「消えちゃう病とタイムバンカー The Vanishing Girl & The Time Banker」長久允 / 坂東巳之助 / シム・ウンギョン インタビュー|劇場とライブ配信それぞれで紡がれる、摩訶不思議な男女のラブストーリー

イギリスのチャリングクロス劇場と梅田芸術劇場が、若手アーティストに作品発表の場を与える日英共同プロジェクトを展開。第1弾は、2019年から2020年にかけて、藤田俊太郎の演出でミュージカル「VIOLET」が英国キャスト版、日本キャスト版として2カ国で上演された(参照:ミュージカル「VIOLET」藤田俊太郎 / トム・サザーランド インタビュー&初日レポート)。その第2弾に、日本発のオリジナルミュージカルが登場する。

ミュージカル「消えちゃう病とタイムバンカー The Vanishing Girl & The Time Banker」の作・演出を手がけるのは、昨年、「MISHIMA2020『(死なない)憂国』」で舞台演出家デビューを果たした映画監督の長久允(参照:三島由紀夫没後50周年企画、「橋づくし」「(死なない)憂国」の2作で開幕)。物語の中心となる冷酷な男と情緒不安定な女を、歌舞伎役者の坂東巳之助と韓国人女優のシム・ウンギョンが演じる。

本作では「長久が手がけるからには」と、劇場公演だけでなく、アングルにこだわった映画さながらの映像でライブ配信にも挑戦。その配信は日本だけでなく、イギリス・アメリカ・韓国などにもライブで届けられる。

ステージナタリーではこれから創作へと没入しようとしている3人にインタビューを行った。長久はこの作品で何を企み、キャスト2人はどんな思いで作品と向き合っているのか。3人の言葉から、その魅力を探る。

※2021年4月14日追記:本公演は新型コロナウイルスの影響で中止になりました。

取材・文 / 大滝知里 撮影 / 藤田亜弓

長久允が語るナイーブなまま生きる人たちの物語

主人公の生きざまは、自分の過去の姿

──「消えちゃう病とタイムバンカー The Vanishing Girl & The Time Banker」は、“無駄”と定義した時間を貯蓄する時間銀行の冷酷な行員・灰原ルイと、ジェットコースターのような感情で日々を生き、悲しくなると体の一部が消えていく“消えちゃう病”を患う女・Mの出会いと恋愛、生きざまが描かれます。なぜこのような世界観の物語を書こうと思ったのですか?

長久允

実は先に、“消えちゃう病”のMというキャラクターが浮かんだんです。僕を含め、うつとか感情の起伏が激しくなってしまう生活を送る人が周りにも多くて、そういうナイーブな感情を保ちながら、我々はどう生きていくべきかということを描きたいなと。それで、“悲しくなったら消えてしまう病気”と共に生きる話を書こうと思いました。あと、僕自身が自分の時間をなくして働いて体を壊した経験があって。そのときに「本当に大事な時間が何であったのか」に気付くことができたので、人生における時間の使い方についての話も書きたかった。灰原の生きる姿は、自分の過去でもあるんです。

──台本ができあがったのはかなり前だったとか。

4・5年くらい前から書き始めて、1年前にはほぼ今の状態になっていました。このシナリオで描かれる社会情勢に対する感覚は、コロナの前から抱いていたものです。いつだって社会や政府に対して全幅の信頼はないので(笑)、不安な思いでずっと過ごしてきました。それがコロナ禍で共通認識になったかなと。今だからこそ、この作品を通してわかってもらえることが多くなったように感じます。

──王道の“ボーイミーツガール”な筋運びと共に、社会への皮肉や人生への憂いのようなものがない混ぜに描かれていて面白いなと思いました。

これ、僕が人生で初めて書いたラブストーリーなんです(笑)。恋愛モノって気恥ずかしいから苦手で。“ボーイミーツガール”をシンプルに描きたいという思いはありましたが、恋愛関係って現実でもそうですけど、すべて社会の状況や環境に関わってくる。狙いとしてシニカルにしたいとか、多重構造にしたいっていうのはありませんでしたが、“それを省いて描くことができなかった”というのが正しい言い方かな。病気やランダムに遭う出来事で2人の関係は変化するし、彼らがどう堕ちていき、どう幸せになるのかっていうのは全体と関係するものだから。ただ、今回はめちゃくちゃ悩みながら書きましたね(笑)。僕自身、キリスト教の学校で育ってきているんですが、理想は聖書の物語と読み手の関係性だと思っていて。大きくてきちんとした物語の流れよりも、読み手のタイミングによって機能する1文が違う、多面性を持っているようなストーリー。「愛についてこうだ!」と提示するのではなく、「今日はその繊細さについての一言が私に刺さる」「次週は労働についての一言が刺さる」というように、寓話として人の心に機能する、丁寧で緻密な物語にはたどり着けたかなと思っています。

──ヒロインは悲しみを感じると消えてしまう病気を患ってしまいますが、長久さんは肉体に対してどんな感覚をお持ちですか?

僕は、自分には脳みそしかないような感覚があって、肉体は入れ物。小さい頃から運動もやってないし、脳がホルマリン漬けにされてても別にかまわないです(笑)。フィジカルへの憧れはありますが、自分はフィジカルではない人間。だから、“消えちゃう病”を描いていますが、体が消えてしまうことに対するネガティブさはあまりないですね。

ビートを刻むような声とビー玉のような目

──坂東巳之助さん、シム・ウンギョンさんのキャスティング意図を教えてください。

僕は絶対に、“自分が好きな人とじゃないとやりたくない”という思いがあって(笑)。また演劇でも映画でも、僕は手だれじゃないし、ルールにかんじがらめになってもいないので、固定観念を気にせずいろいろなジャンルの方をミックスしていきたいと思っています。シムさんは日本で出演する作品では社会的にソリッドな役が多いんですが、子どもみたいな、ビー玉のような目をされていて、感情の柔らかさみたいなものを感じました。彼女が演じると感情豊かなMという役が面白くなるんじゃないかなと。一方で、巳之助さんは僕、声が好きで。普段しゃべるテンポ感もビートに感じられて素敵なんですよ。「このスクリプトをこの声で読んでほしい」というのが一番はっきりと描いたイメージです。歌舞伎という大きな歴史と組織の中で生き抜く方として、本人じゃないのでわからないですけど、何か奥底に燃えている炎を感じて、この役にぴったりだと思いました。

──「(死なない)憂国」で初めて、これまでと異なるフィールドで演出をされました。舞台演出には手応えを感じましたか?

舞台は初めてでしたけど、表現としてフィット感があったので、手応えはありました。その理由は2つあって、僕は音楽のライブが好きなんです。どのくらいの音量でどういう感情の発露をし、それをどんな距離で届けるのか、と考える表現技法が好きだから、僕の伝えたい熱量がそのまま届く感じでいうと映画より演劇のほうが適していた。また、僕は抽象的な表現をするし、それを役者にも求めるんですが、その点で演劇のほうが想像力で補う表現に幅を持たせられるので、合っていたかなと。今回は、前回よりもより長い、情報や要素の多い物語を描きたいという思いがあったので、挑戦してみようと思いました。それに、演劇のルールを知らない者として無邪気に、思いついたことをすべてトライしたいなって(笑)。

──ト書きに“白ラメの雰囲気”と書いてあって、少し驚きました。ト書きは具現化できることを書くものだと思っていたので。

そうそう(笑)。もちろんト書きのルールは知ってるんですけどね。最初に上げたシナリオでは、もっと細かい音や雰囲気の指定、しゃべるテンポ感や音楽のサンプルが貼り付けてあって、ト書きも2倍以上ありました。役者さんにはそこからずいぶん削いだものを渡しているんですが、僕は1年前からこのシナリオで音楽を当てて、2時間強の音だけのサンプルを作っているんですね。それをもとに足したり削ったりっていう検証をしてきた。稽古前に自分のイメージをより精緻なものにしておかないと、役者さんに失礼だと思うからなんですけど。ゴールが見えていないと手癖になっちゃって、脚本家としても不誠実な気がしちゃって。映画を撮影するときも全部音で作って、そこから画で割って映像にして、ロケハンして、スタッフだけで撮って……とやります。映画にしても演劇にしても、業界の常識ではないやり方ですね(笑)。

チェルフィッチュや鉄割好きの演劇ファンだからこそ

──「(死なない)憂国」の配信では、定点カメラではなく、舞台上で役者2人とカメラがライブパフォーマンスを行うように画が作られていきました。今回は“生映画”と銘打ち、映画のような配信公演になるとか。一体何が観られるのでしょうか。

僕、演劇がすごく好きなんですよ。大学生のときに拙者ムニエルのオーディションを受けたり、社会人時代にはマームとジプシーのオーディションを受けたりしました(笑)。チェルフィッチュも大好きだし、鉄割アルバトロスケットも好き。演劇自体が好きなんですが、昔から中継や配信では演劇の良さが全然感じられなくて、もったいないなあとヤキモキしてたんです。それらで観た演劇はどれも、スクリプトと演技の熱量に対する適切なアングルではなかったんですよね。今、映像でしか観られない人もいっぱいいる中で、意味を持ったアングルを切るべきじゃないのかと。「(死なない)憂国」では役者がより近しい距離感でカメラを見つめてしゃべるべきだと思ったので、引きの画ではなく、舞台にカメラを上らせました。今回も、カメラがどう在り、どう役者の目を観て、どこに語りを付けるのかを、同じ台本のもと全然違う作品として、分けて作りたいと思っています。

──劇場には生で観る良さがあって、配信ではよりソリッドな長久さんの視点が観られるということですね。

そこで起きていることと、映像としてダイレクトに伝わるものの技法は分けるべきだと思うので、質感が全然違うものになると思います。なので、どちらも観てもらいたいな(笑)。配信のために無観客で何日かリハーサルをさせてもらうので、コスパは悪いのですが、映像の人間としては生ぬるいものはお届けしたくないと思っています。

ニッチなものを届ける、一番の“推し”ポイントは“全部”だ!

──「消えちゃう病〜」は主人公が歌わないミュージカルで、物語が不思議だったり、さまざまなキャリアのキャストが集結したりと、展開が予想できない公演となっています。「何が起きるんだろう?」と期待する演劇ファンもたくさんいると思うのですが、長久さんの一番の“推し”ポイントは、どこになりますか?

左から長久允、シム・ウンギョン、坂東巳之助。

何だろう……曲をめちゃくちゃ作ってるんですよ。オリジナルもテーマ曲となる「愛の讃歌」も聴いたことのないようなアレンジをしているし、音への衝撃はたくさん用意しています。ベタですけど、観たことのないような演劇表現ができればと思っていて。天井棧敷などが活動していた時代のほうが、人間の感情に対する技法が実験的にトライアルされていたと思うんです。今はそういうところが小さくなっていますが、今回はそこを開拓した、観たことのないような表現で、でもシンプルな音楽と役者の演技を中心にした作品にできればと思っています……“推し”ポイントじゃなくて全部言ってます(笑)。本当に、劇場と演劇配信を同時に、ベクトルは違うけれどすごいエネルギーでお届けするということが、まだ世の中にはないと思うので。だから僕は大変で、脳みそからビューっと何かが出続けている感じなんですが、「どんなもんじゃい」と思って観ていただけると面白いんじゃないかなと思います。

長久允(ナガヒサマコト)
1984年、東京都生まれ。大手広告代理店でCMプランナーとして働く傍ら、映画やMVなどで監督を務める。2017年、監督作品「そうして私たちはプールに金魚を、」で日本人初となるサンダンス映画祭グランプリを受賞。2019年、長編映画「ウィーアーリトルゾンビーズ」がベルリン国際映画祭ほか37以上の映画祭に招待され、世界各地で公開された。2020年、三島由紀夫没後50周年企画「MISHIMA2020」で自身初となる演劇作品「(死なない)憂国」を作・演出した。