亀田誠治×井上芳雄|日比谷ブロードウェイ「雨が止んだら」発売記念インタビュー

亀田誠治が実行委員長を務める入場無料の音楽イベント「日比谷音楽祭2025」が、5月31日と6月1日に東京・日比谷公園とその周辺施設で開催される。

2019年にスタートした「日比谷音楽祭」は、“音楽の新しい循環をみんなでつくる、フリーでボーダーレスな音楽祭”をコンセプトに立ち上げられた音楽祭。多様性にあふれる、ジャンルを超えた音楽を奏でるアーティストがこれまで多数出演してきた。開催当初に立ち上がったプロジェクト・日比谷ブロードウェイも、イベントを代表する顔の1つ。音楽祭を観に来たオーディエンスにミュージカルの魅力を知ってもらおうと、井上芳雄がリーダーとなりミュージカル界の名優たちに声をかけて結成したのが日比谷ブロードウェイだ。

そんな日比谷ブロードウェイが、5月28日に初のシングル「雨が止んだら」をリリースした。「雨が止んだら」は、桜井和寿(Mr.Children)が日比谷ブロードウェイのために書き下ろした1曲で、2023年の「日比谷音楽祭」では2組による貴重なコラボステージが実現した。音楽ナタリーでは「日比谷音楽祭」の開催と「雨が止んだら」のリリースを記念した特集を展開。亀田と井上へのインタビューを通して、7年目を迎える「日比谷音楽祭」への思いや、「雨が止んだら」に込めたこだわりを紐解いていく。

取材・文 / 田中久勝

“新しい音楽の循環”を目指して

──2019年にスタートした「日比谷音楽祭」も今年で7回目になります。亀田さんが実行委員長として立ち上げた当初に思い描いていた音楽祭の姿と現状を、どう捉えていますか?

亀田誠治 「日比谷音楽祭」を立ち上げたときは、ゼロからのスタートということで資金集めをはじめいろいろなことが大変でした。でも動き出してみると、(井上)芳雄さんをはじめさまざまなアーティストとの出会いやうれしい瞬間がたくさんありました。そして入場無料にすることで「誰もが感動体験できる場のドアは開いています」と伝え続けてきて、それが少しずつ浸透してきていることを実感しています。まだまだヨチヨチ歩きですけど、すくすく育ち始めようとしているところまで、ようやく来たかなという感じです。

──最初にこの音楽祭の企画を聞いた多くの人が、東京のど真ん中でこの規模のフリーイベントをやるのは難しいのでは……と感じていたと思います。

亀田 おっしゃる通りで「100%無理、亀ちゃんのことを思うからこそやめたほうがいい」と、いろいろな人から言われました(笑)。

日比谷ブロードウェイ(左から井上芳雄、屋比久知奈、田代万里生)のステージの様子。2019年の「日比谷音楽祭」より。

日比谷ブロードウェイ(左から井上芳雄、屋比久知奈、田代万里生)のステージの様子。2019年の「日比谷音楽祭」より。

──でも、こうして規模が大きくなってきて、この時期の風物詩的なイベントになりました。「日比谷音楽祭」の成長を通して、続けることの偉大さ、素晴らしさを教えていただきました。

亀田 ありがとうございます。あちこちで言ってきたことですが、ニューヨークのセントラルパークでは「サマー・ステージ」、ロンドンのトラファルガー広場ではミュージカルの野外ライブ「ウエスト・エンド・ライブ」が無料開催されていて、エンタテインメントや音楽が人々の生活に確実に根付いているなと感じていたんです。そうやって音楽文化の継承をロンドンやニューヨークではアーティストと社会が協力し合ってできているのに、東京でできないはずがないと。

──とはいえこの規模のイベントは亀田さんにしか仕切れないと思います。

井上芳雄 確かに亀田さんのような方が実行委員長だからこそ実現したイベントですよね。ものすごくエネルギッシュだし、無料イベントということもそうですが、自分のためだけに動いていないところが人の心を打つのだと思います。僕は別ジャンルの人間ですし、何か思惑があるのかなとか、めっちゃ儲かるのかなとか(笑)、うがった見方をしてしまったこともありました。実際、「時間を取られすぎたり、本業にマイナスになったりしないんですか?」と聞いたら、亀田さんは「いい効果もたくさんある」とおっしゃいました。本当に素晴らしいモデルケースだと思います。

──何度も言いますが、企業からの協賛金、クラウドファンディングによる支援金、行政からの助成金でまかないながら、フリーイベントとして続けているところがすごいと思います。

亀田 僕らは“新しい音楽の循環”を謳っていて、音楽業界やお客さんとの中だけでお金を回すのではなく、社会や企業、行政も巻き込んで「日比谷音楽祭」を、音楽文化を広げていく窓口にしたい。このイベントをきっかけに、未来に向けてその魂を受け継ぐ仕組みがもっとできてくれたら、人が生きやすい社会、世界になるのではないかと、そこまでの願いがあります。

──その願いの第一歩がこの音楽祭なのですね。

亀田 「日比谷音楽祭」の構想は、僕が50歳になった頃に生まれました。今60歳になりましたけど、それまでの50年間は僕が「日比谷音楽祭」で夢見ている、思い描いている「ジャンルや世代を超えて素晴らしい音楽を届けていく、社会で共有する」という環境作りのための準備期間だったんじゃないかと思う。

亀田誠治

亀田誠治

──ちなみに亀田さんがミュージカル界の人間である井上さんに声をかけた理由は?

亀田 芳雄さんから「劇場から飛び出して、ミュージカルをもっともっと知ってもらいたい。届けたい」という話を聞いて、その情熱に直接触れたときに、「日比谷音楽祭」にぴったりだなと思って出演をお願いしました。

井上 そういう思いはずっと持っていましたが、亀田さんに実際に声をかけていただいて今があります。

──亀田さんのそれまでの音楽人生が、「日比谷音楽祭」のための準備期間だったという言葉に覚悟と勇気を感じます。

亀田 ありがとうございます。だから、ゼロからのスタートではなかったと思います。これまでさまざまなアーティストと一緒に作品を作ったり、日本武道館で自分のイベント(「亀の恩返し」)をやったり、国立競技場がクローズするときのイベント(「SAYONARA 国立競技場FINAL WEEK JAPAN NIGHT」[2014年])で音楽監督をやらせてもらったり、そういったことの積み重ねで、大きな意味での僕のチームが、音楽業界の中にできていたというのはすごく大きい。僕は50年かけて信頼を積み重ねてきたつもりです。その信頼を今度は社会に返していくタイミングなのかなと思っていますね。

──なるほど。亀田さんがバンドメンバーとして参加している「ap bank fes」からも刺激、影響を受けていますか?

亀田 刺激も影響も受けて、下地になっていますね。「ap bank fes」はトップアーティストと素晴らしいスタッフが集結して、環境保護のために立ち上げられたイベント。僕は初年度からハウスバンドのメンバーとして関わって、もう20年が経ちます。その中でチームで築き上げてきた信頼感を強く感じていて、音響、ステージ、照明、すべてのスタッフと絆ができて、「日比谷音楽祭」にもこのチームに参加してもらっています。コンセプトは違いますが、そのプロフェッショナリズムのようなものは同じ。やっぱり安かろう悪かろうではなく、クオリティを伴ったフリーイベントにしたいので、そこにはこだわっています。

野音で交差する音楽とミュージカル

──そんな思いに井上さんが共鳴して、日比谷ブロードウェイが結成されました。

亀田 このプロジェクトをお任せできるのは、ミュージカルの魅力をさまざまな場所で発信している発信力と情熱、人脈を持っている芳雄さん以外考えられませんでした。初めてお会いしたときは警戒されているからか、すごく無口でしたね(笑)。

井上 大先輩ですから(笑)。何か失礼があってはいけないですし、やっぱり業界が違うということはずっと考えていました。同じエンタメ業界ではありますが、演劇やミュージカルの世界と音楽業界って近いようでどこか遠い、といいますか。

亀田 確かにマナーというか流儀、あとはテンション感も違うかもしれませんね。お客さんのモチベーションというか心の置きどころも違っていて、芳雄さんは「それを越えたい」とおっしゃってくれたので、これはもうぜひ一緒にやりたいと思ったんです。

井上 僕たちは日比谷にある数々の劇場で日々公演を行っていますが、野音のステージに立ったことがある人間は誰もいなかったんですよ。もっと言えば、あの場所に音楽ができる野外音楽堂があることすら知らない人もいました。それくらい近くて遠い場所だった。

──おっしゃる通り、日比谷は劇場がたくさんあって、ミュージカル、演劇の街でもありますよね。

井上 この音楽祭をきっかけに、僕たちも野音の素晴らしさを知ったし、逆に僕たちのことも、この近くでいつもやっていますと伝えることができたら最高だなと思っています。

井上芳雄

井上芳雄

──2023年10月には日比谷ブロードウェイとして、野音のステージで1日だけのミュージックフェスが開催されました。

井上 とにかく楽しかったです。野音ならではの盛り上がりがあるんですよ。天井や壁がなくて、空に向かって歌い放つ独特の歌いやすさも、あの会場ならではだと思います。最初は完全アウェイだと思っていましたが、普段ミュージカルを観たことがないという方も音楽好きだからかすごくウェルカムな雰囲気で。客席の椅子が硬いところも含めて楽しかったです(笑)。

亀田 先ほど話に出た、僕がインスパイアされたニューヨークのセントラルパークの「サマーステージ」には、シェイクスピアの舞台演劇だけをやるデラコルテシアターという劇場があって、そこではミュージカルじゃないけど野外で演劇を上演するんです。夕暮れ時のシチュエーションもうまく使いながら演劇をやっていて、リニューアルしたあとの野音ではミュージカルや演劇もできるといいなと思っています。