虎之介、憧れの仁左衛門から教わる「伊勢音頭」
──虎之介さんは「伊勢音頭」の貢を初役で勤めます。同演目では、名刀・青江下坂を携えて恋人の遊女・お紺のもとにやってきた、主人公・福岡貢の運命が描かれます。2021年の大阪・大阪松竹座の7月公演で、松本幸四郎さんが貢を演じた「伊勢音頭」では、お紺の妹分である遊女のお岸を勤めました。
虎之介 貢はうちの祖父もやっている役ですし、自分がお岸を勤めていたときにも「いつかはやってみたい」と憧れていた役ではありました。ただ、まさか二十代で演じられるとは思いませんでしたね。貢を演じることもそうですが、貢を松嶋屋のおじさまに教えていただくことが僕にとっての目標だったので、今回はそれがかなって本当にうれしいんです。
──虎之介さんは、仁左衛門さんの貢に憧れていらっしゃるんですね。
虎之介 おじさまに教えていただきたいと思ったのは、うちが成駒家だからとか、上方のやり方だからとかではなく、ただただおじさまがなさった貢が、僕が観た「伊勢音頭」の中で一番素敵だったからです。「伊勢音頭」では、店先に座る貢の周囲で、さまざまな登場人物たちの感情が動いていきますが、おじさまはセリフのないところでもずっと芝居をなさって、貢で在り続けていらして、物語の中で貢の感情が動いていくさまが見えるんです。僕がお岸をやっていたときにも、監修として入ってくださっていたのですが、遊女の顔を上げるタイミングとか、そういった細部まで目を配って教えてくださったのにも僕は感動していました。
壱太郎 古典歌舞伎だと演出家さんがいるわけではないので、現場では、俳優たちそれぞれが自分たちの持っているものをぶつけ合い、混じり合わせていくしかないのですが、そういう中で大先輩に監修として入っていただけることは、とてもありがたく、幸せなことです。昨年も仁左衛門のおじさまに、「女殺油地獄」を監修していただき、そのご指導に愛を感じておりました。
──壱太郎さんが、いじわるな仲居・万野を初役で勤められるのも楽しみですし、虎之介さんがクライマックスでの奥庭での立廻りをどのように勤められるかもワクワクします。
虎之介 (小さな声でひっそりと)屋体のところに入れる紋、すべて寒雀にしてくださるそうなんです。
壱太郎 うちの紋のね。
虎之介 そうやって、どんどんプレッシャーがかかっています……(笑)。「天守物語」のときもそうだったのですが、大きなお役って決まったときはうれしいんですけど、勝負はそこからですからね。とにかく、プレッシャーに負けないよう、がんばります。
「妹背山婦女庭訓」は米吉&福之助にぴったりの演目
──虎之介さんは、「妹背山婦女庭訓」の「三笠山御殿」(通称、金殿)でも、烏帽子折求女実は藤原淡海を初役で勤められます。藤原鎌足の息子である求女は、町娘・お三輪と、蘇我入鹿の妹・橘姫と三角関係を繰り広げるプレイボーイですが、入鹿を討つことしか頭にありません。
虎之介 金殿は、関わる機会もなかったような演目なので、まずは出られることがうれしいです。修ちゃん(米吉)がお三輪、ムネが鱶七を勤めますが、2人がやる演目としてはぴったりですよね。
──壱太郎さんは、求女を追って御殿にやってくるも、求女を見失ってしまうお三輪の前に現れる豆腐買おむらを勤めます。おむらは、最近ですと仁左衛門さんもおやりになっていて、立役の俳優さんがなさるイメージもあります。
壱太郎 一昨年の国立劇場での上演では(女方の)中村萬壽のおじさまもおやりになられていましたが、基本的に上の世代の先輩方がごちそう役で勤めるお役なので、“すごい役”というイメージがありますよね。でも、おむらはただ豆腐を買いに出るだけの役。だから、“豆腐のお使いに行く人”という意識をしっかりと持って、勤めたいですね(笑)。ちなみに僕は、「妹背山婦女庭訓」を元にした「恋するお三輪」という絵本を書いているので、読んでいただくと、大変わかりやすくお芝居を観ていただけるかと……(笑)。金殿は、橘姫が身分を明かす“姫戻り”から上演されることが多いのですが、今回はお屋敷に鱶七がやってくる、鱶七の入りから上演します。ここは絵本に書いていないので簡単に説明すると(笑)、鱶七が“スパイ大作戦”でお屋敷に乗り込んでくる場ですね。そこで鱶七は、敵である入鹿と小気味いいやり取りを繰り広げますが、ここは鱶七役の福之助くんの、大人っぽいカッコいいところを楽しんでいただけると思います。そして入れ替わるように、米吉くん扮するお三輪が出てきますので、次は女方の素敵なところを観てもらって……と、立役と女方という、歌舞伎ならではの面白さを堪能していただけるかと。公演全体でも、松プログラムでは時代物である「妹背山婦女庭訓」、桜プログラムでは世話物である「伊勢音頭」、そして舞踊の「お染の五役」と、歌舞伎ならではのジャンルを幅広くご覧いただけるので、歌舞伎ファンはもちろん、歌舞伎を初めて観る方にもぴったりな公演だと自負しています。
虎之介 あと、外国のお客様にもね。
壱太郎 そういえば、外国のお客様に特化した解説をする人がいるんだったね(と、茶目っ気たっぷりな表情で、虎之介に目線をやる)。
──虎之介さんは、昨年11月に歌舞伎座で行われた特別公演で、「ようこそ歌舞伎座へ」と題した解説パートで老若男女を魅了しました。そのときは、尾上音蔵さんが英語通訳を務めましたが、今回は外国語での解説に挑戦されるのでしょうか。
虎之介 はい、今回は全編スペイン語でやります。……というのは冗談ですけど(笑)、ふらっと観に来られる海外のお客様が増えているので、歌舞伎に興味のある若い方もそうですが、海外の方々にも楽しんでいただけるようにしたいですね。
壱太郎 虎ちゃんは、国立劇場での解説も、すごく上手でしたよね。それを観て「解説を任せて大丈夫だ」と思いました。「三月花形歌舞伎」は、歌舞伎俳優による解説付きの公演ですが、それは俳優の人柄を知ってもらうという意味でも大事にしています。あと見やすさという意味では、上演時間の“コンパクトさ”も意識しています。休憩時間含めて、3時間半ぐらいにはまとめたいなと。ある意味、今の時代に合った公演になるんじゃないかな。
南座をテーマパークにしたい壱太郎
──「三月花形歌舞伎」は“南座ならでは”、“京都ならでは”の趣向が凝らされていますが、今回はどのような形になるのでしょうか。
壱太郎 「三月花形歌舞伎」は、“休憩時間が休憩じゃない”というのをテーマにしています(笑)。今回もグッズや、公演に絡めたお弁当などを販売する予定ですし、フォトスポットも用意します。南座をテーマパークにしたい!
虎之介 僕は、“お芝居から、京都の街へ”というのを意識していますね。花街を舞台にした「伊勢音頭」を観たあとに、祇園の街を歩くと、お芝居と街がリンクして余韻を感じられると思いますよ。そこが僕の中の売りですね。
──新チームとなった2025年公演ですが、ここにはいない2人、米吉さんと福之助さんの印象をお伺いできますか。
壱太郎 米吉くんはよくしゃべるけど、言っている内容にしっかりと義があるのが面白い。だから、彼の解説も誰にも真似ができない味があるんですよね。福之助くんとは、実は昨年の「ヤマトタケル」まではあまりご一緒する機会がなくって。今回の公演では、これまで彼が思ってきたことや感じてきたことを、“中村福之助ここにあり”という形で爆発させてほしい。
虎之介 米吉さんは……とにかく可愛くて、好きです(笑)。壱くんもそうだったけど、米吉さんともあまりご一緒する機会はなくて。米吉さんにしか出せない空気感が魅力的で、いつか立役として相手役を勤めたいなと思ってはいました。なので、今回その目標を達成できてうれしいです。ムネは、人としても俳優としても魅力的。僕、“唯一無二”という存在が好きなんですけど、彼はまさに、その言葉の通りで。ほかの俳優さんにないものを持っていて、すごく好きな俳優ですね。話をしていても面白いし、歩んできた道も違うから、彼から吸収することは多いですね。性格は似てるんですよね。2人共、思ったことを率直に言うし。
壱太郎 そうだね。でも芸は、良い意味で真逆。
虎之介 そう、芸はまったく違うんです。不思議ですよね。こんな2人だからこそ、出せる空気感はあるんじゃないかなと。
──個性がそれぞれ違う4名ですが、どんなチームにしていきたいですか。
壱太郎 この公演が決まり4人で集まったのは、実は今日が初めて。でもなんとなく、これまでの4年にはない、新しいチームだと感じています。意外と、肩の力を抜いてできるんじゃないかな。あとは、実際にやってみたときに出てくる空気感次第ですね。あくまでもテーマは恋なので!
虎之介 やっぱりそこなんですね。
壱太郎 恋を大事にしていきましょう。
虎之介 どんなチームにしていきたいかは、僕も右に同じということで(笑)。壱くんが掲げる恋というテーマを大事にしていきます!
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中村米吉×中村福之助 対談