A・ブラウン
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- 「ザ・フェリーマン」
- 舞台は1981年の北アイルランド。クイン・カーニーを中心とした大家族、カーニー家が経営する農場では、誰もが収穫祭の準備におおわらわ。そこに、1人の訪問者が現れる。彼は、10年前に姿を消したクインの弟について、あることを伝えに来たと言うが……。
- バーナード・B・ジェイコブス劇場 / 脚本:ジェズ・バターワース / 演出:サム・メンデス / 出演:ブライアン・ダーシー・ジェイムズ、ホリー・フェイン ほか(※現在出演中のキャスト)
- 9部門ノミネート
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- 作品賞
- 主演男優賞 パディ・コンシダイン
- 主演女優賞 ローラ・ドネリー
- 助演女優賞 フィオヌラ・フラナガン
- 衣装デザイン賞 ロブ・ハウエル
- 演出賞 サム・メンデス
- 音響デザイン賞 ニック・パウエル
- 照明デザイン賞 ピーター・マムフォード
- 装置デザイン賞 ロブ・ハウエル
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- 「ゲイリー:ア・シークエル・トゥ・タイタス・アンドロニカス」
- ローマ帝国滅亡後、血みどろの戦いを経たその土地には、あちこちに亡骸が残されていた。道化のゲイリーはそれらを、経験豊富な家臣ジャニスと共に片付ける使命を受ける。死体のガスの正しい抜き方、腐敗液を吸い上げるには、など手取り足取り指導されるのだが……。
- ブース劇場 / 脚本:テイラー・マック / 演出:ジョージ・C・ウルフ / 出演:ネイサン・レイン、クリスティン・ニールセン、ジュリー・ホワイト
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6部門7ノミネート
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- 作品賞
- 助演女優賞 クリスティン・ニールセン、ジュリー・ホワイト ※2名がノミネートされた。
- 衣装デザイン賞 アン・ロス
- 演出賞 ジョージ・C・ウルフ
- 照明デザイン賞 ジュールス・フィッシャー、ペギー・アイゼンハワー
- 装置デザイン賞 サント・ロカスト
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- 「インク」
- 若き実業家で野心家のルパート・マードックは、1960年代後半、売り上げに苦戦していたロンドンのタブロイド紙「ザ・サン」を買収。悪名高き敏腕編集者ラリー・ラムをチームに迎え、2人は、「ザ・サン」を影響力のあるメディアへと育て上げていく。
- サミュエル・J・フリードマン劇場 / 脚本:ジェームズ・グレアム / 演出:ルパート・グールド / 出演:バーティ・カーヴェル、ジョニー・リー・ミラー ほか
- 6部門ノミネート
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- 作品賞
- 助演男優賞 バーティ・カーヴェル
- 演出賞 ルパート・グールド
- 音響デザイン賞 アダム・コーク
- 照明デザイン賞 ニール・オースティン
- 装置デザイン賞 バニー・クリスティー
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- 「ホワット・ザ・コンスティテューション・ミーンズ・トゥ・ミー」
- 15歳のとき、大学の学費を賄うため、ハイジ・シュレックは全米憲法討論会に参加した。今や有名作家となった彼女は、討論会での様子と、祖母や曽祖母といった4世代にわたる女性たちへのインタビューから、この国を生きる女性について考えを巡らせて……。
- ヘレン・ヘイズ劇場 / 脚本:ハイジ・シュレック / 演出:オリバー・バトラー / 出演:ハイジ・シュレック、ロズドリー・チプリアン、マイク・イヴソン ほか
- 2部門ノミネート
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- 作品賞
- 主演女優賞 ハイジ・シュレック
テレビ界のエミー賞、音楽界のグラミー賞、映画界のアカデミー賞(オスカー)と並び、アメリカのショービズ4大アワードに数えられるトニー賞。その授賞式もとても華やかだ。見どころは何といっても、作品賞&リバイバル賞候補に挙がっているミュージカル作品にちなんだパフォーマンス。各作品の“見せ場”とも言えるナンバーがピックアップされることが多いので、お楽しみに。
また、リベラルな街、NYで行われる授賞式だけあって、司会者や各賞のプレゼンター、受賞者たちのスピーチに時事ネタや政治的発言が盛り込まれることも多い。授賞式を通し、ブロードウェイの旬を知ることができるのと同時に、アメリカの“今”を垣間見ることもできるだろう。ちなみに、今年の授賞式で司会を務めるのは、イギリス出身の俳優ジェームズ・コーデン。2006年にニコラス・ハイトナー演出の「ヒストリー・ボーイズ」でブロードウェイ・デビューし、12年の「一人の男と二人の主人」でトニー賞最優秀主演男優賞を獲得した彼は、持ち前の愛嬌やコメディセンスを武器にアメリカの人気トーク番組「レイト×2ショー with ジェームズ・コーデン」でも活躍中だ。トニー賞の司会を務めるのは、第70回(16年)に続き2度目。トークや歌、ダンス(←たぶん)で魅せる、彼のエンターティナーぶりにもご注目いただきたい。