東京芸術祭2018 PR

東京芸術祭2018 ディレクター8人勢ぞろい|チームでトライすること、それが変化を生み出す

2016年にスタートした東京芸術祭が、18年より総合ディレクター・宮城聰のもと、新体制で始動することになった。プランニングチームに名を連ねた 7人のディレクターと共に多様な芸術文化を集結させ、東京の魅力を世界に発信していく。それに向けて、ステージナタリーではディレクターたちによる座談会を実施した。多忙な彼らだけに全員のスケジュールを合わせるのは奇跡に近く、ようやく90分だけ、その貴重な時間を得ることができた。宮城のほか、直轄事業ディレクターの横山義志、芸劇オータムセレクションディレクターの内藤美奈子、フェスティバル/トーキョーディレクターの長島確と共同ディレクターの河合千佳、としま国際アート・カルチャー都市発信プログラムディレクターの根本晴美と杉田隼人、APAF-アジア舞台芸術人材育成部門ディレクターの多田淳之介が一堂に会し、新生・東京芸術祭の展望と野望をたっぷりと語ってくれた。

取材・文 / 熊井玲 撮影 / 平岩享

東京芸術祭を、“分断を縫合する祭”に

──2017年3月に、宮城さんは東京芸術祭の総合ディレクター就任を発表されました。宮城さんは当初、どのような役割をイメージされていましたか?

宮城聰

宮城聰(総合ディレクター) 2007年に静岡に引っ越して、ちょうど10年くらい静岡に暮らしているんですが、東京から離れて気になったことがあって。それは、かつての東京の演劇界は多様性では世界一だと思っていたんですが、この10年でそれが減ったんじゃないかという危惧でした。演技が似てきたというか。それはおそらく、肉体と言葉の距離感や関係性の取り方が似てきたからじゃないかと思っていて。そういう意味で、「演劇にはもっといろいろあるよ」と東京の演劇界に対してハッパをかけたいという気持ちがあったんです。もう1つ、これは総合ディレクター就任前から考えていたことですが、僕らが若者だったころは世界で活動したいと思ってたんですね。でも最近、「海外に行くのはどうしてですか」「海外に行ったら大変じゃないですか」とよく聞かれるようになって(笑)。確かにお客さんの分母だけ見れば、東京の観客人口は世界的に見ても多いくらいなので、東京でやれば十分と思ってしまうのかもしれないけど、世界にはもっといろいろな場所があるんだから、外に出てみたらいいのに、と思ったんですね。それで、若い演劇人たちが「ともかく海外に出てみよう」「東京じゃないところでやってみよう」と思うような刺激を与えられたらなと思っていました。

──就任発表時のステートメント(参照:東京芸術祭の総合ディレクターに宮城聰が就任)で、宮城さんは東京や演劇界にある“分断”を指摘され、「そんな現代の東京でどのような芸術祭が成り立つのか。どういう役割を果たせるのか。これまでと違うアプローチが必要だろう。そのためには『国内』『国際』『地域』の面から考え、光を当てていきたい」とおっしゃっていました。

宮城 本当は演劇って“分断”を縫合するために存在しているはずなのに、むしろ今は既得権益のある、余裕のある人たちの娯楽とみなされるようになってしまった。ただそれがフェスティバルの形になれば、分断を縫合する力になるのではないかと考えました。僕は演劇の起源は祭だと考えるんですが、祭っていうのは生活に余裕のある人たちと、普段はまったく余裕なく食うことにだけに精一杯な人たちが、両方合わせて楽しむ場なわけですよね。そのときにダイナミックな交流が生まれ、芸術としては一種の混交と発展が起こったりする。そういうことを東京芸術祭でもやりたいと思っているんです。具体的な演目については、今回は1年目なので僕がある程度考えましたけど、今後はプランニングチームに考えてもらおうと思っています。僕より次の世代に仕事を渡していかないといけないし、演劇は誰か1人の突飛な思いつきを形にするような芸術ではなく、人と人が出会わないとできないジャンルのものですから。また、いつも言ってることですが、演劇は旅のようなもので、点で見てもあまり意味がなく、時間の流れの中で少しずつ変わっていくことにこそ希望があると思うんですよ。なので、暖簾を真新しくしたほうが見栄えがするということはあるかもしれませんが(笑)、これまで作られてきた蓄積……それはほとんどが、物じゃなくて人ですけれど、それらがちゃんと生きるようにしたいと思います。

作る現場から変えていく

──東京芸術祭は、既存の4事業が統合される形で展開します。芸劇オータムセレクション、フェスティバル/トーキョー(以降F/T)、としま国際アート・カルチャー都市発信プログラム、APAFがそれぞれどんな事業なのか、また今後どのように変わっていくのかを教えてください。

多田淳之介

多田淳之介(APAFディレクター) 僕はこれまで、宮城さんがプロデューサーをされていた、APAF(アジア舞台芸術人材育成部門)を担当します。APAFは「アジア舞台芸術祭」から「アジア舞台芸術人材育成部門」に名前が変わった通り、人材を育成することが主な役割です。F/Tが現在のアジアの作品、アーティストの紹介・交流の場だとすると、APAFはこれからのアジアのアーティスト同士が出会い、育つ場になることを目指していて、これまでの流れから3つの柱があります。1つは国際共同クリエーション公演、もう1つは国際共同制作ワークショップ、そしてアートキャンプ・ラップアップです。僕も2年前にアートキャンプに講師として参加していますが、その後、参加者同士はもちろん、僕もアジア各国で彼らと再会したり、一緒に仕事したりすることもあります。今回、このプランニングチームができたことで、APAFとF/Tが特にアジアに対してどのように一緒に関わっていけるかは楽しみですね。また僕は東京以外のアーティストとのつながりもあるので、今は地域で活動しながら海外のアーティストと刺激し合う現場ってそんなに作れてないと思うんですけど、そういう場にもできたらいいなと思っています。

長島確

長島確(F/Tディレクター) これまで僕は、アーティストと組んで現場に入り、作品を作る、そのプロセスにひたすら付き合う、という仕事をしてきました。それがここ数年広がって、アートプロジェクトなどにも参加するようになっていて。F/Tには、TIF(1988年に「東京国際演劇祭'88池袋」としてスタートし、2002年に「東京国際芸術祭(TIF)」に改称。09年にF/Tとなる)時代から一緒に仕事をしてきまして、その流れから今回こういう大役を引き受けることになりました。TIF時代からディレクターの市村作知雄さんがずっと言い続けていた、「芸術が政治とは別のドアを開けておくことが大事」という言葉が僕はずっと心に残っていて。例えば01年以降、西側でアラブ系のイメージがすごく悪く広がりつつあったときに積極的に中東系の作品を上演したり、今度はブッシュ政権の中で居場所をなくしたアメリカの作家たちを取り上げたり、国際情勢に左右されず、またメジャーに見えるものとは別のドアを開けるということを、市村さん、そして(08年から13年までプログラムディレクターを務めた)相馬千秋さんも大事にしてこられたと思うんですね。それはとても大切なことだと思っています。それに関係するのですが、市村さんは「何かあったら、とにかく直接会いに行け」とおっしゃっていて。相馬さんの時代もそうだったと思うのですが、とにかく実際に出向いて、または来てもらって、直接会って話すことをF/Tは大事にしてきました。実際、演劇はお客さんも演じる側も、同じ場所を共有しないと成立しないという意味で、直接会うことで生まれるものがあると思うんですね。さらに言えば、そうやって共有する場を、演劇を観ない人や、別の作り手ともこれからどう考えていくかが大事だと思っていて。こうしてプランニングチームが集まって一緒に考えることでも特別なゾーンが生まれているわけなので、そこに可能性があると思っています。

河合千佳

河合千佳(F/T共同ディレクター) 私はインターンとしてTIFに参加し、12年からF/Tで働き始めました。その中で、東京の多様性が少なくなってきていること、また“いろんな人を巻き込む”ということが大義名分にはなっているけれど、実はできていないのではないかということを感じていました。それが今回、東京芸術祭という大きな枠組みになることで、東京芸術劇場(芸劇)やAPAFなど横のつながりができ、アーティストも観客も循環させていけるようになればいいなと思っています。例えば芸劇とF/Tでは観客層もだいぶ違っていて、観客の中にも“分断”があると思うんです。そういうものを飛び越えて、いろんなものを届けていきたいですね。ただF/Tも10回やってきましたので、アーティストや制作者の立場が変わってきた部分もあり、市村や相馬が作ってきたものを継承しつつ、変えていったほうがいいものは変えていきたいと思っています。

長島 僕たち2人がどう仕事を分担していくかは今、“開発中”で(笑)。と言うのも、作る環境から考えないと面白いことができないと思うんですよね。どれだけ意義のある企画が並んでも現場が潰れてしまったり、それがお客さんに届かなかったりするのでは意味がないので。なので作品の中身だけでなく作る体制から考え直さなきゃいけないし、今がそのタイミング、チャンスだと思っています。

世界からスルーされかねない東京、という危惧

内藤美奈子

内藤美奈子(芸劇オータムセレクションディレクター) 宮城さんとは、宮城さんが総合ディレクターに就任される辺りからずっとお話を続けてきました。(東京芸術劇場の芸術監督)野田(秀樹)と宮城さんがお話するところに私も同席させていただき、宮城さんの体制作りに伴走しながら一緒に考えてきたという感じを持っています。その中でディレクターの話が浮上し、私が担当させていただくことになったので、突然ディレクターのアポイントを受けたという感じではありませんでしたね。芸劇のオータムセレクションは、東京芸術劇場の主催事業の中でも特に国際性を重視したラインナップなのですが、東京芸術祭の中ではメジャー感とか、お客さんにとってのアクセスのしやすさを担っていくのが1つの役割じゃないかと思っています。と言うのも、芸劇が東京芸術祭に2016年から加わるにあたり、東京芸術祭が “東京の顔”と言われるようなフェスティバルになるために、芸劇には今までにない何かを付与してほしい、という期待があったと思うんです。それが“華”ではないかなと。また、東京はエジンバラとかアビニョンみたいに、フェスティバルこそ盛り上がる都市ではなく年間を通して盛り上がっている都市。その中で、東京の秋の魅力の1つが文化であるということを、東京芸術祭を通じて発信できればいいなと思っています。

根本晴美

根本晴美(としま国際アート・カルチャー都市発信プログラムディレクター) 私が所属するあうるすぽっとは、2007年の開場以来、地域の人に開かれた劇場というポジションでやってきました。劇場を管理運営する公益財団法人としま未来文化財団は、地域の文化や民俗芸能を紹介することを積極的にやってきましたので、宮城さんがおっしゃられる“開く”とか“地域とつながる”というビジョンには初めからすごく共感するところがありましたね。最初に宮城さんとお話させていただいたときにも「地域の人たちを巻き込み、循環させるにはどうしたらいいか」「例えば芸劇で舞台を観て、あうるすぽっとでそれに関連したプログラムやワークショップに参加するっていう循環はできないか」というようなお話があり、より頷けたんです。なので、刺激的だったり前衛的だったりする演目はF/Tや芸劇にやっていただいて(笑)、あうるすぽっとでは分かりやすくて気軽に覗ける、規模は小さいけれど見逃したくないような作品を作っていけたらと思っています。

杉田隼人

杉田隼人(としま国際アート・カルチャー都市発信プログラムディレクター) 根本は劇場をベースに活動していますが、私は普段、区民の方々が文化芸術活動をするときにサポートしたり、発表の場を提供したりということを主な仕事としています。豊島区は、国際アート・カルチャー都市構想のもと、「まち全体が舞台の誰もが主役になれる劇場都市」をキャッチフレーズに事業を展開しています。その中で立ち上げられた1つが、僕が企画制作で携わっている「大田楽 いけぶくろ絵巻」です。「大田楽 いけぶくろ絵巻」は、豊島区の能楽でご尽力いただいております野村万蔵家の方々が取り組まれているもので、宮城さんもおっしゃられたように“お祭”がベースになっています。芸術を鑑賞するのではなく、集まった人たちが共にエネルギーを生み出すことができないかと思ってやってきましたが、立ち上げから2年、少しずつ根付いてきた感じがします。この「大田楽 いけぶくろ絵巻」にはコスプレイヤーの方々が多数参加されてまして、それは総合演出の野村万蔵さんが「それぞれ楽しいことをやるってことは一緒じゃないか、それが一緒になったらもっと楽しくなるんじゃないか」とおっしゃったからなんです。実際、コスプレイヤーさんが持っている表現方法とか美学など、面白いものがどんどん出てきており、それが大田楽の演者にもフィードバックされていますし、最後はみんなで衣装のまま写真を撮り合うというような交流が生まれています(笑)。そのように区民の方々それぞれが持っている楽しさみたいなものに、こちらからもう少し積極的にアプローチし、踏み込み、輪をつなげることが、“分断”を縫合することになればと思っています。

横山義志

横山義志(直轄事業ディレクター) 肩書きとしては私は、宮城さんがプログラムを組まれた、東京芸術祭の直轄事業ディレクターとなっていますが、主には海外招聘の担当をすることになると思います。宮城さんから東京芸術祭のディレクターに、と声をかけていただいたときは驚きました。と言うのも、私は東京の演劇界のことをよく知らないんですね(笑)。中高大と東京の学校に通っていたのですが、2000年以降は7年パリにいて、そのあとは10年以上静岡で、どちらかと言うと、ずっと東京以外で何ができるかっていうことを考えてきたので。ただ、これまで静岡では、初めて演劇やダンスを観る方、というか初めて劇場に足を踏み入れる方でも楽しめるものを、ということを大事にしてプログラムを組んできたので、そこを評価していただけたのかなと思いました。ですので、東京の演劇界の中でニーズがある作品かどうか、というのとは違った基準で選ぶことで、東京の演劇界をちょっと開いていけたらと思います。また海外招聘の担当として海外に行く中で、今、世界の舞台芸術のネットワークが変わりつつあることを実感していて。そのできつつあるネットワークから東京がある意味、スルーされかねないという危惧がすごくあるんです。例えば2030年代に世界経済の重心がアジアに移ってくると言われていますが、舞台芸術のマーケットでもアジアのネットワークがすでにかなり大きくなっていて、中でも中国語を話すネットワークがこの3、4年で急速に発展してきた。一方で、ニューヨークやロンドン、オーストラリアなど、英語圏で勉強した東南アジアや中国、韓国の人たちも多数いて、そのネットワークも発達しつつある。ヨーロッパ中心だった舞台芸術の価値観から、今アジアに、新しい枠組みができつつあります。大まかに言うと、日本はそのどちらにも入れていなくて、東京が世界につながっていない感じ、舞台芸術の新しい価値観や枠組みを作る動きに入れていない感じがするんです。でも東京は江戸時代から世界的にも重要な舞台芸術の中心地の1つで、明治以降には東アジアの中でいち早く西洋的な舞台芸術を取り入れた歴史もあります。その東京がこの動きに加われていないことは、東京にとっても世界にとっても、もったいないことだと思うんです。今回、東京芸術祭としていろいろな事業がつながることで、まだ何ができるかわかりませんが、この世界の動きに少しでも加わっていければと思います。

宮城聰(ミヤギサトシ)
宮城聰
1959年東京生まれ。演出家。SPAC-静岡県舞台芸術センター芸術総監督。東京大学で小田島雄志・渡邊守章・日高八郎各師から演劇論を学び、90年にク・ナウカを旗揚げ。国際的な公演活動を展開し、同時代的テキスト解釈とアジア演劇の身体技法や様式性を融合させた演出で国内外から評価を得る。2007年4月、SPAC芸術総監督に就任。自作の上演と並行して世界各地から現代社会を切り取った作品を次々と招聘し、“世界を見る窓”としての劇場作りに力を注いでいる。14年7月にアビニョン演劇祭から招聘された「マハーバーラタ」の成功を受け、17年に「アンティゴネ」を同演劇祭のオープニング作品として法王庁中庭で上演した。代表作に「王女メデイア」「ペール・ギュント」など。06年から17年までAPAF(アジア舞台芸術祭)のプロデューサーを務める。04年に第3回朝日舞台芸術賞、05年に第2回アサヒビール芸術賞を受賞。
横山義志(ヨコヤマヨシジ)
横山義志
1977年千葉市生まれ。中学・高校・大学と東京に通学。2000年に渡仏し、08年にパリ第10大学演劇科で博士号を取得。専門は西洋演技理論史。07年からSPAC-静岡県舞台芸術センター制作部、09年から同文芸部に勤務。主に海外招聘プログラムを担当し、二十数カ国を視察。14年からアジア・プロデューサーズ・プラットフォーム(APP)メンバー。16年、アジア・センター・フェローシップにより東南アジア三カ国視察ののち、アジアン・カルチュラル・カウンシル(ACC)グランティーとしてニューヨークに滞在し、アジアの同時代的舞台芸術について考える。学習院大学・静岡県立大学非常勤講師。論文に「アリストテレスの演技論 非音楽劇の理論的起源」、翻訳にジョエル・ポムラ「時の商人」など。舞台芸術制作者オープンネットワーク(ON-PAM)理事、政策提言調査室担当。
内藤美奈子(ナイトウミナコ)
内藤美奈子
プロデューサー。東京大学文学部卒業。1985年よりパルコ劇場にて、98年よりホリプロ・ファクトリー部にて、 2010年より東京芸術劇場にて、演劇・ダンス・ミュージカル・海外公演・国際共同制作などの企画制作、海外公演の招聘などに従事。手がけた主な作品に「THE BEE English Version」(野田秀樹作・演出)世界10都市ツアー、「トロイアの女たち」(蜷川幸雄演出/東京芸術劇場・テルアビブ カメリ劇場共同制作)、「リチャード三世」(シルビウ・プルカレーテ演出)、「ラヴ・レターズ」(青井陽治演出)、ミュージカル「ファンタスティックス」(宮本亜門演出)、「タデウシュ・カントール&Cricot2“くたばれ芸術家”“私は二度と戻らない”」、ブロードウェイ・ミュージカル「CHICAGO」、ロイヤル・シェイクスピア・カンパニーなど。桜美林大学非常勤講師。
根本晴美(ネモトハルミ)
根本晴美
早稲田大学卒業後、劇団四季に社員として入社。翌年ニューヨーク大学大学院パフォーマンススタディーズ専攻へ留学。帰国後は、こどもの城に併設されていた青山劇場・青山円形劇場事業本部で、演劇・舞踊や子どものための舞台芸術の企画制作、またローザンヌ国際舞踊コンクール東京開催事務局、海外共同制作ミュージカルなどに携わる。1996年世田谷パブリックシアター開設準備室に入室。日本初の創造発信型公共劇場のプロデューサーとして、演劇、ダンス、子どもプロジェクト、ワークショップの企画制作、地方公共劇場との連携事業などを19年間手掛け、劇場のステータスの確立に貢献した。16年4月より、あうるすぽっと制作統括チーフプロデューサーを務める。
杉田隼人(スギタハヤト)
杉田隼人
民間企業、公立ホール、ヨコハマトリエンナーレ2011 PR隊「ヨコトリキャラバンズ」事務局等での制作を経て、2012年より公益財団法人としま未来文化財団に勤務。現在までに「としま能の会」「民俗芸能inとしま」「ジュニア・アーツ・アカデミー狂言コース」「伝統芸能in自由学園明日館『獅子の祝祭』」などを担当。16年に東京芸術祭参加作品「大田楽 いけぶくろ絵巻」を企画制作。南池袋公園を中心に、池袋の街中で上演、コスプレイヤーとのコラボレーションも話題となった。伝統芸能分野における新たな観客層の創出に努めている。
多田淳之介(タダジュンノスケ)
多田淳之介
1976年生まれ。演出家。東京デスロック主宰。埼玉県の富士見市民文化会館キラリふじみ芸術監督。古典から現代戯曲、ダンス、パフォーマンス作品までアクチュアルに作品を立ち上げる。「地域密着、拠点日本」を標榜し、全国地域の劇場・芸術家との地域での芸術プログラムの開発・実践や、演劇を専門としない人との創作、ワークショップも積極的に行い、演劇の持つ対話力・協働力を広く伝える。海外共同製作も数多く手がけ、特に韓国、東南アジアとの共作は多数。また東京デスロックは2009年以降東京公演を休止。13年に東京復帰公演を行うも、現在は2020年東京オリンピック終了まで再休止している。10年キラリふじみ芸術監督に公立劇場演劇部門の芸術監督として国内史上最年少で就任。14年に韓国の第50回東亜演劇賞演出賞を外国人として初受賞。高松市アートディレクター。四国学院大学非常勤講師。セゾン文化財団シニアフェロー対象アーティスト。 
長島確(ナガシマカク)
長島確
1969年東京生まれ。立教大学文学部フランス文学科卒。大学院在学中、ベケットの後期散文作品を研究・翻訳するかたわら、字幕オペレーター、上演台本の翻訳者として演劇に関わる。その後、日本におけるドラマトゥルクの草分けとして、さまざまな演出家や振付家の作品に参加。近年はアートプロジェクトにも積極的に関わる。参加した主な劇場作品に「アトミック・サバイバー」(阿部初美演出、TIF2007)、「4.48 サイコシス」(飴屋法水演出、F/T09秋)、「フィガロの結婚」(菅尾友演出、日生オペラ2012)、「効率学のススメ」(新国立劇場、ジョン・マグラー演出)、演劇集団 円「DOUBLE TOMORROW」(ファビアン・プリオヴィル演出)ほか。主な劇場外での作品・プロジェクトに「アトレウス家」シリーズ、「長島確のつくりかた研究所」(共に東京アートポイント計画)、「ザ・ワールド」(大橋可也&ダンサーズ)、「←(やじるし)」(さいたまトリエンナーレ2016)など。東京藝術大学音楽環境創造科特別招聘教授。中野成樹+フランケンズのメンバーでもある。18年度よりF/Tディレクター。
河合千佳(カワイチカ)
河合千佳
武蔵野美術大学卒。劇団制作として、新作公演、国内ツアー、海外共同製作を担当。企画製作会社勤務、フリーランスを経て、2007年にNPO法人アートネットワーク・ジャパン(ANJ)入社、川崎市アートセンター準備室に配属。「芸術を創造し、発信する劇場」のコンセプトのもと、新作クリエーション、海外招聘、若手アーティスト支援プログラムの設計を担当。また同時に、開館から5年にわたり、劇場の制度設計や管理運営業務にも携わる。12年、フェスティバル/トーキョー実行委員会事務局に配属。日本を含むアジアの若手アーティストを対象とした公募プログラムや、海外共同製作作品を担当。また公演制作に加え、事務局運営担当として、行政および協力企業とのパートナーシップ構築、ファンドレイズ業務にも従事。15年より副ディレクター。17年度より日本大学芸術学部演劇学科非常勤講師。18年度より、F/T共同ディレクター。