ヨーロッパ企画の大歳倫弘が作劇を手がけ、小沢道成が演出・美術を担う新作「しばしとてこそ」が、2月21日に東京・新国立劇場 小劇場で開幕する。「しばしとてこそ」の舞台は、“卒業するタイミングは自由に自分で決めることができる世界”。3年で卒業せず“N学年”に進級することを選んだダイチ、ミツル、タクロウの仲良し3人組を、阿久津仁愛、押田岳、坪倉康晴が演じる。個性豊かな“N学年”の生徒たちには、小島梨里杏、富山えり子、中川晴樹、池津祥子、大鷹明良がキャスティングされ、“N学年”の担任教師・スズキ役を安西慎太郎が務める。
ステージナタリーでは、1月下旬に行われた稽古の様子をレポート。また本特集の後半には、クリエイターの2人、キャスト9人のコメントを掲載している。
取材・文 / 興野汐里撮影(P1) / 山岸和人
青春群像劇をさまざまな角度から
初日まであと約3週間に迫った1月下旬、東京都内にある「しばしとてこそ」の稽古場を訪れた。この日行われたのは、出演者9人全員が参加する全体稽古。プロローグに始まり、シーン1からシーン5、そしてエピローグに至るまで、物語をざっくりと追いながら、転換の仕方や登場人物の動きを確認する作業が行われた。
「しばしとてこそ」で描かれるのは、“N学年”に進んだ生徒たちの青春群像劇。さまざまな角度、さまざまな視点から彼らの学生生活を観ることができるよう、演出・美術を担う小沢の意向により、客席が舞台を2方向から挟むセンターステージ方式が採用された。稽古場には、70cm余りの高さがある高床式のステージが仮組みされており、舞台から1段降りたステージ下のゾーンもアクティングエリアになっている。
小沢の「それでは始めます!」という明るい声を合図に、プロローグの稽古がスタートした。プロローグでは、阿久津扮するダイチ、押田扮するミツル、坪倉扮するタクロウが“N学年”に進むことを決意する場面が展開。ここでは、阿久津、押田、坪倉が、背中に担いだイスを降ろすタイミングを計る稽古が行われた。ゆっくりとイスを降ろす者、勢いよく降ろす者、周囲の反応を見ながら降ろす者。このまま学校を卒業すべきか、それとも“N学年”に進むべきか悩む3人の心情が、イスを降ろすスピードやタイミングの違いに表れている。なお本作では、3人をはじめとする生徒役のキャストが、それぞれの個性に合わせた形状の異なるイスを使用する。小沢が美術においてこだわったポイントの1つであるイスが、本編内でどのような役割を果たすのか注目だ。
また、ダイチ、ミツル、タクロウが会話を繰り広げる中で、仲良し3人組の人物像が少しずつ浮かび上がってくる。阿久津はモラトリアム期間の過ごし方に悩むダイチを純朴な少年として立ち上げ、押田は仲良し3人組のリーダー的存在で少し頑固な一面もあるミツルを、はつらつとした演技で好演。坪倉は優しくちょっぴり優柔不断なタクロウを、柔和な笑顔とゆったりとした口調で表現した。
本番が楽しみ!キャスト陣の演技力
シーン1以降では、“N学年”に進んだ3人組と個性豊かな“N学年”の生徒たちのやり取りが、大歳の持ち味である軽やかな会話劇としてコメディタッチで描かれる。“N学年”にはさまざまな年齢の生徒が所属しており、シェフを父に持つ料理上手のユメ(富山)、かつてはモテていたという中年男性・ワタナベ(中川)、恋愛に命をかける中年女性・セワ(池津)、のんびりと若者たちを見守る最年長のアサオカ(大鷹)らが、3人組の新たなクラスメイトになる。そして、クセの強い生徒たちに翻弄されながら、若手の担任教師・スズキ(安西)がなんとかクラスをまとめている。
3人組はすぐにクラスメイトと打ち解けるが、ただ1人、クラスの輪に入ろうとしない生徒がいた。それが小島梨里杏扮するチヒロだ。“N学年”の生徒たちがワイワイとにぎやかに文化祭準備を進める中、チヒロだけはいつも1人で行動しており、物憂げな表情を浮かべて、ステージ下のアクティングエリアをぽつりぽつりと歩いている場面が多い。なぜチヒロが“N学年”の生徒たちと距離を取っているのかは、作品を観て確かめよう。
一方、年長組のワタナベ、セワ、アサオカは積極的に若い生徒たちに絡んでいく。ベテラン勢のテンポの良い掛け合いを見た小沢は「あー、面白い! 心をつかまれました。本番が楽しみですね!」と絶賛。また2人で会話するシーンが多い坪倉と富山は、暴走する年長組の様子を観て、「ははは!」と楽しげに笑いながらも、タクロウとユメの関係性をさらに深めるべく、入念に打ち合わせをしていた。
物語が終盤に近づいたシーン5には、キャストたちがステージ下のアクティングエリアをぐるぐると回る、動きの多いシーンがある。そこで小沢は演出席から離れて俳優たちのもとへ行き、自ら実演しつつ、各キャストの動線を整理。小沢は「皆さん、スペースが少し狭いので、すれ違うときにごっつんこしないように気を付けてくださいね!」とキャストを気遣いながら、全体の流れをチェックしていた。
寄り添い問いかける、小沢の粘り強い演出
その後しばし休憩を挟み、シーン3の返し稽古が行われた。小沢が「全員がセリフをかまなければ、今日の稽古は早めに上がれるかもしれません(笑)」と発破をかけると、キャスト陣は「よーし!」と奮起。しかし、ワタナベ、セワ、アサオカが“恋バナ”をするシーンで大鷹がセリフを甘がみしてしまう。大鷹が「ごめん、かんじゃった(笑)。みんな帰れなくなっちゃった」と頭を下げると、至るところから笑い声が上がり、稽古場は和やかな空気に包まれた。
シーン3を通したのち、小沢はメモを取った台本を手に、各キャストに細かい演出をつけていく。小沢は、小島と安西のところへ行き、チヒロとスズキが押し問答をする場面を振り返る。小沢はまず小島に対して、「チヒロを演じるうえで、イライラした感情を常に持っているといいかも」「他人が発した言葉が、心にピキッと刺さることがあるじゃない? そのイメージで演じられるかな」とオーダーし、安西に向けて「チヒロとスズキの関係性が良い感じで構築できていると思う。『名残惜しい……』という感情を持ったまま、もう少しだけセリフの間を縮めてみよう」とアドバイスした。
続いて小沢は、阿久津と押田のもとへ。年長者組に翻弄されたミツルが、まくし立てながらツッコむシーンに苦戦する押田に、「どうすればスムーズにいくかな?」と問い掛け、押田が自分自身で答えを導き出せるように寄り添う。また、「トーンを下げないでセリフを言うのって難しいよね。勢いに任せてやるのが難しかったら、あえて思考しながら動いてみるのはどうだろう?」と提案。「もう全然OKを出してもいいくらいなんだけどね……あとちょっとだけがんばってみよう!」と小沢に励まされた押田は「はい!」と元気良く答える。押田のそばにいた阿久津も小沢の言葉に聞き入り、「なるほど」と深くうなずいていた。また小沢は、ヒートアップしがちなミツルを落ち着けるために、ダイチがミツルをなだめるシーンに言及し、「あの場面、リアルな演技でグッドだったよ!」と阿久津にニコリと微笑みかけた。
“卒業するタイミングは自由に自分で決めることができる世界”というファンタジックな設定でありながら、しっかりと地に足がついた大歳戯曲の骨格を、若手組が実直に組み上げ、ベテラン組が良い意味で壊し、小沢が絶妙なバランスで取捨選択していく。カオスと心地良さが共存する「しばしとてこそ」を、自分自身の“あったかもしれない青春”と重ねながら楽しんでみては。
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クリエイター&キャストが語る「しばしとてこそ」