映画「アウトレイジ 最終章」 PR

麿赤兒が語る「アウトレイジ 最終章」|世界に対する、北野監督なりのパースペクティブが見える

北野武が監督し、自らビートたけしとして主演を務める映画「アウトレイジ 最終章」が10月7日(土)に全国公開される。これは第1作「アウトレイジ」、第2作「アウトレイジ ビヨンド」に続くシリーズ3部作の完結編だ。

このたび、お笑い、コミック、ステージ、音楽、映画の各ナタリーによる5ジャンル横断企画が始動。お笑いに続くステージでは、北野監督映画「菊次郎の夏」にも出演した大駱駝艦の麿赤兒が登場。あまりにもドライに描かれる人の死に様に、「今の時代なり、世界の状況なりに対する、北野監督なりのパースペクティブが見える」と語る、その心とは?

取材・文 / 鈴木理映子 撮影 / 金井尭子

拍手させずに、ジワーッと迫る

──麿さんは1943年生まれですから、任侠映画の全盛期には20代から30代です。当時、そうした作品をご覧になっていたんでしょうか。

麿赤兒

好きでしたよ。高倉健だとか鶴田浩二のヤクザものの、男同士が固い絆で結ばれて、という幻想。そういうものには僕も憧れました。それが「仁義なき戦い」(1972年)なんかになってくると、もっとリアルな、それぞれの利害がぶつかり合う話になってきて。憧れの時代からリアルの時代へっていうのかな。そういう(実録系の)映画を観て、勉強したようなとこもありますよ(笑)。

──そんな麿さんの目に、この「アウトレイジ 最終章」は、どのように映りましたか。

まあ、北野監督ならではの作品でしょうね。観たことねえよ、こんなの(笑)。もちろん、昔の任侠ものとの接点もあるけど、ずらしてあるんだ。そのずらし方がまた現代的でね。むちゃくちゃに暴力を全面に押し出してるんだけど、そのことがメタファーになっていて、「この背後には、いったい何があるんだ」と考えさせる。だからスカッとするというよりは、ジワーッと残る感じだね、僕の中では。

──全体的にドライな描き方がされていますよね。どんな情緒も挟まず、あっけなく死体が積み上がり、激しい権力闘争が行われたにもかかわらず、勝者は定まらないというような。

映画「アウトレイジ 最終章」より、大森南朋演じる市川。

発散する快感じゃあないんだね。もっと抑制されている。殺しまくった後のウチの息子(大森南朋/市川役)の顔なんて、怖かったよ。ものすごい虚無的になってんだ。普段は見たこともないような顔。こんな面を持ってるのかと思うとゾッとしました(笑)。そういう意味じゃ、普通の若い男の子だって、いつ変貌するかわからない。特に、今の時代の抑圧は、じわじわとくるでしょ。なんだかいろいろとごまかされているうちに、わけのわかんない不自由さにとらわれていく。上からドーンと抑えつけられれば、スカッと反発もできるけど、そうじゃないからこその恐ろしさも孕んでいる。昔はね、高倉健の殴り込みにしても、義理や人情みたいな、あるはずのものが裏切られ、忍耐に忍耐を重ねた末に……という流れでできてたんだ。敵のところへ行くときには、お客さんも「健さん!」なんて声かけたりしてさ、快感と拍手を呼ぶ。ところが北野監督のは、拍手させない。「させてやらない」という決意をビビッドに感じる。昔ながらのヒロイズムを否定しているんだ。これはシビアだし、勇気がいることです。でも、やっぱりそこに、今の時代なり、世界の状況なりに対する、たけしさんなりのパースペクティブが見えると思う。本人は自分の映画はあんまりヒットしねえって言ってるみたいだけど、フランスあたりじゃすごい評価が高いでしょ? そういうところはウチ(大駱駝艦)とも似てるな(笑)。向こうの人たちは、深読みしたがる。それが楽しみ方になってるんだ。

少年の目玉で撮った不発のギャグ!?

──麿さんは、北野映画では、1999年の「菊次郎の夏」に出演されています。そのときの監督の印象はいかがでしたか。

「菊次郎」では、もっと、ああせいこうせいって言われるかと思ったけど、チャッチャと出番が終わって、楽だったね(笑)。やっぱり、芸人や役者に対するリスペクトも感じましたよ。ただ、あの映画は、どっちかっていうと、少年の目玉で大人の世界を見ている。この「アウトレイジ」は、壮年になってから見た世界だから、もっと複雑で、複合的だと思う。もちろん、今回、監督のやってる大友にだって、それなりに折り合いつくところはありますよ。純粋な義理人情みたいなものがもうありえない世界の中で、「そうあろう」とするあがき。命をかけた友情なんてものは、もうありえないんだから。この資本主義競争の中ではね。そういう世界にポツンと佇んで「なんで?」って問いかける。それも一種の少年の立ち位置なのかもしれないけどね。

──ある意味では、いまだ純粋な目で世界を見ていると。

映画「アウトレイジ 最終章」より、左から大森南朋演じる市川、ビートたけし演じる大友。

そうそう。大友と、南朋のやってる相棒の市川とのやりとりなんかも、しびれるところがありましたよ。「行かせてください」「お前、俺と一緒にいたら死んじゃうんだよ、わかってんのか?」みたいな。お互い何が起こるかわかってるのに、何も知らないように振る舞う。そういう気遣いというか機微、優しさを持ってる。それと、彼らを済州島にかくまってる張会長との関係。今どきはヤクザもワールドワイドにやってるから、そりゃ韓国とのやりとりもあるだろう。ただ、北野監督は足立区の出身だし、その原体験の中に、朝鮮の人との触れ合いもあったんじゃない? 想像だけどさ。なんの見返りもない関係。あれは美しいと思うよ。そういうのを、ちょっ、ちょっと入れてくるところもうまいね。それもギャンギャン主張しないでしょ。最後だって「ここに来るまでにどれだけ苦労して……」みたいなことは言わないし、感じさせない。パッと、肩透かし食わせるくらいの素早さで全部を終わらせちゃう。だからこそ、こっちは「命ってなんだ」とか考えさせられるんだけど。まあ、くどいのは嫌なんだろうね。照れちゃってるというか。

──その辺りの感覚は、麿さんも作り手として共感するところがあるんじゃないですか。

(笑)。恥ずかしいんだよ。「そんなのはわかってるって……」って、外したくなる。観てるほうだって「お前に説教されたくないよ」って思うだろうし。

──本編では、ヤクザ同士の密談や残酷な殺しの場面にも、ちょっとした笑いが仕込まれています。それも一種の照れや外しなんでしょうか。

麿赤兒

うーん。起こってること1つずつは殺し合いで、残酷だし、笑えはしないよね。だけど、逆に、全部が「もう笑っちゃうしかないか!」とも思える。禅宗の笑いと一緒。「月が雲間に隠れました。ワハハハハ(笑)」「ババババーっと撃たれました。ワハハハ(笑)」みたいな。ひょっとすると監督は、全部をそうやって外そうという魂胆だったのかな。芸人さんなら、外すことの怖さって、いつもあるわけじゃない? そこをあえて、セオリーからはみ出したものばかり集めてこの映画にした。十全に計算された不発のギャグとしてね。もちろん、これは、褒めてるんですよ(笑)。要するに、虚しい。ヤクザにしても、戦争にしても、もう、大義っていう大義がわからないままにバンバンやってる。そういうふうにはぐれてしまった状況に対する楔(くさび)のような作品だとも言える。バン!と一発で簡単に死んじゃったりするとさ、かえって「死ねば仏よ」みたいな宗教的なことも考えちゃうしね。ヤクザ映画と言えど、宗教性さえ帯びている!なんてね(笑)。

「アウトレイジ 最終章」
2017年10月7日(土)全国ロードショー
「アウトレイジ 最終章」
ストーリー

元はヤクザの組長だった大友は、日本東西の二大勢力であった山王会と花菱会の巨大抗争のあと韓国に渡り、歓楽街を裏で仕切っていた。日本と韓国を股にかけるフィクサー張のもとで働き、部下の市川らとともに海辺で釣りをするなど、のんびりとした時を過ごしている大友。そんなある日、取引のため韓国に滞在していた花菱会の幹部・花田から、買った女が気に入らないとクレームが舞い込む。女を殴ったことで逆に大友から脅され大金を請求された花田は、事態を軽く見て側近たちに後始末を任せて帰国する。しかし花田の部下は金を払わず、大友が身を寄せる張会長のところの若い衆を殺害。激怒した大友は日本に戻ろうとするが、張の制止もあり、どうするか悩んでいた。一方、日本では過去の抗争で山王会を実質配下に収めた花菱会の中で権力闘争が密かに進行。前会長の娘婿で元証券マンの新会長・野村と、古参の幹部で若頭の西野が敵意を向け合い、それぞれに策略を巡らせていた。西野は張グループを敵に回した花田を利用し、覇権争いは張の襲撃にまで発展していく。危険が及ぶ張の身を案じた大友は、張への恩義に報いるため、そして山王会と花菱会の抗争の余波で殺された弟分・木村の仇を取るため日本に戻ることを決めるが……。

スタッフ

監督・脚本・編集:北野武
音楽:鈴木慶一

キャスト

大友:ビートたけし
西野:西田敏行
市川:大森南朋
花田:ピエール瀧
繁田:松重豊
野村:大杉漣
中田:塩見三省
李:白竜

白山:名高達男
五味:光石研
丸山:原田泰造
吉岡:池内博之
崔:津田寛治
張:金田時男
平山:中村育二
森島:岸部一徳

※「アウトレイジ 最終章」はR15+作品

麿赤兒(マロアカジ)
麿赤兒
1943年奈良県出身。ぶどうの会を経て、 64年より舞踏家・土方巽に師事したのち、唐十郎と出会い状況劇場の設立に参加する。 1972年に舞踏集団・大駱駝艦を旗揚げ。“天賦典式(てんぷてんしき)”と名付けられた様式で、国内外に広く知られるようになる。 舞踏家として精力的に振付・演出・上演し続けている一方で、 俳優としてもさまざまな作品に出演。舞踊評論家協会賞や文化庁長官表彰、日本ダンスフォーラム賞大賞、東京新聞制定の第64回舞踊芸術賞など受賞歴多数。主な作品に「海印の馬」「流婆RyuBa」「クレイジーキャメル」「パラダイス」ほか。自身の半生を描いた著書「麿赤兒自伝」が発売中。また9月から10月にかけて東京・世田谷パブリックシアターにて、大駱駝艦・天賦典式 創立45周年公演「超人」「擬人」、2018年3月に東京・新国立劇場 中劇場にて大駱駝艦・天賦典式「罪と罰」の上演が控える。