東京芸術祭2018 ディレクター8人勢ぞろい|チームでトライすること、それが変化を生み出す

線は引き直せるか、ぼやかせられるのか

長島 今お話しました通り、今年のF/Tは過渡期だと思っているので、ガラッと変わるのは1年先だと思います。ただ、F/Tをどうするかというよりももっと大きなところで僕が今考えている抽象的なことを、話してもいいですか?

全員 (口々に)どうぞ(笑)。

長島確

長島 最初にお会いしたときに宮城さんから“分断”というキーワードが出て、そこからずっと“線”のことを考えています。線、ラインのことですね。線には2種類あって、分けるための線と、つなぐための線があると思うんです。それらをどう考えるかが、僕のホットトピックになっていて。もちろん国境だとか、線があることによって世の中は回っているのですが、今ある線だけが正しいのか、芸術とか演劇を通して一時だけでも別の線が引けないのか、境界線でも切り取り線でもいいのだけれど、分ける線をずらしたり、ぼかしたりできないのか、つなぐ線のつながる先を変えてみることはできないのか、など。さらに東京ってどんな場所なのか、そもそも東京って東京都民だけのものじゃないし、日本人のためだけのものでもないな……そういう場所での祭ってなんなのか、などけっこう根本的なところから考え直す、いいタイミングなのかなと思ってるんです。

多田 東京は確実に大都市ではありますよね。東京生まれの人だけじゃなく、地方出身者も多い。理由があってここにいる人が多いのが都市の特徴だと思っているんですけど、東南アジアでも環境はそれぞれですが、都市の問題には共通する部分があると感じてて。今、東京という都市で何が起きているかってことを正直に、愚直に探して見せることは、世界的にも価値のある表現になるんじゃないかと思ってます。僕は、分断があること自体は面白いと思っていて。ボーダーがボヤけたり見えなくなる瞬間が面白いなと思うんです。例えば野田さんの作品を観に来るお客さんとAPAFに来る人って、ものすごく違う。お客さん同士がお互いの存在を知ることだけでも面白いし、別々のフェスティバルだったものが東京芸術祭という1つの傘の下に収まった流れをうまく利用して、いろいろ仕掛けていけたらいいなと思います。

内藤 芸術祭がなければ知らなかった、というようなことも知ってもらいたいですよね。野田さんを観に来て芸術祭のほかのアーティストを初めて知った、という知り方もあると思うので。

多田 野田作品のお客さんに観せたいもの、僕いっぱいありますよ!

全員 (笑)。

若い世代が、地域と東京をつなぐ

プランニングチームの面々。

宮城 分断については今いろいろとお話が出たので、僕からは地域とのつながりについてお話しようと思います。これまでも東京圏以外で演劇をやっている人たちを東京の演劇人や観客とつなげるって試みは、ずっとやられてきたと思うんですね。でも実際はなかなか持続が難しい。じゃあこれまでと違った切り口はないのかと考えたときに、もっとはるかに若い世代、例えば「こういうのが上手」とか「こういうボキャブラリーをそろえてないとプロじゃない」というような物差しで測られてしまう前の段階のパフォーマーたち、それは中高生たちだと思うんですけど、彼らの世代で、地域と首都圏の交流ができないかと思ったんです。僕は静岡で2010年からスパカンファンプロジェクト(オーディションで選ばれた静岡県の中高生と舞台を創造するSPACによる国際共同製作プロジェクト)をやっていて、カメルーン出身の振付家メルラン・ニヤカムさんに中高生とダンスを作ってもらっているのですが、そのプロジェクトの発展型として今回、「空は翼によって測られる(仮題)」をやりたいと思っています。2018年は取っ掛かりなので、ニヤカムさんが豊島区の子供たちにワークショップをやるとか、それくらいしかできないかもしれませんけど、もう少し発展していけば豊島区の子供たちと静岡の子供たちがニヤカムさんの作品に一緒に出られるかもしれないし、日本の文化はかなり画一化されているとは言え、豊島区と静岡の子供たちではやっぱりちょっと身体が違うと思うので、その違いが見えるような作品になっていければと思っています。

──直轄事業プログラムにはそのほか、フランスのフェスティバル・ドートンヌとの提携でダニエル・ジャンヌトー演出の「ガラスの動物園」とステレオプティクの「ダーク・サーカス」、日本の55歳以上のダンサーを集めての、「アダルト版ユメミルチカラ(仮題)」、ホウ・シャオシェン監督の映画を日本で舞台化する「珈琲時光」がラインナップされています。

左から杉田隼人 、根本晴美、多田淳之介、横山義志、宮城聰、長島確、河合千佳、内藤美奈子。

横山 「ガラスの動物園」についてお話ししますと、この作品は元をたどれば2011年に静岡で、SPACの俳優たちと作られた作品で、そのあとフランス人キャストで作り直され大ヒットしたんですね。今回、パリのフェスティバル・ドートンヌと提携を組む中でこの作品の上演を提案され、少々困ったなと思ったのですが(笑)、ただ静岡で上演した際にも、すごい目利きのお客さんにも中高生にも両方にとても人気があって。不思議なのは、舞台美術がけっこう特殊でインパクトがある作品なのに、中高生だけでなくプロの演劇人ですら、観た人がみんな「私のお母さんもこうだった」っていう話しかしないんですよ(笑)。ダニエル・ジャンヌトーはこれのヒットもあって去年ジェヌヴィリエ劇場のディレクターに就任したんですけど、舞台美術家出身で、かつてはフランスの舞台美術名鑑みたいなのの表紙をよく飾っていたような人なんですね。ビジュアルよりも空間そのものを作るタイプの人で、ありそうに思えてしまうんだけど、実際にはありえないような異空間を作り上げる、独特な発想を持ってるんです。でも演出家としては本当に繊細な人で。それまでは、どちらかと言うと、もうちょっと小難しい感じの作品をやっていたんですけど、初めてテネシー・ウィリアムズっていうアメリカの劇作家の作品をやってもらって、たぶん自分がアーティストになる前の感覚とつながれたところがあったんじゃないかと思います。今回また東京で上演することで、新しいお客さんに出会えるのではないかと楽しみにしています。

──フェスティバル・ドートンヌとの、もう1つの提携作品についても教えてください。

横山 「ダーク・サーカス」はアビニョン演劇祭でやっていたときにすごい人気で。超ローテクで、その場で手描きしたイラストを動かしたり、影絵をやったりする人と、いろんな楽器で伴奏する人の2人だけで、すごくダークなサーカス一座を描き出す、という作品です。人がいなくても、予算がなくても、こんなに面白いものができるんだ、という希望を与えてくれる作品ですね(笑)。

2020年以降に何が残せるか

──宮城さんの総合ディレクター任期は2020年までと発表されていますが、これから3年、この多彩な顔ぶれのプランニングチームが、東京芸術祭をどのように展開していくのか、とても楽しみです。

多田淳之介

多田 個人的には、正直なところ2020年に向けて明るい話題がないと思っているんですけど(笑)、でも2020年以降、将来の我々にとって明るい材料だと感じてもらえたらいいなと、少しでも未来を楽しみにできるように……って言うと、結局ネガティブな発言になりますかね(笑)。

長島 多田さんのお気持ちはよくわかりますけど(笑)、僕は逆に希望を持っていて。と言うのも、後の世代のために、2020年以降に意味があるものが残せるのかどうかの、これは本当に最後のチャンスだと思うんです。演劇は集団で作るものだから、個人のエゴやビジョンで突き進むのが向いてないのは間違いなくて、東京芸術祭もプランニングチームという集団で舵を切れる、それがものすごく大事だと思う。残る残らないで言うと、演劇自体は残らないし、保存も所有もできない最後のメディアだと思っていますが(笑)、何も残らないけどそこに関わった人たちが変わっていくことが大事で、そのことによって2020年以降に変化が生まれるってことはあるんじゃないかと。だからここで、複数のメンバーで骨身を削ってトライすることはとても大事だと思っています。

左から内藤美奈子、根本晴美、多田淳之介、宮城聰、横山義志、杉田隼人、河合千佳、長島確。
宮城聰(ミヤギサトシ)
宮城聰
1959年東京生まれ。演出家。SPAC-静岡県舞台芸術センター芸術総監督。東京大学で小田島雄志・渡邊守章・日高八郎各師から演劇論を学び、90年にク・ナウカを旗揚げ。国際的な公演活動を展開し、同時代的テキスト解釈とアジア演劇の身体技法や様式性を融合させた演出で国内外から評価を得る。2007年4月、SPAC芸術総監督に就任。自作の上演と並行して世界各地から現代社会を切り取った作品を次々と招聘し、“世界を見る窓”としての劇場作りに力を注いでいる。14年7月にアビニョン演劇祭から招聘された「マハーバーラタ」の成功を受け、17年に「アンティゴネ」を同演劇祭のオープニング作品として法王庁中庭で上演した。代表作に「王女メデイア」「ペール・ギュント」など。06年から17年までAPAF(アジア舞台芸術祭)のプロデューサーを務める。04年に第3回朝日舞台芸術賞、05年に第2回アサヒビール芸術賞を受賞。
横山義志(ヨコヤマヨシジ)
横山義志
1977年千葉市生まれ。中学・高校・大学と東京に通学。2000年に渡仏し、08年にパリ第10大学演劇科で博士号を取得。専門は西洋演技理論史。07年からSPAC-静岡県舞台芸術センター制作部、09年から同文芸部に勤務。主に海外招聘プログラムを担当し、二十数カ国を視察。14年からアジア・プロデューサーズ・プラットフォーム(APP)メンバー。16年、アジア・センター・フェローシップにより東南アジア三カ国視察ののち、アジアン・カルチュラル・カウンシル(ACC)グランティーとしてニューヨークに滞在し、アジアの同時代的舞台芸術について考える。学習院大学・静岡県立大学非常勤講師。論文に「アリストテレスの演技論 非音楽劇の理論的起源」、翻訳にジョエル・ポムラ「時の商人」など。舞台芸術制作者オープンネットワーク(ON-PAM)理事、政策提言調査室担当。
内藤美奈子(ナイトウミナコ)
内藤美奈子
プロデューサー。東京大学文学部卒業。1985年よりパルコ劇場にて、98年よりホリプロ・ファクトリー部にて、 2010年より東京芸術劇場にて、演劇・ダンス・ミュージカル・海外公演・国際共同制作などの企画制作、海外公演の招聘などに従事。手がけた主な作品に「THE BEE English Version」(野田秀樹作・演出)世界10都市ツアー、「トロイアの女たち」(蜷川幸雄演出/東京芸術劇場・テルアビブ カメリ劇場共同制作)、「リチャード三世」(シルビウ・プルカレーテ演出)、「ラヴ・レターズ」(青井陽治演出)、ミュージカル「ファンタスティックス」(宮本亜門演出)、「タデウシュ・カントール&Cricot2“くたばれ芸術家”“私は二度と戻らない”」、ブロードウェイ・ミュージカル「CHICAGO」、ロイヤル・シェイクスピア・カンパニーなど。桜美林大学非常勤講師。
根本晴美(ネモトハルミ)
根本晴美
早稲田大学卒業後、劇団四季に社員として入社。翌年ニューヨーク大学大学院パフォーマンススタディーズ専攻へ留学。帰国後は、こどもの城に併設されていた青山劇場・青山円形劇場事業本部で、演劇・舞踊や子どものための舞台芸術の企画制作、またローザンヌ国際舞踊コンクール東京開催事務局、海外共同制作ミュージカルなどに携わる。1996年世田谷パブリックシアター開設準備室に入室。日本初の創造発信型公共劇場のプロデューサーとして、演劇、ダンス、子どもプロジェクト、ワークショップの企画制作、地方公共劇場との連携事業などを19年間手掛け、劇場のステータスの確立に貢献した。16年4月より、あうるすぽっと制作統括チーフプロデューサーを務める。
杉田隼人(スギタハヤト)
杉田隼人
民間企業、公立ホール、ヨコハマトリエンナーレ2011 PR隊「ヨコトリキャラバンズ」事務局等での制作を経て、2012年より公益財団法人としま未来文化財団に勤務。現在までに「としま能の会」「民俗芸能inとしま」「ジュニア・アーツ・アカデミー狂言コース」「伝統芸能in自由学園明日館『獅子の祝祭』」などを担当。16年に東京芸術祭参加作品「大田楽 いけぶくろ絵巻」を企画制作。南池袋公園を中心に、池袋の街中で上演、コスプレイヤーとのコラボレーションも話題となった。伝統芸能分野における新たな観客層の創出に努めている。
多田淳之介(タダジュンノスケ)
多田淳之介
1976年生まれ。演出家。東京デスロック主宰。埼玉県の富士見市民文化会館キラリふじみ芸術監督。古典から現代戯曲、ダンス、パフォーマンス作品までアクチュアルに作品を立ち上げる。「地域密着、拠点日本」を標榜し、全国地域の劇場・芸術家との地域での芸術プログラムの開発・実践や、演劇を専門としない人との創作、ワークショップも積極的に行い、演劇の持つ対話力・協働力を広く伝える。海外共同製作も数多く手がけ、特に韓国、東南アジアとの共作は多数。また東京デスロックは2009年以降東京公演を休止。13年に東京復帰公演を行うも、現在は2020年東京オリンピック終了まで再休止している。10年キラリふじみ芸術監督に公立劇場演劇部門の芸術監督として国内史上最年少で就任。14年に韓国の第50回東亜演劇賞演出賞を外国人として初受賞。高松市アートディレクター。四国学院大学非常勤講師。セゾン文化財団シニアフェロー対象アーティスト。 
長島確(ナガシマカク)
長島確
1969年東京生まれ。立教大学文学部フランス文学科卒。大学院在学中、ベケットの後期散文作品を研究・翻訳するかたわら、字幕オペレーター、上演台本の翻訳者として演劇に関わる。その後、日本におけるドラマトゥルクの草分けとして、さまざまな演出家や振付家の作品に参加。近年はアートプロジェクトにも積極的に関わる。参加した主な劇場作品に「アトミック・サバイバー」(阿部初美演出、TIF2007)、「4.48 サイコシス」(飴屋法水演出、F/T09秋)、「フィガロの結婚」(菅尾友演出、日生オペラ2012)、「効率学のススメ」(新国立劇場、ジョン・マグラー演出)、演劇集団 円「DOUBLE TOMORROW」(ファビアン・プリオヴィル演出)ほか。主な劇場外での作品・プロジェクトに「アトレウス家」シリーズ、「長島確のつくりかた研究所」(共に東京アートポイント計画)、「ザ・ワールド」(大橋可也&ダンサーズ)、「←(やじるし)」(さいたまトリエンナーレ2016)など。東京藝術大学音楽環境創造科特別招聘教授。中野成樹+フランケンズのメンバーでもある。18年度よりF/Tディレクター。
河合千佳(カワイチカ)
河合千佳
武蔵野美術大学卒。劇団制作として、新作公演、国内ツアー、海外共同製作を担当。企画製作会社勤務、フリーランスを経て、2007年にNPO法人アートネットワーク・ジャパン(ANJ)入社、川崎市アートセンター準備室に配属。「芸術を創造し、発信する劇場」のコンセプトのもと、新作クリエーション、海外招聘、若手アーティスト支援プログラムの設計を担当。また同時に、開館から5年にわたり、劇場の制度設計や管理運営業務にも携わる。12年、フェスティバル/トーキョー実行委員会事務局に配属。日本を含むアジアの若手アーティストを対象とした公募プログラムや、海外共同製作作品を担当。また公演制作に加え、事務局運営担当として、行政および協力企業とのパートナーシップ構築、ファンドレイズ業務にも従事。15年より副ディレクター。17年度より日本大学芸術学部演劇学科非常勤講師。18年度より、F/T共同ディレクター。