アメリカ・ニューヨークのオンブロードウェイを総括する、アメリカ演劇界で最も権威のある賞、トニー賞が今年も発表される。6月9日8:00(日本時間)、3年ぶりの会場となるラジオシティ・ミュージックホールで開催される授賞式では、2024 / 2025シーズンを盛り上げた受賞作・受賞者が明らかに。WOWOWではその模様を「生中継!第78回トニー賞授賞式」で生中継・ライブ配信する。5度目のタッグとなる井上芳雄と宮澤エマが番組ナビゲーターを務め、昨年に続き京本大我(SixTONES)がスペシャル・サポーターを担う。シーズン中にブロードウェイを訪れたという3人が、現地で得た知識を踏まえ、舞台のプロとして、そして舞台を愛するファンとして、授賞式の様子を華やかに伝えてくれる。
中継に先がけ、ステージナタリーでは、井上と宮澤の対談を実施。2人が今年のトニー賞への期待を語った。さらに、特集後半ではミュージカル部門作品賞にノミネートされた5作品を解説する。
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構成・文 / 大滝知里撮影 / 藤記美帆
ブロードウェイを訪れ“底力”を感じた井上芳雄。宮澤エマは元日にVIP席で観劇
──今年のトニー賞は、3年ぶりに伝統あるラジオシティ・ミュージックホールで開催されます。お二人は2024 / 2025シーズン中にブロードウェイを訪れたそうですが、現地はどのような様子でしたか?
井上芳雄 数年前にはコロナで長い期間ブロードウェイが止まり、その後も世界情勢の変化やストライキなど、いろいろなことが立て続けに起こって、今年はドナルド・トランプが大統領に就任。しばらく落ち着かない状況かなと思っていたのですが、劇場の活気は戻ってきていましたね。興行収入も2024 / 2025シーズンは史上最高だったそうです。ただそれは、日本と同様、チケット料金の高騰が関係していて、実は観客の数は完全には戻っていない。当日のチケットが安く手に入る抽選にエントリーしたり、TKTSや早い者勝ちのラッシュチケットに並ぶ人もたくさんいるなど、舞台好きな人が以前ほどには足を運べない状況ではあります。でも僕はコロナ前の状況に戻る必要はないと思いますし、それでもブロードウェイには新しい作品を生み出す“底力”があることを感じました。エマちゃんもニューヨークに行ったの?
宮澤エマ はい、昨年の暮れから1月の頭くらいまでなので、1作品しか観られなかったんですけど、1月1日にミュージカル「サンセット大通り」を観に行きました。今回ノミネートされているニコール・シャージンガーさんではなく、別の方が主演を務めた回でしたが、本当に素晴らしいパフォーマンスで。芳雄さんがおっしゃる通り、向こうはチケットの価格帯が幅広く、安めの席から高い席まであるんです。私は母へのプレゼントとして観に行ったので、「ちょっと良い席で観よう」と、初めてVIPチケットを買いました。VIPチケットは、劇場の横のバーのような部屋でお酒とおつまみをいただいて、それを席まで持って行けるんですよ。休憩中も「もう1杯いかがですか?」と声をかけられたりして、あれほどラグジュアリーな観劇体験は初めてでした(笑)。日本の客席では“きちんと観る”という感覚がありますが、ブロードウェイはリラックスした環境で観ることが主流のようで、1月1日にも劇場へ足を運ぶという演劇に対するアツい思いと、それを受け止める土壌や余裕があって、独特の雰囲気を感じて来ました。
──井上さんも「サンセット大通り」はご覧になりましたか?
井上 観ました。僕はVIP席ではなかったんですけど(笑)。「サンセット大通り」はロンドンですごく評判が良かった作品で、新しい映像技術を駆使して作られていて、舞台を観に来たはずなのに、ずっと映像を観ているんじゃないかと思うくらい。でも、2幕の頭にカメラで生中継して劇場の外から始まるという演出は、今までの舞台の常識では考えられないものですし、カメラマンと出演者というシンプルでストイックな演出で、ここまで伝えられるものがあるのか!と。オペラを現代演劇として立ち上げるときの思考というか、ミュージカルの歴史が長くなればなるほど、見せ方や幅が広がるんだなと思いました。
トニー賞を追い続ける2人が考える、番組の在り方
──お二人の番組ナビゲーターとしてのタッグは5度目となります。今年は宮澤さんが東京、井上さんが大阪のスタジオという二元中継になりますが、それぞれ、お互いに司会者として一目置いているところはどんなところですか?
井上 まあ、僕らは司会が本業じゃないんでね……でも、エマちゃんが大きな懐でいてくれるので、うまくいっているなと感じます。英語も理解して進めてくれるので、いつも助けてもらっていますね。
宮澤 芳雄さんの司会には緩急があって、押さえるところは押さえつつ、ミュージカルファンからそうでない方まで、リラックスして観られるような番組のトーンや雰囲気を作ってくださいます。でも、今回は芳雄さんとタッグを初めて組んだとき以来(2021年 第74回トニー賞授賞式)の二元中継なので、不安はありますよね。
井上 こういったやり取りがしにくいだろうからね。だから東京はエマちゃんにお任せして、僕がいる大阪では好きにやらせてもらおうかな(笑)。番組では授賞式の模様を生放送するので、実は進行に不確定要素が多く、向こうからの中継も急遽変更されるような点も多い。ただ、ミュージカルや舞台に詳しい方ばかりが番組を視聴するわけではないので、できるだけトニー賞の素晴らしさをわかりやすく伝えたいなと思っています。
──昨年に続き、京本大我さんがスペシャル・サポーターとして参加され、頼もしい座組になるのではないかと思っています。
井上 大我はすっかり大スターになって。会うたびにいつも髪型が違うし、僕の知らない大我がどんどん出てきて、思っていた以上に面白い人だったことに気付かされます。でも、“ミュージカルをやる”というスタンスは昔から変わらないので、うれしいですね。今年は彼も初めてニューヨークに行っているので、新たに感じたこともあるんじゃないかな。詳しく聞いてみたいです。
──お二人は、WOWOWで授賞式の模様がこのように生放送され、トニー賞を長く見続ける醍醐味をどのようなところに感じていますか?
井上 トニー賞はやはりアカデミー賞やグラミー賞に比べて、知名度はまだまだ。僕が最初に関わらせていただいた11年前は知る人ぞ知る賞でしたので、その頃よりは世間との距離も近づいたと感じます。近年はそれに並行して、ミュージカルやミュージカル映画の人気が高まっていますし、今年はホストを映画「ウィキッド ふたりの魔女」でエルファバ役を演じたシンシア・エリヴォさんが務めるので、気になっている人も多いんじゃないかな。
宮澤 確かに、この10年でミュージカルに対する親近感は、日本でも変わってきましたよね。私も回を重ねるにつれ、自分の中でトニー賞の見方をわかってきた感じがしていて、素晴らしいパフォーマンスの数々はもちろん、そこでしか観られないコラボレーションの貴重さなど、観れば観るほどプレイヤーについても知ることができるんです。例えるなら、向こうで親戚たちが集まる会を、ちょっと遠い親戚として日本から見つめるような(笑)。最初の頃は熱心なトニー賞ファン、舞台ファンが番組に感想などのコメントを寄せてくださっている印象がありましたが、昨年は京本さんのファンで海外のものはあまり観たことがないという方々からコメントをたくさんいただきました。ただ単に受賞結果や同時通訳で現地の様子を観ることとは違う、トニー賞ファンの人たちと日本ならではの番組を作っていくような楽しみがあると思っています。
情勢が変わったアメリカで、ブロードウェイが放つメッセージとは
──井上さんはブロードウェイで作品をご覧になり、2024 / 2025シーズンのトレンドをどのようなところに感じましたか?
井上 全作品を観られたわけではありませんが、作風がバラエティに富んでいたのが印象的でした。ミュージカルで言うと、僕は「ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ」がすごく面白かった。ニューヨークなのに、まるでキューバに行ってきたような気持ちになれる作品で、あの劇場だけ“キューバ”だったんですよね。一方、ロンドンからやって来た「オペレーション・ミンスミート」は、戦時中の作戦を描いた物語ですが、ブロードウェイ作品の雰囲気とは違う、ヨーロッパのシニカルなミュージカルコメディでしたし、何本か観るだけで世界旅行をしたような感覚になれた。舞台には、物語を通して時代や場所を飛び越えられる“旅行”のような側面がもともとありますが、2024 / 2025シーズンは特に別世界に行けるような作品が多かったと思います。「メイビー、ハッピーエンディング」は未来の韓国を舞台にしたロボットの物語で、これもまた別世界。この作品は、韓国生まれのミュージカルで、トニー賞の作品賞にノミネートされることは実はすごいことなんです。お隣の国としても誇らしいし、うらやましいし、出来も素晴らしかった。ミュージカル部門で最多10ノミネートを飾ったこの作品が、どこまで賞を獲得するのかにも注目しています。
──宮澤さんが今年のトニー賞で注目している部門はありますか?
宮澤 ここ何年かの流れではありますが、おととしにミュージカル部門の主演男優賞と助演男優賞で、受賞した方がノンバイナリーだったことがあって、その柔軟性がトニー賞はとても前進的だと感じていたんです。ジェンダーのことに対してどの主要アワードよりも攻めている感覚が私の中にはあるので、自由度やどうカテゴライズしていくのかということに注目しています。また、受賞された皆さんが、スピーチで作品のことに加え、自分が誰であるかということを盛り込むことが多いんです。受賞者たちが何を語るのかにも期待しています。
井上 確かに近年、ダイバーシティキャスティングが定着して、すごい流れだなと思って観ていたのですが、ここにきてトランプ政権になり、僕が観てきたブロードウェイの感じだとやりにくくなってしまうんじゃないか、ひと世代前に戻ってしまうんじゃないかという懸念があって。ワシントンD.C.では大統領観覧のミュージカル「レ・ミゼラブル」で主要キャストがボイコットしたり、ミュージカル「ハミルトン」が上演中止になったりしました。僕は、今までの“多様にいこうぜ”という流れが一度ストップしてしまうのではないかと心配しています。ブロードウェイが先頭を切ってやってきたからこそ、彼らが今年のトニー賞でどんなメッセージを放つのか、どのような選択をするのかに注目していますし、決して他人事ではないと考えています。後退してほしくないなと思いますね。
トニー賞授賞式で良い1日を始めよう
──今年のトニー賞授賞式の生中継で、視聴者に楽しんでほしいポイントを教えてください。
井上 日本では二元中継で、ニューヨークも挟むと三元中継になるのですが、大阪はだいぶ気楽な感じになっちゃいそうかな。
宮澤 うわさには大阪で楽しいことが起きるかもしれないと……。
井上 誰かが来てくれるかな(編集注:取材後、浦井健治のゲスト出演が発表された。参照:WOWOW「生中継!第78回トニー賞授賞式」ゲストに浦井健治、大阪のスタジオから登場)。まあ、今年は「ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ」や「永遠に美しく…」など、本当にいろいろな種類の作品がミュージカル作品賞候補に並んでいます。原作や内容を知らなくても、あらすじ、紹介VTRを少しでも観れば「面白そう」と感じられる作品が多いと思います。また、番組ではブロードウェイを知り尽くした有識者が、「どこから取ってきたんだ?」と驚くような詳細な情報を教えてくれると思いますので、賞を予想しながら、楽しんでもらえたらと思います。
宮澤 芳雄さんと離れ離れになってしまうのは寂しいのですが、今年は今までと比べて、3人(井上・宮澤・京本)それぞれがニューヨークに行きましたし、ブロードウェイで上演されている作品に関して、自分たちの言葉でお伝えできるのではないかなと。朝早い時間帯にスタートしますが、私たちもだんだんヒートアップしていくんですよ。パフォーマンスの素晴らしさにスタジオの高揚感も高まりますので、ぜひ番組を見て、SNSでコメントしていただきながら一緒に盛り上がっていただければ。
井上 最初は布団の中で、寝ながら観ても良いですし。
宮澤 そうです、そうです(笑)。歌の力でだんだんと起き上がってきていただければ、良い1日の始まりになることは間違いないので、楽しく観ていただきたいです。
プロフィール
井上芳雄(イノウエヨシオ)
1979年生まれ、福岡県出身。2000年にミュージカル「エリザベート」の皇太子ルドルフ役でデビュー。以後、さまざまな舞台で活躍し、多数の演劇賞に輝く。歌手活動やテレビドラマ、バラエティ番組へも活動の幅を広げている。WOWOW「井上芳雄ミュージカルアワー『芳雄のミュー』」、NHK総合「はやウタ」、BS-TBS「美しい日本に出会う旅」、TBSラジオ「井上芳雄 by MYSELF」が放送中。近年の舞台出演作にミュージカル「ラグタイム」、ミュージカル「ベートーヴェン」、「メディア / イアソン」、「ムーラン・ルージュ!ザ・ミュージカル」、「KERA meets CHEKHOV Vol.4/4『桜の園』」など。2025年7月までミュージカル「二都物語」に出演中。6月に「芳雄のミューFes.」、8月に「ミュージカル『ナイツ・テイル -騎士物語-』ARENA LIVE」、10・11月にミュージカル「エリザベート」(東京公演)に出演。
宮澤エマ(ミヤザワエマ)
東京都出身。2013年、「メリリー・ウィー・ロール・アロング~それでも僕らは前へ進む~」に出演以降、舞台を中心に活躍。近作では、舞台「ラビット・ホール」で初主演を務め、第31回読売演劇大賞優秀女優賞を受賞。第49回菊田一夫演劇賞では「ラビット・ホール」のベッカ役、「オデッサ」の警部役の演技にて菊田一夫演劇賞を受賞。また、NHK連続テレビ小説「おちょやん」、NHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」への出演をきっかけに、映像作品への出演が続いている。2024年12月には自身が“部長”を務める女優倶楽部「女優倶楽部の、最初の晩餐」が開催された。TBS系 日曜劇場「キャスター」に出演中。6月6日公開の映画「国宝」、6月29日放送のWOWOW「ドラマW 三谷幸喜『おい、太宰』」に出演するほか、2026年1月スタートのNHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」への出演が決まっている。
宮澤エマ オフィシャル (@Emma_Miyazawa_) | X
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ミュージカル作品賞 ノミネーション