「大人計画 怒涛の7カ月大特集」の放送がWOWOWで9月にスタートした。9月には「蛇よ!」「農業少女」「マシーン日記」(2013年版)が放送され、10月には「ファンキー!〜宇宙は見える所までしかない〜」「愛の罰〜生まれつきなら しかたない〜」「生きてるし死んでるし」、11月には「ヘブンズサイン」「エロスの果て」「春子ブックセンター」、12月以降には「マシーン日記」(2001年版)、「悪霊 −下女の恋−」「ドライブイン カリフォルニア」をオンエア。また10月17日には、WOWOWオリジナル番組として撮り下ろされたウーマンリブvol.14「もうがまんできない」が放送される。
本特集では、「大人計画 怒涛の7カ月大特集」前半戦の作品より、10月以降に放送される10作品をご紹介。松尾スズキが岸田國士戯曲賞を受賞した「ファンキー!〜宇宙は見える所までしかない〜」から、宮藤官九郎がメガホンを執ったウーマンリブの最新作「もうがまんできない」まで、大人計画の“2つの頭脳”である松尾と宮藤のインタビューを通して各作品を紐解いていく。
構成・文 / 熊井玲(P1〜2) 構成 / 興野汐里(P3)
松尾スズキインタビュー
“自由でいたいがために舞台を続けてきた”
1990年代後半から2000年代前半の大人計画を振り返る
岸田受賞作「ファンキー!」は、“ちょっと異質な作品”
──9月より、WOWOW「大人計画 怒涛の7カ月大特集」の放送がスタートしました。松尾さんはご自身の作品を見返すことはありますか?
「あのときどういうセリフを使っていたかな?」と、“自分に対する刺激”みたいな感じで観るときはありますね。台本を読むこともあるし、映像を観て「これくらいのスピードでしゃべってたんだ」とか「このくらいの密度で言葉を選んでいたのか」とか、過去の自分の調子を思い出したり。
──9月には、「蛇よ!」(2005年)、「農業少女」(2010年)、「マシーン日記」(2013年)が放送されましたが、10月以降にはそれより前、1990年代後半から2000年代前半の作品が登場します。1996年に上演された「ファンキー!〜宇宙は見える所までしかない〜」は、松尾さんの岸田國士戯曲賞受賞作であり、その後再演されていないので今回の放送は貴重です。上演時、松尾さんは受賞の手応えがあったのでしょうか?
いや、わからなかったですね。「ファンキー!」をやった年に「マシーン日記」や「ドライブイン カリフォルニア」を書いているんだけど、その2作はどちらかというとギュッとした内容の作品で、「ファンキー!」は1本だけカオスというか、ちょっと異質だったと思うんです。新しい人をいっぱい採ったときでキャストも多かったし、大河ドラマ的な現代劇ってなかなか書かないので、自分の中では珍しい作品だと思います。岸田候補に選ばれたと聞いたときも、「ファンキー!」以外の2作だろうと思ったくらいで。
──その後、再演されないのはなぜですか?
特に深い意味はないんですけど、新井亜樹さんの存在が大きかったので、彼女に代わるようなインパクトのある女優が見つかれば……というところはありますね。
──「ファンキー!」は大人計画にとって本多劇場で2本目の作品でした。初の本多劇場は1994年に初演された「愛の罰〜生まれつきなら しかたない〜」でしたが、同作は1997年に東京グローブ座で再演され、今回放送されるのは、この再演版です。
「愛の罰」初演から再演に至るまでの間に、宮藤(官九郎)とか阿部(サダヲ)が格段に上手になったなというか、正式な戦力になったという印象があります。宮藤や阿部、あと伊勢(志摩)なんかが出て来ると、お客さんが「面白いのが出てきたな」って認識で観るようになった。各々にファンが付き、キャラが立ってきた感じがしましたね。
──会場が東京グローブ座というのは意外です。
なんでグローブ座になったんだっけかな? 当時のグローブ座は、シェイクスピア作品をやることをコンセプトにしていたから、シェイクスピアの要素を入れなきゃいけなくて、無理やりシェイクスピアをやってるシーンを作ったんですよね(笑)。あと三方向から観られる芝居を作ったことがなかったので、初グローブ座は手強かった記憶があります。
──同年、「生きてるし死んでるし」が上演されました。エチュードで作られた作品とのことですが、ほかにもエチュードから生まれた作品はありますか?
ちゃんとした映像は残ってなかったけど「嘘は罪〜 もてない奴らが来るまえに〜」(1994年)も最初はエチュードでしたね。当時は今よりも稽古時間が長くて、2カ月ぐらいやってたんじゃないかな。昼間にエチュードで作って、家に帰って来て夜に台本を書いて、また次の日エチュードをやって書き直して……そんな怖いことよくできたなって。今はもう稽古から帰ったら疲れ切っちゃって、酒飲んで寝るしかないですけど(笑)。
──いえいえ、そのぶん、稽古前のご準備が長いと思います。内容面でも、シリアスなテーマを扱った当時の作品群の中で、少し傾向が違います。
「ファンキー!」でドラマ性のあるものをやり岸田賞をいただいたので、ドラマとかはどうでもいいから、笑いだけでつないでいくような芝居がやりたいなと思って。死んだ人間が生き返ることができるというSF的な設定を考え、それ以外はギャグとギャグでつないでいく芝居になりました。そういう芝居をやった最後の作品かもしれないです。
「女性ってクイズだな」って思うところがある
──そして11月には「ヘブンズサイン」(1998年)、「エロスの果て」(2001年)、12月以降には「マシーン日記」(2001年)、「悪霊 −下女の恋−」(2001年)と、いずれも女性にフィーチャーした作品が放送されます。松尾さんの作品には女性が主人公の物語が多いと思いますが、男性が主人公の場合と傾向の違いはありますか?
あまりそういう視点で考えたことはないですけど、女性に対しては「わからない」って気持ちがあるから書きたくなるんでしょうね。男に関しては、隅から隅まで大体わかる(笑)。でも女性ってわかりそうで、ある一線を越えるともうクイズだなって感じるところが僕はあるので、それを解きたいという気持ちで書いていたりするんでしょうね。あと自分の中に男性っぽいものより女性っぽいものがあるから、女性と一緒にいるほうが楽なんです(笑)。
──それはなんとなくわかります(笑)。しかも、いわゆるたおやかな女性というより、どの主人公も一途で芯がありながら、ベクトルを間違えているところに共通点を感じます。
女性の強い部分にちょっと憧れているのかもしれないですね。女の強さって、男の強さとは全然違うところにあるので。
──「ヘブンズサイン」は人気作「ふくすけ」の後日談的な作品で、新井亜樹さんが主演されましたが、その後再演されていません。
「ふくすけ」というキャラクターが僕は非常に好きで、その前後の話をつなげるとさらに膨らみが出るかな、みたいな気持ちがありましたね。アナザーストーリーというか。再演しないのはやっぱり新井さんみたいな人がなかなか現れないからだと思います。それと、当時と今ではネットの在り方が変容していますから、“ネットで自殺予告”という設定が今、どれくらいリアリティを持って受け取られるかということもあって。
──「エロスの果て」には、秋山菜津子さんがご出演されました。
当時、ブリキの自発団のようにSFをやってるところがけっこうあったんですけど、秋山さん主役で自分なりのSFを書いてみたかったんでしょうね。それで女性器が背中にあるとか、東京に原発があるとか、あり得ない設定で、「自分が考えるエロスとは」について考えてみました。
──秋山さんとは、大人計画の活動初期から現在に至るまでお仕事が続いていらっしゃいます。秋山さんの魅力はどんなところに感じますか?
存在が強いんですよね。一言発しただけでバシッと秋山さんの世界が作れる。その中で笑いだったりシリアスさだったりを自由に見せられる、本当に稀有な女優さんだと思います。「フリムンシスターズ」の読み合わせでも、台本のひと言目からつかんでいらっしゃって。僕の芝居の中で演技するときのレンジっていうのかな、どこまではやってよくて、どこからは良くないということを秋山さんはすごく把握してらっしゃるから、その中でどこまでも遊べる。それって、すごく大事なんですよ。
──今回放送される「悪霊 −下女の恋−」再演版と「マシーン日記」再演版は、スズキビリーバーズ名義で2本連続上演され、「悪霊」には小島聖さん、「マシーン日記」には宝生舞さんがご出演されました。
小島さんはとにかくエロかった(笑)。そこ頼みだった部分があります。宝生さんは「そんな女優いないよ」ってくらい、自由というか不思議な個性を持っていましたね。演技とかそういうことじゃなく、そのままの存在として存在できるというか。上手とか下手とか関係ない次元にいる人だなと思ってます。その辺がちょっと新井さんや宮藤に近いものがあるんですけど。
──「マシーン日記」は1996年の初演以来、キャストを変えながら1997年、2001年と上演され、2013年にはパリ公演も行うなど進化を続けている作品です。
「マシーン日記」は作りがコンパクトでわかりやすいですよね。自分もアート志向みたいなものがないわけではないので(笑)、僕の中のアートを志向する部分と笑いがバランスよく配置されている。あとコンパクトに上演できる。そういったコンテンツとしての良さがあると思います。もともとはトム・プロジェクトさんから片桐はいりさん主演で、と言われて作った作品なんですけど、再演には僕や阿部が出て笑いの要素が強くなり、初演とは別のものになりました。
──片桐さんとも何度もお仕事されていますが、どんな印象ですか?
動きが素晴らしいんですよね。舞台上で動いているどの動きを切り取っても画になるというか。歌舞伎を切り取ったのが浮世絵ですが、片桐さんは舞台上のどの瞬間を切り取っても画になる。それと同世代なので、笑いの感覚が近い印象があり、すごく信頼していますね。
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芸能界と小劇場をないまぜにし、別の広がりを
2020年12月25日更新