シュツットガルト・バレエ団6年ぶりの来日公演に、フリーデマン・フォーゲルが思い語る

ドイツのシュツットガルト・バレエ団が6年ぶりの来日公演を行う。南アフリカ出身の英国人ダンサー・振付家、ジョン・クランコの革新的な創作により、その名を世界に知らしめた同バレエ団は、クランコの死後も、彼の薫陶を受けた歴代の芸術監督によって革新的で多彩な踊りの歴史を紡いできた。そんなシュツットガルト・バレエ団が、今回はクランコ振付・演出による「オネーギン」と、同バレエ団出身のジョン・ノイマイヤー振付「椿姫」というカンパニーを代表する2作を引っ提げ、6年ぶりに来日する。

ステージナタリーでは、8月に東京で開催された「世界バレエフェスティバル」に続き、11月の来日公演にも出演するバレエ界のスター、フリーデマン・フォーゲルにインタビュー。「オネーギン」でタイトルロール、「椿姫」でアルマン役を演じるフォーゲルに作品への思いや来日公演への意気込みを聞いた。

取材・文 / 森菜穂美撮影 / 藤記美帆

シュツットガルト・バレエ団とは?

ドイツのシュツットガルトに拠点を置くシュツットガルト・バレエ団は、ヴュルテンベルク公の宮廷バレエ団にルーツを持つ、長い歴史があるバレエ団。1961年にジョン・クランコが芸術監督に就任すると、「ロミオとジュリエット」や「オネーギン」など、長編の物語をバレエ化し、世界的に注目を集めた。1973年にクランコが死去した後は、グレン・テトリー、マリシア・ハイデ、リード・アンダーソンといった面々が芸術監督を引き継ぎ、同バレエ団からウィリアム・フォーサイス、イリ・キリアンといった著名なダンサー、振付家が多数輩出されている。

自分の中の多様な要素を引き出し、本質だけを残す

──まずは8月に上演された「世界バレエフェスティバル」について伺います。2003年にフリーデマン・フォーゲルさんは初めて「世界バレエフェスティバル」に出演されて、私もその当時拝見しました。そのときフォーゲルさんは二十代前半と大変若かったのですが、観客は鮮烈なインパクトを受けて、新しいスターが生まれたと感じました。それから21年。フォーゲルさんは今なお日本でも大変人気があり、「世界バレエフェスティバル」でもなくてはならない存在になっています。「世界バレエフェスティバル」に関しての思い出には、どんなものがありましたか。

「世界バレエフェスティバル」は私のキャリアを変えてくれた公演で、「世界バレエフェスティバル」を通じていろいろな人とも出会うことができ、人生を変えてくれた存在というべきでしょう。世界中の一流のバレエダンサーが1つの舞台に集まるということが、まず素晴らしいですよね。2003年に出演したときには、素晴らしいバレエダンサーの方々を生で初めて観られる機会で、私の視野を広げてくれました。それぞれのバレエ団から最高のレパートリーが集まり、インスピレーションを得られましたし、アーティストとして成長させてもらいました。そんなフェスティバルにほぼ毎回参加させていただいていることは、私にとってとても光栄なことです。

フリーデマン・フォーゲル

フリーデマン・フォーゲル

──続けて11月にはシュツットガルト・バレエ団の6年ぶりとなる来日公演が行われます。今回フォーゲルさんは「オネーギン」のタイトルロールと「椿姫」のアルマン役を、両作品とも初日に踊る予定になっています。両作品ともシュツットガルト・バレエ団で生まれた、文学作品を基にしたドラマティックバレエで、カンパニーの魂がこもっているレパートリーです。

ええ。今回の来日公演で、シュツットガルトを代表する二つの作品をお見せできるのは非常に喜ばしいことです。

──まずはロシアの文豪アレクサンドル・プーシキンの韻文小説を原作としている「オネーギン」について伺います。フォーゲルさんはシュツットガルト・バレエ団に入団してからずっと「オネーギン」の舞台に立たれていて、当初はロマンチックな美しい詩人で理想主義的なレンスキー役を見事に演じ、注目を集めました。今ではオネーギンはフリーデマンさんの当たり役として世界的に知られています。本作ではエフゲニー・オネーギンという男性の人生のいろいろな局面が描かれますが、過去のインタビューでフリーデマンさんはオネーギンの人生を、「舞台上に生きるような人生」とおっしゃっていました。この役の難しさと、演じる喜びについて教えてください。

オネーギン役を、特に難しい役とは思っていません。ただこの役は、自分に正直になって挑むことが大事だと思っています。役を深呼吸するように吸い込むことで、自分の中でその役を見つける、その役になることが大事です。普段私は、幕が開く前から役に入り始めるのですが、私はその状態を“バブルの中に入る”と表現しています。役のバブルに入り込んで、その役に浸る、というアプローチの仕方です。オネーギンはまさにそういったアプローチなのですが、実は「椿姫」のアルマンの場合は、まったく逆のアプローチをしています。

「オネーギン」より。©Roman Novitzky/Stuttgart Ballet

「オネーギン」より。©Roman Novitzky/Stuttgart Ballet

そもそも私は役者として、例えばロマンチックな役しかできないというふうに、型に嵌め込まれた見方をされたくないと思っています。自分の中にはいろいろな要素があると思っていますし、そのいろいろな要素を見つけながら役に近づいていくことが、役の真実味を引き出すプロセスだと考えています。

あとは、いらないものをどんどん切り捨てて取り除いていくことも大事だと思います。本質を見つけて本質だけを残すこと、剥いて中身だけを見せることが大事で、本質的な部分をお客様に見せることによって、お客様との直接的なコミュニケーションを図ることができると考えています。

フリーデマン・フォーゲル

フリーデマン・フォーゲル

──複雑で陰影に富んだ人物であるオネーギン役は、世界中の男性ダンサーが一度は演じてみたいと考える素晴らしい役ですが、フリーデマンさん自身は、オネーギンはどういう人だと感じていますか。

レンスキー役を長らく演じてきた経験も助けとなり、私の場合はオネーギン役は演じやすかったです。レンスキーは周囲に気を配り、例えばタチヤーナ、オリガ、オネーギンなど、みんなが心地よくなるように常に気を遣わないといけない役でけっこう疲れてしまうのですが(笑)、オネーギンは自分のことしか考えていない、エゴイスティックな人なので、個人的にはオネーギン役のほうが楽でした。

レンスキーからオネーギンに切り替わるときに、私は「自分は自分のことしか考えなくていい」ということに決めたんですが、そんな自分のことしか考えていないオネーギンだからこそ、タチヤーナが自分の中で大きい存在だったことに気付いたときは時すでに遅しで、あのような悲しい結末に導かれてしまうのだと思います。

「オネーギン」より。©Stuttgart Ballet

「オネーギン」より。©Stuttgart Ballet

歳月を経て、レイヤーを重ねたオネーギンに

──フリーデマンさんが数年前に主演された「オネーギン」の映像資料を観て、オネーギンの人生を豊かに演じられていて素晴らしいと思いました。そこから数年経ち、今のフリーデマンさんが演じられているオネーギンはまた変わっていると思うのですが、この役を踊るとき、毎回何か違いを感じますか。

年月を経て私のオネーギンが、良い方向へと変わっていることを願っています。同じことを繰り返すことはしたくないですし、この数年間で自分の日常生活や人生における経験がいろいろと変化したことにセンシティブでありたいと思っています。人生の経験は役にとってのスパイスになりますし、役を演じるたびに、新たなレイヤーがどんどん塗り替えられていくことを目指しています。そのためには、“こういった感情が欲しい”と思ったらすぐそれが引き出せるように、自分の中でイマジネーション、ファンタジー、経験をプールして備えることがとても大事だと思っています。

「オネーギン」より。©Stuttgart Ballet

「オネーギン」より。©Stuttgart Ballet

──今回の来日公演では、オネーギンに恋するタチヤーナ役をエリサ・バデネスさんが演じられます。彼女も今年の「世界バレエフェスティバル」に出演した素晴らしいダンサーですが、彼女が演じるタチヤーナは、どんな人物であると感じていますか。

エリサも新しい、今までとまったく違うアプローチをしてくれると思います。ただ彼女が、そして私が“こういう風に役を演じるからこうなる”ということではなくて、カンパニー全体としてその時々の新しい「オネーギン」を紡いでいくので、今回は2024年のバージョンをお見せすることになると思います。

それに彼女の演じ方が事前にわかってしまうと、私もそれに備えたリアクションを準備してしまい、すべてが決まりごとになり、“それならばDVDを観ても同じ”ということになってしまいます。でも私たちは演じるたびに違っていることが大事だと思っているので、もちろん今までにこの役を踊った経験や記憶もありますが、毎回新たな要素を加えて、ただ同じ演技を繰り返すことはありません。ですので、お客様にはぜひライブのパフォーマンスを観ていただきたいです。

「オネーギン」より。©Stuttgart Ballet

「オネーギン」より。©Stuttgart Ballet

──「オネーギン」という作品の魅力、この部分に注目してほしいところがあったら教えてください。

「オネーギン」はとてもわかりやすい物語をベースにした作品だと思います。振付を手がけたジョン・クランコは、この作品を短期間で作り上げてパッと渡したそうですが、彼はそれくらい天才だったわけです。お客様にとっても、観る前に事前の準備は必要なく、あらすじを読まなくても、幕が開いたらスッとストーリーに入ることができます。またこの作品は、お客様がいろいろな視点で見られるのも特徴で、例えばある登場人物が何を言っているかを、お客様はご自分の視点でさまざまに想像しながら追うことができます。「オネーギン」の魅力の一つは、お客様自身それぞれが1人ひとり映画監督のように、自分はどのシーンを追いかけるのか選べるところだと思います。いろいろな要素が含まれているので、誰しもが何回観ても、初めて観たかのように楽しめるんです。以前、バレエに詳しくない友達が「オネーギン」を観たことがあったのですが、彼ら彼女らは「本当に言葉が出ない」と非常に感動していました。