“言葉の油断ならなさ”に迫る「たわごと」稽古場レポート / 桑原裕子インタビュー / キャストコメント (2/2)

大事なことは言葉じゃないところで起きている…ことを、言葉で探っている

──作家の話ということもあるかもしれませんが、戯曲の中に“作家・桑原裕子”を感じる瞬間がありました。言葉を書いているそばから突き放していたり、現実に対するシビアな目線を持ちつつもフィクションの中に希望を潜ませたり……。

言葉を書く仕事をしているのに、本当に大事なことは結局言葉じゃないところで起きているな、とよく感じます。役者もやっているので、例えば最近唐十郎さんの芝居に出ていたんですけど、唐さんの言葉や戯曲の美しさはもちろん感じつつ、でも心が突き動かされるのは単に言葉なのかというと、もっと違う何かだったりする。じゃあそれが何なのか、ということを、やっぱり私は言葉で探そうとしていて……その行ったり来たりする感じが自分の中では常に起きています。

──そんな言葉の二面性、表裏一体感が、渡辺さんと渋川さんが演じる需と心也の兄弟関係性にも反映されているようにも感じます。

そうですね。また需と心也に共通しているのは、実はどちらも臆病だということなんです。ただその表現の仕方がそれぞれ違うんじゃないかなと。需は怖いからこそ、その時々の周りの状況に一喜一憂してしまうし、逆に心也は、去勢を張って消えて逃げてしまう。劇中で映画「パピヨン」が出てきますけど、“飛び込む”ということに対して2人がどう考えているのかも対照的です。需は奥さんである菜祇との問題に本質的に向き合えず、目を逸らすためにほかの問題に一生懸命目を向けていて、心也は問題自体から距離を取っている。兄弟どちらも弱い部分があって、それが対照的に現れていると思います。

桑原裕子

桑原裕子

──また需と心也以外の登場人物も、菜祇、解子、黒江、テオなど名前が印象的です。

それぞれ、一見すると普通の人に見えるんだけれど実は一筋縄ではいかない問題を抱えている人たちだと思います。菜祇は、最初は「凪」のイメージで書いていたのですが最終的に字体を変えました。菜祇は一見すると穏やかなんだけれど、実は不妊治療に苦しんでいて、需にも向き合ってほしいとずっと発信していて、内面は壊れるギリギリのところにある人物。美里ちゃんはそういう危うさのある演技が面白いので、おおらかで穏やかに見える菜祇が実は全く逆の要素になっていく、というところが見せられれば。黒江とテオは、冒頭では常識的な医師と看護師として登場しますが、名前を聞くと日本人なのかどうかもわからないし、実際“本当に常識的”な存在であるかもわからない。そんな不可解な存在である、ということが、名前を音で聞いたときに「あれ?」って感じてもらえたら。

またこういう家族ものって、よく和室の茶の間のような空間をイメージしそうですが(笑)、今回の舞台は崖の上の洋館。そういった異質な空間に現れる、ちょっと煙に巻くような存在になれば良いなと思っています。あとテオに関してはゴッホの弟のイメージも重ねていたり、黒江は言葉だけじゃなく、(患者である亭杔に)“触れる”人なので、そんな黒江役を松岡さんが演じたときに、彼女の肉感、実体がポイントになってくるのではないかと思います。

──物語の後半では、“作家と作品”をめぐる視点も描かれます。作家にとって作品は分身だとか、100年後も残る作品を生み出したいと言う人もいますが、桑原さんはご自身の作品に対して、どのような思いを持っていらっしゃいますか?

幼いかもしれないんですけど……例えば後世にも私の作品が残ったらいいなとか、私の作品をやってくれたら良いなということにはまったく頭が回らず(笑)、私がそこにいないこと、私という人間に会えなくなることを悲しんでほしいと思ってしまいます。私が死んだ後に、私のことを知らない人が私の作品を知ったからといってそれがなんなの?とも思うし……後世に対する執着があまりないのかな。なので、私の言葉や作品を愛していると思ってくれた人たちには、実体としての桑原裕子を好きだったと思ってほしいのかもしれません(笑)。

──また、今年桑原さんはとよはし芸術劇場の芸術文化アドバイザーから芸術監督になられました。豊橋で生まれた「荒れ野」も高い評価を得ましたが、桑原さんにとっても豊橋での創作は、大事な場となっているのではないでしょうか。

そうですね。豊橋でやらせてもらえるということは劇団と同じくらい怖いことだと思いつつ、劇団と同じくらい早くやりたい場で、今思っている、現在の私を見てもらえる場という感じがしています。例えば外部で発注されて書くものは、「コメディでお願いします」とか「この原作で、このキャストでお願いします」というように何らかのオーダーに則って書くものが多いですが、豊橋では今私がやりたいと思うことを一緒に作ろうとしてくださるし、また豊橋で知り合った人たち、「荒れ野」をはじめ私の作品を重ねて観てくださっている人たちが、「今、桑原はこういうものを書くんだ」と系譜も含めて観てくださるのが、劇団と近しい意味でうれしいですね。ですので、豊橋で新作を作るということは、ただ単に新作を発表するということだけではないありがたさがあります。

プロフィール

桑原裕子(クワバラユウコ)

東京都出身。劇作家・演出家・俳優。KAKUTA主宰。2018年4月穂の国とよはし芸術劇場芸術文化アドバイザーに就任し、2023年より芸術監督に名称変更。俳優業のほかに、テレビ、ラジオ、映画の脚本、舞台への作・演出などを手がける。2019年に劇団作品「ひとよ」が白石和彌監督で映画化。映像脚本に昭和歌謡ミュージカル「また逢う日まで」など。そのほかの近年の主な舞台に「徒花に水やり」(出演)、「シブヤデアイマショウ」(出演)、「ロビー・ヒーロー」(演出)、「サンセットメン」(作・演出)、「閃光ばなし」(出演)、「少女都市からの呼び声」(出演)など。第64回文化庁芸術祭・芸術祭新人賞(脚本・演出)、第18回鶴屋南北戯曲賞、第5回ハヤカワ「悲劇喜劇」賞、読売文学賞戯曲シナリオ部門など受賞歴多数。

キャストが語る「たわごと」

ここではキャストがそれぞれの目線から自身の役や作品への思いを紹介する。

左から谷恭輔、田中美里、渋川清彦、渡辺いっけい、松金よね子、松岡依都美。

左から谷恭輔、田中美里、渋川清彦、渡辺いっけい、松金よね子、松岡依都美。

渋川清彦(心也)

──作品やご自身が演じられる役について、どんな印象をお持ちですか?

日常では人に対し気持ちを隠すというか抑えていたりする。あたりまえの事だが、それにより関係だったり自身に何らか影響があったりなかったり。希望と絶望をかかえ、時に爆発したり受けとめたり、たまに止まったりしながらも前向きに生きる。そんな物語だ。

──お稽古の中で印象的に残った桑原裕子さんの発言や行動、あるいは共演者の方々とのエピソードがあれば教えてください。

桑原さんには自分の癖、逃げ、性格をすぐに見抜かれた気がして、恐ろしいです(笑)。自分の成長になると信じてます。

──本作を楽しむ際にヒントになるようなキーワード、あるいは立ち上がりを楽しみにしているシーンを教えてください。

人は言葉がないとわかりあえないのか? たわごととはなんなのか? 桑原さんのセリフというか言葉の裏に隠れてる繊細な気持ちを表現できるようくらいついていきます。

プロフィール

渋川清彦(シブカワキヨヒコ)

1974年、群馬県生まれ。KEE名義でモデル活動を経て、1998年に「ポルノスター」で映画デビュー。2013年に映画制作集団・大田原愚豚舎の第1回作品「そして泥船はゆく」で映画単独初主演。「お盆の弟」「アレノ」で第37回ヨコハマ映画祭主演男優賞、「閉鎖病ウィーアーリトルゾンビーズ」で第32回日刊スポーツ映画大賞・石原裕次郎賞 / 助演男優賞を受賞した。近年の主な映画出演作に「聖地X」「偶然と想像」「キングダム2 遥かなる大地へ」「コンビニエンス・ストーリー」「Winny」「GOLD FISH」「almost people」「怪物の木こり」など。舞台では岩松了、三浦大輔、豊田利晃、水谷龍二、本田誠人の演出作品に出演した。2024年3月にオフィスリバープロデュース「お目出たい人」に出演。

田中美里(菜祇)

──作品やご自身が演じられる役について、どんな印象をお持ちですか?

菜祇は愛に飢えてる人という印象があります。
愛している分愛してほしいという気持ちが強く重たく感じられてしまう。天真爛漫に見えて神経が細やかだったり、気を遣ってやっているつもりのことが空回りしていて端から見たら逆に図太く見えたり、そんなちぐはぐさに自分自身で振り回されている女性のような気がします。

──お稽古の中で印象的に残った桑原裕子さんの発言や行動、あるいは共演者の方々とのエピソードがあれば教えてください。

共演者とはまだお稽古であまり深く関われていないのですが、皆さんの個性がバラバラで独特の空気が流れている気がするのでこれから混ざり合っていくのが今から楽しみです。
桑原さんには菜祇は小さな子どもみたいな感じでずっと動いているとアドバイスをいただき、どんなところで菜祇らしく動けるか探り中です。

──本作を楽しむ際にヒントになるようなキーワード、あるいは立ち上がりを楽しみにしているシーンを教えてください。

ヒント……ですか?
ティッシュですかね。
私、舞台上でこんなにたくさんティッシュを使ったのは初めてです。
あとは私のセリフではないですが「みんなこどもだ」っていうセリフが出てくるんです。
私も含めこの作品を真剣に稽古している6人を見ているとお稽古の最後にこの言葉がよぎるんですよね。

プロフィール

田中美里(タナカミサト)

石川県生まれ。1997年、NHK 連続テレビ小説「あぐり」のヒロインに抜擢されデビュー。その後、テレビドラマ、映画、舞台に多数出演。主な出演作に映画「みすゞ」「ゴジラ×メガギラスG消滅作戦」「能登の花ヨメ」「人」、テレビドラマ「WITH LOVE」「利家とまつ~加賀百万石物語~」、舞台「徒花に水やり」など。韓流ドラマ「冬のソナタ」ではヒロイン・ユジンの吹替を務めた。また2019年に自身がプロデュースする帽子ブランド「ジンノビートシテカッシ」を立ち上げた。11月に出演映画「TOKYO, I LOVE YOU」の公開が控える。

谷恭輔(テオ)

──作品やご自身が演じられる役について、どんな印象をお持ちですか?

今回やらせていただく役はとてもマイノリティな出自の持ち主で、それ故に現時点ではまだまだ分からないことがたくさんあります。
おそらくこの役をいただいて無かったとしたら、この役の人生背景だからこその苦しみや葛藤に私はずっと気付かずに過ごしていたと思います。
この役を考えることで世界の広さを思い知っています。

──お稽古の中で印象的に残った桑原裕子さんの発言や行動、あるいは共演者の方々とのエピソードがあれば教えてください。

本読みのときに桑原さんが「セリフを疑って。書かれていないところにこそ着目してほしい」という言葉は今もずっとぐるぐる考えています。
僕は割と人の言葉を素直に受け取ってしまうところがあるので、疑うという感覚を養うためにも実生活で人の言葉を無駄に疑ってみたりしてます(笑)。

──本作を楽しむ際にヒントになるようなキーワード、あるいは立ち上がりを楽しみにしているシーンを教えてください。

「たわごと」というタイトルが僕はとても好きで気に入っています。
一見たわごとって聞くとマイナスな印象を持ちますが多面的な解釈ができる言葉だと思っています。
本作を観るとその意味をわかっていただけると思います。
また、疑いながら観るっていうのもそれはそれで面白そうですね。
立ち上がりを楽しみにしているところは渋川さんのあそこのあのシーンです。
劇場で前から見たいなあ……。
どうぞお楽しみに!!!

プロフィール

谷恭輔(タニキョウスケ)

大阪府生まれ。2018年よりKAKUTAの劇団員として活動。2017年、テレビドラマ「コウノドリ」にてテレビドラマデビュー。出演作にテレビドラマ「天国と地獄~サイコな2人~」「推しの王子様」「インビジブル」、KAKUTA「らぶゆ」「ひとよ」「或る、ノライヌ」など。

松岡依都美(黒江)

──作品やご自身が演じられる役について、どんな印象をお持ちですか?

いろいろなことが巻き起こっていく喜劇を含んだ人間ドラマという印象ですが、それぞれの登場人物が何かしらの寂しさや痛み苦しみを抱えて生きていて、そこがとても人間的で愛おしかったりします。私の役も表面的には図太かったり図々しかったりするのですが、二面性を含んでいてとても面白い役どころです。

──お稽古の中で印象的に残った桑原裕子さんの発言や行動、あるいは共演者の方々とのエピソードがあれば教えてください。

桑原さんとは今回が初対面で、とても楽しみにしていました。この台本では“セリフを疑ってほしい”と初めに言われたのが印象的でした。表面上の言葉と、その言葉に隠れた感情や思いを考えながらみなさんと共に一所懸命向き合っていきたいです。

──本作を楽しむ際にヒントになるようなキーワード、あるいは立ち上がりを楽しみにしているシーンを教えてください。

“たわごと”とは、ふざけて言う言葉、じょうだん、ばかばかしい話など、いい加減な発言を意味する言葉として使われます。まさにこの作品のタイトルがキーワードでしょうか。私たちの日常には意外とこの“たわごと”がふんだんにちりばめられているかもしれませんね。

プロフィール

松岡依都美(マツオカイズミ)

三重県出身。文学座所属。2008年に座員となり、舞台や映像を中心に活動の場を広げる。主な出演作品に、映画「永い言い訳」「三度目の殺人」「万引き家族」「さがす」、舞台「イキウメの金輪町コレクション」「森 フォレ」「紙屋町さくらホテル」「夏の砂の上」など。映画「凶悪」で第28回高崎映画祭最優秀新進女優賞、「きらめく星座」「五十四の瞳」で第55回紀伊國屋演劇賞個人賞を受賞。2024年2月「音楽劇『不思議な国のエロス』 ~アリストパネス『女の平和』より~」に出演する。

松金よね子(解子)

──作品やご自身が演じられる役について、どんな印象をお持ちですか?

チラシを見るとどの人も写真の顔と演じるキャラクターの雰囲気がよく出ているように感じる。私以外は……。写真の中の私は、穏やかな優しい笑みを浮かべている。これは、私の役のイメージとは違う気もする……。なぜこの笑顔の写真が使われたのか⁉ 「モナリザの微笑』のように神秘的な微笑とは程遠いが、この笑顔は何を意味するのか……?

──お稽古の中で印象的に残った桑原裕子さんの発言や行動、あるいは共演者の方々とのエピソードがあれば教えてください。

役者に演ってほしい表現があるとき、桑原さんはそれを説明するのがとても上手い。「例えば〇〇の映画の〇〇のシーンで、〇〇さんが演っていたイメージ」と、その例えがとても明確で、よくわかる。私が役の心理をつかめずにいたとき、「例えば認知症の人がね……」とナイスな例えが返ってきた。とてもわかりやすかった。

──本作を楽しむ際にヒントになるようなキーワード、あるいは立ち上がりを楽しみにしているシーンを教えてください。

桑原さんは“私が観たい芝居”を創る人で、今回“私が観たい役者”が集まりました。そんな作品に参加できて、とても幸せなことだと思う反面、観客として観てみたい! そんな気持ちが出てくる芝居です。稽古を重ねていけばいくほど、一筋縄ではいかない脚本。さてどうなりますか⁉ どうぞ私の代わりに観てください。

プロフィール

松金よね子(マツカネヨネコ)

東京都生まれ。テアトルエコーを経て、小劇場から商業演劇、ミュージカルなど多様な舞台に出演。1981年に第16回紀伊國屋演劇賞を受賞。1986年に演劇ユニット、グループる・ばるを結成し2018年まで活動。近年の出演作にテレビドラマ「ブラッシュアップライフ」、映画「窓辺にて」「バカ塗りの娘」、舞台は「本日も休診」、KAKUTA「らぶゆ」など。11月3日に「さよならほやマン」が公開される。

渡辺いっけい(需)

──作品やご自身が演じられる役について、どんな印象をお持ちですか?

作家の長男の役なんて何だか知的でうれしいぞ!と思いながら台本を読み進めますとカリスマ性が漂うのは弟のほうで僕はいろいろな人間に振り回されながら喜怒哀楽を露わにし続ける長男……漂ってくるのは知性ではなくあふれんばかりの人間臭さ。それでも、やっぱりしみじみとうれしさだけが込み上げてきます。作家の長男の役。うふふ。

──お稽古の中で印象的に残った桑原裕子さんの発言や行動、あるいは共演者の方々とのエピソードがあれば教えてください。

「自分のセリフを疑ってみてください」

稽古初頭“言葉の曖昧さ”を説明する彼女の口から生まれた役者へのアドバイス。この芝居が終わってもずっと心に留めておきたい終生のアドバイスだと感じています。

──本作を楽しむ際にヒントになるようなキーワード、あるいは立ち上がりを楽しみにしているシーンを教えてください。

ラストシーンをしっかり迎えるためにそれまでの出番を1つずつ丁寧に積み重ねていかねばなと、思っています。自分の役どころを役回りをどこまで表現体現出来るかわかりませんが、全力を尽くしたうえで成立するラストシーンだよなぁーと感じているからです。

プロフィール

渡辺いっけい(ワタナベイッケイ)

1962年、愛知県生まれ。劇団☆新感線や状況劇場をはじめとする舞台や、映画、テレビドラマに多数出演。主演映画「マリッジカウンセラー」で第21回ダッカ国際映画祭最優秀男優賞を受賞。近年の出演作にテレビドラマ「シッコウ!!~犬と私と執行官~」「婚活食堂」「大富豪同心3」「ウツボラ」、映画「オジさん、劇団始めました。」主演、「Winny」「シャイロックの子供たち」など。舞台は「てなもんや三文オペラ」「D-river」「ウィングレス(wingless)」「住所まちがい」など。テレビアニメ「おしりたんてい」では声優、ナレーションを務めている。