アウトリーチで知った「なりかわり標本会議」のさまざまな形
──2024年度は三重県内各地で「なりかわり標本会議」ワークショップが行われ、メンバーの皆さんがファシリテーターを務めました。印象に残っているエピソードはありますか?
綿貫 「なりかわり標本会議」のテーマは毎回違うんですけど、私が一番印象に残っているのは、四日市市立西笹川中学校で中学生を対象に「なりかわり標本会議」をやったときのこと。そのときのテーマは「学力低下・素行不良でディズニーランドへの修学旅行廃止 あり?なし?」でした。それまではしゃべるのが好きな大人を相手にしかやったことがなくて、中学生が、しかも授業でやらされる形で、本当に楽しんでくれるのか自信がなかったんです。でもすごく盛り上がって、先生からも「普段あんなにしゃべる生徒を見たことがないです」と言ってもらえて(笑)。標本会議が何かのスイッチを押す装置として子供たちにも機能するんだ、ということが証明でき、ほっとしました。
太田 僕は普段、地元で小学生向けにワークショップをやっているんですけど、小規模校の場合は小学校1年生から6年生まで一緒にやることもあるんです。ただ年齢によって男子と女子が何かを一緒にすること自体にアレルギーがある子がいて、シアターゲームが成立しないこともあります。だから中学生を相手に意見を交わし合うような会議が本当に成立するんだろうかと思っていたのですが、僕もその回に参加して、本当に会議になっていて、それぞれに抱えているもの、感じたり思ったりすることがあるんだなという発見がありましたし、それが何かのきっかけで出せるということがあるんだなと感じました。
倉田 尾鷲市の古民家でやったときは、大人に混じって小学生が2人参加してくれて「大型アミューズメントパーク新設 あり?なし?」をテーマにやったんですけど、ファシリテーターがいらないくらい盛り上がって(笑)。みんな満遍なくしゃべっていたのが印象的でした。大人のほうが有利になるのかなと心配していたんですが全然そんなことはなく、実はお子さんのほうがエネルギーをもって自分の意見を言ってくれたりして、年齢や性別、職業関係なく盛り上がれるんだなというのがすごく面白かったです。あと、何回かアウトリーチに行かせてもらった中で感じたのは、コミュニティによって色というか雰囲気がぜんぜん違うこと。名張市まちの保健室の方たちと「名張市がリニア中央新幹線駅の最終候補に。このまま進める?」をテーマにやったときは、関西ノリというか、ずっとコントみたいな感じで話が展開して、収めるのが大変でした(笑)。
松井 そうでしたね、次々と話題が膨らんで(笑)。ゲームでありつつ自分たちの日常と重ねてもらうには、その地域やその学校の人たちが何を楽しみにしているのか、何が嫌なことなのかということを知ることが大切で、それを踏まえたテーマを設定すると盛り上がるんだなと思いました。
川北 その一方で、高田短期大学で「2年生前期半年間お寺で修行すると就活で優遇される制度の義務化 あり?なし?」をテーマにやったときは、僕と倉田さんが“ファシリテーターのファシリテーター”というか、全体を見る役割で、実はあまり話が弾まなかったんです。なぜ会話が弾まないかというと、参加者とファシリテーターが一対一でしゃべってしまう時間があったからじゃないかな……と外から見ていて感じたのですが、アンケートの結果を見ると実はそんなに悪くなくて。話が盛り上がればいいというわけでもないんだな、という発見もありました。
松井 アウトリーチを重ねる中でさまざまな知見が積み上がってきたので、稽古でも「会議中に寝る人がいる」「声が小さくて何を言ってるかわからない人がいる」「話が長い人がいる」「なんか攻撃的な人がいる」というようなカードを投入してみて、実際にそういう人がいた場合にファシリテーターやほかのプレイヤーはどう対処したらいいか、というシュミレーションをしています。まあどんなにシュミレーションしても、アウトリーチ先で出会う本当に声が小さい人の声は、やっぱり聞こえないんですけど……。
綿貫 でもこうやって皆さんと「こういう場合はどうしようか」という話し合いを重ねてきたので、私や松井さんが不在でも、メンバーだけでなんとか実施できるようになったことがうれしくて、ここからどんどん「なりかわり標本会議」の輪を広げていけるなと思っています。三重はみなさんにお任せしますので、私は東京の学校や企業で「標本会議」を用いる事例をさらに増やしていけるようにがんばります!
試演会で感じた、新たな可能性
──昨年は試演会も実施されました(参照:「なりかわり標本会議」試演会を三重で開催、松井周「骨格をまずは表現できた」)。それが今回の本公演の下地になると思いますが、試演会で新たに感じたことはありましたか?
綿貫 川北さんは、実は試演会を経てやっと本腰が入ったんですよね?(笑)
川北 そうなんです(笑)。もちろんそれまでも面白いとは思っていましたし、活動自体は勉強になるなと思っていたんですが、それでも内心は気が進まないところもあって。試演会自体に僕は出演してないんですけど、でも試演会に向けてみんなが稽古をしている様子や、距離がちょっとずつ縮まっていく様子を見ていて、試演会を観たときに腑に落ちたというか。すごくいいなと思って、昨年からグッと気合が入ったんです!
一同 あははは!
川北 試演会を観に来てくれた人たちが、自分ごととして捉えてくれることに感動したんですよね。来場者にも入り口で役割カードが配られるんですけど、お客さんたちはそれに則って「自分ならこう考える」と思いを巡らせながら舞台を観てくれて。終演後もSNSなどに自分の意見を書き込んでくれているのを見て、「こんなに影響力があるんだ!」と驚いたんです。それで、僕ももっとがんばろうと思いました。
土屋 普段の活動と試演会では、空気がまったく違いました。活動のときはロの字に机を並べてやっているのですが、舞台ではお客さんが見やすいように、開いたハの字型にテーブルが組まれました。すると、お互いの距離がグッと遠くなるし、自分がいつもより小さく感じて。さらにお客さんが入ることで、“観られている”という怖さもプラスされて、緊張感がありました。
綿貫 こんなに稽古を重ねていても、試演会ではみんなちょっとピリッとした様子になって議論していましたね。試演会は、私は遠巻きに見ていて、アフタートークの進行だけ担当したんですが、「ではそろそろお客様にもご意見・ご感想を……」と客席を見渡したら、パパッと8人ぐらい手が挙がったんです! 演劇のアフタートークではそんなに手が挙がることってないのにすごいなと(笑)。しかも、感想というより「自分はこのカードを引いたんだけど、私はこういう風に思う」と意見してくれる感じで、皆さん、思いを巡らせながら観てくださったんだなと伝わってきてうれしかったです。
松井 太田さんは試演会でファシリテーターをやりましたよね?
太田 はい。僕はメンバーの中では演劇をやっているほうだと思いますが、普通の演劇をやっているほうがよっぽど緊張しませんね。
一同 あははは!
太田 アウトリーチのときともまた全然違う緊張感でしたし、この議論がお客さんにどこまで届いてるのか、客席の反応を意識しながら進めていきました。さらにこれまで“体験するもの”だった「なりかわり標本会議」を、“作品として提示する”ことで、1つハードルが上がった感じはしました。
松井 そうですね、そこは僕も迷っている部分でもあります。ゲーム性とサービス性のバランスというか……。ただ大事なのは、会議を通して全員が「自分だったらどうするか」を考えること。そこはブレてはいけないと思うし、舞台になったからといって変わるわけではありません。
──昨年末に松井さんの作・演出で上演された「終点 まさゆめ」も、“宇宙船の中で繰り広げられる物語”というストーリーの大枠がありつつ、作品の中心は台本がない会議形式で、「なりかわり標本会議」の延長線上にある作品ではないかと思います。ただ今回は、その大枠のストーリーもないという点で、より即興性が高まります。
松井 僕の中では、「終点 まさゆめ」以上に今回の方がヒリヒリと感じています。というのも、僕は「なりかわり標本会議」って、現実をより反映させられるものだと思っているんです。例えば普段の生活の中で、自分がパワハラ的な振る舞いをしてしまったとして、それが発覚したときに自分はいったいどう発言し、どう振る舞うのか。そしてそのことで世間からどんな風に扱われ、自分がどんなダメージを受け、どのように言動がブレていくのか……そういったシュミレーションが、「なりかわり標本会議」ではできるんじゃないかと思いますし、その点が非常にヒリヒリしますね。
──“世論”をどう反映させるかという点で、今日の稽古では1回目の会議と2回目の会議の間に、信頼度が高いと思われるプレイヤーと低いと思われるプレイヤーに観客投票させる“信頼度調査”が試されました。
松井 観ている人たちからの影響みたいなものが、プレイヤーや会議にどう影響するかは重要だと思っています。
お客さんもプレイヤーの1人として参加を!
──「なりかわり標本会議」はまもなく本公演を迎えます。何も事前情報なしに参加することももちろんできますが、お客さんもある程度ルールをわかって参加したほうが、作品をより楽しめるのではないかなと思いますので、本公演をご覧になる方に、ぜひ皆さんからアドバイスをお願いします。
綿貫 観客の方たちには、まず来場時に役割カードをお渡ししますので、「あなたがもしこの役割だったらどうか」という気持ちで観ていただきたいです。そして会議中には、観ている人自身の意思を会議に反映できる仕組みや、驚きの仕掛けも用意されています。試演会のときにはなかったのですが、今回は会議中に感じた思いを発散できる場をご用意しますので、終了後はスッキリとした気持ちでお帰りになれると思います(笑)。会議っていうと結論を出すためのものというイメージをされる方がいるかもしれませんが、これはそういう類の会議ではなく、いろいろな人間の考え方を炙り出すための会議なので、いろいろな人がいていろいろなことを考えているんだなということを楽しんで観ていただけたらと思います。
松井 そうそう、「なりかわり標本会議」でやっているのはディベートではないんです。ディベートって言うと、論理的であったり知識量がある人が強いと思うんですけど、「なりかわり標本会議」はもうちょっと人間的な要素が強いというか、人生のシュミレーションを見てもらう部分がある。そこを楽しんでもらいたいです。
川北 最初に「なりかわる」ということが、「なりかわり標本会議」のポイントです。お客さんも僕たちも、まず役割のカードを引くことから始まり、テーマもその日その場で初めて明かされるので、僕たちもお客さんも、事前に何もわからないまま会議が進んでいきます。なので、とにかく「なりかわる」ことを楽しんで、自分はプレイヤーの中の誰に近いのかなということを考えながら楽しんでほしいです。
土屋 出演者もお客さんも、“自分だけど自分じゃない”という思いで観ていただけたらいいんじゃないかなと思います。舞台を観る感覚ではなく、“自分だけど自分じゃない”存在として、一緒にテーマを考えてもらえたらうれしいです。
太田 普段演劇を観るときは共感性というか、どの役やストーリーに感情移入できるかを考えながら観ている部分が、僕にはあります。でも「なりかわり標本会議」に関しては、「その意見は僕にはないな」「なんでその意見が僕にはないんだろう」と思うこと自体を楽しんでもらえるんじゃないかと思っていて。出演者としても僕は、「観客の1人だけど、たまたま選ばれて舞台上にいる」という気持ちでやりたいなと思っています。お客さんも、もしかしたら舞台にいるのは自分だったかもしれないという可能性を考えながら観てもらえたら、より楽しめるんじゃないかと思います。
倉田 私もカッコつけて舞台に出るというよりは、もがいている感じを素直に全部出せたらと思いますし、お客さんにはそれを面白がってほしい。そして本公演を観て、「私もやってみたいな」と興味を持ってもらえたらよりうれしいですし、ぜひ皆さんにも「なりかわり標本会議」を体感してほしいです。
川北 僕は2つ、感じていることがあって……1つは試演会のときに観客として感じたことなんですけど、観ていると隣の人と話したい気持ちになるんです(笑)。普段は舞台を観て消化するまでに僕はけっこう時間がかかるんですけど、「なりかわり標本会議」は、観ている最中や休憩中に誰かとしゃべりたくなる。そういう気持ちになれるのはすごくいいことだなと思っています。もう1つはめちゃくちゃ個人的なことなんですけど……僕はこれまで仕事上の同期がいなくて、仕事柄、誰かに教わるという機会もあまりなかったんです。でも今回、同期と一緒に“教えてもらう”経験を初めてできて、そのことに感動しているところがあって。なので皆さん(とメンバーに向けて)、これからもよろしくお願いします!
一同 おおー!(笑)
プロフィール
松井周(マツイシュウ)
1972年、東京都生まれ。劇作家・演出家・俳優、劇団サンプル主宰。2007年に劇団サンプルを旗揚げし、2017年に劇団としては解体、松井の1人ユニットとして再始動。「自慢の息子」で第55回岸田國士戯曲賞を受賞。主な作品にさいたまゴールド・シアター「聖地」(演出:蜷川幸雄)、KAATキッズプログラム「さいごの1つ前」、北九州芸術劇場クリエイション・シリーズ「イエ系」(作・演出)、ハレノワ創造プログラム「終点 まさゆめ」(作・演出)など。またNHKが立上げた脚本開発特化チーム<WDR>のメンバーに選ばれ、NHK土曜ドラマ「3000万」の脚本を手がける。「サンプル・クラブ」を前身として2020年から「松井周の標本室」を企画・総合監修。
綿貫美紀(ワタヌキミキ)
東京都生まれ。早稲田大学卒業後、野村総合研究所、AIスタートアップ勤務を経て、現在。企業の事業開発などを支援する傍ら、2019年より「松井周の標本室」のコミュニティマネージャーを立ち上げから務める。
太田竜次郎(オオタリュウジロウ)
愛知県生まれ。俳優。とよた演劇祭(第1~3回)の企画・運営や長久手市文化の家アートスクール「戯曲セミナー」などに携わるほか、小学校などでワークショップを行う。
川北輝(カワキタアキラ)
三重県生まれ。三重のNPO法人に勤務し、2012年からボードゲームを活用した場づくりをスタート。
倉田さきか(クラタサキカ)
三重県生まれ。作業療法士として勤務。身体障害領域を経て、現在は精神科デイケアで勤める。
土屋有彩(ツチヤアリサ)
三重県生まれ。現役高校生。幼い頃から演劇活動に携わり、最近では三重県文化会館で上演された「さんぴんの演劇創作ワークショップ、からの大発表会!!」(2024年)に出演。