望海風斗「笑顔の場所」インタビュー|1stアルバムで歌う、リスナーの人生に寄り添う音楽

望海風斗のメジャー1stアルバム「笑顔の場所」がポニーキャニオンからリリースされた。

望海は宝塚歌劇団雪組の元トップスター。2021年の退団後はミュージカルを中心に活動し、2022年度の「第30回読売演劇大賞」では優秀女優賞を受賞した。そんな彼女の1stアルバムは、「笑顔でリングに立つための10曲の武器」をコンセプトに掲げた1枚。全曲のプロデュースを武部聡志が手がけており、アンジェラ・アキ提供の「Breath」やGRe4N BOYZ提供の「ミチシルベ」といったオリジナル楽曲、そして望海自身が敬愛する荒井由実(松任谷由実)、鬼束ちひろ、玉置浩二といったアーティストのカバーなど全10曲で構成されている。音楽ナタリーでは望海に、プロデューサー武部との制作エピソード、カバー楽曲の選曲背景、本作を通してファンに届けたかったメッセージについて話を聞いた。

また特集の後半には、武部、アンジェラ、HIDE(GRe4N BOYZ)といったアルバムの制作に携わった面々や、井上芳雄、浦井健治、平原綾香という望海と関わりのある表現者6組による「笑顔の場所」についてのコメント、望海へのメッセージを掲載する。

取材・文 / 森朋之撮影 / YURIE PEPE

リスナーの人生に寄り添えるような音楽を

──“シンガー・望海風斗”としての1stアルバム「笑顔の場所」がリリースされました。まずはアルバムの手応えを教えていただけますか?

歌入れをしているときはわからなかったのですが、完成が近付くにつれて「こんなに立体感のある曲になるんだ」という喜びが大きくなりました。制作が進むにつれて声と曲の一体感も出てきて、そういう過程自体にすごく感動して。普段は舞台の上で歌っているけど、それとはまったく違う体験でしたね。

望海風斗

──このアルバムは「笑顔でリングに立つための10曲の武器」をテーマにしているそうですね。アルバムの豪華盤のジャケット写真では、ボクシンググローブを着けています。

はい(笑)。スタッフの皆さんとアルバムのコンセプトについて相談しているときに、私から「リスナーの皆さんの人生に寄り添えるような曲を歌いたいです」ということをお話して。どうしてボクシングのグローブかというと、皆さんの代わりに戦うというか(笑)、このアルバムが生きていくための1つの武器になったらうれしいという気持ちも込めているんです。

プロデュース・武部聡志との制作

──アルバムにはアンジェラ・アキさん提供の「Breath」、GRe4N BOYZ提供の「ミチシルベ」のほか、J-POPの名曲のカバーも多数収録されていますが、そのすべてのプロデュースを武部聡志さんが手がけています。武部さんといえば1970年代後半から日本の音楽シーンを牽引する名プロデューサーですよね。

武部さんとは2022年にコンサート(「望海風斗 20th Anniversary ドラマティックコンサート『Look at Me』」)の音楽監督を担当していただいたのが最初の出会いでした。音楽業界のトップランナーの方ですし、私はミュージカルの人間なので、最初は恐る恐ると言いますか、どうなるんだろう?と思っていたんですよ。でも、実際にお会いしたらとてもフランクに接してくださって。とにかく“アーティストと一緒に音楽を作る”ということを大切にされる方なんだなと感じました。もちろん音に対してはとてもシビアで、武部さんのお仕事を近くで学ばせていただけたのは私にとってすごく大きい経験になりました。

望海風斗

──レコーディングに参加しているミュージシャンもすごいメンバーですが、これも武部さんの采配ですか?

そうです。レコーディングもすごくスムーズだったし、武部さんはとにかく決断が早いんですよ。よかったらすぐにOKだし、ダメだったらすぐに録り直す。最初はその早さについていくのに必死だったんですが、慣れてくるとそのスピード感が心地よくなってきて。人に対してすごく心を配ってくださる方なんですよ。

“望海風斗”として歌と向き合う

──ボーカルのディレクションについては?

まず、バンドの皆さんが音を録るときも立ち会わせてもらったんです。その中で各楽曲の世界観を感じつつ、自分の歌入れまでに「どう仕上げていけばいいだろう?」と考える時間も与えていただいて。歌入れのときもいろいろとアドバイスをくださったのですが、細かくディレクションするというより、全体の流れを大事にされていたんですね。なので「自分がどうしたいか?」というものをしっかり持っていないと置いていかれるというか。そこはしっかりやらないとダメだなと思っていました。

望海風斗

──なるほど。ミュージカルなどの舞台で“役”として歌うときと、“望海風斗”として歌うときで意識の違いはありますか?

全然違いますね。役として歌うときは、ゴールがあるんです。台本を踏まえて「この曲はどういう心情で歌えば共感してもらえるだろう?」と目指すところが見えやすいし、その中にどう自分の感情を込めていくかという要素もあって。かなり情報量が多いんですが、それを仕上げていく過程も楽しいんですよ。自分の声でレコーディングするときはそうではなくて、いかに情報量を削ぎ落とすかが大事になってくる気がして。曲が持っているグルーヴ、流れにどれだけ乗っていけるかもそうだし、壮大なドラマでというより、個人的なドラマを乗せることも意識しました。

──望海さん自身の思いを反映させるということですか?

思いだったり、その曲の中で見えている背景ですね。聴いてくださる皆さんにとって、より身近に聞こえるようにしたいという気持ちもありました。

「Breath」はスタートラインの曲

──アルバムの起点になっているのは先行リリースされた「Breath」です。アンジェラさんに楽曲提供をオファーしたのはどういう経緯だったんですか?

もともとアンジェラさんの曲が私はすごく好きで。今回カバーさせていただいた「始まりのバラード」もそうですが、自分自身に向き合って、「いい部分も悪い部分も自分なんだ」と肯定してくれるような曲が多いんです。しかも年齢を重ねるごとに曲の深さや1つひとつの言葉に対して重みを感じるようになって。武部さんにその話をしたら、「だったらアンジェラさんにお願いするのが一番いいんじゃないか」ということになりました。

──アンジェラさんご自身もアメリカでミュージカル音楽の勉強を終え、ひさしぶりに日本での活動を再開させたタイミングでした。

とてもお忙しくされている時期だったのですが、引き受けてくださって。リモート打ち合わせで「こういう曲をお願いしたいです」とお話させてもらいました。私自身のことで言うと、宝塚を退団して2、3年が経ちますが、「本当の自分ってなんだろう?」ということずっと考えていて。仮面を着けているわけではないけれど、仕事のときの顔と普段の顔の違いも感じたし、「本当の自分がわからない」という感覚があったんです。それは私だけじゃなくて、ファンの皆さんもそうじゃないかなという思いもあって。アンジェラさんにそんな話をしたらすごく共感してくださって、「素の自分に戻れる、深呼吸できるような曲ができたらいいね」というところから「Breath」という題名になりました。いただいたデモ音源は歌とピアノだけだったのですが、すごく清涼感があって、心の換気をしてもらったような感覚になって。リスナーの皆さんにも私と同じような体験をしてほしいと思ってレコーディングしました。

望海風斗

──思いが深い分、レコーディングも大変だったのでは?

難しかったですね。何回も何回も歌い込んで、自分がどういう思いを込めたかったのかを考える中で、だんだんとこの曲が自分に染み込んでいく感覚でした。春のコンサートでも毎公演歌っていたのですが、皆さんの前で歌うことで、自分の曲として育ってきた感覚もあります。「Breath」を聴くと自分でもホッとするんですよ。そのたびに「やっぱりスタートラインの曲なんだな」と思います。

「ミチシルベ」で歌う、人とのつながり

──GRe4N BOYZが手がけた「ミチシルベ」は、これまでの道のりを振り返りつつ、「ほら今日もまた / 大切にしたい誰かに出逢えるんでしょう」と語りかける応援歌です。

GRe4N BOYZの皆さんに曲をお願いしてみようと提案してくださったのも武部さんなんです。「Breath」が自分と向き合う曲で、「ミチシルベ」は社会に出たあとのことを歌っているというか。学校だったり仕事だったり、聴いてくださる方がそれぞれのステージに立つときの応援歌になったらいいなと。どちらも“自分への応援歌”なのですが、対照的な楽曲になったと思います。あとは人と人とのつながりですね。人とのつながり、そこで感じられる温もりだったり、出会いによって自分の人生が変わっていくことだったり。特にコロナ禍のときはそういうことの大切さを改めて感じたし、それは「ミチシルベ」にも込められていると思います。

望海風斗

──望海さんのキャリアにおいても、人との出会いによって導かれたところが大きい?

それはすごくあります。舞台には手作業が欠かせないんですよ。キャストもそうだし、スタッフの数もすごく多いから、人が動かないと何も始まらない。それに、お客さんが来てくださらないと成立しないですからね。人とのつながりは日々感じているし、それが好きだからこそこの仕事をやっているんだなと思います。