東京芸術祭2018 ディレクター8人勢ぞろい|チームでトライすること、それが変化を生み出す

変化したポジション、日本はアジアにどう参加するのか

河合 横山さんのお話を受けて、よろしいですか? 私もアジアシリーズ関連でいろんな国に行くのですが、その中で日本が世界に“入りきれてない感じ”を体感しています。2000年になる手前まで、日本は経済的にもちょっとほかの国より抜きん出ていましたが、意外と日本人はその感覚を忘れきれてないんじゃないかなと思うんです。私は1980年代生まれですが、日本の地位がアジアの中で変わってきたことを目の当たりにしてきていて、特に中国とか韓国の同年代が急成長していることを肌で感じています。F/Tや東京芸術祭が、時代にマッチした関係性を作る突破口になっていけたら次の展開が見えてくるのではないかと思います。

プランニングチームの面々。

多田 僕も、この20年で日本のポジションはだいぶ変わったと感じますね。日本がアジアの中心だとか、リーダーシップを、とか言うのは時代遅れかなと。アジアの重要な都市の1つではあるけれど、日本に行きたいと思ってる人も減ってるんじゃないかな。英語通じないし。あとこれ、身も蓋もないんですが、アジアの端っこの日本からアジアをどうこう言うこと自体おこがましいなと思うことが最近よくあって。それよりも私たちはどういう立場でアジアに参加できるのかを考えたほうがしっくりくるというか。今まではまず経済が存在意義として強かった、でもこれからはお金も人もいなくなる、じゃあ文化なのか技術なのか、何によって存在意義を見い出せるのか、魅力を発信するんじゃなくて、どうやったらアジアに貢献できるかを考えたほうが時代に合ってるんじゃないかと思います。

内藤美奈子

内藤 芸劇も、2014年に韓国の明洞芸術劇場と「半神」を共同制作したり、一昨年「三代目りちゃあど」をシンガポール、インドネシア、日本で共同製作し、各国と日本国内で上演したり、昨年は「One Green Bottle~『表に出ろいっ!』English version~」をソウルで上演したりと、アジアで野田作品の活動を展開していますが、中国や韓国、台湾から野田作品を観にいらっしゃる演劇関係の方々の勢いにはすごいものがありますね。その一方で、海外を回っているとやはり東京がハブになりきれていない感じ、世界のマーケットに出て行き切れてない日本のアーティストたちを感じます。また、海外の方からよく「日本に行こうと思っても、どこにアプローチすればいいか、どういうマーケットに向かっていけばいいかわからない」と言われることがあって。マーケット機能は今、TPAM(国際舞台芸術ミーティング in 横浜)が担っている部分があると思いますが、東京芸術祭がマーケットも備えているフェスティバルとして機能していけばいいなと思いますね。

“開かれた芸術祭”を象徴する「野外劇 三文オペラ」

──2017年11月の会見で(参照:東京芸術祭2018、宮城聰がプランニングチームメンバーと意気込み)、具体的な演目として唯一発表されたのが、「野外劇 三文オペラ」でした。イタリア人演出家ジョルジオ・バルベリオ・コルセッティが、オーディションで選ばれた俳優たちと共に、池袋西口公園にて繰り広げる本作。「1コインで観られる、敷居は低いがクオリティは超一流の演目」という宮城さんの説明からも、期待が高まりました。

宮城聰

宮城 今、東京で劇場に行く人たちってどういうイメージで捉えられてるのかと言うと、時間もお金も余裕がある人、あるいは教養とか教育がある、意識高い人、選ばれた人たちって感じになってると思うんです。実際に劇場に行く人1人ひとりを見れば、決して恵まれた環境にいる人とは限らないんだけど(笑)、でも1万円もするチケットを買ってるのって、劇場に行かない人からするとどれだけ恵まれてるんだって見えちゃうと思うんですよね。また、劇場自体に敷居の高さを感じる人もいるようなんです。そこで、すぐ隣ではあるけれど東京芸術劇場の外、西口公園の雑踏の中で芝居をやろうと考えました。演出のコルセッティさんは、大げさな言い方をすれば2000年の蓄積があるローマ文化の美学を持っていらっしゃる方。ローマの文化の精髄は、ひどく余裕のある貴族たちと大衆たちによって作られたもので、ローマに暮らしながらそういうものを日頃から肌で感じているコルセッティさんに今回、ふんだんに腕を奮ってもらおうと思っています。しかも出演者たちは、ネームバリューとかに関係なく、コルセッティさんがオーディションで観て面白いと思った人だけを選んでもらったので、俳優とか演劇界の中にある分断みたいなものも取っ払えればいいなと思っていて。料金は1コインで、あとはドネーションシートみたいなものも作ってもいいかもしれない。500円払った人と、1万円寄付した人が隣同士で観るっていうのもいいなと(笑)。で、椅子がないところはタダで観られる。そうやって「何か池袋でやってるな」ってことを広く感じてもらいつつ、「こういうのを演劇っていうんだ、面白いね」って思ってくれる人が増えたり、中には“敷居”を超えて劇場の中にも入ってきてくれる人がいたりしたらいいなと思います。

横山義志

横山 12月末に実施したオーディションには250人くらいの応募者があって、審査の後半はワークショップ形式で実施していました。私は最終日に立ち会ったんですけど、普通オーディションってライバル心でギスギスすることが多いものですが、みんなすごく仲良くなっていて驚きました。コルセッティさんの世界観もあると思いますが、参加者が皆さん、「三文オペラ」という作品や今回の上演コンセプトに共感してくれていて、別れがたい感じになっていて(笑)。その様子を見てすごく不思議な感じがしたのと、改めてこの作品をやる意義があるなと感じましたね。

宮城 コルセッティさんも、彼自身の来歴の中で、今回の「三文オペラ」がバッチリきているんじゃないかと思いますよ。イタリアって革新系が強いところがあって、コルセッティさんもイタリアの演劇人らしく若い頃はブレヒトに心酔し、一方で前衛中の前衛みたいなこともやってきた。やがてスカラ座のようなエスタブリッシュされた劇場まで演出するようになり、60歳を過ぎた今、広場で1コインでネームバリューにとらわれない俳優たちと「三文オペラ」をやるっていうことに、非常に共感してくれているんだと思います。

“分断”を意識したプログラム作り

──まだまだプラン段階とのことですが、各事業で予定している今年のプログラムについても教えてください。

根本晴美

根本 としま国際アート・カルチャー都市発信プログラムでは、若い演劇人に場を、ということで継続企画の池袋演劇祭を今回も行います。またあうるすぽっとプロデュース公演では、浪曲師の玉川奈々福さんを中心に落語、講談、漫談、漫才などを織り交ぜた、伝統芸能を身近に感じてもらえる企画をスタートさせます。そのほか、演劇的要素が入ったダンス作品1本と、きこえないアーティスト・南村千里さん演出によるパフォーマンス作品を上演します。

杉田 私は、先ほどお話ししました「大田楽 いけぶくろ絵巻」の3年目に携わります。初年度は出演者を地方からお呼びし、まずは豊島区の方々に観てもらい、2017年度は一部参加してもらい……とステップを踏んできたので、2018年度はもっと区民の踊り手たちを増やし、“池袋色”を強く打ち出せたら。だんだんと「大田楽」が根付いてきた実感があるので、新たなアプローチの方法をさらに考えたいと思っています。

杉田隼人

多田 APAFは演目といった形でのラインナップではないのと、まだ僕がディレクターになって1年目なので、今年の内容としてはそんなに大きな変更はない予定です。が、この先面白い展開になる予感というか、まずはいろんな方に興味を持ってもらえるようにバージョンアップしたいと思っています。

内藤 芸劇では野田作品と前川知大作品、そしてオーストラリアから招聘するバック・トゥ・バック・シアター(以降BtB)の「スモール・メタル・オブジェクツ」を上演する予定です。野田作品は芸劇の顔とも言うべきものですし、新生・東京芸術祭に自信を持ってお届けできる作品です。詳細はまだアナウンスできませんが、豪華出演者がそろい踏みの作品ですので(笑)、確実に広い層のお客様に楽しんでいただけると思います。また東京から地方都市にも行き、パリの「ジャポニスム2018」にも参加するので世界にも発信していきます。前川さんは書き下ろしで、「前川さんがこの人を書くのか!」というような内容になりますのでお楽しみに。こちらも「この人が!」というような個性派俳優の皆様が出演されます(笑)。先ほどからテーマに上がっている“分断”について、分断がなぜ起こるかと言うと、他者への想像力の無さとか不寛容があると思うんです。自分と異なる何か、今の価値観とまったく異なる何かがあり得る、その可能性を前川さんの作品は常に提示していて、特殊な作風の方なのですが、それが受け入れられ、高い評価を得てきているのはいいことだと思うんですね。その点で、BtBの演目もとても価値観を揺さぶる作品です。BtB は2013年にF/Tのラインナップとして芸劇で「ガネーシャ VS. 第三帝国」を上演しましたが、今回は「野外劇 三文オペラ」と同じ池袋西口公園で、観る人はヘッドセット、演じる人はワイヤレスマイクを着けて、一般人の雑踏の中で、「スモール・メタル・オブジェクツ」を上演します。BtBには知的障害のある俳優さんが所属されていて、彼らが俳優としてものすごくいい表現をなさるんです。今回は知的障害のある2人が非合法的な何かの売人、障害のない2人がそれを入手したいお客として出会うという設定です。そのコミュニケーションが果たして成り立つのかどうかを見守るうちに、健常者がいつのまにか障害者に対して持っている上から目線、自分の隠れたところに持っている差別意識などに気付かされ、価値観がグラグラさせられるような演劇です。ぜひ楽しみにしていてください!

河合千佳

河合 F/Tはずっとディレクター制を取っておりまして、2018年度はその交代の時期ということもあり、これまでやってきたことをある程度踏襲しつつ、新体制の試みを織り交ぜたラインナップとなります。その中で、ずっとやってきたアジアシリーズについては、国単位としてではなく、もう少し広く捉えたアジア圏という形でアーティストや作品のご紹介をしていけたらと思います。また本シリーズを続ける中で、ダンスとか美術とかわかりやすくカテゴライズできない作品も多いと感じたので、そういったジャンルが曖昧なものも積極的に紹介していきたいと思います。それと、劇場ではなく区役所とか公園など日常の延長線上にお芝居やパフォーマンスが観られる環境を作っていく「まちなかパフォーマンスシリーズ」も継続していきます。そのほかこれまでとの関係性を踏まえて、現在は海外招聘の準備も進めているところです。

宮城聰(ミヤギサトシ)
宮城聰
1959年東京生まれ。演出家。SPAC-静岡県舞台芸術センター芸術総監督。東京大学で小田島雄志・渡邊守章・日高八郎各師から演劇論を学び、90年にク・ナウカを旗揚げ。国際的な公演活動を展開し、同時代的テキスト解釈とアジア演劇の身体技法や様式性を融合させた演出で国内外から評価を得る。2007年4月、SPAC芸術総監督に就任。自作の上演と並行して世界各地から現代社会を切り取った作品を次々と招聘し、“世界を見る窓”としての劇場作りに力を注いでいる。14年7月にアビニョン演劇祭から招聘された「マハーバーラタ」の成功を受け、17年に「アンティゴネ」を同演劇祭のオープニング作品として法王庁中庭で上演した。代表作に「王女メデイア」「ペール・ギュント」など。06年から17年までAPAF(アジア舞台芸術祭)のプロデューサーを務める。04年に第3回朝日舞台芸術賞、05年に第2回アサヒビール芸術賞を受賞。
横山義志(ヨコヤマヨシジ)
横山義志
1977年千葉市生まれ。中学・高校・大学と東京に通学。2000年に渡仏し、08年にパリ第10大学演劇科で博士号を取得。専門は西洋演技理論史。07年からSPAC-静岡県舞台芸術センター制作部、09年から同文芸部に勤務。主に海外招聘プログラムを担当し、二十数カ国を視察。14年からアジア・プロデューサーズ・プラットフォーム(APP)メンバー。16年、アジア・センター・フェローシップにより東南アジア三カ国視察ののち、アジアン・カルチュラル・カウンシル(ACC)グランティーとしてニューヨークに滞在し、アジアの同時代的舞台芸術について考える。学習院大学・静岡県立大学非常勤講師。論文に「アリストテレスの演技論 非音楽劇の理論的起源」、翻訳にジョエル・ポムラ「時の商人」など。舞台芸術制作者オープンネットワーク(ON-PAM)理事、政策提言調査室担当。
内藤美奈子(ナイトウミナコ)
内藤美奈子
プロデューサー。東京大学文学部卒業。1985年よりパルコ劇場にて、98年よりホリプロ・ファクトリー部にて、 2010年より東京芸術劇場にて、演劇・ダンス・ミュージカル・海外公演・国際共同制作などの企画制作、海外公演の招聘などに従事。手がけた主な作品に「THE BEE English Version」(野田秀樹作・演出)世界10都市ツアー、「トロイアの女たち」(蜷川幸雄演出/東京芸術劇場・テルアビブ カメリ劇場共同制作)、「リチャード三世」(シルビウ・プルカレーテ演出)、「ラヴ・レターズ」(青井陽治演出)、ミュージカル「ファンタスティックス」(宮本亜門演出)、「タデウシュ・カントール&Cricot2“くたばれ芸術家”“私は二度と戻らない”」、ブロードウェイ・ミュージカル「CHICAGO」、ロイヤル・シェイクスピア・カンパニーなど。桜美林大学非常勤講師。
根本晴美(ネモトハルミ)
根本晴美
早稲田大学卒業後、劇団四季に社員として入社。翌年ニューヨーク大学大学院パフォーマンススタディーズ専攻へ留学。帰国後は、こどもの城に併設されていた青山劇場・青山円形劇場事業本部で、演劇・舞踊や子どものための舞台芸術の企画制作、またローザンヌ国際舞踊コンクール東京開催事務局、海外共同制作ミュージカルなどに携わる。1996年世田谷パブリックシアター開設準備室に入室。日本初の創造発信型公共劇場のプロデューサーとして、演劇、ダンス、子どもプロジェクト、ワークショップの企画制作、地方公共劇場との連携事業などを19年間手掛け、劇場のステータスの確立に貢献した。16年4月より、あうるすぽっと制作統括チーフプロデューサーを務める。
杉田隼人(スギタハヤト)
杉田隼人
民間企業、公立ホール、ヨコハマトリエンナーレ2011 PR隊「ヨコトリキャラバンズ」事務局等での制作を経て、2012年より公益財団法人としま未来文化財団に勤務。現在までに「としま能の会」「民俗芸能inとしま」「ジュニア・アーツ・アカデミー狂言コース」「伝統芸能in自由学園明日館『獅子の祝祭』」などを担当。16年に東京芸術祭参加作品「大田楽 いけぶくろ絵巻」を企画制作。南池袋公園を中心に、池袋の街中で上演、コスプレイヤーとのコラボレーションも話題となった。伝統芸能分野における新たな観客層の創出に努めている。
多田淳之介(タダジュンノスケ)
多田淳之介
1976年生まれ。演出家。東京デスロック主宰。埼玉県の富士見市民文化会館キラリふじみ芸術監督。古典から現代戯曲、ダンス、パフォーマンス作品までアクチュアルに作品を立ち上げる。「地域密着、拠点日本」を標榜し、全国地域の劇場・芸術家との地域での芸術プログラムの開発・実践や、演劇を専門としない人との創作、ワークショップも積極的に行い、演劇の持つ対話力・協働力を広く伝える。海外共同製作も数多く手がけ、特に韓国、東南アジアとの共作は多数。また東京デスロックは2009年以降東京公演を休止。13年に東京復帰公演を行うも、現在は2020年東京オリンピック終了まで再休止している。10年キラリふじみ芸術監督に公立劇場演劇部門の芸術監督として国内史上最年少で就任。14年に韓国の第50回東亜演劇賞演出賞を外国人として初受賞。高松市アートディレクター。四国学院大学非常勤講師。セゾン文化財団シニアフェロー対象アーティスト。 
長島確(ナガシマカク)
長島確
1969年東京生まれ。立教大学文学部フランス文学科卒。大学院在学中、ベケットの後期散文作品を研究・翻訳するかたわら、字幕オペレーター、上演台本の翻訳者として演劇に関わる。その後、日本におけるドラマトゥルクの草分けとして、さまざまな演出家や振付家の作品に参加。近年はアートプロジェクトにも積極的に関わる。参加した主な劇場作品に「アトミック・サバイバー」(阿部初美演出、TIF2007)、「4.48 サイコシス」(飴屋法水演出、F/T09秋)、「フィガロの結婚」(菅尾友演出、日生オペラ2012)、「効率学のススメ」(新国立劇場、ジョン・マグラー演出)、演劇集団 円「DOUBLE TOMORROW」(ファビアン・プリオヴィル演出)ほか。主な劇場外での作品・プロジェクトに「アトレウス家」シリーズ、「長島確のつくりかた研究所」(共に東京アートポイント計画)、「ザ・ワールド」(大橋可也&ダンサーズ)、「←(やじるし)」(さいたまトリエンナーレ2016)など。東京藝術大学音楽環境創造科特別招聘教授。中野成樹+フランケンズのメンバーでもある。18年度よりF/Tディレクター。
河合千佳(カワイチカ)
河合千佳
武蔵野美術大学卒。劇団制作として、新作公演、国内ツアー、海外共同製作を担当。企画製作会社勤務、フリーランスを経て、2007年にNPO法人アートネットワーク・ジャパン(ANJ)入社、川崎市アートセンター準備室に配属。「芸術を創造し、発信する劇場」のコンセプトのもと、新作クリエーション、海外招聘、若手アーティスト支援プログラムの設計を担当。また同時に、開館から5年にわたり、劇場の制度設計や管理運営業務にも携わる。12年、フェスティバル/トーキョー実行委員会事務局に配属。日本を含むアジアの若手アーティストを対象とした公募プログラムや、海外共同製作作品を担当。また公演制作に加え、事務局運営担当として、行政および協力企業とのパートナーシップ構築、ファンドレイズ業務にも従事。15年より副ディレクター。17年度より日本大学芸術学部演劇学科非常勤講師。18年度より、F/T共同ディレクター。